#004 黒金
鉄。日本においては水酸化物であるいわゆる黒錆び、もしくは銀よりも濁った色をしているせいか「クロガネ」と呼ばれております。炭素の含有量によって柔らかさが変わり、超古代から現在まで工業を支え続ける人類のともだち。
コモンメタルの一種であ(自粛)
学校に着いた、というとプロセスはどうしたと突っ込まれそうだが、意識的に着替えをしていることは少ないし、めしを食っているときもそうだ。うまいうまいと思いつつ食っていることは少なくないが、旨いのでこれをできるだけなくさないように咀嚼しつつそればかりを繰り返していると考え事をしていると勘違いされかねないのでここで食べるにふさわしいと思われる、最近積極的に摂取していないであろう野菜を挟んで口に入れこれを咀嚼し―― なんて考えていることはない。てか長すぎる。
いつも通りの加々美が、今日はやたらと俺に話しかけようとするので「一体何だよてめえは、ぶっ飛ばすぞ」と言うと「おおこれだからへぇい民は」とアクセントのおかしい日本語で言った。
「ゲームオタクならすでにこの報を知っているのかな? アウルムオンライン」
「知ってる知ってる」
「冬休みという機会にッ僕はこれを始める……。君はさすがに手が出なくて泣いているところだろうと思ってね。こうやってからかいに来たわけなンだ」
自分で言っちゃうのかよ、いいのかよ。
「持ってるぞ、すでに。始めるの手伝ってやろうか?」
絶対に嫌だが。
「ふッははっハ、君のようなへぃ民に何かをしてやろうと言われる筋合いなどないところなのだが…… いやしかし、先人は後に続くものを導くのが当然だね。ここは素直に、頼むよ。こう見えても薙刀など使えるんだ、ゲームでも薙刀はあるんだろう?」
「あるな、担いでる人見たことあるぜ」
「最強とは言わない! しかしそれに並びたいね!」
「はいはい。最初にいるところで、冬休み初日の夜九時に待ってるぜ」
「おお何という幸運か。夜にするのがいいと勧められていてね」
大丈夫かこいつ。話題を適当に切り上げたところで予鈴のチャイムが鳴り、担任の先生が入ってきた。まずいな、さっきの会話を聞かれてたら奨学生の地位が危なくなるところだった。勉強にはもっと力を入れとかないと。
別に終了間際の短い学校の日程を細かく書く暇があればゲームを長く書こうと思っただけで、まったく学校を書くのが面倒だったわけではない。俺は学校から帰って普通に勉強し、すでに配布された冬休みの宿題にも取りかかった。成績が良い生徒にも難しい問題などあろうはずもなく、俺は集中しておやつの時間まで宿題を進め続けた。
「頂き物のシュークリーム、食っちまうぞー!」
「今行くよー!」
父さんは酒が好きで甘いものも好きだ。糖尿病の心配はないんだろうか。
広めのリビングにはすでに美沙が到着していて、リスのようにかぶりついておいしそうにシュークリームを食べていた。父さんもお母さんも食べているので、残りは一個、父さんが手を伸ばそうとするところを素早く奪い取って俺も椅子に座り、かじりついた。
「おいしいよね。今日はどこ行って来たの?」
「重役だけど重役出勤はしないで真面目にやってたら社長が、な。すごいだろ」
「重役ってアニメでも黒扱いされるもんな、父さんみたいに真面目な人いるのにな」
「あらあら、家庭では真面目じゃないけれど……」
「お母さん、それ言っちゃだめー!」
家庭もこんな感じだから、俺も妹もそれぞれ血のつながらない養子だなんてことはどうでもいいのだ。
「そもそも最初、お父さん悪役だったのよ? 街中でうぶな私に声をかけて、しばらく一緒に過ごして、夜まで一緒に過ごしたのに逃げちゃうんだから。ちゃんと追いかけて捕まえたけど。思えば一番ぎゅっとしたのってあのときかも」
「いや、ほんとすいませんでした……」
「今から逃げたら、家族全員で追いかけるからね」
うわああああと破局的なうめき声を出す親父に、俺はとどめを刺す。
「大丈夫、どんだけ逃げても伝手とコネと違法のGPSで見つけるからな!」
「うわあああん息子が怖いよおお」
「よしよし、逃げないでね」
すかさずお母さんにひざまくらホールドされて父さんがしっかり捕獲された。
「うっ、うっ…… いつから息子は違法行為までしでかすように…… ううっ」
「ごめん、一時期荒れたときに小遣い全部つぎ込んで父さんがどこに行ってるか調べてたりしたから。今でも健在だぜ、あのGPS」
「と、取り外す方法は……」
「ないよ」
「うわあああああああ」
お母さんの胸に顔をうずめて泣く。
「大丈夫だって」
正確には電話局とインターネットを両方ハックしたウィルスを共同制作したのを、スマホを変えても追跡できるようにバージョンアップしただけのものだ。したがって取り外す方法は、あのウィルスを共同制作者に頼んで削除してもらうほかない。だが万が一見つかっても大丈夫なように、自衛機能までついている優れものなのだ。そのファイアウォールを破るのは並大抵では不可能だろう。
……一介の中学生だがコネの力は父さんに負けていない。
今はどこのサーバーに隠れているのだろうか。巨大な装置群と間違いなく近い場所にいることはそうなのだが、カモフラージュに隠れている場所があるはずだ。声紋鑑定装置やらアンテナやら受信機やら、あの研究所じゃなかったら確実にばれてる。
「そういえばゲーム始めたんだって? あれには関わってないけどちょっと出資はしたのかな? うちの会社のありがたみも、感じてくれよ!」
「儲けをもらってるんじゃないのかよ、父さん」
いやいや、あのヘルメットの販売を委託されたのはこっちだから、と父さんは言った。つまりそれは、ゲーム会社以上に儲かる可能性があるってことなのかもしれない。
「お前のトラブルのことも聞いてるぞ。けっこう大変だったみたいだな」
「ありゃ俺も悪いよ。すぐさま走って逃げるべきだったし」
「リコールが相次いでるが、どれもユーザー認証を不正にごまかしたやつばかりだ。一応精神状態もサーバーで分析してるから、ユーザー情報がなくて精神状態もおかしいやつは弾きだしてるみたいだがな。それでも適正ユーザー以外がプレイしてる始末だ」
「運営から文句来てるの?」
「ああ。脳波さえごまかす連中がいるんだと。三十後半で重役になれたと思ったらこれだからな、まったく嫌になるよ。平気でプレイしてる連中に、そうだ、ゲーム内で仕置きをしてやることはできないのか?」
「いやー…… 美沙はともかく、俺弱いからなー」
「そこを何とか、頼めないか?」
うーん。投げナイフ一強みたいな風潮はないわけで、無警戒な敵を倒すには向いているかもしれないが、そもそものダメージが低すぎて話にならない。毒や麻痺と併用するか。
戦ってみて実感としてあるのは、強くはない、ということだった。あとひと押し何かがあれば恐ろしく化けることができそうなのだ。
「遅くなるかもしれないけど、頑張るよ。美沙も手伝ってくれよ」
「分かってるって、お兄ちゃん」
俺はそっから攻略サイトやらスレッドやらで何が強いかとか、どこに行くと効率よくアイテムが手に入るか、鍛冶屋ならここが鉱石のスポットだ、という場所を探しまくった。まずはレベルを上げて、それからスキルを増やす。要するに組み合わせで強力になるスキルを見つければいいのだ。投げナイフとクリティカルアップは、趣味として使う分には確かに弱いが、充分にメインウェポンになりうる。
装備武器のほとんどがスキルレベルによって装備できるかどうかが決まるようなので、ミサの剣と盾のレベル上げがてら俺も投げナイフのレベルを上げる。そして一刻も早く不正プレイヤーどもを裁くことができるくらいの力をつける。できることならミサの武具は全部俺が作るくらいの気合の入れ方にしたいところだし、投げナイフは自前で作らないと誰も作ってくれないだろう。
修理できない完全な消費アイテム扱いのそれなら、一個や二個ではまったく足りない。数十個、もしくは百個以上も持つ可能性があるかもしれない。
俺は、晩御飯に呼ばれるまでずっと悩み続けた。
父さんに、やっぱり不正プレイヤーをぶっ飛ばすのは難しそうだ、と言ってみると、それでも別にいいんだと言われてしまった。
「ダメージ受けたら痛いんだろ? 無理しなくてもいいんだぞ」
「でも、父さんの助けにはなりたいんだよ」
「いつものお前の調子でやってみろ。こんなこと誰がやるか! ってことで満点取るくらいの勉強やって見せるだろ。俺はお前に期待してるぞ」
「分かった。具体的な策は浮かんでないけど、がんばるよ」
風呂を済ませ、寝られる格好になってからインする。
いつもの場所で、そういえばミサの剣が強そうな普通の剣になっていることに気が付いた。俺の投げナイフはもともと綺麗だったので変化なしだ。
「ミサ、剣の錆び取れてるぞ」
「え、うん。そうなんだよね……」
スキルレベルが5になったところでこうなったらしい。スキルレベルが5上がるごとに何かの変化がもたらされるらしく、それは今のプレイスタイルに似合ったものになるそうだ。これはありがたい、クリティカルアップはようやく3になったところなので、もう少しで何らかの変化があることになる。
「盾の方もけっこう綺麗になったよ」
「ミサに似合ってるな」
「お世辞いいから。今日の狩りはどこに行くの?」
「こないだと同じ場所、んで洞窟か。でも洞窟は時間があったらな」
街から歩くこと十分ほど、走りも交えつつモンスターも倒しつつ、俺たちはすぐにあの岩場に着いた。さっそくゴーレムに、昨日のナイフの星二つ、投げても惜しくない方を思い切りぶん投げた。激しくヒットして火花が散り、ゴーレムがこちらを向く。
『グォオオウウ……』
今日は警戒気味だ。昨日より俺たちのレベルが上がったからかもしれないし、もしくは近くにフィールドボスのうち一体でもいるのかもしれない。だとすれば急激レベルアップのチャンスか、もしくは死に戻り装置でしかない。
ゴーレムが棍棒を振り下ろす動作に間に合わず、ミサが盾でしっかり棍棒を受け止める。その音を聞きながら俺は銅の投げナイフを二本同時に投射した。当然のごとく首元に食い込み、激しく火花が散って、回数が余計に消費されてしまう。だが即座に手元に戻し、もう一度投擲。
「お兄ちゃん、どうしたの!?」
「何でもない! 大丈夫だ!」
少しだけぼうっとしていた時間を取り戻すように、激しい火花が二つともクリティカルだったことを知らせる。ミサのキックが脇腹に入り、ゴーレムはうずくまる。
試しに今度は、四本同時に投げた。首にずがががっと大ダメージが入り、ゴーレムは倒れた。瞬く間にクリティカルアップのスキルレベルが5に上がり、なんと「初撃会心」が付与されることになった。
「なあ、会心でも火力足りないとか言ってたやつ何なの?」
「何なんだろうね?」
試しに俺だけでゴーレムと戦ってみたんだが、倒せた。武器を四本取り出してまず攻撃しようとしたところに一本クリティカル、怒ったところにクリティカル、ここで戻ってきた武器をしまってからもう一度攻撃モーションに合わせて一本クリティカル、それで突進してきた足元にクリティカル、全部しまってもう一回取り出し一本ずつクリティカル、それを繰り返していたら三回目のルーティーンで倒れてしまったのだ。
街に戻りつつ、やっぱり初撃がクリティカルになるのを確認する。二発目が普通だった時もあれば、もともとのクリティカルアップの補正がかかって会心の一撃になることもあった。
「……お兄ちゃん、良かったんじゃない?」
「そうだよな? これで採掘さえできれば」
採掘ポイントは、岩の割れ目か結晶の塊だ。どっちでも経験値とアイテムががっぽりなので、相当にありがたいものだということは間違いない。解析しても「投げナイフでは採掘することはできません」とかたくなに拒否されていた。
街に戻って貸し錬成床にアクセスし、銅鉱石をほぼ全部投げナイフに変える。錬成のレベルもこれだけで相当上がって、なんと4まで行った。銅の投げナイフは十六本になり、耐久度低い順に入れ替えておいたので間違って虎の子の星三つ回数三十回を浪費することはないようにしてある。
素早く貸し錬成床を出て市場に向かった。
「ミサ、お金も貯まっただろ? しばらく見てたらどうだ」
「そうだね、それじゃ後でそっちに行くからね」
鉱石アイテムは安いが、数が必要になると値段は馬鹿にできない額にまで上がる。
「安いよ安いよー誰も買わないから叩き売りだよ安いよー馬鹿みたいに安いよー」
「すいません鉄の鉱石ください」
「あー鉄鉱石は買い占められて売り切れだよ、鉄くずならあるがねー」
……買占めとかねえな。充分迷惑行為だろ。
「んじゃ鉄くずでもいいんでください」
「本当にバカみたいに安いよー、四十個セットで四百チルンだよー」
だいたい三千ほどあるので、痛い額ではない。それでなくなってしまわないか、と尋ねると加工に失敗した武器やら投げナイフのなれの果てだそうなので、いくらでもあるのだそうだ。在庫に千を超える数があると聞いて安心した。
「ここだけの話鉄くずの方が鉄鉱石より加工しやすいんだよお客さん得したねー」
投げナイフの素材はけっこうおおざっぱで、これでもいいこれもいい、と妥協する手段が山ほど書いてある。本当のレシピで作るよりも加工が簡単だったり性能が高い場合すらある。それは決してガバガバなバランスなのではなくて、難しいところに行かなくても同じものが作れる優しさだろう。必須素材は変わらないが。
鉄の投げナイフの必須素材は鉄を含む素材アイテムなので、つまり鉄鉱石か鉄くず、錆びの塊などが使える。鉄鉱石を使うと普通の投げナイフ、精錬した後だが何にもなり損ねの鉄くずを使うとけっこう良質な投げナイフ、錆びの塊を使うと錆びの状態異常を与えられる渋い投げナイフになる。鉄以外だと鉄の投げナイフにはならない。
俺は急いで錬成床に戻り、先生を呼んで鉄の投げナイフを作った。
「いい出来ですね。始めから星三つというのはすごいです」
ちなみに普通中の普通とも言うべき「星なし」があり、それは威力は普通だが投げられる回数は少なめなんだそうだ。星三つともなると投げられる回数は最大かそれに近い数字で、威力はほぼ最大、飛ぶスピードにまで補正がかかる。
「ところで先生、投げナイフをナイフ以外の形にできないんですか?」
「それは投げナイフじゃありませんよ。そうですか、こんなにも早く気付くんですね。上達の早い弟子のことですから、これもうまく作れるかもしれませんね。レシピを、渡しておきますよ」
いがぐりと呼ばれる、投げるまきびしみたいなものなんだそうだ。
「ところで気付いているかもしれませんが…… ゴーレムには、ときたま作った術者が忘れていったのか、レシピが入っていることがあります。ゴーレムによっても違いますが、相当に貴重なものがかなりありますから、狙うといいかもしれませんよ」
「そうだったんですか、妹にも聞いてみます」
そのとき、貸し錬成床にミサが駆け込んで来て、爆弾発言をした。
「お兄ちゃんどうしよう、市場の品物が買い占められてるよ!」
この前のように連投しすぎるとあっという間にストックが消え去ってエターナるにぐっと近づく羽目になるんですよね。どこかのレーベルに応募するものまで書き始めたり、また学校で依頼された仕事があったりで大変です。
この話のストックはまだ九話ほどあるので大丈夫ですよ。明日も更新します。