01 愚かな選択と、賢い選択(前編)
シリアス分が多いのは前半3話くらいで、あとは無双したりほのぼのしたりです。
人生には時として、人として正しいが愚かな選択と。
人として賢いけれど、非道な選択を迫られる時がある。
今、俺が置かれている状況が――まさにそれだ。
「助け……助けてっ!」
人混みをかきわけて走りながら、13歳くらいの少女が泣き叫んでいる。
その右目の下には、星型の小さな石が埋まっていた。
彼女を追いかけているのは、神官達だ。
街の人々は、関わりたくないと思っているんだろう。
誰も助けようとしない。
数十年ほど前、異常なまでの流れ星が世界に降り注いだ。
その日を境に、魔物が増え、奇怪な出来事が起こるようになった。
神官達がいうには、これは全て、女神・ソニアが弱体化してしまったせいらしい。
女神が力を取り戻せば、世界はまた平和に戻る。
そのためには、選ばれし者が神殿で祈りを捧げる必要があるそうだ。
選ばれし者は体に星型の石を持ち、奇跡の力を使うことができる。
教会は賞金をかけて彼らを探しだし、神殿へと攫っていく。
その奇跡の力を、女神へと与えるために。
そうやって神殿へ連れていかれた者達は――誰1人として帰ってきていない。
生け贄として、女神へ捧げられているという噂だった。
この国では神殿の力が強い。
選ばれたのは、名誉なこと。
祈りを捧げるのは、義務。
そう教えられているから、誰もが神殿の行動を疑いながら、声には出さない。
神殿で選ばれし者が祈りをささげているおかげで、世界はこの状態で保たれている。
そんな言い分を信じている人が多かった。
そこに救いがあるから、誰もが目の前の理不尽に目をつぶる。
本当にバカらしい話しだ。
日本にいた頃の俺の常識からすると、考えられない。
けれど、これが――今の俺が生きている世界だった。
少女は神官達の手をすりぬけ、未だに広場を駆け回っている。
だが、捕まるのは時間の問題だ。
――賢くなれ。
彼女を助けたら、努力が全て水の泡だ。
可哀想だが、『選ばれてしまった』のだから、しかたない。
他の奴らみたいに、見て見ぬふりをすればいい。
ようやくここまできたのに、全てを台無しにするわけにはいかないのだ。
自分に強く言い聞かせる。
右腕にある星の石を、服の上から強く押さえた。
◆◇◆
物心ついた頃には、俺は独りだった。
下町で日々を辛うじて生きていく生活。
そんな中、突然前世の記憶を思い出した。
――前世の俺は、仁太という日本人だった。
仕事人間の両親は、俺に無関心。
各地の学校を転々とし、友達もなかった。
ようやく友人といえる子が俺にもできたのだが、俺は判断を誤った。
彼女のためと思ってしたことが彼女を傷つけ、誤解を解こうと呼び出したその日、彼女は事故にあって亡くなってしまった。
その死がきっかけで、俺は引きこもりになった。
久々に外に出たところ、ベランダから女の子が落ちそうになっていて。
それを助けた際に、後頭部をアスファルトに打ち付けて死んでしまった。
次に気づいたときは、異世界で新しい人生をというわけだ。
しかし、すでに親はなく、明日のご飯も怪しかった。
今度こそは――幸せな人生を生きてやる。
そう決めた俺は、前世の知識をフルに使い、成り上がった。
そして気づけば、下町では有名な存在になっていた。
頭角を現した俺に、父親という男が現れたのはこの間のことだ。
どうやら俺の父親は、貴族だったらしい。
母親とは身分違いで別れ、子供がいたとは知らなかったようだ。
父親は、俺を引き取りたいと言ってくれた。
庶民から、貴族へ。
まるで、シンデレラストーリーのような話だが現実だ。
そして今度こそ……俺が望む幸せがそこにあるはずだ。
なのに、どうして俺は。
こんなにも――愚かなのか。
「こっちだ、こい!」
「……えっ!?」
神官に追いかけられている少女の手を引く。
「そこのお前! 庇うと罪に問われるぞ!」
「怯えてる女の子を追い回すのが、神官の仕事なのかよ!」
大丈夫、逃げ切れる。
俺には特別な力があるのだから。
ただ、人目がある場所で力を使うのはマズイ。
俺も選ばれし者だとバレてしまう。
角を曲がったところで、力を発動させた。
こうして俺は、また――愚かな選択をしてしまったのだ。
◆◇◆
一瞬にして辿り付いたのは、屋敷にある自分の部屋だ。
俺はテレポートの能力を持っていた。
1人で生きていた俺が、身を守ることができたのはこの能力のおかげだ。
この力を使えば、危険な目に遭っても、一瞬で安全な自分の部屋へと逃げることができた。
ただ、自由に好きな場所へいけるわけではない。
テレポート先は、自分が寝泊まりしている場所と決まっていた。
「助けてくれて、ありがとう。お兄さんも、選ばれし者?」
「人がこないうちに、そこの窓から出ろ。もう、捕まらないようにな」
これ以上の面倒事はゴメンだ。
手で追い払う動作をすれば、少女は深々と頭を下げた。
「クレフ、起きているか? 約束の時間より早いが、用意が整ったんだ」
「少し待っててください! 準備をしてから書斎へ行きます!」
ノックの音とともに父の声がして、急いで少女を窓から出す。
ここは2階だが、バルコニーから出られるように紐がくくりつけてあった。
今日の朝、俺が部屋を抜け出すときに用意したものだ。
もう貴族になるのだから、下町の奴らとは付き合いをやめろと言われていた。
だから父には内緒でこっそりと、見納めに行っていたのだ。
服を着替え、髪を整えてから、父の書斎へと急ぐ。
深呼吸してから、扉を開けた。
「失礼しま……っ!?」
書斎には、父以外にも人がいた。
目の前には立派な髭を蓄えた神官と、お付きといった雰囲気の神官がさらに2人。
先ほどまで追いかけられていた俺は、思わず過剰な反応をしてしまう。
「どうした、クレフ。緊張しているのかね? 早く中へ入りなさい」
「は、はい……」
父に促されて、部屋の中へと足を踏み入れる。
俺の背後で、扉の鍵がかけられる音がした。
振り返れば、そこにはさらに神官が2人いて、嫌な汗が背中に垂れる。
「どうしてこの場に……神官様達がいるのですか?」
「何を言っているんだ、クレフ。お前と私が親子であるということを、正式に認めてもらうために決まっているだろう。子供の頃に受けられなかった洗礼も、受けさせようと思ってな」
俺の言葉に、父が笑う。
たしかに戸籍管理や洗礼は神殿の仕事だ。
おかしな話しじゃないし、筋は通っている。
彼女を助けるために巻いた神官達と、屋敷を訪れている神官はイコールじゃない。
それに顔だって見られてはいないのだから、過剰に反応しすぎだ。
けど、さすがに神官が5人は多くないだろうか。
いや……貴族ともなると、これが普通なのかもしれない。
「ここにサインをするんだ、クレフ。それで君は正式に私の息子となり、この家の跡継ぎになる」
父が書類にサインを促す。
名実ともに、俺はこの家の息子となる。
正妻もなくなり、この家には跡取りもいない。
だから父の家族は俺だけで、俺の家族もまた父だけなのだ。
「これでお前は私の息子だよ、クレフ」
書類にサインすれば、父が笑う。
瞬間、俺は左右から拘束された。
「っ! いきなり何を!」
神官達が俺の服を脱がしにかかる。
抵抗したが、4人がかりであっさりとシャツをはぎ取られた。
「あぁ、やっぱり。お前は選ばれし者だったんだな。街で噂を聞いたときから、もしかしたらと思っていたんだ。16の子供にしては賢すぎると思っていた。その奇跡の力で、お前は成功を得たのだろう?」
くくっと父が笑う。
優しい親の顔は、そこになかった。
そんなものは幻想だったのだと、目の前につきつけられる。
ここまで成り上がったのは、前世の知識であり、俺の実力だ。
決して、この星の石に宿る力じゃない。
けれど父は、俺が奇跡の力を使って、ここまで成り上がったと思っているようだった。
「あなたは……俺の父親ではなかったのですか!?」
「血は間違いなく繋がっているよ。顔がそっくりだからね。母親の形見だったペンダントに、私と映った写真が入っていただろう? だから君も、私を信じてくれたんじゃないか」
叫んだ俺に答え、父が髭の神官へと顔を向ける。
「神官長様、この通りです。我が息子は選ばれし者でした」
「間違いないようですな。神もお喜びになるでしょう」
髭を蓄えた神官……神官長が、父の手にずっしりとした麻袋をにぎらせる。
中に金貨が詰まっているのを確認し、父は笑顔を見せた。
俺は――父に売られたらしい。
「抵抗はムダですよ。力を封じさせてもらいました」
「すまないな、クレフ。事業に失敗して借金があるんだ。息子が選ばれし者であることを、光栄に思うよ」
神官の言葉の後、父は口先だけすまなさそうに言う。最初から、父はこうするつもりだったのだ。
ようやく得られると思っていたはずの幸せも、居場所も……幻だった。
生まれ変わっても、やっぱり俺はダメなのか。
そう思うと泣きそうになった。
1話長いので分けました。あれ?と思う部分も人によってはあるかもしれませんが、後半までよければよろしくお願いします。
3話目まで本日投稿予定です。