11 それはまるでバーベルのように
「俺は魔法使いじゃない」
サティアの頭の下に、少年マンガ雑誌を挟んで立ち上がる。
「ま、魔道書を枕になんて恐れ多い……!」
「いや、これ魔道書じゃないから」
「こんな分厚くて、色とりどりの紙を使った本、魔道書以外ありえません! 人の技術で作れる厚さじゃありませんし、隠そうとしても落ちこぼれの私にだって、それくらいわかりますよ!」
誤魔化されませんよと、サティアが鼻息荒く力説してくる。
寝たまま頭を浮かせ、少年マンガ雑誌をぷるぷると震える腕で胸に抱く。
これがあの魔道書なんですねと感動した様子のサティアだが、胸の上で手を組むポーズは、やめたほうがいいと思うな。
顔色の悪さから、今にもお葬式が始まりそうだ。
魔道書は、魔法のことが書いてある本。
その程度しか俺には知識がない。
だが、魔法使いを目指す者にとっては、涎が出るような一品なんだろう。
というか……本当に、魔道書じゃなくてただの少年マンガ雑誌なんだが。
まぁ、後で誤解は解けばいいか。
オスのファルガル達は、俺を警戒して様子を窺っている。
次の手はどうしようか。
そんなことを考えていたら、メスのファルガル達が近寄ってきた。
甘えるような声を出し、頭を下げて、尻尾を振ってくる。
「ファルガルは人に懐かないのに……この魔道書といい、一体お兄さんは何者なんです!?」
サティアがありえないと声をあげる。
彼らにとって、火柱が強さのステータス。
そのあたりにいるファルガルのオスよりも、俺のほうが強いとメスは判断したんだろう。
動物は好きだが、求愛されても困る。
俺、獣じゃないし。
子作りもできないぞ?
そして、俺に対するオス達の敵意が……凶悪なくらいに増していた。
全員で俺の出した火柱に対抗しようと、協力して魔力を練っている。
嫉妬心がメラメラだ。
大きな火柱をぶつけられると、サティアもいることだし厄介だな。
しかたない。
火柱の魔法を紡ぎ上げる前に、妨害させてもらおう。
『風呂上がりに髪を乾かす程度の風魔法』を使うか。
上手くいけば、向かい風を吹かせてファルガル達を吹き飛ばせる。
けど強すぎると、反動で俺が吹き飛ぶ可能性もあるな……。
そこでふと、サティアの横にある杖が目に止まった。
魔法を補助する道具があれば、力をコントロールしやすくなるんじゃないだろうか。
「この杖借りるぞ!」
サティアの杖を掴む。
しかし、持ち上がらなかった。
「くっ……!?」
どういうことだ。普通の重さじゃないぞ!?
両手でバーベルを持ち上げるようにしてみたが、数10センチ浮かせただけで、また地面に置き直した。
「すみません、私の杖は特別製で重めなんです……」
サティアは恥じらうように頬を染めているが、重めとかいうレベルじゃない。
……サティアは軽々と振り回してたよな?
こんな女の子に持てて、俺に持てないはずがない。
もう1度チャレンジする。
『重量物です。神の守護者モードをオンにします』
頭の中で機械音声が聞こえたかと思えば、いきなり杖が軽くなった。
「うおっ!?」
持ち上げようと力んでいたので、勢いで後ろに倒れそうになったがどうにか踏ん張る。
『神の守護者は、人に紛れるには強すぎる力を持つため、普段は身体能力をセーブしています。以後、通常時はセーブモードにし、重量物を持つ、敵が周りにいるなどの場合にのみ、自動で守護者モードへ切り替わるよう設定しますか?』
とりあえず脳内で「はい」と答えれば、設定しましたと音声が聞こえた。
今の杖は、ちょうどしっくりくる重さだ。
素振りをしてみたが、振り回しやすい。
「お兄さん、私の杖を……そんなに簡単に……? 20キロ以上はあるんですよ!?」
サティアは信じられないと呟く。
俺からすれば、サティアがこれを持ち歩いていることのほうが驚きだ。
★ヘヴィメタルの杖
種類:打撃用の杖。
効果:相手に重い打撃を与える。
魔力を高める効果は一切ない。
詳細:破壊力抜群。
重すぎて、常人は扱えない。
杖にステータス鑑定を使う。
打撃用って……サティアは魔法使いじゃなかったのか?
その浮き世離れした服装と、持っている杖から勝手に魔法使いだと思い込んでいた。
★サティア・カークス・レディバード
詳細:魔神『カークス』の神子。
代々神子を務める家柄。
優秀な魔法使いを出すことで有名。
しかし、サティアは魔法を使えない。
幼い頃から病弱。
これでも大分元気になったほう。
状態:空腹と筋肉痛で動けない。
ステータス鑑定を使えば、サティアの情報が出てくる。
魔法使いの家系ではあるが、魔法は使えないみたいだ。
そして、本当に空腹なだけなのか。あと筋肉痛。
それなら、心配する必要もなさそうだ。
というか、ステータス鑑定って個人情報筒抜けにもほどがあるな。
まぁ、本来は使えるのが神様だけだから、問題ないのか。
「グォォォォォ!」
そんなことを考えていたら、大きな咆吼が聞こえた。
ファルガル達が魔法を紡ぐのを止め、尻尾を丸めて後ずさる。
森の奥からやってきたのは、黒い毛並みのファルガルだ。
眉の部分と足先だけが白く、その額には赤い星が埋まっており、図体は牛くらいある。
「あれは……《煉獄の狼》! 私が探していた獲物です!」
どうにか上半身を起こしながら、サティアが叫ぶ。
黒いファルガルが、喉をそらすようにして天に向かって火柱を上げる。
俺の火柱と同等……もしくはそれ以上。
こちらの炎は、青色をしていた。
黒いファルガルは、まっすぐ俺を見ていた。
――勝負を挑まれている。
そう、はっきりと気づく。
奴は、火柱を出したのが俺だと確信しているようだ。
「お兄さん、逃げてください! 《煉獄の狼》は強力な炎魔法のエレメント! すでに何人もの神子を返り討ちにしています! 例えお兄さんが大魔法使いでも、そう簡単に勝てる相手ではないのです!」
「お前、あいつに挑もうと思って探してたんじゃないのか!?」
杖を構えた俺を、サティアが止めてくる。
「……差し違える覚悟だったのです。どうしても《煉獄の狼》のエレメントが必要で……」
困った顔をするサティアには、色々事情があるようだ。
「《煉獄の狼》は、最強のファルガルがエレメント化したもの。あのファルガルはそれを手に入れて、このあたり一帯で暴れていたのです。しかも、エレメントの色は報告を受けた黄色ではなく、赤に変化している……暴走状態なんですよ!」
危険だとサティアは言って譲らない。
確か偽神を倒したとき、黒のエレメントの記憶の中で、同じようなことを言ってたな。
青だと安全、黄色だとエレメントに意識を乗っ取られる手前、完全に乗っ取られると赤色になるんだったか。
……まるで信号機みたいで、覚えやすい色合いだ。
「あのファルガルは、自我を持っていません。エレメントの持つ願望を叶えるためだけの、人形と化しています。暴走状態は、使用者の能力を無理やり何倍にも引き出すのです!」
サティアが説明してくれる。
だが、暴走しているわりには大人しいというか……黒いファルガルは、俺の準備が整うのを待っている。
今隙だらけのはずなのに、どうして襲ってこないのかがわからない。
一応、ステータス鑑定だけはしておくか。
情報はあったほうがいい。
★黒いファルガル
詳細:《煉獄の狼》に精神を乗っ取られている。
状態:暴走
特に目新しい情報はないみたいだな。
額にあるエレメント自体に、ステータス鑑定を使ってみるか。
ん……画面が開かないな。
もしかして、スキル鑑定のほうじゃないといけないのか。
★煉獄の狼
種類:エレメントスキル
効果:炎魔法『煉獄の炎』使用可
炎魔法威力向上
炎耐性強化
身体能力の強化
詳細:生前は一匹狼。
闘いを好んでいた。
状態:暴走
なるほど、エレメントはスキル鑑定じゃないといけないみたいだ。
確かにサティアがいうように、強そうなエレメントだ。
さて……やりますか。
ぐっと杖をにぎる手に力を込めれば、ようやく準備ができたかというように、黒いファルガルが姿勢を低くする。
先に攻撃をしかけてきたのは、黒いファルガルだった。
爪が迫り、それを半身になって避ける。
ファルガルの攻撃は重いが、フリががでかい。
ただ、次の手が早くてフェイントもしかけてくる。
ただの獣のくせに……なかなかやるな。
杖を振り下ろせば、黒いファルガルの体に当たり吹き飛んだが、うまく受け身を取られた。
すぐに体勢を立て直し、炎を吐いてくる。
「くそっ!」
ひときわ大きな火柱をどうにか避ければ、黒いファルガルは勝ち誇ったように一吼えする。
俺に向かって軽く炎を吐いた。
この火柱を超えられるものなら、超えてみろ。
そういう挑発のようだ。
「へぇ……そっちがその気なら……」
売られた喧嘩を買ってやろうじゃないか。
魔力の絞り方はわからないが、つぎ込み方なら何となくわかる……気がする。
体の中心から魔力が湧き出るイメージ。
流れを手のひらへと集中させ、練り上げて放出するイメージを描く。
「《リプカ》っ!」
呪文を唱えれば、俺の炎が雄叫びをあげた。
夕焼けの空がさらに赤く染まり、その赤が木々を五本、六本と食らっていく。
炎の柱は範囲を広げ、どんどん膨れあがり。
それでもまだ足りないと、その内側に貯めこんだエネルギーを放出しようと待ち構えていた。
「……まずい!!」
途中で魔力を注ぎ込むのをやめ、サティアを抱き上げて、全速力で退却する。
ファルガル達も危険を感じ取ったのか、一目散に散っていった。
柱が一度収縮して、それから大きく弾ける。
轟音が鳴り響き、地面が揺れる。
振り返れば、炎が雲を突き抜け――そして消えていった。