#119 Ir juntos
水着の棗お姉さま、アリエス第三節超級か……。というかストーリー攻略でふつうに手に入るやつとハード&エキスパで手に入るやつちゃんと調べてなかった弊害が。イベントに追われてストーリーやれてないっていうスケジュール管理の悪さがいけないんでしょうか。
どうぞ。
座っている感覚から寝ている感覚へと移り変わって――いつも通りの軽い体に股間のアレ、体の感覚も変わっていった。そして目が覚める。
「おお、戻ったらこれでまた変な感じだな……」
古今東西で性転換は話のネタにされ続けているが、現実には起きたことがないし誰も起こせていないので起きるはずがなかった。ゲームの中のことであっても、起こしただけ世紀の偉業だろう。本気でやろうとしたらいったい何をすればいいのか、そういった仕組みには詳しくないのでさっぱりだが。
机にある時計を見ると、終了時間の午後4時からもう少しだけ過ぎていた。
「あー、さすがにちょっとだるいな」
半日で内部時間七日が経過していたという事実は、なかなかものすごいと思う。記憶がなくなったわけでもなく、世界初の実験をリアルタイムに経験したのだという感慨が今になって湧き上がってきた。
「お兄ちゃーん、起きてる?」
「ああ、起きてるぞ」
……今になって、女バージョンの俺を見ていたミサがどれだけヤバい目だったのか分かってきた。雰囲気というんだろうか、全体的な構えが明らかに違う。三ヶ日さんは普通だったと思うが、あの人たち全員がああいう感じで……そりゃ女性でパーティー組むわけだ、と邪推でもなんでもなく納得できる。
「長かったね、イベント……」
「まあ、七日間だしな……」
邪神をうっかり開放してしまい倒したが、実は土着の神だったというちょっと困ったイベントだった。いちおう祝勝会みたいなお祭りをやったが、これからの対処に気合い入れていこうぜ的なニュアンスだったに違いない。一週間をかけてやることといえば確かにそうかもしれないが、ストーリーはあれでよかったんだろうか。
「公式のストーリーがどうなってるのか、それが気になるんだよな。というか、アウルムらしくない仕様っていうか……」
「アップデートで良くなるんじゃない? いちおう攻略サイトとかに情報は集まってるみたいだけど」
俺がずっと気になっていた仕様なのだが――メインストーリーである「グランドクエスト」は一回しか受けられない。この「一回」というのは全プレイヤー共通のデータ、つまりサーバー単位での話になる。街を開放すると街が利用できるようになるとはいえ、後発のプレイヤーはストーリーに対して「え、ミオンってなに?」「結局ベルティベルクの歴史ってどうだったの?」みたいな疑問だらけ状態になってしまう。クエスト自体は条件によって出現したり、ストーリーを垣間見ることもできるのだが、もっとも大きな懸案事項の「名もなき者」討伐は街を開放したプレイヤーにしか達成できない。
称号の獲得条件になってはいないし、称号もステータスに関係したりはしないので倒さなくてもいいものではある。やつらを倒して得た素材も、いずれ同じようなものが取れるようにはなるだろう。ただ、どう考えても平等ではないうえに解決手段ゼロの支障が起きているとなると、不平不満が出るのが常だ。
そんなわけで、俺はストーリーについてほとんど知らない。最初の街であるエイルンのイベントもパーティープレイでしか出現せず(攻略難易度からして当たり前だが)、ストーリーに関係のありそうなクエストをやっていなかったり、それっぽい情報が出てきてもメモしていなかったからだ。リベルウルム攻略にはボスの討伐という形で関わったのだが、そのストーリーについては全く知らない。ベルティベルクの方だと「住民を霞に変えて避難させた」ということだけは知っているが。
「エイルンはともかく、ベルティベルクとリベルウルムはちょっとずつ調べがついてきてるみたいだよ。ほら、ここのとこ」
「お? どれどれ……」
かなり長いストーリーが書かれているが、おとなしく読んでいこう。
古代――人間はミオンとの交配でその力をなくしつつあった。
俺が知っている古代の出来事は「現在使われているお金「チルン」ができる」というものだが、古代とはいっても時系列としてはずっと後のことになるようだ。お金を作った王さまがなにがしかのスキルを使ったということも聞かなかったので、この世界でいう「人間」の使う超常の力の一端なのだろう。
……それはともかく。
レベルにして20に届くかどうかという人間……というよりハーフミオンばかりが世の中にあふれ、生活や職業に使うスキルのレベルも70に届かない。放浪したり専門の仕事に精を出して生きたりと鍛えた者たちはかなりのレベルだったが、それでもほとんどの者は先の人間には遠く及ばなかった。しかしながら、人間の血を濃く宿すものは違った。
具体的には、王族なんかは「ンな軟弱者の血なんか混ぜられっかァ!」とばかりにミオンの血を入れることを拒んでいたようで、人間としての力もかなりあったらしい。
ところが、それでも「名もなき者」の侵攻は食い止められなかった。
相手が賢かったところは、大戦力にはきちんと大戦力をぶつけたところ――らしい。ファリアーにいた三体のボスが俺とナイトゴーレムで対処できた時点で、「戦力評価に応じて振り分けを調整する」という言葉通りの上司としてかなり有能なやつらだ。普通のRPGみたいに弱いヤツから倒していくなんてゲームバランスは皆無……まあ、プレイヤーが関わらないところだからそういうことになっているだけだが。
そんなわけで、力を持つものとしてはかなり上の部類だった王族も、一瞬で街ひとつ消し飛ばすレベルの相手をあてがわれてはどうしようもなかった。とはいえ、相手も支配することが目的だったようでそう簡単に街を壊したり大規模な虐殺を行ったりといったことはしなかったようだ。
「……これ、生き残ったNPCからあれこれ聞けるパターンだな。もしくは何か遺跡以上のものが残ってる感じの……」
「ベルティベルクでいたよね、霞から戻った人」
ああ、そうだっけ。
ミサが言うとおり、街の人間全員を霞にして「街はあるけど人間はいないし、意思疎通もできないから支配できない」という逃げ方をした街がベルティベルクだ。解放されるまでにわずかに劣化があったらしく、数百年だかの間で十数歳ほど年を取っていたらしい。
そういうやり方を選んだ街があるということで察せると思うが、結局のところ人間は負けた。
エイルンのほかに人間が生き残っていて生活している街があるのかどうかは、今のところ行ける範囲にないので分からない。ただ、ゲーム的に考えればファリアーみたいな難易度のところはもうないだろうし、レベルが上がったプレイヤーを迎えるボスが弱いわけもない。
「そういえばこっちなんだけど……ボスの言ってることを解析した結果」
「お? 解析ってどう解析するんだよ」
俺はそう言ったのだが、見てみると実際に解析されている。音声がどうこうではなくて、内容からの考察という意味でだ。
「なんだこりゃ……」
「わけわかんないよね」
「プレイヤー」というモノはゲーム開始以前から「名もなき者」と幾度も戦い、そのたびに敗れている――いや、そういえばそんなセリフを言っていたやつがいた。
「なんだっけ……ボスにリベンジしたときに、百回とか千回とか挑んだような言い方をされたときがあったんだよな」
「あー、あれ? おぼろげーに思い出した」
かなり強力な、鎧兜の騎士といった姿のボス「ガーディアン」がいた。
「それに、これ……聞いてはいたけど」
「え、ほんとに?」
「ああ……ファリアーで「どこから来たのか」って聞かれてな」
「エイルンが滅びてるって、どういうことなの……?」
ファリアーの街の長は、俺がどこから来たのかを聞いた。俺が「エイルンから来た」と答えると「あそこは……」と言って、ひどく恐ろしいものを見るかのような顔をした。
「何かあるのは間違いない。そんで、俺が攻略をほったらかしにしてるイリジオス……あそこが一体どうなってるのかってことも気になるな」
「ファリアーに入れても、そのあたりがまだまだって人が多いみたい」
あの街では人間の信用度がえらく低いので、かなり信用されないとクエストも満足に受けられない。ちょこちょこお邪魔して信頼度が下がらないようにと頑張っているが、成果は不明だ。
イリジオスは相当ヤバいらしい――ボスがめちゃくちゃ強いらしい。なんでらしいらしいと伝聞調なのかというと、途中で邪魔が入って攻略できなくなって、そのまま放り出してしまったからだ。
「具体的にどう滅んでるのかが分からないんだよなぁ……」
「書いてあるよ?」
「マジか、読むわ」
流し読みしてた。まあ、しょうがない。
まず、街中に空き家が異常に多いこと――ほかの街では無断で侵入できる家屋というものがまずないので、人がいないうえに所有者不明の建物が多いところは怪しいそうだ。住人に対して建物の数が多すぎることもあって、街が陥落していることはまず間違いないという推測にも少しずつ信憑性が出てくる。
次に、どの街でも同じ情報が出てくること――共通認識として、エイルンは滅んだものだとされている。何が起きたのかはっきりとは分からないが、確信するだけのことは起きたのだろう。大丈夫だといってもなかなか行きたがらないとか、そういうことも起こっているのだそうだ。街に近付けないレベルの厄災が起こって、エイルンは放棄された…‥
なら、人間はいったいどこに生き残っていたのかという話になってくる。
「あ、それならここだよ」
「お、ほんとだ」
「名もなき者」たちは人間を支配するため、あえて人間を残した。過酷な環境で強くなったものならば叩き潰すもよし、辺境の村を人間の保護区のように扱うのもありだ。ミオンに汚染されきって反抗する力もない人間の子孫たちは、なんとか生存だけは許されていたらしい。
あれこれと失われるものはあって――MPポーションのレシピがなくなっていたのも、やつらの手のものによって歴史から消されていたから、ということらしい。あれのためにリアルまで影響を受けたというあの人は、いったいどういう顔でこの事実を聞くのだろうか。
「ね、お兄ちゃん」
妹が――美沙が、俺の背中にぴったりとくっついた。
「あの人と一緒にいるの、どう?」
「楽しいし、あったかいよ」
嘘をつくつもりもない。美沙にそんなごまかしをしても無駄だし、女子でパーティーを組んでいる影響だろうかさらに鋭くなってきている。
「一緒にいるから好きなのか、好きだから一緒にいるのか……最近、ちょっとだけわからなくなってる。私はお兄ちゃんが好き」
俺は何も言わない。
「服も、髪の毛も。女の子は誰かのためにそうするってみんな言うんだ。私はなんか違う。誰かが誰なのか、わからない」
「そういうものじゃねえのかな……」
実体のない誰かを相手にしていることもあれば、手が届くはずもない相手を見ていることもあるだろう。こいつは――俺の妹は、定期的にこういうとくに意味のないことで悩む悪い癖がある。とはいえ放っておけないのは事実だし、原因は俺だ。
「もうちょっとだけ、一緒にいてもいい?」
「……きょうだいだからな。一緒にいるのに深い理由なんかいらない」
長引いたりこじらせるだけだとは分かっていても、そう言うしかなかった。
「じゃあ、お兄ちゃんのためにいろいろするよ!」
「いろいろってなんだよ……」
「ちょっとオトナっぽい格好してみたり」
「もうやっただろ、おいやめろォ!」
こいつ肩をはだけつつミニスカートをちょっとまくって俺の座ってる椅子に足をかけたりしてるんだが――おいばかやめろ、しなだれかかって頭の上に乗せるのやめろ。
「ふんだ、私の方がバランス取れてるもん」
「対抗しなくていいから……」
美沙が答えを出すまでは、付き合うしかないのだろう。俺も、妹のためにできることを考えなくてはならない――そう思った。
美沙はクール系、バランスよく整っていて胸も突出しがち。デレるとべったりになってくるようです。利世は全体的にふんにゃりしてて笑顔が素敵な距離近いガール、とてもおおきい。
兄貴と仲が悪かった時期があるんですが、いつの間にかふつうな感じになっていました。頼れるし、作るものは完成度が高いし、詳しいことには詳しいし。やっぱり先に生まれただけあって経験値も違いますし、兄貴はもっとも頼れる人のひとりですね。
次回で完結します。