05 自由と居場所と
今度はアイテム画面を開いてみることにした。
★神様のアイテムぶくろ(並)
詳細:神様の力で作られた、荷物置き用の空間。
アイテム画面で出し入れができる。
状態:95%使用中
(うち90%は少年マンガ雑誌)
なるほど、このアイテム袋があれば、荷の持ち運びが楽にできるってわけか。
しかし、その容量のほとんどが少年マンガ雑誌って……どういうことだ。
★少年マンガ雑誌(15年分)
詳細:辞書のような分厚い月刊少年漫画雑誌。
キラの宝物。心のバイブル。
仁太が古紙回収に出したもの。
状態:色んな意味で、よく燃えそう。
★ビニール紐
詳細:少年マンガ雑誌を縛るのに使われていた。
雑誌が厚いため、わりと長め。
色とりどりでキラのお気に入り。
状態:良好
15年分って……そりゃ容量も食うな。
ビニール紐まで取ってあるのかよ。
★神印のネズミのおもちゃ
詳細:その精巧さは本物と間違えるほど。
附属の指輪で自由に操作できる。
鳴き声もあげられる。
マタタビの香り付きで、猫まっしぐら。
状態:良好
★焼き魚(ほぼ骨)
詳細:ボス猫みゃー太と戦って得た戦利品。
状態:出汁くらいは取れそうだ。
★赤ちゃん育成セット(神の守護者への支給品)
詳細:3日分のおむつ。
3日分の着替え。
おんぶ紐とほ乳瓶まで入ったセット。
★エレメント図鑑
詳細:エレメントを見つけるとページ追加。
自動で書き込まれる図鑑。
状態:ほぼ真っ白。
結論。
キラの持ち物にろくなものはなかった。
神様なのに、どんな生活をしていたんだアイツは。
使えそうなのは、エレメント図鑑と赤ちゃん育成セットくらいか。
移動の前に、おしめを換えよう。
さっきからずっとぐずってるんだよな……。
キラの泣き声で誰かがきても厄介だし。
アイテム画面から、『赤ちゃん育成セット』をクリックする。
目の前に光の球が降ってきた。
それに触れれば、大きめの手提げバッグが姿を現した。
棺桶の上にキラを寝かせ、おむつを換えることにする。
これさっきまで、女神だったんだよな……いや今もそうなんだが。
なんというか、気恥ずかしさがある。
……よし、考えない。
これ、ただの赤ん坊だ。
おむつをはずして、中のガーゼみたいな布を換えればいいんだよな……?
それとも、この外のカバーごと換えたほうがいいんだろうか?
どうにかこうにかおむつを換える。
初めてだし、こんなもんだろ。
おんぶ紐で、キラを背中にくくりつける。
抱っこよりはおんぶの方が楽だ。
けど、姿が見えないと……少し不安だな。
前抱きも可能みたいだし、そこは使い分けるか。
『育児レベルが2に上がりました。称号《パパ1年生》を獲得しました』
頭の中でファンファーレと共に、がそう告げる。
そんな称号、あまりほしくなかった。
そもそも彼女すらいたことがないのに、子持ちって……。
ちなみにものをアイテム袋へしまうときは、入れたいものに触れながらウィンドウを開き、アイテム袋へというボタンを押す必要があるようだ。
手提げ鞄をしまい、それから武器代わりに少年マンガ雑誌を1冊取り出した。
この厚みなら、敵を殴らせて気絶させるくらいはできるだろう。
念のため『防具が壊れにくくなるような気がする』強化魔法を使っておくかな。
俺が使える4つの生活魔法のうちの1つなのだが、心持ち硬度を上げることができる。
守備力アップというやつだ。
まぁ、気休め程度なんだがな。
「《コルディガン》」
呪文を唱え、それから手で硬度を確かめてみる。
俺の力だと、ページが少し破けにくくなる程度の効果しか得られないだろう。
そう思っていたのだが、見た目はそのままに、雑誌はまるで石のように硬くなっていた。
魔法の力が上がっている気がする。
もしかすると、これが加護の力なんだろうか。
これなら武器として十分使えそうだ。
◆◇◆
ろうそくを1つ拝借し、ゆったりとした作りになっている階段を上がっていく。
遺体を運ぶために通路が広めなのかなと思えば、妙な気分になる。
階段を上がりきって、扉を開けようとしたが……外から鍵がかかっていた。
この場所はろうそくが灯されているし、埃っぽくもない。
きっと毎日誰かが掃除をして、火を絶やさないようにしてるんだろう。
しばらく待ってみることにする。
そう時間の経たないうちに、扉が開いて神官が入ってきた。
神官は祈りを捧げながら、ろうそくを新しいものに変えていく。
その背後にそっと近づき、頭部を殴って気絶させた。
服をはぎ取り、アイテム袋からビニール紐を取り出して、その体を拘束しておく。
起きて助けを呼ばれても厄介だな。
ビニール紐を広げて、口に巻き付けて……と。
こうすれば起きたとしても助けを呼べないから、時間稼ぎになるな。
俺が入っていた棺桶の中に神官をしまおうか考えたが、それはやめておく。
いざというときのテレポート先に神官がいたら、スキルが発動しない可能性があるからだ。
神官の着ていた服を着てみたが、裾が余った。
丈の合わない部分はビニール紐で縛り、上から着るローブで背中のキラを隠す。
背後が妙に膨らんでいるが、細かいことは気にしない。
フードがついているのはありがたいな。
顔を隠せるし。
いらないかなと思いながら、先ほどまで着ていた儀式用の死に装束をアイテム袋へしまう。
ビニール紐のように、何が役に立つかわからない。
……裂けば、おむつの予備くらいにはなりそうだ。
扉から出れば図書室で、扉は本棚の裏に繋がっていた。
神殿はあの墓場を隠しておきたいらしい。
棺桶に入れず、火葬して証拠隠滅すればいいのに。
そう思った俺だが、この国では棺桶に入れて土葬が当たり前だ。
ろうそくの火を絶やさず、花で飾り立てているところからすると、生け贄として死んだ者達を敬う気持ちは辛うじてあるらしい。
だからといって――神殿の奴らを許す気はこれっぽっちもないんだがな。
「おい」
「は、はいっ!」
いきなり声をかけられて、心臓が跳ねた。
振り返ればそこに――見覚えのある神官長がいた。
蓄えた白髭に、笑っていない目。
骨と皮でできたような50歳半ばの髭の神官は、品定めをするように俺を見ていた。
「私の前だ。ローブを外せ」
「……はい」
今の俺はクリフの外見じゃなくて、仁太の外見だ。
だから顔を見られたところで、侵入者だとバレなければ問題ない。
失礼しましたと、ローブを外した。
「階級は銀の2つ星か。黒髪とは珍しいうえに、大分若いな……」
「童顔なものでよく若く見られますが、20歳です。つい最近ここに配属されました!」
制服を見ただけで、階級がわかるらしい。
神官の服なんてまじまじと見たことがなかったが、微妙な違いがあるようだ。
秘密の場所に入れるくらいだから、俺が服を借りた神官はそれなりに高い地位の者だったんだろう。
16歳の仁太だと、怪しまれてしまうのも当然かもしれない。
「20でも十分若いだろう。私の時代は銀の2つ星になるまで、30年はかかった。こんな若造をよこしてくるなんて、地方の方も人手不足か。最近は離反が多くて困る」
緊張していた俺だったが、神官長は勝手に納得してくれたようだ。
「選ばれし者の供養も、大事な神官の仕事だからな。わかっているとは思うが、このことは……誰にも言うんじゃないぞ?」
声を低くして、神官長が俺に念を押す。
言うも何も、街ではかなり前からその噂が出回っている。
真実さえ明るみに出なければ、言い逃れできると思っているんだろう。
お前らの都合で、生け贄にされた奴の気持ちになってみろよ。
物凄く――このおっさんを殴ってやりたい。
相手は、俺が武器を持っていることに気づいていない。
図書館で本を持っているのは、あまりにも自然なことだ。
俺は無意識に、少年マンガ雑誌を強くにぎりしめていた。
◆◇◆
神官長を衝動のままに殴らなかった俺は、とても偉いと思う。
あそこであいつを殴ったところで、何の解決にもならない。
神殿が神とあがめている、あの化け物を始末する。
そう俺は決めていた。
この格好をしていれば、怪しまれることもないようだ。
まともな武器を探して手に入れて、さくっと化け物を退治して、この神殿から離れよう。
キラは俺の背中で寝息を立てていて、ありがたいことに今は大人しい。
眠ると赤ちゃんって少し重くなるんだな。
俺がそう感じるだけかもしれないが。
無防備なこの重みと温かさは、まぁわりと悪くない。
神殿を出た後は……キラを連れて、世界を旅でもしてみようか。
世界に散らばったエレメントを集めながら、キラを育てて。
ゆっくりとのんびりと、色んな場所をまわってみよう。
それを思えばわくわくしてくる。
自由だな。
そう、強く感じた。
開放感を覚えるということは、知らないうちに……自分をこの場所に縛り付けていたということなんだろう。
大抵の人は、生まれた場所で人生をすごす。
そこに自分の居場所があるからだ。
俺は、ここに自分の居場所があるんだと――思いたかった。
自分の居場所を作るために、俺は必死だった。
誰かに必要とされたかったのかもしれない。
ここに居場所を作れなければ、どこにも居場所なんてない。
無意識に――そう考えていた気がする。
世界は広い。
だから、ここじゃなければもっと別の場所に……居場所があるのだと、どうしてそう思えなかったんだろう。
しがみついて必死になっていた自分が、ちっぽけに思えた。
★物語のテーマやいろいろな兼ね合いから、「転生」にするともやっとするので「転移」タグを付けて、これから先の展開や設定を大幅変更することにしました。
ほのぼのチート路線なのは変わらないので、楽しんでいただければいいなと思います。
★8/20 おむつに布なのですが、うっかり紙とつけてたので取りました。