15 どうみたってそれは●●●です
「ここです! さぁ、入りましょう!」
サティアのオススメだという店は、大衆食堂といった雰囲気の佇まいをしていた。
看板を確認すれば――『魔物料理専門店』と書いてある。
「ちょっと待て。ここに入るのか? 俺の見間違いじゃなければ、魔物っていう字が見えるんだが……」
書かれている文字は日本語ではないのに、なんとなく読める。
《多言語翻訳》のスキルが働いているんだろう。
料理の前に魔物っていう文字が見えるのは、翻訳機能の誤作動なんだろうか……?
この2つは、絶対なにがあっても合体させちゃいけない単語だと思うんだが。
「大丈夫です!」
俺の戸惑いを余所に、サティアは店の中へと入っていく。
しかたなくその後に続いたが、この店のディスプレイが俺の恐怖心を煽る。
何かの骨の置物や、ゴブリンのような形をした魚拓。
奥の調理場から「ぐげー!!」という謎の悲鳴が聞こえ、生簀にはにゅるにゅると蠢めく謎の触手が詰まっていた。
「いらっしゃいませ!」
牛の頭蓋骨を人間の体にくっつけた何かが、元気よく挨拶してくれる。
額に紫の星が埋まっているところからすると、神様のようだ。
二足歩行して、フリルのエプロンをしていた。
平常心、平常心。
どこから声だしてるんだとか、気にしちゃダメだ。
少々俺には刺激が強すぎるビジュアルだが、落ち着けばいける。
サティアにビビっているのを悟られるのも、格好悪い。
「あら、サティアちゃん彼氏? しばらく見ないとおもったら!」
「ちち、違いますよ! 店長さんったら! 森で困っているところを助けてもらったんです!」
からかわれたサティアは真っ赤になりながら、テーブル席へと逃げていく。
いらっしゃいと、店長さんがカタカタと骨を鳴らしながら迎えてくれる。
声や喋り方から察するに、おばちゃんみたいだ。
「ふぅん、なかなか男前じゃないの」
店長さんに行く先を塞がれ、ジロジロと観察される。
目の部分は空洞なのに、見られているとわかるから不思議だった。
「あ、ありがとうございます……。す、すみませんが、赤ちゃんが食べられそうなメニューってありますか?」
会話に困り、メニューについて尋ねてみる。
キアカの実も食べられたので、キラも柔らかいものならいけるはず。
食べるかはわからないが、一応与えてみようと思った。
「そうだねぇ、なら特別メニュー用意しようか。だし汁で煮込んだ米でどうだい?」
「ありがとうございます」
お礼を言えば、きゅぽっという音と共に店長が自分の頭を取る。
「なっ!?」
「じゃあさっそく、出汁をとらなきゃね! 作りがいがあるわ!」
予想外の事態に固まれば、店長さんはウキウキとした足取りで調理場に入っていった。
その牛の頭蓋骨で出汁を取る気なのか……!?
いやその前に、それ着脱可能なのか!?
出かかったツッコミを無理やり飲み込んで、サティアのいるテーブルに座った。
「……」
考えるな、俺。
たとえあの頭蓋骨で出汁を取ったとして、食べるのはキラだ。
「元気ないですけど……大丈夫ですか? やっぱりお腹が空くと元気でませんよね!」
平気だとサティアに答えた俺の声は、我ながら疲れているなと思った。
◆◇◆
「もうお腹いっぱいなんですか?」
「いや……なんというか、美味しいんだけどな」
サティアに苦笑いで答える。
俺の目の前には、うごめいている触手にぬめった何かをかけた料理があった。
ちなみにメニューは、サティアに全てお任せした。
いや、メニュー表の字は読めたんだ。
字は読めたんだよ……。
ただ、アウルベアのはらわた煮とか、コカトリスのTKGとか。
メニュー名以上に材料がよくわからない品が多かった。俺の記憶ではそれらは伝説上の化け物の名前だ。
どれも頼みたくねぇ……そう悩んでいたら、サティアが選んでくれたのだ。
つーかさ、これさっき生け簀の中にいた奴だろ。
白くてぷにぷにしてたのがこんがりきつね色になって、その上から緑色した半透明のゲルがかかってるけど絶対そうだ。
触手のぬめりスライムのあんかけが、この料理のメニュー名だったりする。
魔物料理専門店と看板に書いてあった時点で、嫌な予感はしてたんだよな……。
「ここ、量が多いのに安くて美味しいんですよ! そのわりに何故かお客さん少ないんですけどね。うーん、どうしてなんだろう?」
サティアは不思議そうにしてるが、俺には理由が手に取るようにわかった。
材料が魔物だから、安い値段で提供できるんだろうな……。
「活きがいいうちに食べてください。私のオススメなんですよ!」
なんて、サティアに言われて一口食べたら、意外にも美味しかった。
美味かったんだが……食欲が湧かない。
ものすごく。
しかし、残すのも悪い。
だから、足下にいるマロへプレゼントすることにした。
もちろんサティアが見てない隙に、こっそりとだ。
幸いサティアは食べるのに夢中で、気づかない様子だった。
お腹は多少空いているが、まぁ……明日の朝まで我慢しよう。
それにしても、サティアはよく食べるな。
すでに3人前は食べてるんだが、まだその速度は落ちない。
「サティア……まだ食べるのか?」
「はい、お腹空いちゃって!」
てへっと可愛くサティアは笑う。
結局、サティアは5人前をぺろりと平らげ、俺は食べるのもそこそこに店を出た。
◆◇◆
「私、この間からずっとこの宿に泊まっているんです。同じ部屋なら身分証の提示は1人でいいと思うので、私と同じ部屋でもいいですか?」
宿屋の前で、サティアが確認してくる。
「あぁ、俺はいいが……サティアはいいのか?」
「はい。男の人と同じ部屋……というのは緊張しますが、お兄さんはいい人だってわかってますし」
悪いなと思いながら訪ねれば、もじもじとしながらサティアが微笑む。
その好意に甘えることにした。
「こちらに昨日から泊まっている者ですが、2人部屋に変更してもらえますか? 差額分はこれで」
店員に話しかけ、サティアがポケットから取り出したのは……どこからどう見てもスマホだった。
液晶画面をサティアが押せば、空中に半透明のウィンドウが表示される。
コインのようなマークと、2,000神様ポイントという文字。
そのマークが、店員の元へと移動したかと思えば、店員の持つ大きなスマホ……というかタブレットの中に吸い込まれて消えた。
ファンタジーかと思えば、やたらハイテクだな!
月刊少年雑誌を魔道書と思うようなサティアだったから、スマホなんて持ってないと思っていた。
どうやらこのスマホが、サティアの言っていた『パス』であり、身分証のようだ。
先ほどの店では、サティアが支払うところを見てなかったんだよな……。
サティアが会計してる間、キラのおしめを換えてたし。
「サティアもスマホ持ってるんだな」
「すまほ……? 何のことですか?」
部屋につくなり呟けば、サティアが首を傾げる。
「ほら、これのことだよ」
「えっ……パス、ジータさんも持ってたんですか? それ眷属と神子にしか与えられないものだから、てっきり持ってないと思っていました」
神スマホを見せれば、サティアは驚いた顔になった。
「この世界にもスマホがあるんだな。まさかパスがスマホだと思わなかったから、驚いた」
「そのすまほっていうのが何かわからないんですが……」
サティが首を傾げる。
「電話したり、メールしたりするやつだよ。このパスと同じ。クレフの世界ではなかったんだが、仁太の世界ではわりと持ってる奴が多かったんだ」
説明すれば、余計にサティアはわからないという顔をした。
「でんわとめえるとは何でしょう? このパスには、身分証の機能とギルドからの依頼通知機能、エレメントの管理機能と、そしてお金を支払う機能しかついていませんよ? それに、仁太さんの世界に魔法はなかったと聞いたように思うのですが、魔法の石版も存在していたのですか?」
「……これ、魔法の石版だと……サティアは思ってるのか?」
どうみても、日本にいるときに俺が使っていた電子機器そのものなんだが。
「えっと、ジータさんが何を聞きたいのかよくわからないんですが……これ、世界に散らばったエレメントを集めるために、神様がつくりだした魔法の石版なんです。全ての神子と眷属はこれを持たされているんですよ」
困った顔をしながら、サティアが俺に説明してくれる。
「……動力は?」
「魔法です。たぶん。もしくは、神様の不思議な力ですね!」
不思議なものは、大抵魔法か神様の力で説明がつく。
そう言わんばかりに、サティアは何の疑問も持っていない笑顔で答えてくれた。