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チルノ最弱説

1.

「あんたね! よくもまた現れたわね!」

 凍てつく風が吹き荒れる湖上に、まだ幼げな妖精の声が響いた。ほうきに乗った金髪の魔法使いは、面倒くさそうに背を向けたまま答える。

「はぁ……だって、行きも帰りも必ずこの湖は通る訳だし、私はただ紅魔館に用事があっただけで」

「だからって、さっきあんなにボコボコにしていったのにまた来るとかおかしいでしょ! ケンカ売ってるとしか思えないんだけど!」

「お前が突っかかってくるのが悪いんだろ!」

「だって暇だもん!」

「はいはい。じゃあまた今度遊んでやるから――うおっ!?」

 そのまま飛び去ろうとする魔法使いの左肩に、ヒュンと鋭いつららの弾がかすめた。

「もうあったまに来た……今日はタダじゃ帰さないんだから!」

「そんなに頑張ってやられに来ることないだろ? でも、チルノが私相手に何秒持つか試すってんなら別に……良いんだぜッ!」

 魔法使いが右手を振るうと、七色に輝く星型の弾が空中にちりばめられる。それらはバチバチと音を立てながらいくつにも分裂する。そして彼女が笑みを浮かべると同時に、物凄い早さで飛翔し始めた。

「うわっ!?」

 妖精は何とか直撃を逃れたものの、すり抜けた弾の風圧によろけてしまう。魔法使いはそれを見逃さなかった。すかさず今度は狙いを定めた弾を3,4発撃ちかます。間髪のない攻撃に妖精は息を切らした。

「痛っ……くっそぉ……!」

「そろそろいいだろ? これでも私、暇じゃないんだぜ」

「なめんな!!」

 負けじと声を荒げながら反撃に出る。妖精は吹き付ける雪に妖力を与え、何千もの弾を瞬時に作り出した。視界一杯に広がる弾丸の嵐。この世界ではそれを、弾幕と呼んでいた。

「アイシクルフォール!!」

 猛烈な数の氷弾が魔法使いをなぎ倒さんとばかりに襲い掛かる。この弾幕を凌ぐには弾と弾との細い隙間に活路を見出し、ギリギリのところを避け切るしかない。しかしそんなセオリーも、魔法使いにとってはただ煩わしいだけだった。

「どうしたの! あたいの本気に怖気づいたってわけ?」

「いや……もうかわすのも面倒になったっていうか……」

「らしくない泣き言ね! 凍てつく湖に沈みなさい!!」

 全く動こうとしない魔法使いに氷の弾幕が迫る。加えて、確実に魔法使いへと狙いを定めたつららの弾が、退路を完全にふさぐようにして放たれた。

 ――やった、完全に油断してる。

 残る力などなりふり構わず二重、三重の弾幕を作り出す。ここまで一方的になると、さすがにどれだけ手練れた能力者でも被弾は免れない。妖精はそこに全てを賭けていた。今までどれだけ本気を出しても敵わなかった相手に、ようやく一矢報える。その思いを巡らせただけで、妖精は湧き出る快感に身を震わせていた。

「こんなのまとめてぶっ飛ばせばいいんだよ! マスタースパーク!!」

「えっ……ちょ」

 一瞬にして耐え難い閃光が辺りに広がり、同時に激しい熱風が妖精を包み込んだ。念のため近くに作り出していた特大の氷塊が音を立てて蒸発する。その時はまだ目がくらんだままだったが、自分が枝から離れた葉っぱのように、ひらひらと力なく落ちていく感覚だけは肌で感じ取っていた。

「じゃあな、チルノ」


 ――――――


「……うっ、ぐす……」

「ど、どうしたのよチルノ! また何か拾って食べてお腹でも……」

「違うってば美鈴(めいりん)!」

 あれから数時間後、チルノという小さな妖精は飛ぶ気力も残っていなかったため、大きな湖の中央部にある島のほとりを、肩を落としながら歩いていた。あんなに力を出し切ったというのに、ひどい負け方をした事を早く忘れたかった。ただ視線を足元に落としたままぽつぽつとひたすら歩く。何も考えないようにと努力しているつもりだった。それでも彼女の行方は、無意識に顔なじみの友人がいる屋敷の門前へと向いていた。

「いつも強がりだけは一人前なのに、そんなひどい顔して歩いてたら目立つから」

 赤髪の彼女、美鈴はチルノの頭を撫でながら優しげに言った。長身で武闘派の美鈴と比較すると、チルノの容姿はまだ幼い子供そのものだ。美鈴の手振りと表情であやす格好は、まるで年の離れた姉妹のようにも映る。

 彼女らの後方にそびえ立つ赤レンガの大きな屋敷“紅魔館”。美鈴はその門を守る任についていた。と言っても、いつも門の外側で居眠りをしているだけで、これといって仕事らしいことはしていない。彼女が相手にするような来訪客はほんの一部で、それ以外の輩はそうそう紅魔館に寄り付かないため、単純にやることがないのだ。

 そんな退屈な仕事の合間、湖上からよく現れては他愛ない話や遊びを交わするチルノとは、美鈴にとって浅くもなければ深くもない友人という関係だった。

「美鈴……あたいってば、どうしていつもこうなのかな」

「どうしてって、別にいつも通りでいいじゃない」

「違うの! あたい、この辺では妖精のみんなにも尊敬されてるし、妖力だって負けないし、それなりに強いし、すごい弾幕だって操れるのに」

「まあこの辺ではね……」

「でも魔理沙には絶対敵わなくて、今日だって……」

「あぁ……あの魔法使いの子にやられたのね。でもあの子は特別よ。ただの人間だっていうのに、どこかに属さなくても一人で暮らしてるでしょ。パワーだって並じゃないし、速さだって本人が悩むくらいに――」

「そんな話聞きたくないの!」

 チルノの突然の大声に、美鈴は少しびくついた。

「悪かったってば。でもあの子に敵わないのなんていつものことでしょ」

 それでも彼女は下手にかばうようなことは言わなかった。

「あたい……強くなりたい」

「へ?」

「……もっと強くなって、魔理沙にぎゃふんと言わせたい!!」

「(ぎゃふんって……)ま、まぁ。それぞれ分相応があるわけだし、別に勝てなくたって」

「やなの! このままじゃ……このままじゃ、あたいったら最強ねだなんて言ってたのがバカみたいじゃない!」

 さすがの美鈴も視線をそらしてため息をつく。この子の駄々はいつもの事とは思っていたが、今日はやけに引けを見せなかった。ついさっき昼飯をつまんだせいで話し相手をするにも眠くなってくる。その時、門の内側から足音が近づいてくることに気付いた。

「あら、ちょうどいい所にいたわ」

 メイド服姿の女性が2人に向かって声をかけた。

「さ、咲夜さん! あのこれはその……」

 突然美鈴が慌てふためきだす。

「居眠りしてないなら、仕事はちゃんとしているって事よね。別に怒ったりしないわよ」

 彼女の名は十六夜(いざよい) 咲夜(さくや)。紅魔館を仕切るメイドである。この館の門番を任せられている美鈴にとって、彼女は直属の上司であり、いつもは怠慢ばかりをしばかれている恐れ多い相手であった。端正な顔つきに光る鋭い視線に、美鈴はもはや条件反射で身震いしていた。

「そ、そうですか……それで、何か私に用事ですか?」

「あなたに用事がある訳じゃないわ。今日はチルノに用事があって」

「あたいに?」

 他人事だと分かった瞬間、とぼけたキョトン顔で美鈴は訊ねた。

「おや? 咲夜さんがチルノに直接用事なんて、珍しいですね」

「私はパチュリー様からのお使いよ。もし見つけたら、直接館内の部屋へ来るように言われていたのよ。もし忙しかったら別に良いといわれたけど……ま、あなたが忙しい訳ないわね」

「そんなことないよ! あたいだって」

「じゃあ別に良いわ」

「ごめんなさい! 別にやることないから!」

「じゃあいらっしゃい。部屋までの道は解るわね?」

 彼女はそういいながら鉄格子を少しだけ開けると、チルノに向かって敷地内へ入るよう手招きをした。


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