ふ~ん、かなでさんって毎日こんなことしてるのね
朝、目を覚ます。
まだ窓の外は真っ暗だった。
スマートフォンで時間を確認すると4時前だった。
なんだろう、夢を見るとこの時間に起きるのだろうか。
前にお姉ちゃんの夢を見たときもこんな時間だった。
そんなことよりも、さっきのは夢?
いや、なんで忘れていたのか。
あれは間違いなくいろはちゃんだ。
私の隣で寝息をたてているこの女の子本人だ。
私たちはあんなに昔に会っていたのか。
いろはちゃんはそのことを忘れているのだろうか。
それとも気づいていないか、そのフリをしているのか。
なぜ私は思い出せなかったのか。
忘れているというより、記憶ごとなくなっていたように思う。
さっきのは夢だ。
でも間違いなく私の過去だ。
しかしそうなるとおかしい。
お姉ちゃんが病院にいたのは8年前だ。
隣にいるいろはちゃんは10歳。
じゃあ、あの時のいろはちゃんは2歳?
そんなはずはない。
あの時の私が6歳として、いろはちゃんも同じくらいだろう。
じゃあ実は今が10歳というのが嘘?
いや失礼かもしれないけど14歳には見えない。
何か、何かあるんだ、思い出すんだ私。
あの後、私はいろはちゃんを連れてお姉ちゃんのところに行かなかったっけ?
う~ん、でも別におかしいことはなかったような……。
何で私の記憶はこんなにも曖昧なの?
そして何で今までおかしいと思わなかったんだろう。
あれ、そういえばユウキとはいつ出会ったんだろう。
あのころの私に友達はいなかった。
お姉ちゃんと、看護婦さんだったミントさん、あといろはちゃん。
このあたりしか、あの時知り合いはいなかったはず。
お姉ちゃんがいなくなって、私はユウキの母親に預けられた。
そうか、ここでユウキと出会ってるんだ、おかしくはないか。
確かにユウキは6歳くらいのときに紹介されて以来の幼馴染だ。
となると、やはりいろはちゃんの年齢が合わないか。
あれは別人なのだろうか。
記憶が足りない、何でなんだ……。
怖い、怖いよ、自分がわからなくなっていく。
寒い、背筋が凍っていくような感覚。
「怖いよ……」
思わず声が漏れてしまった。
その時、誰もいないはずの背後から声が聞こえた。
「何が怖いの……?」
「きゃー!?」
思いっきり悲鳴をあげながら振り返ると、そこにいたのはモカさんだった。
「何でいるんですか……」
アウトですよ……。
「寝顔を見に来たのよ」
「やめてくださいよ、恥ずかしいじゃないですか」
「いいじゃない、何度見てもかわいいわ」
何度見ても?
そういえばこの前は一緒に寝てたなぁ。
ホント怖い……。
「それで、何が怖いの?」
「え?」
「さっき『怖いよ……』って言ってたけど」
「ああ、それはですね」
ん? あれ?
なんだっけ?
いろはちゃんの夢を見てて、それで……。
あれ、それの何が怖いんだろう。
「もうっ! モカさんが脅かすから忘れちゃったじゃないですかぁ~」
「いいじゃない、嫌なことは忘れたほうが」
「まぁ、そうですけど~……」
いいけど、なんかモヤモヤするよ……。
そして私達が騒いでるせいで、隣のいろはちゃんが目を覚ました。
「あ、おはよう、いろはちゃん」
「おはようございます~」
あら、寝ぼけてる、かわいいなぁ。
「かなでさん、おはようのキスは~?」
「ええ!?」
いいんですか、いろはちゃん!
だめですよね、だめですよね!?
「ふ~ん、かなでさんって毎日こんなことしてるのね」
「いやいや、してませんから! したいですけどね!」
モカさんやめて!
その冷たくて光のないホラーみたいな目!
怖いから~。
「いろはちゃ~ん、起きて~!」
私はいろはちゃんの肩をゆすって起こす。
そしてようやくお姫様はお目覚めになった。
「おはようございます」
「うん、おはよう」
そしていろはちゃんは、私の後ろにいるモカさんに視線を移す。
「モカさんもおはようございます」
「あ、うん、おはよう……」
あまりにも自然ないろはちゃんに、目が点になっているモカさん。
よく驚かないな……。
「かなでさんと一緒だったから、いつもよりよく眠れた気がします」
「そっか、それはよかった」
「えへへ」
嬉しそうに笑ってくれるなぁ。
ちょっぴり恥ずかしいよ。
「じゃあ私、朝食の準備してきますね」
「私も行くよ」
「ありがとうございます」
いろはちゃんは部屋を出る前にモカさんにも声をかけていった。
「モカさんも食べていってくださいね」
「ありがとう、そうさせてもらうわ」
いろはちゃんはにっこりと笑ってキッチンへむかっていった。
「おはようのキスはおぼえてないのかなぁ」
「そうみたいね、残念ね、かなでさん」
無表情でほっぺをツンツンするのやめてください~。
私はツンツン攻撃からさっと逃れると、くるりと振り返って笑いかける。
「それじゃあモカさんのために愛情込めて朝ごはん作ってきますね!」
「へ?」
モカさんの顔が少し赤くなった。
私は部屋の外へ出るともう一声かける。
「勝手に帰っちゃダメだからね!」
そして私はキッチンへとむかって歩く。
その時、後ろからつぶやくような独り言が聞こえてきた。
「忘れたままのほうがいいこともあるのよね……」
その言葉はしばらく私の頭から離れなかった。




