12 抗えない誘惑
「危なかった……」
敵に追い詰められるならまだしも、自分の魔法で死にそうになるってどうなんだ。
抱きかかえていたサティアを地面に下ろしながら、安堵の息を吐く。
「きゃっきゃ!」
俺の背中ではこっちの苦労も知らずに、キラはご機嫌の様子だ。
火柱があがるたびに大喜びだったので、遊びだと思っているんだろう。
あの位置からすると、黒いファルガルは火柱に巻き込まれたはずだ。
エレメントを回収しようと元の場所へ戻れば、黒いファルガルが倒れていた。
俺が近づくと目を開けて、震える足で立ち上がる。
まだ闘おうっていうのか……?
身構えた俺だったが、黒いファルガルは頭を下げ、そして腹をさらけ出してきた。
「へっ?」
「くぅーん!」
犬がよくやる服従のポーズ。
はち切れんばかりに振っているその尻尾と、キラキラした瞳に闘う意志はみられない。
まるで大きなクッションのように、ふわふわと俺をさそう腹。
おいでおいでと招くような手と、尻尾を振りすぎてその反動で地面を動く体。
そのどれもが――魅力的に俺を誘っていた。
「……」
そっとサティアを地面に下ろして、杖をにぎらせる。
俺はそのまま、黒いファルガルのお腹へダイブした。
「お、おお……お兄さんっ!? どうして《煉獄の狼》のお腹に頬ずりしてるんですか!? 危険ですよっ!!」
至福のときを楽しんでいるというのに、サティアが引きはがそうとしてくる。
黒いファルガルの毛質は意外と柔らかく、少々獣臭いのが逆に癖になりそうだ。
もふもふしても嫌がることなく、もっとやってというように身をよじらせている。
なかなか可愛い奴だ。
仁太だった頃は転校ばっかりで、ペットなんて飼わせてもらえなくて。
だから、野良猫であるキラを可愛がってた。
クレフだった頃は、自分が生きていくのに精一杯で、そんな余裕なかったし。
俺、ずっと大型犬飼うのが夢だったんだよな。
あとキラには言ってないが……猫より断然犬派なんだ。
「よし……決めた」
「な、何をですか……?」
真剣な俺の声につられたのか、サティアがごくりと息をのむ。
「お前の名前は、マロだ。マロ眉だしな!」
くつしたとか、クロって名前もいいが、やっぱりシンプルにこれだろう。
「がう!」
どうやら気に入ったみたいで、マロが顔を舐めてくる。
顔がよだれでベタベタになるが……まぁ可愛いから許す。
「お兄さん名付けてる場合じゃないですっ! これ、あの《煉獄の狼》なんですよ!? いい加減離れてくださいっ!」
サティアが背後から俺に抱きついて、黒いファルガルから引きはがそうと力をこめる。
俺とサティアに挟まれたキラが、楽しそうに声をあげる。
遊んでいると思ったのか、マロも体を起こして俺に抱きつこうとして……その瞬間、その体を柔らかな光が包み込んだ。
マロの額から、エレメントがぽろりと取れた。
するとマロの体が縮んで、小型犬くらいの大きさになる。
「わぅっ!」
先ほどまでの低く響く泣き声と違う、可愛らしい声で吼え、マロが俺の膝に顔をなすりつけてくる。
他のファルガルに比べて大分小さいが、子犬なんだろうか?
体の色も他のファルガルと違うが、変わらないところからみると元々こういう色みたいだ。
「大分……縮んだな……」
「なんで残念そうなんですか。エレメントから解放されたんですから、よいことなんですよ!?」
この大きさだと、抱きついて顔を埋めてモフモフができない。
小さいのも確かに可愛いが……サティアには俺の落胆が、全然わかっていないようだ。
「とにかく、エレメントを回収してくださいお兄さん。これはお兄さんが手に入れたものですから。《刻印》を刻めば……お兄さんのものになります」
サティアは一瞬ためらってから、俺にそう言った。
本当は自分が手に入れたかったんだろう。
《煉獄の狼》のエレメントは、血のような赤から青へと変化している。
もう暴走状態ではなく、ノーマルな状態に戻ったみたいだ。
何かわけありみたいだし、これはサティアに譲るか。
別にエレメント集めに、期限があるわけじゃないしな。
「なぁ、このエレメントがどうしてもほしいなら……」
サティアにやるよ。
そう言おうとした俺の目の前で、《煉獄の狼》のエレメントが弾けて消えた。
『おめでとうございます! 《煉獄の狼》をエレメント浄化したため、神様ポイント3万を手に入れました!』
>>獲得神様ポイント3万
>>浄化したエレメント 《煉獄の狼》
>>エレメント図鑑に、新たなエレメントが登録されました!
ファンファーレが聞こえたかと思えば、目の前にウィンドウが現れる。
エレメント図鑑のページには、《煉獄の狼》の項目が増えていた。
スキル鑑定をしたときにはなかった、『願い』の欄が追加されている。
この間の《偽りの冠》のときは、『怨念』という項目が出ていたはずなんだが……。
『生前森で最強だった《煉獄の狼》は、自分が従うにふさわしい強い相手を求めていた。しかし、彼が生きている間に現れることはなく、病気で死亡。森の神が彼の願いをエレメント化した。主人と思える相手を見つけ、名をもらったことで満足し、浄化された』
機械音声が読み上げてくれる。
俺の準備が整うまで待ってたのは、闘いが目的だったからと思ってよさそうだ。
生前はさぞかしストイックなワンコ……もとい、ファルガルだったんだろう。
というか、願いを叶えたら神様ポイントがもらえるとは聞いていたが、エレメント相手でもポイントが入るんだな。
あと、値段の差が激しいな!
前回が高かっただけに安くみえるぞ!?
闘いは正々堂々とっていう《煉獄の狼》と違って、前の《偽りの冠》は魂を食らってたし、被害も出してたから1000万なんていう破格だったのか。
エレメントの危険度によって、神様ポイントに差がありそうだ。
「なっ……どうしてエレメントが消えたのです!?」
俺と違って、ウィンドウの音声が聞こえていないサティアは混乱した様子だ。
「どうやらエレメントを浄化したみたいだ」
「浄化って、あんな凄いエレメントを浄化しちゃったんですか!?」
サティアの声には、驚きと同時にもったいないというニュアンスが含まれていた。
《刻印》を施して、エレメントを鎮めた場合。
そのエレメントを、次回から自分のものとして使うことができる。
しかし、《浄化》や《エレメント分解》をしてしまった場合、そのエレメントは消滅。
神様ポイントが手に入るが、そのエレメントは失われるとサティアは説明してくれた。
「そういう理由から、エレメントは浄化せずに取っておく方も多いんです。それに『浄化』はそもそも難しいんですよ。エレメントが持つ願いや未練は、亡くなってしまった本人や、願いを受けた神様しか本来知りませんから」
エレメントの持つ願いを見抜き、叶える。
それはとても困難なことなのだと、サティアは言った。
「正直、惜しいことをしたと、未熟者の私は思ってしまいましたが……お兄さんのしたことは素晴らしいことです!」
サティアが優しい眼差しを俺に向けてくる。
「誰かの叶わなかった願いを、お兄さんが叶えたのですから。名前を付けだしたときには、何を考えているのかと思いましたが……あれも全て浄化のためだったんですね」
俺の行動は、全て計画的だった。
そう、サティアは勘違いしてるみたいだ。
「お兄さんは、凄腕の魔法使いなうえ、心優しい神子様なんですね。尊敬します!」
「いやそうじゃなくてだな。全部偶然なんだよ。あと、俺は神子じゃなくて、神の守護者なんだ。これが俺のところの神様」
これ以上褒めちぎられても困るので、背中のキラを指さす。
サティアがキラを見たまま、目を大きく見開いた。
「神様って、その赤ちゃんが……ですか?」
「そうだ」
「だぁっ!」
サティアに頷けば、挨拶するかのようにキラが声をあげた。