#074 解消/解消
ゲームを始めるだけ、抵抗するものの抗えなかっただけの1章や2章とは違って、この間に挟んだだけの一番どうでもいいはずの4章が「自らの悪を祓う」という重いメッセージを含んでいるような気が。なんでやねんという思いがなくもないですが、自分から出力できるのはこれが限界なのではないかとも思えます。3章は論外、ただのつなぎ。
どうぞ。
連行されていった二人を特に見ないままに、城島と伊吹は向かい合った。
「悪い」
「いやいや。警察官っぽいものとして任務を全うしただけだよ、確保も簡単だった」
一人は無抵抗で手錠をはめられ、もう一人は駐車場に止まっている黒い覆面パトカーに気付かないまま接近され、抵抗はしたものの制圧、逮捕されたということだった。
「時間が遅いのであまりお邪魔するわけにもいかないんだけどね。いちおう君のご両親と妹さんの不安をぬぐっておかないといけない。まあ不安になるようなことでもないんだが、一般人は僕のようなめたくそな肝っ玉は持っていないからね」
さりげなく自分を上げるのかよと伊吹は思ったが、特にそれを表情に出すでもなく「どういういきさつか全部知ってるのか」とぶっきらぼうに尋ねた。
「ああ、まあね。情報屋というのがあってね、リアル特定を主な仕事にしている嫌われ者がいたのだが、そいつがどうやら元凶らしい」
伊吹俊御は、仮想世界「アウルムオンライン」においてゼルムと名乗っている。
この事実は個人情報を管理している運営会社アウルムオンラインゲームスしか知り得ないことであり、外部の人間がそれを知るには、本人の信頼を得るか運営会社の個人情報管理フォームをクラックするほか方法がない。要するに、ほとんどの場合リアルとバーチャルはつながることがないということになる。リアル情報を垂れ流すようなことができない以上、ゼルムがイコール伊吹俊御であるということは、他のプレイヤーは知らないのだ。
「まあ、それが普通なんだがね。未来厨に関して君が原因だと固く信じ込んでしまった連中は、情報屋に君のリアルを探らせた。同時に、君と仲のいいプレイヤーのリアルも」
城島成昭、小海利世、伊吹美沙。
集まった三人のプレイヤーのうち、もっともセキュリティー・レベルが低いのは、いや二人のセキュリティー・レベルがあまりにも高いために一人しか選ぶことができなかったのだが、小海利世だった。
情報を探ることができたものの、数々の事件について一瞬にも近い時間で情報を揃える怪物を相手にするのは手ごわすぎる。本人の現実における戦闘能力も非常に高く、誘拐しようとすれば返り討ちに遭うことは確実。城島は無理だ。
友達が多く、監視カメラの多い地区に住んでいる少女。人付き合いが上手で年上の知人も多く、誘拐されたならば即座に捜索願が出て、逮捕までは秒読みであろうと考えられる。そうなれば伊吹美沙は相手にしない方がよい。
隠れファンは多いもののストーカーは一人もおらず、好かれてはいるが同数に嫌われてもいる少女は、古臭い港町を延々20分も歩いて帰宅する。当然カメラが仕掛けられている場所も非常に少なく、民家の少ない場所もある。警戒心など存在しないかのように人気のない場所に向かうこともあり、非常に好都合だった。
「理由はそんだけなのか?」
「だろうねえ。君が怒りに燃えるのはよく分かるが、弱者こそ最も狙いやすいものだよ」
セキュリティーが甘く、いなくなっても問題なさそうな、実際に手をかけるにしてもためらいの少なそうな人間を「彼ら」は欲していたのだ。
「が、どうやら彼らの思惑とはかなり違った。良識のあるものが無傷で預かってくれそうなところを探して、和解できる余地を作ろうとしたのだが…… それはとても大きな間違いだったのだ。立木製薬、ここなんだが、研究所が山手にあって限りなく怪しい。というのもどうやら、彼らは人体実験をしているから街中には置けないということらしい」
「人体実験? どういう?」
伊吹の声は震えていた。
「猶予、というのはどうやら実験スペースのことらしくてね、猶予があるかないかというのは気分で決められるものではないらしい。無論実験の説明をしたいところだが…… 君は、VRIDの開発についてどれほどを知っているかな?」
「だからどういう……。まあ、感覚の再現に実際に感覚の実験をしただとか、そういうのは聞いたぜ。あんたからも料理は実食しながら作った、みたいな」
「そうだ。しかしどうやら、これまではあまり重きを置かれていなかった感覚があってね。痛覚、そして快感。快感については生み出すことがそれほど難しくない、というよりもあれは脳の自動的な反応らしいから、外部からの処理をする必要がないとか、うん、詳しいことは研究者に聞いてくれ。問題は痛覚の方なんだ」
ある程度のショック、それは痛覚と間違われてしまう。細かな調整が一切なくとも、それは痛みになってしまうため、何をする必要もなく、痛みは造り出せた。
「だがまあ、立木義和という研究者がね。痛覚を追求し続けた。自らの妄執に囚われて、倫理すら失い規範を捨て、ある施設を買い取ってね。そこで誘拐した人間を使って実験を行っていた。どのようにかは未だによく分からないが…… 定期的な入れ替えが必要なところを見ると、終われば帰すような生やさしいものではないらしいね」
「どうするんだ? どうやって小海を助けるんだよ!?」
「大丈夫だよ」
城島の顔は、それまでの享楽的な犯罪者のようなものではなく、頼れる男のものとなっていた。もっとも本人はまったくそう思っていないのであろうが。
「いまから五日後に突入する。そのための作戦を明日に練る。君は民間人だが、まあもう一人と一緒に来てもらおうかな。ちょっとした演出をするために必要なんだ」
再び犯罪者の顔に戻った城島は、にこりと笑った。
「突入の際には避難誘導が必要だからね。知っている人がいたほうがいい」
「それだけだよな?」
「それだけさ。あと逃げる速度が速まるということもあるね」
言いはしないものの、城島は逃げるとき女性の足は決して速くないと知っていた。逃走に使うぶんの体力をすでに摩耗させてしまっている、ということもそうなのだが、外へと向かう衝動が足りないように思われるのだ。衝動の生じる原因は明らかなのだが、それを用意することは多くの場合、困難だった。
「明日連絡する。君は、ゲームの中でやつらに目にもの見せてやれ」
「……わーってるぜ」
俺にできることはないのかよと聞き返さないだけマシだった。
「それじゃあ、おやすみ。僕ももう帰って寝なくちゃならないからね」
「頼んだぜ、城島さん」
「……もうちょっと礼儀の勉強をした方がいいよ」
冗談だけ言って、城島は帰っていった。伊吹はそのまま寝床に向かい、眠りに沈んだ。メタ的に言えば彼の両親と妹は、少しばかり彼に礼儀を叩き込んだ方がいいのだろうか、と悩んでいたが、それは彼の知る由のないことである。
「おっなになにいいことあった?」
「ねえよ。昨日マジヤバかったんだからな」
えっそれなにと聞いた井口に、伊吹は冷たく「殺されかけたんだよ」と答える。まずいじゃんなんで生きてんのと返した井口は、死んでほしかったかよおいと伊吹ににらまれる。なかなかの威圧感なのだが、オトナに比べると裏付けがないよねーと井口は軽く考える。場数は踏んでいるのだろうが、別段怖い相手ではないのである。あくまで同年代の相手であって、底知れない威圧だとか化け物のような目をしているだとかいうことはない。
「そりゃまた大変じゃん。事情聴取とかは?」
「警察がたまたま家に来てたから、その人が逮捕したんだよ」
「はー、そりゃめちゃくちゃなもんだな」
ご都合ですよごつごーと井口はふざける。実際のところ、彼の事情を知らなければご都合主義の賜物だとしか思えまい。ゲームの中で知り合った人物が犯罪を監視する立場であり、また都合よくおとりにされたなどとは本人すら知り得ないことだ。
「んでカノジョはどうよ」
「まだだな。もう少しだ」
もう否定する気も起こらないのだろう、伊吹はそのまま会話を続ける。
「あぐらをかかないのがいいとこだよな、伊吹は」
「んだそりゃ」
「いやほら、これっていわゆる吊り橋チュエーションじゃん? もうちょっとマジにヤバいのかもしれないけどさ、窮地の女の子を助けるわけよ。つまりアレな王子様みてーなこともできちゃうわけよ、な。伊吹ってさ、そういうとこすげー硬いからね。そこがモテポイントなんだろうなあ…… 実に裏山のシイタケ」
「アホか黙れ」
知るかよと言って席を立った伊吹は、ほんの少し口角を上げていた。
◇
っべーマジっべーとうざったらしさを前面に押し出したキャラづくりでもしているのかと間違うような言葉を口にしているのは、ガレオンだった。強固な鎖帷子を着込んだ上に面積の大きな革鎧を付けた「対ゼルム装備」である。
「これまじやばいわ、強いわ。スペック高すぎてやばい」
「ほう、まあがんばれよ」
KFは自分が立案した作戦ではあれ、完全に可能性を捨てていた。凡人ではあれに勝つことは不可能である、ということはすでに分かっていたからだ。
それよりも大事なことが待っている。
「例の場所で待てばいい。なに、相手はコネも広いからな。それなりに早く到着することだろう。まさかヒントが四つしかないとは、夢にも思うまい」
こんな演じるだけのセリフで騙される方も騙される方だろう。自分の頭で考えれば、待ちぼうけを食らわされたあげくに凄惨に死ぬなどという結末を回避しようとするに違いない。簡単に言ってしまえばタンクという「潰れ役」以下の「死に役」という下っ端だ。
「んじゃ言ってくるわ!」
「ああ。相手も、これは予想するまいさ」
さて、とKFは背筋を伸ばした。
「入りますよ」
「ああ、どうぞ」
財布入れはしかめつらに近い顔だ。ゼルムに対処する、ということをやったのかやっていないのか、聞きたいという顔をしている。
「あなた方は、本当にやる気なんですか? 手遅れになりますよ」
「ええ、その件なんですが…… 支払った報酬が、引き出された形跡がない」
「どういうことです?」
「相手は死んでます、どうやら。情報源として握っているものがあったからこその恐喝でしたが、今はもうそれを恐れる心配がない。つまり」
「切ってもいいと」
信用したような顔ではない。
「私はギルドを抜けます。しかしそれとは関係なく、過激派は切るべきだ。現実に犯罪を起こす集団ということになれば、それなりに危険なことになる。ヒュマ、GURAVITI、あの辺りを筆頭として、20名の名簿を作ってきました」
「なにが狙いなんです? 新しいギルドでも作るんですか」
報酬が引き出された形跡がない、というその発言にこそ目を向けるべきであったのだろうが、あいにく財布入れは言葉尻を捕らえるような性格ではなかった。
ギルドの弱体化でも企んでいるのか、という意味だろう。KFはそう捉えたが、違う側面から見れば、お前は何をしたいんだ、という意味にもなる。
「ゲームから追放されることは確実です。どころか、社会生活からも追放されるでしょうね。私は別に、何か特別なことを企んでいるわけじゃない。自分の安全な人生を固めたいと言うだけのことなんですよ。報酬は先払いだったので、肝心の情報は届かずじまいなんですよ。ということは、ゲームからあいつらがいなくなれば平穏な人生が保障されるってことになる。ただ、私の権限じゃあギルドから人を切るのは無理でね」
嘘偽りのないことだ。
「敵の情報は届きました。で、ヒュマはそれ以上に盤石にしておこうと、俺たちの情報すら集め始めたんですよ。集団洗脳の準備段階としてね。入金したが引き出した形跡がないし、どうやら情報も届かない。逃げたんだろうと判断しました」
「信用に足る情報ですか?」
「俺は誰からも信用されちまうんですよ」
「ふざけたことを。悪役がうまいだけでしょう」
そりゃそうだ、悪役がうまくなれば普通の仮面などいらない。普通の仮面も悪役以上のものになってしまえば必要なくなるはずなのに、つい便利な方に依存していた。ここらで悪役とはおさらばすべきなのだ。
「いい加減に悪役を演じ続けるのはいけないかな、とね。便利だが、あまり深みにはまるべきじゃないと判断したんですよ。現実に悪いものになる前に引き返すために、お力添えいただければありがたいんですけどね……」
「……仕方がない、騙されてみましょう。リストを」
「はい」
ヒュマにGURAVITI、キャインとあへるのような筆頭の「邪悪」と、ジェットカーテンやフラウのようにそれに同調するもの、そのあたりだ。あの場に集まっていたものは全員がこのリストに入っている。幸いヒュマの「注文」に載っていたものは網羅しているため、どこかあれからずれていたものを救うことにもつながるだろう。
「三日以内に、対処をお願いします」
「……分かりました。あなたを信用して、このリストに載っているあなたを含んだ全員をギルドから追放します。本当に、いいんですね?」
「野良のほうが性分に合うんですよ」
駒を長いこと使い続けると、慣れてミスっちゃうんでね。
なんてことは言わず、KFは執務室をあとにした。
重要度でいくと
小海と日野救出>ゼルム=伊吹の奮闘>プログレス内部事情
って感じです。まあ人の命がかかってるのが一番重要なのは言うまでもないことですが、ふつうに考えて敵さんの事情なんて知らんというスタンスでもいいような気がしました。主人公の重要度も非常に低いですね。ゲームやってるだけだし……。
次回もちょっと気持ち悪い&アレなのでご覧にならないほうがいいかもしれません。