シェアハウスでの朝
あ、この感覚はまたあれか。
幼き頃の記憶。
病院のベッドの上で、私に弱々しい笑顔を向ける女性。
この人は姉だ。母の代わりに私を育ててくれた姉だ。
「かなで、あなたに伝えたいことがあるの……」
「なに、お姉ちゃん」
「かなで、働いたらそこで人生終了よ……」
「お姉ちゃんっ、しっかりしてっ!」
「かなでは男の子だもんね……、私がいなくてもがんばれるわね?」
「お姉ちゃんっ、私、男の子じゃないよ、お姉ちゃん、一緒にいてよ」
「ごめんね、かなで。大好きよ」
「お姉ちゃーんっ!」
……
「んんっ」
……まだ夢に見るのか。
あれから8年。
「お姉ちゃん……、だめだめっ」
感傷に浸る気持ちを振り切る。
スマートフォンで時間を確認すると、4時前だった。
「う~ん、まだ早いかな、まぁいいか起きよう」
パジャマから普段着へ着替えをすませる。
そしてタブレットを起動し、ゲームを始める。
無課金プレーヤーなので、ひとつのゲームに約10分ほどしかかけない。
そのあとは電子書籍で勉強したり、マンガやラノベを読む。
そうこうしているうちに6時過ぎになる。
「そろそろかな」
自分の部屋からでて、隣の部屋を通り過ぎる途中、ひとつ奥の扉が開く。
「あ、おはようっ、かなで」
「おはようマロンちゃん」
でてきたのは、マロンという外国の少女。国はなぜか教えてくれない。
年は14歳で金髪で碧眼。
天真爛漫な性格で私を癒してくれる。
同い年のはずなのに妹みたいで可愛い。
アニメやゲームが好きで、よく一緒にアニメショップに遊びに行っている。
「かなで、一緒に下行こう」
そう言ってくいくい服の裾を引っ張ってくる。
可愛い。萌えるっ。
「そうだねー、一緒に行こっかー」
「うんうん」
裾を掴んだまま後ろをついてくる。
にやけそうになる顔を必死で抑えながら、
カーブを描く階段をゆっくり降りる。
私達の住むこのシェアハウスは、
2階や階段から下のリビングが見下ろせるようになっている。
床や家具など全体がダークブラウン調で統一されていて、
落ち着いた雰囲気がでている。
2階は主に各人の部屋があり、
1階にはリビングの他、キッチンやシャワールームなどの
共用スペースが集まっている。
外には大きな露天風呂があり、北欧風のデザインの家の中で、
そこだけ和風というそれはそれでいい味をだしている。……はず。
その入り口がこの建物の中にあり、まるで旅館のようなデザインをしている。
ものすごく違和感があるのに、慣れてしまうから恐ろしい。
リビングのテーブルの椅子にマロンちゃんを座らせる。
「もう先に食べる?」
「みんなと一緒がいいな」
可愛い……。
「じゃあ朝食の準備するね」
私はキッチンにむかい、みんなの分の朝食を準備する。
「あ、おはようございます。今日はふたりとも早起きですね」
「ひゃぁっ」
いきなり現れた女の子に驚き、思わず声が裏返る。
「いろはちゃん……、おはよう。こんな時間にどうしたの?」
いろはちゃんはこの家のオーナーの娘で、ここの管理人でもある。
年は10歳。黒髪ぱっつんお嬢様・天然大和撫子というイメージ。
私の好みど真ん中なのです。
「今日は備品とかの買出しをしようと思いまして、足りないものをチェックしてるんです」
「そっか~、えらいね若いのに」
「え、あ、ありがとうございます」
頭をなでてあげると、いろはちゃんは顔を赤くして下を向く。
えへ~、いろはちゃん、今日もかわいいな~。
「あ、ユウキちゃんはまだ起きてないんですね」
「どうかな、起きてるかもしれないけど」
「起こしてみようか?」
マロンちゃんはそう言ってスマートフォンを操作しはじめる。
ユウキは14歳でアニメやゲームをこよなく愛するオタク。
将来の夢はニートらしい。
私の幼馴染で親友。
ユウキの誘いで、私はここに住んでいる。
「送信」
「何してるんですか?」
マロンちゃんがスマートフォンの何かのボタンを押すと、
いろはちゃんが不思議そうに覗き込む。
「昨日あげた目覚ましにメールを送った」
「?」
『いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
2階からユウキの悲鳴が聞こえる。
「マロンさん、なにしたんですか?」
「? 起こしただけだよ」
「えぇ?」
困惑するいろはちゃんに、首をかしげながら答えるマロンちゃん。
2階のユウキの部屋の扉が開き、何かがでてくる。
遅れてユウキがのっそりとでてくる。
手すりに体を預け、リビングを見下ろす。
「マロン~、なんだよそれ。なんでクッションが動くのさ~」
先にでてきた白くて丸いふわふわなモフモフを指さし抗議する。
「目覚ましだから」
「答えになってない!」
ユウキがふらふらと階段を降りはじめ、
私はモフモフを捕まえて連れてくる。
「マロンちゃん、これは生き物?」
「異世界の生き物だよ」
……異世界?
「……どうやって浮いてるの」
「ん~、魔法?」
「私に聞かれても」
私の質問に質問で返される。
魔法で浮いてるとか、それはないだろうけど、
じゃあ何で浮いているのか。まったくわからない。
「マロンはいつから中二病になったんだ~」
ユウキの意見には私も同意する。
マロンちゃんの好きなアニメにこういうのはなかったと思う。
萌えアニメばっかりみてるし。
「ユウキちゃんっ、服、服!」
「ん?」
いろはちゃんに指摘され、ようやく自分の姿を確認するユウキ。
パジャマのボタンが一番下しかとまっていなかった。
「にゃ~~~~~~~~~~」
いいもの見せてもらいました。
「うう、ボク、もうお嫁にいけない」
「なっ、だめだだめだ。ユウキは嫁にはやらんぞ!」
「お兄さん!?」
「どうしてもと言うなら私を倒してからにしなさい」
「お兄さん、落ち着いてください」
はっ、つい熱くなってしまった。だめだなぁ。
それより私は、前から気になっていることを聞いてみる。
「いろはちゃんはどうして私をたまにお兄さんと呼ぶの?」
「お兄さんはお兄さんです」
「私はお姉ちゃんて呼んで欲しいな」
「お兄さんはお兄さんです」
うう、お姉ちゃんて呼んでよ。
「あ、モフモフが」
気付けばモフモフが玄関のほうにゆらゆらむかっていた。
「まって、モフモフ~」
モフモフを追いかける私といろはちゃん。
その後ろでユウキがつぶやく。
「モフモフって名前になっちゃってるぞ」
「正式名称、モフモフ」
「マロン、それ今考えたでしょ」
「……」
「あ、窓から外に」
「いろはちゃん、まかせて、とうっ」
窓から一気に飛び出し、空中でモフモフをキャッチ。着地。
「ふう」
一息つくと朝の澄んだ空気と心地よい風が私を包み込む。
玄関からでてきたいろはちゃんも追いついてくる。
「はぁ、まだ朝は冷えますね~」
「そうだね」
「……」
「……」
「お姉ちゃん」
「え」
「ふふふ」
「……ありがとう」
ふたりで朝の空気を感じる。
さっきまでの騒がしさが嘘のようだ。
穏やかな時間。
みんなと過ごす穏やかな時間。
私は本当はひとりが好きだった。
でもユウキが私をこのシェアハウスに誘ってくれて、
ユウキを通じていろはちゃんと出会った。
いろはちゃんを通じてマロンちゃんがやってきた。
みんなといると毎日が本当に楽しかった。
こんなにも楽しい日々がずっと続けばいいのにと思う。
大人になんかなりたくない。
働きたくなんかない。
ずっとずっとみんなと遊んでいたい。
叶わない夢だと思う。
こどもだって思われるかもしれない。
でも私はこどもだから。
お姉ちゃんからもらったペンダントをにぎりしめて願う。
この幸せな日々が永遠に続きますように。