03 オプションは計画的に
本日更新3回目です。
「そろそろ、願い事は決まった? キラの力を使って叶えてあげるよ」
期待するような目で、キラが俺を見ていた。
そうだった。そういう話しだったな。
もしも、願いが叶うのなら。
俺は――。
「居場所がほしい。俺が俺としてすごせる、誰にも虐げられない……そんな場所が。それと、理不尽なことがあっても、耐えたり、逃げたりしなくていい……誰かを守れる力がほしい」
求めていたものは、昔からずっとそれだけだ。
大した望みじゃないと、笑われるかもしれない。
けれどそれは、どんなに望んでも手に入らなかったものだった。
仁太の記憶も含めて。
「じゃあ、わたしと一緒に世界を創ろうよ! そのための力をあげる!」
「世界を……創る?」
そうだよとキラは微笑んだ。
「現在、神々は力を失っているんだ。神々が所持していた奇跡の力……エレメントが世界へ散ってしまった。でもね、それはわたしみたいな底辺の神様にとって、チャンスなの!」
誰かに願われ、その願いを叶えれば、神様は神様ポイントをもらうことができる。
このポイントを使い、神様の国で買い物をしたり、または自分にポイントを使って神様としてのレベルを上げるらしい。
しかし、願われるのは、有名な神様ばかり。
キラのような底辺の神様は、他の神様達に来たお願い事を下請けして、地道に頑張るしかなかったらしい。
「でもね今なら、他の神様が作ったエレメントをたくさん回収すれば……キラ達でも下克上ができるんだ! そうすれば、一般神から世界神になって、自分の世界を持つことも夢じゃない!」
可能性は無限大だというように、キラは言う。
新しい世界の創造。
それは、つまらなかったこの人生とは比べものにならないくらい――面白そうだ。
「……よろしくな、キラ」
「うん、まかせて!」
俺の言葉に、キラは嬉しそうに微笑む。
「そうと決まれば、早速準備するね。ディスプレイオープン、共有モードで!」
キラの声に応じるように、目の前に半透明なディスプレイ画面が現れた。
ゲームでよく見る、ステータスを確認するやつだ。
「ゲームみたいだな」
「奇跡の力は世界に混乱を引き起こす。早くエレメントを回収させようと、お偉方が人間のゲームを真似て作らせたんだ。システムを作ったのは、仁太の世界にいた日本の神様なんだけどね。よくできてるでしょ?」
なるほど。義務としてやるよりも、ゲームとしてやるほうが意欲が湧きやすい。
そこは人間も神様も一緒のようだ。
「なぁ、どうしてキラは俺にここまでしてくれるんだ?」
「キラは人に忘れ去られた神だったの。でも、仁太が名前をくれて、優しくしてくれた」
気になっていたことを尋ねれば、遠い昔を懐かしむようにキラが目を細めた。
「仁太がくれたパンに、煮干し。紙パックの牛乳……残飯を漁る生活で、それがどれだけの美味だったか!」
キラがぐっと拳をにぎり、力説する。
悪いがそれは……単に給食の残りだ。
仁太は牛乳が嫌いだったので、こっそり鞄に入れて隠してキラに与えていた。
本当は人間用のミルクを猫に与えてはいけないらしいが、当時の仁太は知らなかった。
まぁ、キラは猫ではなく神様だったようなので、問題はないんだろう。
いいように解釈してくれてるみたいだし、黙っておこうと決めた。
◆◇◆
「うーん、悩むなぁ……」
先ほどからキラは、画面とにらめっこしている。
その間にも、この白い空間が段々と狭まってきていた。
黒い闇に端から飲み込まれて行く様子に、焦りを覚える。
「おい、この部屋大丈夫なのか?」
「あまり大丈夫じゃないかな。手続きが終わる前に部屋が消滅すると、仁太が消滅しちゃうし」
不安になって尋ねてみれば、さらりとキラは言う。
「はぁっ!? それなら急げよ! 何をそんなに悩んでるんだ!」
「仁太を神の守護者にするためのオプションを選んでるの。仁太が死なないように、誰かを守れるように。私にできるのは、これくらいだからね。見た目はどうしようか。クレフから変える?」
「好きにしてくれ!」
「じゃあ、仁太の姿で16歳にしよう! 本当は出会った頃の仁太がいいんだけど、精神年齢も下がっちゃうから、幼すぎて大変だろうしね。名前は……新しい名前がいいかな?」
キラは楽しそうに画面を操作していく。
「名前、何がいい? 仁太の顔でクレフだと浮いちゃうし、仁太の名残は残したいから、ジータなんていいと思うんだけど」
「それでいい!」
即答すれば、キラが嬉しそうに画面へと名前を打ち込む。
「余ったポイントも加護に振ろうと思うんだけど、何がいいかな? ジータは寝相が悪いし、寝冷えを防いでくれる『ぽかぽか神の加護』は必須だよね。口内炎ができなくなる『チョララ神の加護』とマッサージが劇的にうまくなる『もみもみ神の加護』と……どっちがいい?」
「その3つはいらないだろ!」
「えぇっ!? 重要だよっ!?」
そんな会話を繰り広げ、キラを急かす。
闇はすでに、足先まで迫っていた。
「『神星』っていうアイテムが出てくるから、それを食べてね」
キラが画面のボタンを押す。
『警告』という文字が表示され、画面全体が赤く点滅した。
「あとね、守護者を創り出すと、神様はレベルゼロの赤ちゃんになるから。後はよろしくね!」
「ちょっと待て! そんな重大なことは先に言え!!」
ウィンクしながらキラは言ったが、そんな軽いノリで済ませていいことじゃない。
「こんなわけのわからない状況で、俺を1人にする気か!」
「大丈夫! 記憶も失うけど、神様ポイントを貯めて、育ててくれればまた元通りになるよ!」
「それ、全然大丈夫じゃないぞ!!」
混乱する俺を余所に、キラは画面へ手を伸ばす。
『神ポイントを還元――レベル、ランク共に最低へと落ち、心身共に赤子のようになります。本来の力も記憶も失われ、非力な存在になりますが本当によろしいですか?』
機械的な女性の声が、あたりに響く。
「ごめんね。本来は神様ポイントで、眷属にする薬を買うべきなんだけど、そんなポイント持ってなくて。でも、キラの体に蓄えてある力で、ジータの願いを叶えるよ」
優しくキラが俺に微笑む。
「自分を犠牲にまでして、どうしてそんなことをするんだ!!」
そんなの望んじゃいない。
叱りつけた俺の頬に、柔らかな唇の感触がした。
「……君が、ただ仁太の記憶を持っているだけの子だったら。わたしはここまでしていないんだよ。誰かのために、愚かな選択ができる君だから。わたしのために、仁太でいようとしてくれる君だから。だから――大好きで、わたしも何かしてあげたいと願うの」
最後の確認ボタンを――キラは躊躇なく押した。
その姿が光に包まれ、薄れていく。
「大丈夫だよ。君も仁太と同じ《変化をもたらす者》だったから、世界の理から外れる瞬間まで見守ることしかできなかったけど……ずっと側にいたから、ちゃんと知ってるんだ!」
「知ってるって、何を!」
「君ならできるってこと!」
迷いなく、キラは言う。
どうして――俺をそこまで信じることができるのか。
キラの体が光に包まれ、縮んだ。
その光が俺の腕の中に収まれば、そこにはおしめをつけた赤ちゃんがいて――きゃっきゃと笑っていた。
続けて、俺の目の前にシャボン玉のようなものが舞い降りてくる。
中には紫色の星型をした石が入っていた。
キラの額にあった石――これが『神星』なんだろう。
赤ちゃんになってしまったキラの額に、星の石は埋まっていなかった。
「……覚悟を決めるしかないよな」
紫色の大きな金平糖のような星を、口に入れて噛み砕く。
ほんのりと甘いような気がした。
『――あなたをキラ神の守護者として認識しました。神様権限を譲渡します』
どこからか機械的な女性の声が聞こえ、目の前にウィンドウが現れる。
ちょうど画面は、アイテムのページのようだった。
★キラ(レベル0/ランク1)
詳細:キラ神が赤子化したもの。
人間にすると約1歳。
首はすわっている。
状態:ご機嫌だが、そろそろおしっこしそうだ。
★死神の部屋
詳細:死にかけの生命に使える。
存在を世界から切り離し、保持する。
死ぬ間際のオプションとして人気。
かなりお高い。
状態:崩壊まであと1分
なぜキラがアイテム扱いされているのかとか、気になることはあるが取りあえず置いておく。
大切なのは、『死神の部屋』の崩壊時間だった。
「おい、キラ! どうやって脱出すればいいんだ!」
「だぁ!」
やっぱりというべきか、言葉は通じないようだ。
せめて脱出方法は教えてほしかった……!
「ジィタ!」
「俺がわかるのか!」
発音がたどたどしいが、確かに俺のことをキラが呼んだ。
「ん……ふぁ……」
妙に気を抜けた顔を、キラがする。
どうやら、用をたしてすっきりしたらしい。
この神、使えねぇ!
そう俺が気づいたとき、足下の床がとうとう消えた。
「くそっ!」
キラを離さないようにぎゅっと抱きしめ、俺は闇の中へと落ちていった。