#065 探す/倒す
主人公率少ないッ! アルファポリスで書籍化したときの「ブクマ切りますね」レベルで恐ろしいことが起こりそうな気しかしない! まあ読者数が減ろうが何だろうが終わりまで突き進むのですが。
どうぞ。
ああ、あたし馬鹿だ。
日野は、目の前でせいいっぱい心情を吐露して見せた嫌いな相手に、しかし自分も同じことをしてしまうことを、馬鹿だと思っていた。
小海は自分より大人だ。だから、こうすればいい、という目指すべきものがあるのだろう。だからこそこうやって心を打ち明けたりできるのだ。
自分よりも、先に。
「小さい頃はさ、やっぱり可愛いとか言われてた」
一言を口にするだけで、プライドに釘バット百回くらいの気持ちだった。相手に劣っていることを認める? バカでもしない。否、馬鹿だからしない、か。
「でもさ、怖いって言われるようになったんだよね。友達グループの中心みたいになってるのにさ、いっつも誰か嫌なやつが混じってんの。集合時間に遅れまくりとか、貸したモノ返さないとかさ。許せないの。言ったら言っただけいい人にはなったと思うよ? でもさ、あたしが嫌われたら意味ないよね」
せいいっぱい、集団をまとめようと思っていた。でも、木の束を結ぶだけ変なところが見つかって結び直すように、どこか違うものになっていく。どうやら自分の言葉がきつすぎるのだと悟っても、違うものを修正するための方法に、それを採用することはしなかった。凛々しい、と自身でいうのも何だが、その顔立ちは男子からも女子からも人気で、集団が大きくなるのを止められなかったこともある。
完璧な束などできないのだと知らずに、結び直し続けていた。
大きくなる。大きくなればなるだけ。
怖がられる。それでも止まらない。
毛布の端をぎゅっと握るのは、弱さを認める何よりの証のようなものだった。
毅然として言えばいいではないか。しゃきっと背筋を伸ばして、なんでもないふうに、言い放てばいい。それが何だと、相手と一緒に笑い飛ばせばいいのだ。よくあるよねー、あたし悪くないよね。そう言えばいい。でも言えない。
「……男の身勝手さなんかさ、あたしもよく知ってるって。小学校出たら別れて、中学校一緒なのにふざけてんのって思ったし」
なんとなく距離ができる。分かっている。それが理由になんてならないはずだ。自分と相手に距離ができている、というそれを理由にして、何となく飽きてきた相手との関係を清算する。それだけのことなのだ。
すがりついたって言われることは分かり切っている。重いだとか、メンヘラだとか、そういう文句だ。そのとき初めて、相手は自分を好きでも何でもなくて、リア充のポーズを取ってみたいだけだったのだと分かった。当然のように泣き寝入りだ。相手に何をされたわけでもないのだから。どれだけ手ひどい裏切りでも、周りからすれば当然のことのようにしか見えない。本人がどう思っているかなど、見えていないし、見ないのだ。
だからといって百合に走ろうなんてちっとも考えなかった。
自分だって、相手を見ていなかったのだ。のぼせて、溺れていた。そう分かっても、まだ相手に未練がある。だったら好きなんだろう。相手が勝手なら、こっちは何だと言うのだろうか。
相手が、受け止めながら聞いているのをよく分かることができる。それでも日野は、どうしてだか納得がいかなかった。
「いい人見つけて、って、こういうことなのかな」
やっぱりずれている。
「あたしも見つけたい、そういう人。いいね、小海さんは」
日野の見た小海は、笑っていた。
柔らかな言葉とは裏腹に、哀しそうな顔をして。
◇
最近になって行方不明者が多発している街は特にない、ということが判明した。砂山としては予想通りの帰結なのだが、城島は納得しない。
「いやいや、どこかおかしくないかい? ここ、ここだよ」
「ああ、そんなデータがあったんですか」
行方不明者のデータ集めはそんなに手間取る作業ではない。今から二か月前までのデータということになるとそれなりの量だが、全国ではなくこの県だけの情報、ということになると、意外に少なかったのだ。
ところがそれを砂山に任せて、城島はやたら忙しそうに働いていた。どういう風の吹き回しなのかと疑っていれば、こういうことだったのだろうか。
「行方不明者の数は前と同じなんだよ。全国平均からして特に変わっていない。ところが行方不明になった年齢層が、かなり違う。老人が徘徊しているのではない、青年や中年が次々にいなくなっているのだね。聞き込みをしたところ、ようやく仕事が見つかったという元ニートやフリーターばかりが行方不明になっているんだよ」
「熱心ですね」
いやあ、ちょっと見逃せない犯罪かもしれないんだよと城島は笑う。
「とびきり面白くないやつかもしれない」
「城島さんは「犯罪は楽しむものじゃないか」と俺が最初に赴任したときにおっしゃいましたよね、覚えてますよ」
どんな人間なんだと思ったが、そういう人間だとしか言いようがない。
「ま、正確に言うと仕事、もしくはアルバイトらしい。ずいぶん割のいいアルバイトを見つけたのだ、とか住み込みの仕事だとか、そういうことだった。行き先についてはまったく不明だが、怪しい施設は50ほど見つけた。まあ、細かい犯罪オンパレードだと思って我慢しようじゃないか。不味いメインディッシュの前に、つまみ食いだね」
「50って、どういう怪しさですか」
数がおかしいのではないか、と砂山は思ったのだが、城島はこともなげにとぼける。
「いや、何か怪しげな研究をしていそうな場所、電気代の支払われている廃工場。最初はそう言うものを探していたんだが、改装されたホテルや買い取られたマンションも視野に入れて、加えて殺人事件を隠蔽していそうなところとなると…… まあ、そのくらいの数になるんだね。民家も入っているから、心配しないでくれ」
やっぱりこの人は、こういうところでバカだ。見つけたら立ち止まらない。
「ああ、殺人事件の証拠は10件分くらいつかんだから、普通のに回しておいてくれ」
「最近忙しそうにしてたのは、それですか」
「いやあ、まあね。急げと言っておいてくれるかな? スピードがものを言う事件もあるようだからね。僕らの領分も混じってるんじゃないかとは思うが」
「サイバー犯罪、ああ、これですか。エアコンの設置された地下室」
しかし民家のぶんだけでねえ、と城島はしょぼくれる。珍しいことだ。
「ここだよここ。金堀町のホテルを改装した研究所。どうやら製薬会社のようなんだが、あえて交通の便の悪いところに置く意味を考えると、怪しいね。ああ、それからここだ、水耕栽培をやっている工場だが、明らかにおかしい。大麻あたりを栽培しているかもしれないな。しかしこれだけ僕らが見つけられるということは、警察も日ごろ業務に追われているんだろうねえ。ご苦労なことだよまったく」
城島さんが事件を見つけ出すから、その処理に追われているんですよ。
砂山がそう口にすることはない。城島がいくら事件を見つけ出そうが、城島自身は完璧にお膳立てしたのちに手柄はどうぞとばかりに相手に渡すのだ。証拠は完璧、突入のタイミングまで教えてくれるうえに微細な注意もある。
手柄の取り合いなどに興味はないのだと言うポーズは、大変に煙たがられる。それがポーズではないのだと分かっていようがお構いなしだ。
「今度は誰に頼まれたんです?」
「ああ、フールだったかな、馬鹿だよ。最高の馬鹿」
意味が分からない。
電話が鳴った。城島が出て、にこにこと笑いながら話をしている。
「ああ、うん、そうだね。僕が自分で名乗るよ…… 明日の12時に金堀の「カフェーローズ」に来いと言ってくれるかな? ああ、いいんだよ。知っているから」
がちゃりと電話を切った城島は、笑いを消した。
久しぶりに見る、威圧感に殺意を重ねたような表情だ。はっきり言ってしまえば無表情ということになるのだろうが、無表情の持つ意味は無ではない。無色透明の毒クラゲのような、相手に近付いて悟らせぬままに殺すような怪物の目だった。
「困ったな……」
砂山は、久々に肝が冷えるという言葉を思い出した。
◇
ピーティーが発見したのは、巷でも有名な兄と妹、すなわちゼルムとミサの兄妹だった。どうしたんだ、と聞くと頭数が足りねえんだよとゼルムは冷たく言う。
「お前らがさらったのを数に入れてたからな。知り合いは全員かなり忙しいから俺の手伝いはできない。お前の人柄を信頼させてもらうぞ、街の開放はお前次第だ」
ミサが何事かひそひそと言い、ゼルムが答えるとミサは殺しかねない恐ろしい目でピーティーを見た。すぐにそっぽを向いて、強そうだね、などと空言をどこかに流す。彼が自負しているプラチナの鎧は、ただ頑丈なだけでなくすべての属性ダメージを軽減する凄まじい防御性能を持っているのだ。
対人戦では動きの遅さから役に立ちにくいが、モンスターと戦うならそれなりの強さを持っている、と言って問題ない。
「お前らプログレスの表の連中にはすでに伝わってんだろうが、解放された直後の街にはまだモンスターがいる。このファリアーは最初の方の街なのにかなりヤバいのが出るみたいなんだよ。一人じゃクエストすら受けられない。そういうわけだから、イリジオスを目指すには俺一人でもいいが、先に街を解放しとく必要がありそうなんだ」
「なるほどな……。防御は俺と彼女が交代で、それ以外は君がやると言うんだな」
「ああ。ちゃんと攻撃はしろよ?」
盾スキルはヘイトを稼ぐのに役立つスキルがそれなりの数あるので、柔らかい部分がない敵には有効な攻撃が少ないらしい投げ武器スキルを気遣わなくともいいだろう。ぜいたくを言えば一撃が強力な重槍スキルと盾を持ったプレイヤーが欲しいところだが、そんなしんどい役回りを引き受けるいいやつはプログレスにもいなかった。
「分かってるとは思うが、最初にヘイトスキル打ってそれから攻撃開始、なんて時間かかることはしないからな。即座に攻撃に移って、一秒でも早く倒す。いいな?」
「それじゃ…… いや、了解だ」
隊列が乱れるじゃないか、とか体力の管理はどうするんだ、という質問をするのは、この二人にとっては愚問以外の何物でもないのだろう。
合計三人しかいないのである。フォーメーションもないし、明確な役割を決めて管理された戦闘を行うわけではない。めちゃくちゃ流なのだ。
そもそもゼルムは器用貧乏で、解析もするし回復、支援に攻撃、なんでもござれだと聞いている。ただ属性魔法だけは使わないようだが、もう少し彼のレベルが上がればスキルホルダーにもそう言ったものを入れる余裕ができる可能性があるのだ。
ミサも、その盾は踏みとどまって避けるものではなく、主に受け流しに使われるのだと聞く。盾自体があまり大きくないのも納得できるが、アタッカーよりも高い火力を叩き出す盾役など彼女以外には聞かない。攻撃魔法や属性剣技を使いこなす彼女は、ゼルムと同じく、典型的な例からは外れた存在なのだろう。
「んじゃ、15匹倒したら終わりな」
興味深い戦闘が見られそうだ。
ピーティーは、自分が何をしていたかなど忘れていた。
だんだん時間がなくなってくる……。
次回は主人公率高めですかね。お楽しみにー。