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Aurum Online [Shooter]  作者: 亜空間会話(以下略)
第五章 Señorita
85/120

#085 noche conversación

 読売新聞に「羊水の遺伝子検診」について掲載されていて、今まで検査されていた病気以外のものも調べることになった、ということを知りました。どうやら国に認可されているものではないようですが。我々健常者は「選ぶ側」だと思っているんですよね。子供が健常者じゃなかったら育てるのが面倒だから、と言って生まれる前に死なせるわけです。ところが、そんな風に先鋭化していったら、どうなるかってことですね。


 そのうち「よくない遺伝子を持っているから子供を産めない」なんてでたらめな悩みが出てくるかもしれません。決して嘘や誇張ではなくて、そういう風潮が進んできているような気がするんです。そのうちに科学的ないじめなんてものができるのかも。


 不安はともかく、どうぞ。

 眠れねえ。


 と口にするわけでもないが、眠れなかった。布団が変わると眠れなくなる性質というわけでもなく、修学旅行なんかでも特に会話せず即座に眠り込んではいたずらで起き、本気でブチ切れるような俺なので、眠れないわけがないのだ。


「お兄ちゃん、寝られないの?」

「……まあな」


 あまり心配をかけたくはない。明日もそれなりにきついものになるだろうし、六泊七日のキャンプ、一日目が眠れないのは致命的で、それにミサを付き合わせるのは避けたいところだ。かなりの戦力なのにもったいない。


「何か作ろっか? 冷蔵庫あるみたいだし」

「冷蔵庫!? ……ああ、安眠できそうなメニューな」


 永眠できそうなメニューなら簡単だ、食事に毒を混ぜりゃいい。経口摂取でも効果のある、神経を完全に麻痺させる毒を盛ればいい、安眠したままその先に向かうことになる。というかファンタジー世界に冷蔵庫あったらおかしいだろ!


 突っ込むだけ無駄か。氷を利用した貯蔵庫自体はけっこう昔からあったらしい。涼しい洞窟に保存するなんて知恵はそれこそ石器時代からあったようなので、原型は人類の黎明からふつうにあったんだろう。


「はい、ホットココア。今は亡き味を再現してるんだって」

「ほー。言われたって今はないって時点で俺ら世代じゃねーよな」


 知らないが、美味しいんだろう。


「寝る前はあったかいもの飲んでふんにゃりするに限るよね」

「擬音語じゃ分かんねーよ」


「りあるぼでーじゃないからナイトブラとかしなくていいのうらやましい」

「……そうだな」


 そんなリアルな話しなくていいから。っつうか女の子でも知らん人いるでしょうや。


 いちおう解説しておくと、女性の胸が大きければ大きいほど重力の影響を受けやすいのは言うまでもないことだが、その最たるものが睡眠中なのだそうだ。あっちむいてほいしているデカいそれをそのまま放っておくと、胸を支えている腱とかすじみたいなものが伸び切ってそのまま戻らなくなり、要するに胸の形があっちむいてほい、フリーダムでろんだらりになってしまう、ということらしい。


「三十代辺りからこの悩みが出てくるんだよね」

「なんで知ってるんだよ怖えよ」


 おいマジか、それじゃあ女の人の胸って二十年保てばいいほうなのかよ。消費期限短すぎて泣けるぜ。


 起きているあいだ支えるのがブラ、寝ているあいだ支えるのがミサのいったナイトそれらしく、まあいろいろ工夫があるらしい。語られても覚えきれないので割愛する。


「実はリアルのなすこさんから聞いたんだ。バーチャルリアリティーに入ってるときも寝てるときと変わんないから、おんなじ注意が必要だよって」


「はあ。すげえな」

「いずれバーチャル専用売り出すつもりとか、冗談で言ってたよ」


「冗談なのか……」


 どっちでも、リアルの俺は気遣うそれがないので知らん。この一週間はミサのいうないすぼでーであるわけだが、一年に一回、たった一週間過ごすだけで胸の消費期限と思われる二十年を過ぎさせようと思うと1000年くらいかかる。だとするなら、まあゲーム内の胸を気遣う必要はそんなにないだろう。


「あと六日だぜ、謎が全部解けるかな……」

「最後の一日はお祭りだと思うけど。というか解けない謎を用意はしないでしょ?」


「それもそうだよなあ」

「そうだよね。寝よ、早く」


 おう、と言って俺は布団に入る。目を閉じて眠るまでに、そこまでの時間がかかるのだろうか。そう考えた俺は、いい夢を見ますように、と何となく考えた。



 ◇



 砂浜。波。


 果てしなく続く暗黒への入り口。


 白い何かがはらはらと、風に巻かれた花びらのように舞った。


『いたい…… いたいよ、おとうさん』


 血にまみれた翼。端が黒く溶けた、根元から千切り取られたような凄まじい傷跡を残している、未だ白い羽をこぼす翼。何かに触れてしまったのかもしれなかった。触れたものを片端から溶かして自分と同じものにしてしまう、怪物に。


『いたいよ』


 じわりとどす黒い血の染み込んだ砂浜に、一片の穢れもない少女は、白いワンピースの少女は、横たわっていた。


 翼は彼女からもぎ取られたものだ。海の果てから、翼を片方もぎ取られてもけなげに、ここまで逃げてきた。そして力尽き、その翼は失われてしまう。


 翼は翼ではない。そう彼女は知っている。しかし翼が失われてしまうことは、彼女にとって大きな意味があるのだ。


『おとうさん。 ……たすけて』


 彼が頼りにならない、ということを彼女は知らない。彼は紙一重で、自分の翼をもいだ怪物と同じ姿にもなるということを、彼女はまだ、ちっとも知らないままでいた。知らないままでいたほうが幸せなのかもしれない。しかし、彼女は知ろうとしていた。


 それが翼だからだ。


『おとうさん……』


 彼女は、ゆっくりと立ち上がった。


『たすけて』



 ◇



「眠れないのかな」

「いえ、そうではないんですが」


「きみ、楽しみがあると眠れないタイプだろ」

「いえ…… そうです」


 三ヶ日は、なんだか落ち着かなくて眠れなかった。隣のベッドになんだかきれいな女の人(ゼルムが言うには中身おっさん)がしどけないかっこうでインベントリの中身をあれこれいじっている。そういう理由もあるが、楽しみすぎて眠れないのも事実だった。


「Jさんは、遠足とかだと眠れるタイプでしたか?」

「そうだねえ、ずっと話し込んで怒られるタイプだったね」


「あはは…… 私もです」

「すると僕らは似ているのかもしれないね。いろいろ違うが」


 ゲームの中でなければ出会わない組み合わせだ。その時点で、住む世界も何もかも違いすぎると言っていいくらい違う。


「そういえばJさんは、このイベントをどれくらい知ってたんですか」


「そうだな、一日まるごと拘束されることかな。非番でもけっこう電話がかかってくる仕事だから、家族で旅行に出ているということにしているんだが…… 旅行といえばそうだと言えるんじゃないかな。海が実装されると言うことは、どこかで水着が売られるだろうことも考えはついていた」


「どうやら夏祭りってことで、なすこさんと三人くらいが水着担当、私含めて五人くらいが浴衣を販売するんですよ。Jさんもどうですか」


「浴衣ね。着付けを頼んでもいいのかな」


 ちょっと青ざめているが、基本的に楽しそうな笑顔だ。


「どうして青ざめてるんですか」

「いや…… なんでもないんだ。妻が怒っているような気がするだけだよ」


 それってまずいんじゃないですかと三ヶ日は言いたかったが、浴衣が売れる保証は、水着に比べてかなり、期待値から言っても薄い。一人でも顧客を確保しておくべきだろう。夫婦仲が悪くなるのを助長しているわけではない、と三ヶ日は必死に自分に言い訳した。


「面白い柄はあるのかな?」

「そうですね、黒地に薄桃色の菊なんてどうですか」


「いいねえ」


 二人は話し込んだ。夜がとっぷり更けて、草木も眠る時間まで。






 一方のなすことにゃんも、それなりに話し込んでいた。


「へー、にゃんこアパート暮らし? 私と一緒だねー」

「なすこさんもアパートなんだ。仲間じゃん」


 三十路の衣料品店経営ともう少し若い書店員、という今一歩色気に欠ける組み合わせだがゲームの中で年齢だの現実の地位だのは持ち込むべき代物でない。相手が現実で何者かということより、いまここで相手がどんな人か、ということが重要なのだ。


「今頃ぜーったい店員が右往左往してるわ、休暇取るなんてらしくないよーって泣いてたもの。たった一日くらいなんだから任されてほしいけど」


「あは、書店員って一人欠けてもわりと平気なんだよね…… 笑えない」


 一日目の夜、すなわち現在時刻は9:45を過ぎたかどうかというところだろう。九時に開店するデパートと書店は、それぞれ欠員を埋めるべく必死に働いているころであろう。とはいえそれぞれ一人であれば、あまり大きな戦力減少にはならないかもしれないが。


「でも昼間に寝たままとか大丈夫かな、私のからだ」

「あはは……。ちゃんとクーラー入れてたら大丈夫でしょ」


 九時から七時間、夕方の四時まで放っておかれる体である。家族がいるならばまだしもまさかゲームをするから実家に戻るなんてことはできない。洗濯物やらなんやらで取り繕ってはいるが、女の一人暮らしはそれなりに不安もあるのだ。ほとんど動かないうえにクーラーも入れているのでから汗については大丈夫なのだろうが、トイレに行きたくならないか心配なのもある。


「起きたとき、疲れてるかな? どう思う、にゃんこ」

「えー、私は疲れてないと思うよ。リアル一歩も動いてないし」


「にゃんこ、リアルのこと聞いてもいい?」

「ん、いいよ」


 なすこが珍しくためらっているので、にゃんはどうかしたのかといぶかしむ。わりとデリカシーない方のなすこが言っちゃいけないかなとか悩むとは思えないのである。


「恋人とかいる?」

「え、あはは…… 年齢イコールなんだけど」


「私も」

「やっぱり?」


「でもちょっとそういう話なくもないんだよね」

「え、ほんとに? ちょっと気ありそうな人いるけど」


 なんだいるんじゃんと二人は笑い合った。


「恋人ないまま歳食っちゃうとさ、男見る目大丈夫かなって思ったりする」

「あるわ…… 自信あんまりないの」


「ゲームの中の男とか絶対選んじゃダメだと思うよね、なすこさん」

「あー、それはあるかも。いつもインしてる人って働いてなさそうだし」


 一理ある話である。


 バーチャルリアリティーの世界にいつものようにログインしているプレイヤーは収入ある無職と言う意味の分からない人間であることが多いが、その多くは普通のニートだ。収入と言うのはつまり親の金であり「いつまでもあると思うな親と金」という標語を地で行く破滅型のゲーマーなのだ。選ぶ男性にしても、自分がログインしたとき絶対に見かけるようなプレイヤーは対象外にすべきだろう。


 若干えげつないトークは、二人が寝付くまで続いた。



 ◇



「ミサ、言い訳は?」

「ないです」


「そうか。三択だ」


1、今日は一日口をきかない

2、今日は一日触らない

3、合宿が終わるまで一緒に寝ない


「どれだ」

「……2でお願いします」


「おう」


 起きたらミサが同じ布団に入っていた。下着姿でだ。ゲーム内だからといって気が大きくなりすぎなので、ここは厳しく言っておくべきだろう。


「まあ、可愛かった」

「わーい!!」


 だめだなこいつは、とも思うが素直でいいと思います。


 階下に降りた俺は薄着のままなのを思い出した。寝るときの薄着なのでめちゃくちゃ薄着だ。どれくらいかというと下着の上に昨日の暖かいガウンを着ている、というそれだけだった。


「いけね、いつもの装備セット呼び出し…… 昨日のログ…… よし」

「ぶふぅ!?」


「ん、なんだ、なすこさん…… 鼻押さえて、どうしたんだよ」

「は、はなぢでそう」


「…………」

「ごめん冗談」


 ゲームだから鼻血なんか出ませんね。そうですね。そういうニュアンスをこめてナイフを向けるとなすこさんは手をさっと広げた。出ないよな鼻血なんて。


「大胆だねー、例の「変身バンク」を披露しちゃうとわ」

「え?」


「全身の装備をいっきに変更すると「光ってるハダカ」状態になるのよ。百合入ってるなすこさんに見られただけで良かったね、外だったら男子が前を押さえてうずくまるよ」


 フル**するわけか。伏せ字が過労だな。


「にゃんさんは、やったことないよな?」

「仲間しかいなかったらやるよ。装備更新を全身同時なんてしないけど」


「よか…… いやよくねえ」


 まあ確かに、俺も一番上のレイヤーだけ装備更新とか、服だけとかだったわけで、全てのレイヤーを同時にというのはなかった。装備セット呼び出しってこういう盲点があるんだな…… というか運営のこういう作り込みに腹立たしさすら感じる。


「そんで、今日はどこに行くといいと思う?」

「んー、火山? 火口から入れるらしいよ!」


 マジか。行こうと俺が言うと満場一致だった。どうやらクエストのナビみたいなものも出ていて、火山を目指そう、みたいなことが書いてある。ただクエストの名前だけはぼんやりとしていて、解析スキルでも読み取れなかった。


「それじゃ、火山にれっつごーだね!」

 設定はその都度作っているのですが、装備変更についての描写ってあまりなかったような。手作業での着脱もできて(死ぬほど面倒だと思いますが)しかもメニューからの着脱も可能な(こちらがメインでしょう)ゲームって、自分で体を動かすからできることですね。鎧の付け方についての解説を読んだことがあるのですが、複雑なのと手順が多すぎて理解不能でした。


 ゲーム設定って便利だな、と痛感しましたね。数字が強さだし敵があとどれくらいで死ぬか目で見てわかるし、敵わない相手には最初から立ち向かわないで済むし。装備できるアイテムがつける前からわかり、サイズが違うから身に着けられない服がない……。なんつう凄まじい世界でしょう。

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