ファーストキス、いただいちゃいました
くっ、背中にあたるやわらかな感触に意識を持っていかれそうになる。
このふくらみには覚えがある。
「も、モカさん」
「なんでここにかなでさんがいるのかしら……」
突然背後に現れたモカさん。
普通に考えればこの空間にいるはずのない人だ。
やっぱりモカさんがブルームーンストーンなのか?
「モカさんはどうしてここに?」
「ここは私の家だから」
ここがモカさんの家?
あの世界の結界の外なのに?
「あの、私たち空を飛ぶ石を追いかけてきたんですけど知りませんか?」
「石ね……」
何だ?
怖い。
怖い。
そして寒い。
目は合わせてないのに、冷たい視線を感じる。
「どうしたの震えちゃって、温めてあげましょうか?」
私はモカさんに半回転されられる。
そしてぎゅっと抱きしめてもらった。
顔が胸に埋まる形となった。
あはっ、あったか~い。
「ねぇ、かなでさん、ここで私と一生一緒に暮らしましょう?」
「え!?」
なんだろう、プロポーズされてますか、私。
驚いて、胸の谷間からモカさんの顔を見上げる。
「私はかなでさんのことをとても愛しているの、見てこの部屋を」
「は、はい、すごいですね、うれしいです」
確かにうれしいけど、恐怖も感じる。
大好きなモカさんと一緒にいられることはとても魅力的だ。
でも私は……。
「モカさん、私はやっぱりあの家での暮らしが好きなんです」
「む」
私の言葉にモカさんはこどもみたいに頬を膨らませる。
「あんな滅びた世界にいても未来はないのに……」
「へ?」
「ちょっとモカ!?」
滅びた世界?
どこのことだろう。
今の言い方だと、まるで私たちの住む世界のことのように聞こえる。
「モカさん、どこのことを言ってるんですか?」
なんとなくわかってしまってはいるけど、わからないふりをして聞いてみる。
だって私たちの世界は滅びてなんかいないから。
そのはずなんだから。
「かなでさん、あの島と近くの街より外に出たことないでしょう?」
「は、はい……」
確かに私は今までその範囲から出たことがない。
出る手段がなかったし、その必要もなかったから。
それはすべて、さくらさんがいろはちゃんのためにと用意してくれた環境のおかげだった。
「あの街の外は結界があって、そのむこう側には何もない」
「何もないんですか?」
「そう、世界自体が存在しない」
そんなバカなと思ったけど、実際この空間に来るときも結界を越えてきた。
あんな感じで世界の線引きがされているのだとしたら……。
信じたくはないけど、本当に世界はあの小さな範囲しかないのかもしれない。
周りの人たちがほとんどつながりを持っていて、世界は狭いなとか思ってたけど。
ただ本当に狭かったんだね……。
「だからさくらさんは楽園を作ろうとしたってことですか……」
「私にはあの人の考えてることはわからないわ、でもね」
「でも?」
「今のままじゃ、いつかあの世界は消えてなくなる」
「……」
私たちの世界が消える。
みんなと過ごしたあの家も、島も、街も。
消えちゃうのか……。
なんでこんなことになってるんだろう……。
ただ普通に生きてただけのはずなのにな。
ああ……、苦しい。
別に世界が消えるなら、みんなと一緒に世界を移ってくることもできる。
こっちの世界にはハノちゃんやお姉ちゃんもいる。
きっと変わらず楽しい毎日を過ごすことができるだろう。
でも、それでも私は……。
「私、あの家での生活をあきらめたくない……」
「かなでさん……」
私の目から涙がこぼれていく。
あれ? 私そんなにあそこでの生活が好きだったんだ……。
こんな状況になって改めて気付かされたよ。
涙の止まらない私を、悲しげな表情で見つめるモカさん。
私は静かにモカさんから離れる。
そして代わりにいろはちゃんが私の体をそっと抱きしめる。
「大丈夫です、かなでさん」
「いろはちゃん……」
「私はずっとかなでさんと一緒にいます」
いろはちゃんが私の前に回り込んで、じっと目を合わせる。
「他のみんながいなくなっても、世界が消えるその瞬間までかなでさんのそばにいます」
「いろはちゃん、ありが……」
感謝の気持ちを伝えようとしたその口を、いろはちゃんの唇がふさいだ。
ほんの少しの間だけ触れあい、離れていく唇。
「ファーストキス、いただいちゃいました」
その言葉を聞いてから急激に顔が熱くなっていく。
いろはちゃんの顔を直視できず、目をさまよわせる。
その先に放心状態のモカさんがいた。
さすがにいろはちゃんがこういった行動に出るとは思わなかっただろう。
ずっと一緒に暮らしていた私ですら驚きだ。
固まったままのモカさんにお姉ちゃんが近づいていく。
そしてデコピンをかます。
「……痛いわ、めがみさん」
「ここまでしなさい、モカ」
「はい……」
うん?
どういうこと?
「ひょっとしてさっきの話ってドッキリだったり?」
「いえ、世界が消えるのは本当よ」
淡い期待を抱いて聞いてみると、ばっさり切られてしまった。
「でも、なんとかならないわけではなかったの」
「え、じゃあ救えるんですか?」
「確実にではないけれどね」
それでもあきらめるよりはずっといい。
「本当はふたつの世界のうち、どちらかに絞れば確率はかなり高くなるんだけど」
「ごめんなさい、私のわがままで……」
「違うわ、もともとどちらかを切り捨てるつもりはなかったの」
「私たちはかなでの気持ちを確認しておきたかったのよ」
モカさんに続いて、お姉ちゃんも話に加わる。
ということは初めからふたりは協力してたわけか。
「あ~あ、答え次第ではかなでさんを独占しようと思ったのに」
「あう……、それはその……」
「でも、私が好きなかなでさんは、そんな答えを出す人じゃないわ」
ああ、モカさんが好きって言ってくれた!
わ~い!
「それじゃかなでさん、世界を救いに行きましょうか」
「私にできるかなぁ……」
「大丈夫、今のかなでさんと私たちがいればきっとできるから」
モカさんが私の頭をポンポンしてくれた。
これしてもらえると、すごく落ち着く。
「さぁ、みんな集まって」
転移魔法を使うために、みんながモカさんのもとに集まる。
ここで突然お姉ちゃんがとんでもない発言をする。
「あ、いろはちゃん」
「はい、なんでしょうか」
「かなでのファーストキスは、私が先にいただいてました」
何言ってんのこの人。
空気読んでよ!
いろはちゃんのまわりに冷気が集まってくる。
いや、本当に集まってきてるよ!
寒い、寒い!
「……ろす」
「「「ヒィィィィ!!」」」




