表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハイハイから始まるチート無双!  作者: 空乃智春
プロローグ 不運な俺と名も無き神様
2/16

02 愚かな選択と、賢い選択(後編)

本日更新2回目です。

 いつの間にか、俺は白い空間にいた。

 神殿に連れていかれた俺は、その後生け贄として女神を名乗る化け物に食われた・・・・

 つまり、ここは死後の世界なんだろう。


「わたしのことわかる?」


 目の前には、人間離れした美貌の少女。

 歳は16歳くらいだろうか。


 真っ白な長い髪は、闇夜に浮かぶ月のような色。

 体つきは女性らしい丸みを帯びているのに、紫色の瞳は無邪気な子供のように輝いていた。

 そのアンバランスさに、つい目を惹きつけられる。


 こんな美少女の知り合い、俺にはいない。

 けれど、どこかで会ったことがあるような気がする。


「これならわかるかな?」

 少女が目の前で姿を変える。


 真っ白な毛並みの、額に星のマークがある紫の瞳をした猫。

 俺が仁太だった頃、可愛がっていた猫にそっくりだった。



 ◆◇◆


 友達を作ったところで、すぐに転校してしまう。

 仲よしでいようと約束しても、相手は日常から消えた奴のことなんて、あっさり忘れてしまうのだ。

 仁太だった頃の俺は、いつしか人と関わるのをやめていた。


 けれど小学5年生のとき、俺は1人の女の子と仲良くなった。

 この学校でも無関心を貫くつもりだったのだが、目の前でいじめられている子を無視できなかったのだ。


 今思えばあのいじめは、悪ガキ共が好きな子の気を引くためのものだったんだろう。

 けれど女の子にしてみれば、嫌がらせでしかなかった。


 俺は彼女を背に庇った。 

 柔らかそうな頬と、長いまつげに縁取られた目。

 大きなリボンが良く似合っていて、涙を必死に堪えるその様子がいじらしく、保護欲を駆り立てる子だった。

 

 彼女を庇った日から、俺がいじめの対象になり、そんな俺を今度は彼女が庇うようになった。

 彼女もまた転校生で、この学校に馴染めずにいたのだという。

 ずっと転校ばかりで、友達という友達もいなかったらしい。


 彼女の境遇は、俺とよく似ていた。

 いつしか、俺と彼女の間には強い絆のようなものが生まれていた。


 奴らは最初から悪意に満ちた、理解できない生き物。

 ゲームに出てくるモンスターと一緒だよと、彼女は言った。


 全てが敵の、小さな小さな世界。

 でも、俺達の世界はそこだけしかなくて、逃げ出すこともできず、ただ耐えた。


 彼女だけが俺の味方で、俺だけが彼女の味方。

 靴を濡らされても、教科書を破かれたあげく机に詰められても。

 どんなに酷いことをされたって――お互いがいれば平気だった。


 小学校が見下ろせる高台にある、大きな桜の木。

 放課後になると窮屈な学校を出て、そこで過ごしていた。

 額に星のマークがある猫がいて、その場所を俺達は『星猫の桜』と呼んだ。

 2人と1匹で過ごす時間は――穏やかで、とても優しかった。


 それは酷く閉鎖的で……傷の舐めあいみたいなものだったと思う。

 けれど、とても満ち足りた世界だった。



「キラ……なのか?」

 行儀よく座ってこちらを見ている、額に星のマークがある猫。

 その前に膝をついて、手を伸ばす。


「正解っ! ようやく、ようやく会えたよっ!」

 どうやら当たっていたらしい。

 猫が人の姿へと変わり、俺に抱きついてくる。

 勢いがよすぎて、押し倒されてしまった。


「むぐぅ!?」

 よい香りがして、頬にむにゅりとした感触がある。

 結構大きいな……って、そうじゃない!

 思っていた以上に苦しいのと、恥ずかしさと混乱から離れようとすれば、その胸を思いっきり揉んでしまって慌てる。


「はっ! わたしとしたことが、つい興奮しちゃった!」

 肩を叩くようにして抵抗すれば、ようやくキラが離れてくれて、一息つく。


「一応自己紹介するね。わたしはキラ。神様だよ!」

 神様……いたんだな、本当に。

 しかも俺の猫が神様なんて、驚きだ。

 わりと素直に、俺はその出来事を受け入れていた。


「そして、君は仁太。またの名をクレフ・ロイ・ヒューム。今絶賛死にかけ中だよ!」

 楽しそうに、キラがいう。

 死にかけということは、辛うじて死んでないようだ。


「それで、神様であるキラは俺に何のようなんだ? 転生でもさせてくれるのか?」


「残念だけど生まれ変わりって存在しないんだ。死んだら魂は回収されて、全部混ぜられて、新しくまっさらな状態で生まれてくる。古紙回収みたいな感じだと思ってくれたらいいよ」

 夢もロマンもないことを、キラは言ってくれる。

 

「こほん。それは置いといて。わたしは、まだ辛うじて生きている君を幸せにするために来たんだよ!」

 明らかに話しを誤魔化して、キラが咳払いする。 



「本当は、日本で生きている仁太の願いを叶えてあげたかった。けど……それはできなかったからね。仁太は、世界から排除されることが決まっていた人間だったし」

 悲しげな表情で、キラは言う。

 無力だと自分を責めているように見えた。


「排除って、死ぬってこと……だよな。死ぬのが決まってたってどういうことだ」

「仁太は運命量の高い《変化をもたらす者》だったの。《変化をもたらす者》に手出しをすることは、世界神以外禁じられているんだ」


 よくわからなくて、さらに説明を求める。

 キラによれば、運命量とは世界に大きな影響を与える可能性の値のようだ。

 高い数値を持つ者がいると、いきなり魔法のない世界に魔法を使う者が現れたり、予想もつかないことが起こるとのことだった。


「世界は1つじゃなくて、いくつもある。それぞれの世界に、世界神が1人と普通のキラ達みたいな神様が大勢住んでいるの。あっ、世界神は世界のルールを決める、その世界で1番偉い神様のことね!」

 

 前世の俺が過ごしていた世界の世界神は、平穏を望んでいた。

 運命量の高い俺は、世界に不必要。

 前世の俺の死は、そんな理由で決まったらしい。


「仁太が死んだ日は、年に一度神様が同じ場所に集まる月で、わたしはその場にいなかった」

 死ぬ直前の限られた時間なら、世界神の干渉を受けない。

 今、俺とこうやって話しをしているように、キラは存在を別の時限へと囲って、願いを叶えるつもりでいたらしい。

 しかし、それは実現しなかった。

 

「しかも、運の悪いことに……あの日は『星降りの夜』が起こってしまった。星降りの夜は突然起こったエレメントの大移動みたいなものなの。あれのせいで、多くのエレメントが神様の手から離れてしまった」


 愛おしむ手つきで、キラが俺の腕にある星の石を撫でてくる。

 選ばれし者の体にある、星の石。

 奇跡の力を与えるこの石を、キラ達神様はエレメントと呼んでいるようだ。


「仁太のエレメントも、別の世界へ旅立ってしまったの。それを探して、ようやくクレフに宿った仁太を見つけたんだよ」


「ちょっと待て! この石は……元々人の魂なのか!?」

「魂とは別物だよ。そっちは死んだ後、回収されちゃうからね。エレメントは叶うことのなかった願いや未練を凝縮させた……記憶に近いものかな。新しくなる魂には、不必要な部分」

 質問すれば、キラは答えてくれる。

 

「死ぬまでに叶えられなかった強い願いや執念は、奇跡の力を持ったエレメントになるの。周りに開く影響を及ぼすエレメントを鎮めたり、そこに宿る力を使って奇跡を起こして、誰かの願いを叶えたりするのが神様の仕事なんだよ」



 その内容を聞いて、俺は――気づいてしまったことがあった。



「……仁太はこのエレメントの記憶であって、俺の前世じゃないのか……?」



 信じたくはなかった。

 ずっと自分の記憶だと思っていたものが、赤の他人のものだった。


 この記憶も伴う思いも、全て偽りだった。

 そう気づけば、暗闇の中に放り出されてしまったような不安が襲ってくる。



「なっ、何を言っているの!? 仁太は仁太だよっ!?」

 キラは、大きな声をあげた。


「仁太のエレメントが、クレフを選んだんだよ! それに、クレフは幼い頃から自分が仁太だったって思い込んでたから、性格も何もかも仁太そっくりだし。わたしが言うんだから、本当だよ! 仁太そのものだよ!」


 キラが必死に俺の考えを否定すればするほど、確信が強くなっていく。

 先ほどキラは、転生など存在しないと言っていた。

 つまりは――そういうことだったのだ。


 仁太はネット小説と呼ばれるものを好んでいた。

 その中には、異世界へ転生するものが多くあった。

 その知識から幼い俺は、仁太が転生してクレフになったのだと思い込んでいた。

 実際は、クレフが仁太の記憶を得ただけだったのに。


 仁太の存在に、幼い俺は救われていた。


 昔の俺も独りだった。

 だから、今の俺も独りで――平気だ。

 今の惨めなクレフは、本当の俺じゃない。

 

 仁太の知識にあった物語はどれも、異世界で幸せを手にするものだった。

 俺もきっとこんなふうに、人生を変えられると希望を抱いていた。


 そもそも俺は――仁太じゃなかったというのに。



「バカみたいだな、俺」

「仁太はバカじゃないよ!」

 自嘲すれば、キラがそれを否定する。


 キラはずっと仁太を探していた。

 俺に仁太であってほしいんだろう。

 願いを叶えてくれるのも、仁太のためであって俺のためじゃない。


「そうだな。仁太はバカじゃない。バカなのは、俺だ」

「……ちがうよ。そうじゃなくて……」


 拗ねたような物言いになれば、キラが泣きそうになる。

 しまったと思った。


「悪かった。混乱してるだけだから、泣くな」

「……」

 よしよしと、猫にやるように頭を撫でれば、何か言いたげにキラが口を開いてやめる。

 大方、俺の名前を呼ぼうとして、何て呼んだらいいかわからなくなったんだろう。


 他人だと言われたところで、俺は仁太の影響を強く受けすぎている。

 今更切り離すとなると、それこそ人格から変える大仕事だ。

 泣かれるのは苦手だし、うじうじしてるのは性に合わなかった。


「俺は仁太だ。そうだろ?」

 それなら、仁太も俺の一部と受け入れてしまったほうが楽だ。


「うん! 大好きだよ、仁太!」

 嬉しそうに抱きついてくるキラに、これでよかったんだと思う。

 それと同時に、求められてるのは俺自身じゃない寂しさも覚える。


 何が正解かなんて、俺にはわからない。

 だから、難しいことは考えないでおこうと思考に蓋をした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ