#055 Wächter
たまたま頑張ったら二日分書けたので連投することにします。
いい加減に主人公君の装備が弱すぎるような気がする。麻の服の上に要所を守る板…… ダサい。どう考えてもダサい…… のですが、盾も剣も持てない人にどかんと大仰な鎧を着せても似合わないような気がするんですよね。そうか、服を替えればいいのかな……?
どうぞ。
敵の体力は五割まで回復していた。
何をどうすればいいのか、という具体的な答えはある。相手の攻撃をかわし続ければいいのだ。こちらからの能動的な攻撃を一切せずに。
「悪いな、ゴーレム…… ずっと注意してくれてたんだろうに」
不満そう…… に、俺には聞こえる音色をたぶん喉からジュウジュウ言わせているソードマンゴーレムは、しかし剣を鞘にしまうことなく、うなずいた。そして、背後を指さす。それが示したものを察した俺は、黙って白い五つのつぶてをかわした。
「ジュ……」
「ありがとな。でももう失敗しないから」
失敗を繰り返せば、極論、何度もこうやって死ねば、何度めかにはボスを倒せていたはずなのだ。それはVRではない普通のネトゲでは何度かやったことだし、普通のパッケージ版のゲームだったら、それこそ数え切れない数の「主人公」の死を経験してきたはずだ。
でもこのゲームでは、自分以外が主人公役をやってくれることはない。主人公が力尽きて死ぬ瞬間は、自分が壮絶な痛みを受けて混濁した意識の中気絶することと、等号で結ばれている。壮絶な痛みと混濁した意識の中気絶する、なんて死ぬのとほとんど変わらないことだ。誰もそんな経験はしたがらない。
飛ばした投げ武器は全て飲み込まれた。トーナメントで目撃した闇魔法使いにも似た感覚だが、完全に返ってこないところまで同じにしないでほしかった。
白い砲弾が発射され、そして地面で跳弾する。解析スキルを使って軌道を読む技術を鍛えてきたので、三回分は避けられるタイミングで避けた―― が。
「ジュオッ!」
後ろから返ってきた。それをさらに避けると、地面にぶつかってもう一度跳弾し、そしてはるか彼方の建造物まで飛んでいき、砕けた。建物の丈夫さはよく分からないが、被害はまったくないようだ。
どうやら、回復したプレートは砲弾の新たな使い方を習得したらしい。もしくは、これがこいつの体力が減ったときの狂乱状態なのかもしれなかった。それはどうでもいいことだが、後ろをも気を付けないといけないとなるとかなり面倒だ。最大で何回跳弾できるのか分からないが、だとしても俺たちとの間でバウンドしなければ相手は自滅する計算だ。
もちろん白い砲弾が異次元な動きをしてしまう可能性もあるにはある。だがそういう何もかも疑うようなのは後にして、今はとりあえず分かる方法で倒すしかない。そうでないと自滅してしまう。俺はそう確信していた。
かわして、回避してよけて逃げる。それしかできない。もしくは何か方法が見つかったとしても、俺はまともな武器一本持っていないネタプレイヤーだ。投げ武器を吸収されたいま、確実な方法は回避をし続けて相手を削り殺すことしかない。
俺以外の誰だったらこいつへ有効な攻撃を持っているのだろう。回避しながら俺は考えてみた。投射する攻撃が駄目だと言うのなら、火魔法使いのなすこさんはまずアウトだ。魔法を吸収するのか、そこは置いても、遠距離攻撃は全滅していそうな気がする。
だとすると近接攻撃ができる人だろうか。正統派な槍使いのにゃんさんはそこそこいけそうだし、西洋風二刀流の三ヶ日さんは文句なしに強い。ミサは言わずと知れた強さを持っているしJなら余裕をかまして倒して見せるのだろうか。
今ここにこいつがいれば、なんてバカな考えだ。
清き水の洞窟最奥部、水晶の泉にレベル20以下のプレイヤーを連れていく。そして「水の王」に宝石箱をもらう。これが条件の第一だ。第一条件を満たしたのち、ソードマンゴーレムと引き分けてファリアーに入り、若い町長に第二の宝石箱をもらう。第二条件はこれで満たされたことになるのだろう。
レベル20以下でモンスターがうようよいるダンジョンに分け入ろうとは考え付かないに違いない。そして俺が情報を提供しなければ誰も考えないだろう。
イベントバトルとはいえ、それが分からなければレアモンスターを倒したくらいの感覚くらいで終わってしまって、引き分けることもない。完全に勝って、それで終わりだ。もしそういうイベントがいくつもあるとしたら、俺だって引き分けることなくそれを見過ごしているに違いない。解析スキルはイベントフラグまで見つけてくれはしないのだ。
ゴーレムは俺の知らない視覚以外の情報源があるのか、後ろからの一撃も振り返ることなくかわす。もしくは見栄かもしれないが、それでもいいのだ。相手へのダメージは、こちらから自発的に与えることができないのだから。
かわして、かわして、かわし続ける。連続で回避する。十発が避け切れないタイミングで重なるように撃ち出されても、解析スキルで何とか隙間を見つけ出して、ランダムさの規則性を見つけ出した。
正直、途中で諦めたくなったのも事実だ。ただ避け続けるだけ、というのがこんなに面倒だとは思ってもみなかった。でも、街が滅びないと言う保証はどこにもないのだ。もしかしたら俺が倒れた瞬間にゴーレムが蘇生呪文を使いだして、強制的に戦いが続くかもしれない。それでもいいが、もう嫌になってきた。
だから短絡的にとどめを刺そう、とは思っていない。あっちが攻撃してきたときにカウンターのようにダメージを与えられる、ただそれだけで十分なのだ。俺に、それ以外の方法は残されていなかった。
相手がついに攻撃をやめ、膠着状態に陥る。
「いつでも回避できるようにしとけよ」
「ジュウ……」
俺の言葉の前にすでに構えを取ってはいるが、恐らくゴーレムに疲れはない。休憩やら睡眠と言うものは必要なのかもしれないが、それはそれとして、こんなチキンレースごときでは疲れを見せないのだろう。
プレートは、恐らく不意を衝いて相手を攻撃し回復して、戦いをさらに長引かせるつもりだ。その狙い通りに動いたとして、回避すれば相手の体力は今度こそゼロになる。そうなれば後は簡単だ。街の人に、戦いが終わったのだと報告すればいい。たったそれだけで防衛クエストは終了するだろう。
「ジュッ」
「ん? お、え?」
砲弾が発射されたのではなかった。
「プレートの…… 第二形態か?」
ぴし、ぱり、と白いものがはがれ、下から黒いものがのぞいている。それは白い板の表面を流れ落ち、ぽたりぽたりと滴った。粘性を感じられない黒い液体は、盛り上がりもせず、燃え上がりもせずにただ流れ続ける。
放置したアイスバーが溶けるように、プレートにはさらに激しいひび割れが入り、どんどんと黒い液体が流れた。とりあえず、ゴーレムがいやがって避けているので俺も液体の範囲から逃れる。液体が流れ落ち、それが終わったプレートは、まるで何かの包み紙のようにカサリと地面に落ちた。
黒い液体は原油か何かのように燃え上がり、突如プレートの体力ゲージが消える。
意味不明な現象を受け止めきれないうちに、戦いは終わった。
椅子に座り、テーブルを挟んで向かい合った俺を見て、町長はため息をつく。
「人種とは、かくも無意味なものなのですね」
製作スタッフ何考えてんだよ物議をかもしまくるぞというような発言を、町長はした。
「あなたにも半分ほどミオンの血が混じっている。そのことを忘れておりました。今や世界に純粋な人間、純粋なミオンなど存在しないというのに……。我々ですら、完全なミオンではないのです。少し血が濃いという、ただそれだけで隣人を排斥せねばならぬとは、思い上がりに過ぎました」
「複雑だなあ」
スタッフも、現実の問題を知らずにこの文章を打ち込んだわけではないだろう。
一説には、チンパンジーと人間のゲノムは98パーセント同じらしい。
ということは、どれだけ見た目が違おうと、人間の遺伝子は98パーセント以上がまったく同じだということになる。髪の色が違っても、目の色が別でも、肌の色が異なっても。それでもなお、現実世界に生きる俺たちはこんなできた人間をすごいと思ってしまうのだから、どれだけ俺たちは愚かなのだろう。
真実を見ている目を疎ましく思ってしまう目は、どれほどに。
「あなたには、もう一つの箱を差し上げましょう。街の特別な功労者に差し上げるものですが、あなたはこの称号にふさわしい」
そのとき、俺のふところから箱が飛び出した。
水の王から賜った、青い箱。
そしてこの町長から以前もらった、透明な箱。
今もらった緑の箱から宝石が出てテーブルに落ちる。
箱は溶け合い、たゆたう水を内に宿すような、美しい鍵に変わった。
「やはり、あなたはこの街に来る資格があったようだ。聖域に入り込む覚悟、諦めない心に、守る強さを持っている……。この街に初めて来た、この街を救った人間があなたで良かった。この街の人間は、少なからず人間に憎しみを抱いています。今後は、それもゆっくりと解消されていくことでしょう。なぜなら、あなたという人間の…… 同胞の戦士が、名もなき者からこの街を救ったからです」
そういう設定とはいえ、複雑だなあ、と思った俺は、そこで長いこと抱いていた疑問を思い出して、ふと町長にぶつけた。
「名もなき者って、いったい何なんです、ありゃ」
「終わりより現れし者、始まりをもたらす者。さまざまに伝わっていますが、世界各地に現れて人間の街を破壊し始めた、ということが唯一はっきりしていることでしょう」
やっぱり何もわからないらしい。エニグマ、謎という意味の種別になっているだけのことはある。町長はテーブルを見るようにうつむいて、言葉を続ける。
「地上の街を占拠し終わったとき、地下の街を占拠し始め、ここも犠牲になりました。かのレニオル・スーパークラスターの手によって我々は暴虐を免れましたが…… 他の街がどのような悲惨な目に遭っているのか、それは想像のしようもありません」
とすると、エイルンは人間最後の砦だったことになる。それにしちゃまったく緊張感やらの欠片もなかったけどな…… とは思ったが、衛兵の過剰な重装備を見ればそうも言えないのかもしれなかった。
「ここの街に来たのは、あれ三体だけすか?」
「いいえ。はるか昔に首魁と思しきものが訪れ、街に毒の霧を振りまいて去っていきました。毒はいつまで経っても晴れず…… 先ほど、あの白い板が燃え上がったとき、初めて消えたのです」
もう、この街に来るのに〈アンチ・ポイズン〉は必要ないのだ。
「名もなき者はすべての街にいるはず。あなたは、いったいどこから来られたのです?」
「すべての……?」
エイルンにはそんなものはいなかったはずだ。エイルン近くの草原で倒したあの雑魚が、あの街を支配していた「名もなき者」の一体だと言うのだろうか。あんなに弱いものが。
「エイルンっすけど」
いぶかしげ、というより異様なものを見る目で町長は俺を見た。目を見開き、眉をひそめたその表情は、恐ろしいものを見るような顔に見える。まるで、あんな場所で人間が生きられるわけない、とでも言うように。
「あそこは…… いえ、なんでもありません。お疲れ様でした。お礼については、こちらの倉庫に入っているものをいくつかお譲りしましょう」
街中にぽつんとおかれた椅子から立ち上がった町長は、俺を近くにある建物に案内した。大きい建物だが、結晶の形そのままであるところを見ると、その中身をくりぬいて作った建物らしい。
「ご安心頂くために、私も同行します。あ、それとこれはあまり言うべきではないのでしょうが…… あまり高額なものばかりを選ばれますと、街の財産が減ってしまうと言ってにらまれます。ほどほどにご遠慮いただきますように」
「大丈夫っすよ、そんなに高いモンばっかり選びませんて」
とは言ったが、ちょっと待て。
スキルがないので、いかにも高級そうで、見たこともない色の金属でできた、凄まじく強そうな武器は持てない。大小さまざまに武器や盾があるし、どれもこれも俺の少年的な心をくすぐるものだが、使えないものを入手するだけ無駄だ。これらは選べない。
で、消費アイテムを選ぶやつはたぶんいないだろう。ここにきてようやくMP回復アイテムがあったが、だからといって一回使ったら終わるようなアイテムをそこまで欲しがるような俺ではない。買ったアイテムだと空き瓶が残ることはないのだ。まったくの無駄とは言わないが、思い出にも残らないようではいけない。
では素材アイテムかと思ったが、これが「高いもの」だ。いろいろな宝石が照り輝いて目を打つようだが、一個でも持って行ったら、人間が嫌いなこの街の人には永久に嫌われてしまうに違いない。
とすると、防具か。
「ここにあるの、一揃い持って行っていいんですか?」
「ええ、まあ。高額なものでしょうが、我々には使えませんから。死蔵するだけ無駄なものです、ほこりをはらうにも面倒ですからね」
鎧のほこりをはらう仕事とかあるのかよ。
いま俺が装備している「鈴青石シリーズ」の上位互換らしい「玉銀シリーズ」というものがあったので、恐らく誰かから買うこともできるのだろうが、今ここで手に入れることにしよう。
そう思って町長さんに言うと「おお、いいですね」と言われた。もしかして在庫処分とかいう感じじゃないだろうな、とちょっと疑ったが、解析スキルで見てみるとかなりのレアレーティングだった。玉銀というのは真珠の一種みたいなものらしい。詳細はよく分からなかったが、貝類を狩っていたら出るのだろう。
そうして、クエストは終わった。
街にセーブポイントを置いた俺は、もう十二時を過ぎていることを思い出して、慌ててログアウトした。
むかしは色白なのを羨んでか「外人」という呼び名で呼ばれていたことがありまして、コンプレックス気味に「僕は生粋の日本人だ、父方にも母方にも白人はいない」と考えていたものです。ところが大きくなって遺伝の本を読んでみると、新潟だったかの雪みたいに白いべっぴんさんにはコーカソイド(いわゆる白人)の遺伝子が混じっているんだそうで。
加えて言うなら、縄文時代終わりから弥生時代にかけて日本の総人口の十倍もが大陸から流れ込んできたため、「生粋の日本人」などとうの昔に存在しないのだそうです。お酒が飲めない人がその証拠。詳しくはネットなり図書館で調べてください。
ある程度の年齢になると印象からの決めつけ、ステレオタイプの批判はなくなりました。女性からはうらやましいと言われますが、色白は色白なりに悩みがあるものなんですけどね。何をしても、何が起こっても目立つし最悪です。日焼けしたら痛くて痛くて、というのは同じですが、色が根付かないのでひと月もしたら戻ってしまいます。そばかすのおまけつきで。美容に気を遣うだけ無駄なのは先刻ご承知の上ではあるのですが、きついものがありますね。