#076 終わり/始まる
やばいひと登場。とはいえわずかですが。
アウルムオンラインでの武器ジャンルのシェアはどうなっているんだろう、と考えたんですが、やっぱり一番人気が片手剣、それで魔法使いのための杖、そのほかは同じくらいですかね。長柄武器はけっこう人気ありそうだけど扱いづらいし、作中に一回も出てきていない(要するに設定だけ溜まっている)「ハンマー」「弓」なんて誰が使ってるんだよ馬鹿野郎ってくらい少ないんでしょうねえ。正面戦闘には向かないからしかたないのかもしれんけども。
と考えると「両手で持つ」武器は少なそう? 片手で持てる「細剣」「片手剣」「短剣」は多そうなのかな? そんでもう片手に盾を持つか対応する剣を持つか、というところですかね。
どうぞ。
せっかくだからリベルウルムを楽しんでいくか、と俺は思ったが、引き出した情報を整理するだけで用済みのような気がした。
が。
「あれっ、なんだあれ」
ツインテールの、恐るべきファッションセンスの女の子がこちらに手を振っている。ゴスロリとパンクと特攻服を同じ次元に並べたような、正直言ってこのゲームにこんなもんあるわけねえだろと言いたくなるような服だった。が、まあ他の人も注目しているので服とツインテールの似合う幼い可愛らしさにやられているんだろう。
「やっほー。あ、ヒント持ってきたよー」
「えーっと、誰だっけ」
「Jさんの仲間。ですですってゆーの」
「ですです?」
よく分からない。
「ヒント、持ってきたよ」
「え、ヒント…… ヒント?」
「そーよ、ヒント。先言っちゃうね」
小海利世は立木製薬に預けた。
「裏付け済みだけどビンゴってわけか…… ありがとう、ですですさん」
「ちゃんでいーんだよ。ヒント代ちょーだい、なんか」
「なんかって…… ご飯おごるとか?」
「死ッ死ッ死…… それもいいね。それにするね」
笑い方が不気味すぎる。
そういうわけで近くの店に入った。あっちが頼んだ量が多いのと変すぎるファッションのせいで味がぜんぜん分からない。とはいえ水の味なんか、本当に旨いものを除いちゃもともと分かるはずもないのだが。
「むぐむぐ、うん、おい死いね」
「頼みすぎだろ…… んでどっかで見たと思ったら、斧を買ってくれた人か」
「あ、気付いた? ちょうどいいのなくて、さが死てたんだ。両手に斧を持つのってむずか死いことじゃないんだけど、使い捨ての手斧じゃぜんぜんダメージも出ない死。小型の斧って人気ないんだよ、困ってたの」
まあ街中の露店でも見かけないマイナージャンルというところですでにお察しの通りの品なのだろうが、マイナージャンルだからといって探すのを諦めない姿勢はいいと思う。とは言ってもぼったくりのスローイングダガーを買うつもりなんぞさらさらない。未だレシピが揃わないから作れないだけであって、素材から見ても元の3倍から5倍の値付けをしているはずだ。ちょっとした家具代わりなら手の出ないものでもないが、消耗品として買うには高額すぎて収支が釣り合わない。
知り合いに預けた瞬間に売れたから顔を覚えていたが、もう一瞬でも遅かったらこれが初見になっていただろう。
「斧を両手に持つって、どんな感覚なんだ?」
「んー? え、普通に」
「どういう普通だよ、武器持ったことないんだよ俺」
「あ、そうだっけ。「双剣」スタイルより軽くダメージ出る感じ? 強いよ。極振りだから死にかけるけど、回復も早い死、問題な死かなー。要するに削り死ぬ前に殺せばいいんだから、簡単だよ?」
「ああ、そりゃまあそうだよな」
それどういう状況なんだろう、と思ったが、突っ込まないでおこう。分からん。
「双剣スタイルってなんだっけ……」
「……本気で言ってるんだよね。説明するけど」
片手剣を二本持つ、短剣を二本持つ、などの片手で持てる剣っぽいものを両手に持つと言うスタイルがあって、それが「双剣」スタイルらしい。
「ま、片手剣二本持ちは重さのせいで動きが死ぬと思うけど。スピードタイプの剣を二本だとダメージ低い死耐久度もそんなないから意味ない死ねー。短剣二本持ちはダメージアップにそんなに貢献しない死、そもそも持ちにくい死、逆手にもできない死マジ死んでるよ。どっちも専用特技ない死、そもそも二本持ち振り回すSTRの持ち主少ない死。というかそんなするなら盾と鎧装備する死。君の死り合いだっけ、三ヶ日ちゃんはよくやってるんじゃない?」
「あの人すごい強いよな」
「そうそう強いよほんと。戦ったことないけど」
ないのか。
「でも双剣やってるバカがいるんだよね…… 半周で尊敬するよ、ほんと」
「半周……」
半分バカにしてるんだな。まあ俺もほうぼうからバカにされているので同情する。ダメージを出すと言うただそれだけのためにそこまでムチャすることもないと思うけどなあ。専用の特技がない以上は片手で特技して、その硬直時間はもう片手まで使えないわけだしばかばかしいことこの上ない。もしかして三ヶ日さんスタイルでやっていたら片手剣二刀流スタイルも慣れてくるのかもしれないが。
あと二本の剣を交差させて攻撃を受け止めるクロスブロックとかいうのはバカの極みなんだそうだ。ロマンではあるかもしれないのだが、片手で受け止めてもう片手で攻撃するために二本の剣を持っているわけであって、クロスブロックしているんなら腹に蹴りでも入れんかいということらしい。卑怯なのか正々堂々なのか分からん。
「ごちそうさまで死たー。救死ゅつ、うまくいくといいね」
「……さすがP.K.Cだな」
「そりゃそーですよ、Jさんがなんもかんも言ってくれま死たから」
「ったく、あいつ……」
はるかに年上なのであいつとか言ってはいけないのだろう。尊敬すべしとかいうやつもいると思うが、俺はあいつを同列に成長した人間だとは思えない。よって尊敬すべしだとか敬語を使いなさいというのは聞けないのだ。
俺はとっととログアウトした。
◇
「それでは作戦の概要を説明する」
全身を緊張させた人員、十名。厳しい訓練を受けた警察の特殊部隊だ。そういうとかなり有能に聞こえてくるが、実戦の経験があるものは少ないだろう。
「本作戦は上層部の指示により揉み消される。そのことを念頭に置き、本作戦において死傷した場合は何ら手当、補償がないことを覚悟して任務に当たれ」
「はっ」
この作戦は危険すぎる。作戦指揮となった城島にも分かっていることだ。
「二名の人質、そして二名の助からない人質がいるため、この助からない人質は本人の意思を確認したうえで尊厳死させるものとする。質問のあるものは?」
「はい」
「何だ」
「助からない人質とはどういう意味でしょうか」
「助かる方の人質から得た情報によると、彼らは人間の感覚を再現する実験に使うため、人間の脳と脊髄のみを取り出していると推定される。そのような状態にある人体を、再び社会生活を送ることができる状態にまで還元することは、現状では不可能だ。そのためと、助かった場合それらは大きな物議をかもす問題となる。上層部の判断により、彼らは生存することができないとされている」
「人間を殺すんですか!?」
「永遠にすべての知覚を奪われた状態で、人間は精神の均衡を保っていられると思うか。終身刑よりも過酷だろう。巷で使われているVRIDであれば彼らの救いになるかもしれないが、厳重に管理された環境でなければ彼らは生きられない。二度と満腹になることはなく、二度と家族に会えることはない。現実の光景を見ることは不可能であるうえに、好きだった嗜好品ものむことはできないだろう。彼らは「人間」を奪われた。脳は人間の神髄であるかもしれない、だが脳は人間そのものではないのだ」
了解しました、と隊員の一人はうつむく。城島にとっても、それは大変につらいことだった。もっとも過酷な役回りを押し付けられたのだ。妻を抱いて安楽に寝られる日はもう二度と来なくなるかもしれないと思うと、それは大事だった。
かつての友人が、人間と言うそれをモノとして扱い、脳を取り出したあとの人体をどうするかと相談していたときの顔を思い出してしまう。頭の禿げた男と、死体がどうだと楽しそうに話していたあの顔は、よく見知ったそれだったのだ。立木は、いつの間にか悪そのものに変わっていた。誰もが恐れる暗黒の権化、血を求め闇夜を彷徨する怪物になっていたのだ。そして、もう二度とひとに戻ることはない。
「二名を残して全員が裏口から突入、内部を制圧する。助かる人質を発見した際はまず避難させることを最優先、助からない場合は本人の意思を確認したうえで破壊しろ。それができない場合の最終措置も用意してあるので、どうしてもできない場合は放置しても構わない。内部の人員は六名が確認されているので、できれば全員を逮捕すること」
「二名は何をするのでありますか」
「一階の正面右端の部屋、それから二階の中央の部屋に高性能火薬があることが確認されたので、押収はせず、爆破して処理する。それぞれ五キログラムほどだが、建物全体を爆破するためには十分だろう。隊員の撤退が終わり次第、一階の正面右端の部屋を狙撃、建物を爆破してすべてを隠蔽する」
二名は狙撃が上手いものを選ばなくてはならないが、爆発を直接目にしたら網膜が焼き付いて一生使い物にならなくなるだろう。そうなると照準器から目を離しても撃てる優秀なスナイパーを用意しなくてはならない。
そこはなんとかなるのだろう。しかしどうにもならないように感じられるのはあちらの都合のことだ。手術、いや「処理」の日程はこれより少し早まってしまうかもしれない。遅くなる可能性はなくもないだろうが、早くなる可能性を考えたほうが現実的だと言えるだろう。希望的観測を繰り返すのは自分らしくない。
城島は、自分が焦っている、と初めて認識した。
◇
それでは着替えてください、と言って手術着を置いて行っただけデリカシーがあってマシなのだろうが、それは特に安心などをもたらすものではなかった。
今日は救出に来ると言った日の当日、そして「処理」の当日だ。もしかしたらメスを入れられる前に何とかなるのかもしれない。それでも安心できるわけがなかった。結局のところ間に合わなかったのだから。日野が打ちひしがれて泣いていることも、小海には当たり前に思えたし、日野が気丈にふるまっているのならば自分が代わりに泣いていたかもしれないと思っている。
間に合わない。このままではダメだ。
だが何ができる? まな板の上の鯉ではないか。
先の逃亡が失敗してから二度と試すことはなかったが、少なくとも監視がホテルの形をした実験施設の隅々にまで張り巡らされていることは分かっている。逃亡は不可能だったのだ。平たく言って、死の可能性、それ以外にはない。
上着を脱ぐ。カッターシャツを脱いで、上半身は下着だけになった。スカートをすとんと下ろして、下もパンツだけになる。ひと月も取り替えていないので服の匂いはそれなりに恐ろしいものがあったが、シャワーを浴びることができて、決定的に凄まじいことにはなっていなかった。
服を脱ぐ、という行為、それは今が最後になるだろう。
「……やっぱ、小海ってきれいだよね」
「日野さんも、そうじゃないですか」
実験に使われる空間で二人が一緒になることは、望まない限りはないと思われる。そしてどちらも、それを望むことはないに違いない。苦痛にゆがむ顔を見せ合いたいなんて、思うはずがないから。
「ハダカになるのも、これで最後なんだよね」
「ですね……。ひと月学生服、正直つらかったです」
「あたしこれだけだよ? 寒い日とかあったし」
「固いんですよこれ」
冗談みたいに言い合いながら下着をも脱いで、二人は本当に裸になった。
「どう、なるのかな」
「一か月くらいの命ですよ。私たちが死んで、次の子が処理されちゃう前に…… きっとあの人たちが来て、 ……来て……」
終わらせてくれますよ。
小海には、それが言えなかった。
「おなか、触っていい?」
「えっ、あ、今はちょっと……」
「ダイエットしてから体重計乗るくちでしょあんた」
「は、早く着替えますよ」
着替えたら終わりだ。
終わりの次に終わりがあって、その先に本当に終わりがある。そして死ぬ。
よく分かっているはずなのに、どうしても手は止まらない。きっと怖いはずなのに、羽織って帯を締める。うまく締められなくて助けを呼ぶ。日野に締めてもらって上手ですねなんて軽口をたたいて、そして小海は、ようやく引き返し不可能なのだと本格的に認識してしまった。
「ねえ、窓の外でも見ましょうよ」
「そうだね」
遠い、遠いところに街が見える。自分の家はあそこだと分かる。通っていた中学校の旗が見えて、懐かしく思ってしまった。方向が違うのと山を越えないといけないので高校は見えないが、それでもよかったのだ。
視線を、下げた。
ホテルの駐車場。自分はあそこにすら行くことができなかった。窓を開けて叫んだとしても、その声は山を歩いている物好きにしか聞こえないだろう。この辺りは登山に向いていないのだと言う。よくもまあそんなに都合のいい立地があったものだ。
駐車場に白いマイクロバスが止まった。
あの中にはきっと「次の私」がいる。違う部屋で一か月間も過ごして、いい加減にストレスが溜まったところで脳みそを取り出されて実験台にされるのだ。叫んで叫んで、叫んで叫んで、苦痛にか、快楽にか、壊れて死んでいく。
――せめて、次の人だけでも助けて。
知らず、涙が流れていた。
「お二人とも、着替え終わっているなら言っていただかないと。行きますよ」
もう逃げられない。
小海も日野も、人生の終わりを思った。
◇
「作戦、開始」
思いっきり某二刀流スキル使いの黒の剣士さんを馬鹿にしていますが、アンチではないのです。戦術的に考えるとロマンやカッコよさに全振りで(体術に通じた敵にも「そんな技はテレビ向けの代物だ」とキックを馬鹿にされている)アホっぽいというだけ。もちろんクロスブロックはかっこいいですし、そういうかっこいい動きは私も大好きです。そうじゃなきゃ投げ武器とか使わせるもんかい。もっと地味に阻害魔法だけの化けもんにしてる。
金属バットすらまともに振れない私にとっては、あれ片手にひとつずつとかちょっと無理そうだと思ってしまいます。と言って投げ武器がとっても軽いとは書かれていない(そもそも重量についてほぼ言及されていない?)ので、まあそれなりなんでしょうね。
私は主人公を戦い的な意味でかっこよくしようとかあんまり考えていない、ということだけはハッキリと申し上げておきます。そうじゃないと勘違いする人もいますし。