06 ステータス鑑定と隠された墓場
「すみません、私達に次の指示をくださいませんか? 上司のアーノルドさんが見当たらなくて」
神殿内を歩いていたら、前方からやってきた18歳くらいの女性神官2人に呼び止められた。
彼女達は、昨日から入った新入りらしい。
俺の服には上の衣に銀色の縁取りが2本あるが、2人のものにはない。
この縁取りが、階級を表していることに気づく。
声をかけてきた方は、金髪を頭の上で団子にしていて眼鏡をかけている。
清楚で厳かなデザインの神官服を、大きな胸が押し上げていて、若干窮屈そうだ。
女性特有の柔らかそうな体のラインと、太めの眉が優しげな印象だった。
名前はこの国の女神様と同じで、ソニアというらしい。
女神にあやかってと、この国では一番多い女の子の名前だった。
もう1人は背筋をピンと伸ばし、静かに後ろに控えていた。
涼やかな瞳にポニーテールにした茶の髪。
ただ佇んでいるように見えるけれど、隙がない。
名前はシスカというらしい。
何てことの無い顔をして、俺に注意を払っているのがわかった。
「俺は……ダカスコスだ。最近ここに配属になった。何をするとか、事前に聞いてないのか」
「儀式の準備をすると聞いています」
偽名を名乗り、ソニアに尋ねる。
その口から出てきた、儀式という言葉に思わず嫌悪感がこみ上げた。
神殿は、また誰かを――生け贄に捧げるつもりでいるらしい。
「もしかして……ダカスコス様は、神殿の方針に反対なのですか?」
ソニアに言われてハッとする。
つい顔に出してしまったようだ。
「……神殿は選ばれし者を集め、女神ソニアに祈りを捧げさせていると聞きました。ですが、選ばれし方々の姿を私はまだ見ていません。世界を守ってくださっている選ばれし皆様に、是非ご挨拶をと思っているのですが……どこにいらっしゃるのですか?」
その一瞬を逃してたまるかというように、ソニアの瞳が俺を質問攻めにする。
おっとりとしているように見えたから、突っ込んでくるとは思わなかった。
彼女は神殿に対し、不信感を抱いているみたいだ。
「街では彼らが神への生け贄として捧げられているという話しです――本当なのですか?」
「ソニア様、直球すぎます!」
「黙りなさい、シスカ。ダカスコス様は、今のこの状況を……憂いていらっしゃるのでしょう?」
シスカが咎めたが、ソニアは引き続き俺に問いかける。
彼女達はどうやら、神殿に探りを入れるために神官として潜りこんだようだ。
「答えてください、ダカスコス様」
不思議な色の瞳で、ソニアが俺の瞳を覗き込んでくる。
……なんだ、この妙な感覚。
ソニアに見つめられると、心の内側がざわつく。
視線を介して、体の深いところ……内側を見えない手で探られているような。
何とも言えない、もやもやとした感じだ。
『ステータス鑑定を実施されました。開示しますか? なお神の守護者は特別処置により、ステータス開示を拒否、または偽の情報を開示することも可能です』
機械音声が、俺にお知らせをしてくる。
どうやらソニアが、俺にステータス鑑定をかけているみたいだ。
ステータス鑑定は、神様固有のスキル。
つまりソニアは……神様だということになる。
――なんで神様が、こんな神殿で下っ端の神官をやってるんだ?
しかも、正体を隠して。
「あれ……? 変ですね……?」
ソニアが首を傾げる。
ステータスが中々表示されないのが、不思議でしかたないんだろう。
急いで心の中で偽の情報開示を選択する。
了解しましたと音声が聞こえた後、ステータス画面が俺の目の前に表示された。
★ダカスコス・ダモン
種族:人間(20)
立場:神官
状態:良好
HPなどの数値も、全てデタラメで抑えめのようだ。
ソニアのところにも、俺に見えているこの偽ステータスが表示されたんだろう。
その瞳が鋭く細められた。
「……あんた達は、神殿の悪事を知ってどうする気だ?」
「決まってるじゃないですか。ぶっ潰します」
尋ねれば、ソニアはにっこりと笑う。
虫も殺さないような優しげな顔をしている彼女の言葉は、かなり破壊力がある。
「ははっ……潔いな!」
ここまで正直だと、好感がもてる。
ソニアの目的は、俺と同じのようだ。
「ソニア様! どこでそんな下品な言葉を覚えてしまったんですか!」
シスカが嘆かわしいというように、ソニアを叱る。
2人は友人というより、自由奔放な主人と苦労性の従者といった関係に見えた。
女神ソニアと、同じ名前を名乗る神様の女性。
もしかすると彼女が……本物の女神ソニアで。
俺が出会った化け物は……偽物ということなんだろうか。
ステータス鑑定を使えば……確かめられるか?
だが、俺がステータス鑑定を使えば、俺のウインドウに通知がきたように、彼女のウィンドウにも通知が行く可能性がある。
それだと、俺が神の守護者だとバレるかもしれないな。
手の内を晒すことになるのは、少し悩む。
完全にソニアが敵ではないと、決まったわけじゃなかった。
悩んで、ステータス鑑定を使うことにする。
何となく、信じていい気がした。
つまりはただの勘だ。
シスカと言い合いをしていたソニアが、バッと振り返って俺を見る。
やっぱり、ステータス鑑定の通知がきたようだ。
「……」
「ソニア様?」
ソニアが目を見開いて俺を見つめ、シスカが戸惑った顔をしていた。
★ソニア(レベル21/ランク:6)
詳細:慈愛の女神。
「私より高位の同族でしたか……それは失礼なことをしました」
自分のステータスを開示すると、ソニアは片足を一歩さげた。
手でふわりと円を描き、俺に対して深々と特殊な礼をしてくる。
どうやらソニアは、俺を自分より格上の神様だと思っているようだった。
なんでそんな勘違いを?
不思議に思ったが、一度偽のステータスを出したことが原因だと気づく。
★ステータス鑑定
種類:神様固有のスキル
効果:相手の情報を見ることができる。
生き物だけでなく、ものにも使える。
相手のレベルが高いと見抜けないことも。
ステータス鑑定は、相手のレベルが高いと見抜けない。
うちの神様はレベル0だが、俺には神の守護者としての特別処置が存在する。
ステータスを偽造し、ただの人間だと表示させたことで、見抜けなかったソニアは俺が格上だと勘違いしたようだ。
「私、自分の家を取り戻したいんです。留守にしている間に、私になりすましている者がいるようでして。お力を貸していただけませんか?」
ソニアが頼み込んでくる。
予想どおり、俺の会った女神様は偽物だったらしい。
「……この本を図書室に返してきてほしい。入り口から右奥、壁側の上から5段目、右から5番目に本が入っているはずだから、それを1番下の段の右から2番目に置いて、開いているところにでも入れておいてくれ」
あえて誤解は解かないことにして、持っていた月刊少年雑誌を手渡す。
今の手順で本を動かせば、図書館から地下への扉が開く仕組みになっていた。
「これは……魔道書!」
「普通の本だよ。もし裸で縄に縛られてる変態がいたら、これで殴って気絶させてやれ」
驚きに目を見開くソニアにおどけながら、そんなことを言ってみる。
「えっ……縄? 変態って……?」
「いけばわかる。それと1つお願いがあるんだが」
俺の声のトーンが変わったのがわかったのか、ソニア達も真剣な顔になった。
「図書館で隠れて寝ている奴らを見つけたら、外に連れ出してやってくれ……全員、ちゃんと家に帰してやってほしい」
キラが助けてくれなければ、俺も今頃まだ彼らと一緒に棺桶の中だ。
きっと彼らには、帰りを待っている家族がいる。
たとえもの言わぬ姿になってしまったとしても……家に帰してやってほしかった。
「……わかりました。お約束しましょう」
今のやりとりでそこに何があるのか、察したんだろう。
ソニアはしっかりと約束してくれた。






