#084 Baño de mar
翻訳って難しい……。というかニュアンスがわからぬ。一番それっぽいのを選ぶんですが、ぽいだけであって正しいかどうかわかりません。そういう不安を抱えつつ投稿しています。
作者がやりだしたことなので自分で責任を取らないといけないのですが、私にもショットガン突きつけられるまで(脅迫されるまで)その気にならないクズ男と同じような場所が心のどこかにあるもので……。真剣に何かをやったことがないんですよね。受験も…… いや、個人的な話は不要か。
どうぞ。
海の水は冷たいものだ。知っているのだが、新鮮だった。どれだけ海水温が上がろうとぬるま湯にすらならない、という時点で海水は冷たいものなのだと理屈で分かる。それをも超えるほどに、海はひんやりして気持ちがいいものだった。
なめらかな肌にほんの少し刺激があるのは、きっと塩分の刺激をゲーム風に再現するとこうなる、ということなのだろう。現実に海に浸かったことがないので分からないが、そうなのだろうと思う。
「ほら、こっちこっち」
「おう、腰までくらいだったな」
ふとももまでばしゃばしゃと水に浸かる。砂を踏む感触が足に心地いい。どこまで突き詰めたらこんな感触を作り出せるんだろう、と考えたが、この前にJから聞いたことを思い出した。
そこの神経で感じるようにして感覚を再現しているのだ、と。
食事のような複雑なもの以外は、現実の感覚なしに作り出したもので、それは肌の感触や水に触れることも例外ではないと、そう聞いたのだ。さんざん非道な実験を繰り返し、結局のところ爆死した研究者は、徒労に徒労を重ねそのまま死んでいったことになる。
水着が水に触れると、急に冷たく重く、肌に張り付いた。腹の中までも冷たくなっていくようで、不気味な感じがする。
「大丈夫?」
「ああ、たぶん大丈夫だ」
へそを波がくすぐる。なんだかくすぐったくて、ミサがぱしゃりと水をかけてきたのも不思議に心地よかった。
「えいやっ」
「もっと女の子らしい声で、水のぶっかけ合いしようよっ!」
ばしゃばっしゃとしばらく水の攻防が続く。とはいえあんまり防げない。
「兄弟水入らずですね」
「ひさびさに見るよね、ミサちゃんとゼルムくんのこういうとこ」
「そうだねえ、しばらく見ていないね」
いつの間にかJまで近くに来ている。
「しかしなんだが…… まさか遊ぶだけ、などということはないだろう? ここには何らかのミッションがあるはずなんだが……」
そう言ったのを皮切りに、何かが姿を見せる。
「……足、か?」
「モンスターだ、警戒を」
重油が漏れ出したときの印象にも似た赤から紫のスペクトルに揺れる色の、ばかでかい足だった。なにの足かというのはよく分からないし、そもそもこれで一本なのかというと違う気もする。
足は禍々しい色を体から抜きだし、自分を漂白する。
「魔法攻撃か……!? 見たことないぞ、こんなの!」
「避けろ!」
Jの言葉に反応しきれず、俺は相手の攻撃を受けてしまった。
「位置変換かな……? 石化?」
「解析スキル持ちが潰れるとは、やるな」
何を言っているのかよく分からない。俺はとりあえず投げナイフを白い足に向かってぶん投げる。すると、ミサはそれを弾いた。
「何やってんだミサ!」
「よりによってお兄ちゃんを先に狙うなんて!」
突進を避けきれず、鋭いキックが脇腹にめり込んだ。
「ぐはっ…… おかしいだろ、くそっ」
位置変換じゃない。
自分の見た目と、パーティーのメンバーのうち選ばれたものの見た目が入れ替わるのだ。すると今の投げナイフの攻撃も、まったく別のものに思えたのに違いない。何かメッセージを伝える方法はないか。
砂浜に投げ武器を突き刺すとどうなるだろう。いや、遠い。届く前に何かされる可能性が高いので、その案はなしだ。モールス信号…… は、俺も知らないし、たぶんこの中で知っているやつはいないだろう。SOSのやり方すら覚えてない。そもそも文章をモールス信号にしようなんて長いことやってるとその前に俺が倒される。
水に浮く投げ武器はなかっただろうか。
そう考えて、俺は変わり種を思い出した。
◇
相手が誰だろうとぶっ倒すという遺伝子は(実際に遺伝子の繋がりはないが)ミサにもかなり強く伝わっていて、兄と場所を入れ替えた魔神の足のようなものを蹴っ飛ばすときもあまりためらいはなかった。
(素肌に盾って、けっこう痛い……)
腕を覆うバックラーのような「純白の盾」は専用の帯によって利き腕とは逆、つまり左手に装着するのだが、いつもは籠手の上から巻いていて、素肌に帯を付けたことはなかった。丈夫な帯は切れることもなく、ミサの激しい戦いをサポートしていたのだが。
帯がぎゅっぎゅっとこすれる感触は、やはり不快で痛みを伴っている。剣を持つ手にしてもそうだ。バーチャルでは剣ダコなどというものはできず、白くて柔らかな手はずっとそのままに白くて柔らかい。分厚いタコがそれ以上の損傷を守ってくれるようなことにはならなかった。
さっきからミサの攻撃を回避し続けている魔神の足だったが、ここまでの回避性能があるのに回避の途中に攻撃を挟まない、と言うのは珍しいタイプの敵だ。
『……………』
不気味な音声が流れる。
「応援お願い!」
「すまないが、敵が小さすぎる!」
いつもはめちゃくちゃ強いJさんなのに、と残念には思うが、人間大の敵であれば魔術師タイプの天敵だ。むしろ対人戦に近い戦い方が必要になる、ということはミサもよく分かっていた。
瞬間、魔神の足の凄まじく重い特技を弾き返せずに、剣を上に弾かれてしまう。
「まずっ、」
次の瞬間、ジャボボボボボッ、と水音が弾ける。何かを水にぶつけたのだ。自ら何かが飛び出てくるに違いない。そう考えて後ろに飛び退ろうとしたが――
「だめ、ミサちゃん避けて!」
更なる水音が弾け、しぶきがミサに直撃した。
『……』
不気味な響きは変わらない。しかし、これは。
「待って、これお兄ちゃんだよ!」
水に浮いている攻撃のエフェクトは、確かに「オレダ」というカタカナを描いている。そもそも魔法が水に浮くわけがない。ミサの前に打ち込まれた攻撃を拾ってみると、木製の柄を付けたアリアルのピックだった。
「ごめん、お兄ちゃん……」
『…………』
今度こそ、兄の投げた何かが兄と姿の入れ替わった魔神の足を直撃した。
「ごめんね、お兄ちゃん」
「いいんだよ、そんなでかいダメージでもなかったしな」
一撃で一割はかなり大きいダメージなのだが、兄にとっては〈ヒール〉一発で回復できる分量なら「小さい」ダメージなのだろう。熟練度によってはトッププレイヤーの体力をも三割程度回復する最下級魔法だが、ゼルムのそれも思わぬほどには強力だ。
「それにしても、遊んでるだけでけっこう時間経っちまったな」
「うん……」
朝九時から、すでに昼過ぎになっていた。ゼルムの解析の結果やはり「魔神の足」というモンスターだったが、その意味は分からないままだ。
「お楽しみなすったようじゃな」
「ああ存分にな。おかげで大変だったぜ」
「ま、もう少し楽しんでいきなされ」
「まだかよ!?」
どうやらまだ装備を戻してもらえないらしい。
「ゼルム君、せっかくスクリーンショット機能が使いやすくなった形で実装されたんだ、使ってみないかい」
「記念写真でも撮るのか?」
「そうだよ。今の姿をそのまま忘れてしまうのは、少々もったいないように思うからね」
「そんなもんかな……」
自分でなければ、後で見たらけっこういいじゃんとか思うのかもしれない。写真集の中で微笑む女の子、その正体は男です、なんて気が狂ったようなのは変わり種が好きなミサでも嫌だ。男の娘は別としても。
「見るんだゼルム君。水着姿の女の子がこんなにもたくさんいるんだ、写真の一枚も撮りたくなろうというものだろう? 幸いさまざまに可愛らしい女の子が揃っている。一人ひとりを撮影していったとしてもメモリが足るまいね。というわけで、何人かを分けて撮影し、それを共有する…… というのはどうだろう、諸君」
「いいね!」
「最高ですねぇぐげっへへへ」
「うんうん」
「私も入るんですか……」
そう言えば硬度7.8はずっと浜辺で何かの観察をしていた。水に濡れるとステータスが上がる水着だったはずなのに、結局ちっとも濡れていない。どうやったらレーティングに引っかからずにエロティックなものを作れるのか挑戦したのか、ぎりぎりまで試しているようにしか見えないくらいエロい水着だ。面積が小さいわけではないのだが、腰の横のところがヒモになっている。ひざとの間で大きな胸がふにっと潰れていてさらにすごかった。
「いいんじゃないですか?」
「そうですね…… 頑張ります」
「だから頑張らなくていいんだってば……」
ミサはなすこと視線を合わせにゃんとうなずき合い、「こいつらに地獄を見せてやるぜ!」とばかりに邪悪な微笑みを浮かべた。
「死ぬ……」
「同意見です…… もうダメです」
「僕は妻に怒られそうな気がしてきた」
水着を着替えること、たぶん37回。水着っぽいけどそうじゃなさそうなのを着ること、たぶん50回超。そんな数を繰り返しても着替えの時間は一瞬なので時間はそう過ぎていないが、はいポーズ取ってーやらそうそう可愛いよーという言葉はもう耳にタコができて何も聞こえなくなるんじゃないかと言うくらい聞いて聞いて聞きまくった。彼らは、体力の限界を迎えている状態だ。正直に言わせればもっと恐ろしいことを口にするに違いない。
「ぜったい水着以外の混じってたよな……」
「あ、分かっちゃった?」
「生地の質感、ぜんぜん違いましたから……」
「あははー、ばれちゃったかぁ」
「武器を持つ体力も、もう、ないね」
「疲労コンバインだねぇー、まだあるんだけど…… あ、なんでもない」
三人ともが目の奥に殺意を宿したのに気付いて、今日のために衣装(水着と女性用デザインのインナーカテゴリアイテム、それに面積少なめの服と普通の服)をたくさん用意していたなすこは、これ以上調子に乗ったら危ないことになると気付いた。こいつらマジだ、ではなくて、疲労の先の、そのさらに先にある何かにたどり着かせてしまう。バーサーク状態といえば聞こえはいいのだろうが、何もかもぶっ飛んだ状態だ。リアルが客商売なのでほぼあらゆるものを恐れないなすこだが、これはちょっと怖いかもしれない、と考えてしまった。
中身が男であれ女の子の本気はあなどれないのだ。本気を出している女の子はふるふると躍動感があってたいへん目の毒だが、違う種類の本気はヤバい。揺れる感じではなくて心に直接切り込むようなあれは、見たくない。
(今日のために夜なべしたのにな……)
夜しかゲームする時間がないだけである。ゲームしている最中に電話があって肝が冷えることも珍しいことではない。緊張と努力を以て作り上げたものだ、彼らには必ずすべてを着てもらう! なすこは固い決意を持っていた。
「おばあさんもお疲れみたいだし、帰ろう?」
言葉に振り仰いだ彼らは、一様に疲れた様子の老婆を目にした。延々と着せ替え大会を続けている彼らを見ていて疲れたのか、それともよくもまあインナーカテゴリだけであんなに楽しそうにするもんだと思ったのか、それは知れない。
「それはそうと、謎解きとかねーのかよ」
「あの足についてかい? それとも別のことかな」
「いや、イベントだろ? 限定ボスを倒すってだけじゃあの会社じゃねえだろ」
「ああ、作り込みのことを言っているのか」
天穹の花園と書いてヘヴンズ・ガーデンも、もちろんアウルムオンラインゲームスの製作したゲームステージだ。やり込めばやり込むほど楽しいステージになっているはずで、敵を倒したら終わりの雑なモノであるはずがない、ゼルムはそう推測していた。
「おばあさんも特に何も言ってなかったよね……」
「プレイヤーの方を熱心に見てたけど、別にそれ以外なにもしてなかったねぇ」
重要なNPCであるはずなのに、何の情報ももたらさない。それ自体がヒントであるようなものなのだが、彼らは疲れていて、そこまでは頭が回っていなかった。
「また明日会いに行こうよ。今夜はそこの宿屋に泊ろう?」
「ああ、いいな。現実の体は疲れてねえはずなんだが…… 眠れそうだしな」
彼らは「まんまるねこ」と書かれた宿屋らしい建物に入った。
バーチャルの宿屋なので、布団があるくらいだ。そうと分かってはいるのだが、寝るところがあると言う安心は何にも勝るものだった。各々が一人部屋か二人部屋を選び、彼らはそれぞれを忘れたかのように、それぞれの部屋に向かう。
半分はすぐに眠りにつき、半分は遅くまで眠れなかった。
その結果が知れるのは、明日のことだ。
ただ遠くからの潮騒が、ひんやりした虫の鳴き声が、涼しげな月の光が、夜を包んでいた。優しく布団をかぶせて、さすりながら、子守唄で寝かしつけるように。
遅くまで起きると次の朝起きられない、なんてことは当然のように知っているんですが、体感するまではあんまり考えていませんでした。ボディービルダーとか拒食症患者にありがちな「自分の体は自分でコントロールできる」という病的考えがしっかり根付いていたようです。
ちなみにどっちも現在、または未来に恐ろしい目に遭うのがテンプレ。ボディービルダーは免疫力が低いため病死しやすいと聞きますし、拒食症は凄まじいまでに痩せたり、もしくは過食症と入れ替わり立ち代わり発症して青春がたがたなんてことも。男性でも女性でも、体を大事にしていただきたいものです。私は長生きしたいとは思っていませんが、どうにか死ぬまでを延ばさないといかんとは思ってます。致命的な疾病が見つかる、なんてことはないのでしょうが。
まあでも、おっさんになる前に作品は完結させたいなあ。