#117 Introducción
ヤバい、めちゃくちゃ遅くなってしまいました。自分のこと病原菌とか言っちゃうクソクズのくせにデートスポットとか調べてたせいです、申し訳ない。ようやっと「美少女になったけど、ネトゲ廃人やってます。」の書籍版が買えたァ……イラストめっちゃ多いですね、大判のなろう本ってこんな感じなんでしょうか? いやあかわいいな(知能消失)。
あ、どうぞ。
軽めの昼食を終えたころには、内部時間は二時を過ぎていた。
「作ったはいいけど、もう使いどころがないんだよな……」
「ですよね……」
投げ武器はあれこれあるし、補充もした。あとはリセイが考案したデートプランについていくだけなのだが。
「うーん……これは困りましたね。どこもカップルでいっぱいです」
「ゲーム内カップルって案外多いんだな……」
リセイが言い出したのでやってきたのは、海沿いのガーデニングカフェだったのだが――アホほど混んでいた。待ち時間の間にイベントが終わるのは確実だ。
「見たところ本物半分、見た目がこれだから楽しもう勢が半分でしょうか。TSラブコメなんてほとんど起きないから、当然と言えばそうなんですけど」
「いや起こすなよ……」
運営に文句を言ってくださいね、とリセイはものすごくいい笑顔で言った。
「TSラブコメかぁ……俺はあんまし好みじゃないんだよなぁ」
「読んだことはあるんですね……。ちなみにどの辺が」
性癖の暴露大会になるし、なんか邪悪をかき立てられるからな、と答えると「悪いことを考えすぎなんじゃないでしょうか」とか言われた。いや、でも「超常現象が起こりました」ってことになったら「調査します」にならないだろうか。
「性癖の暴露大会ね……いま女物の下着を付けている気分とかお聞きしても?」
「思ったよりきつい。肌触りはいいんだけどな」
「超リアルなところ来ましたね」
「お前は、男になった感想は?」
人混みに紛れてもふつうに紛れられます、と笑う。
「ふつうの格好をしていれば目立たない……とてもいいですよ」
「女はどうやっても目立つって言い方だが」
「女の子は獲物です。男の子はハンターです。ハンター同士が牽制しあうことはあっても、狙いを付けようとしてハンターを見ることはないんじゃないですか?」
「的確なんだろうけど、荒れそうなたとえだよな……」
男も悪くないですよね、とリセイはにっこにこの笑顔だ。
「そうだな、こんないいやつがいてくれるなら女もいいかもな」
「でも、そうするとぎゅっとしてもらうのが大変ですね」
……こいつ、お互いの性格をものすごくよく分かってるな。
「リアルでも、こうして仲良くしていましょうね」
「当たり前だろ。ほかの女に惚れるとこが想像できねえよ」
カフェから離れつつ、海沿いの道をぶらぶら歩く。ここもカップルたちに占領されていて、いい場所というのがなかなか見つからない。
「ま、こういうのもデートっぽいかもしれません」
「だといいな」
海を見ている山ほどのカップルたちの会話を聞いていると、こんなふうに「口調が逆転」とか「両方男」「両方女」、あげく「どっちもイベント前には知り合いじゃなかった」とかいうカオスだ。というかTSしてから知り合って元の姿を知ったらどうなるんだろうか。
「面白いですか?」
「ばれてたか。面白いよ、いろいろあって」
リセイの察しの良さは超人というか神レベルだ。
「こういう思い出作りとか、あんまし真剣にやった思い出がないな、って」
「よくありませんよー、そういうのは。よく考えたらあの頃の思い出ってないわー、なんてことになったら悲惨ですから」
体験してもいないことを言うんだよな、こいつ。本当に体験していたら悲惨だが。
「記憶ってぜんぶは残らないと思うんです。でも、ちょっとずついいことがあったら、いつでも思い出せるんじゃないかなーって」
「だな。バトルものの漫画で「愛する人との時間を思い出す」って覚醒を見たことがある」
「へー。そんなに命運がかかった戦いなんてないと思いますけどね」
「現実にあるわけないだろ……」
いやまあ、あったのだが。
「デートってやったことないから、何をすりゃいいか分からないんだよ」
「ずばり思い出作りです。今日は真剣になりましょうね!」
リセイのガチっぷりはこういうところでも発揮されるらしい。俺の周りの女の子は本気になるとヤバい人が多いような気がする……俺がいつもクソふざけているだけなのだろうか。
「ゲーム内で、か……。作れるものは作ったし、狩りに行くにもな」
「二人でなんとなく歩きましょう。たぶん、それがいちばんいいです」
綺麗な街並みだ、リセイのいうことも一理ある。
「どうしてこうなったんでしょうね?」
「俺にも分からん……こっち、あったぞ」
言っておくがクエストでもなんでもない、ただの作業だ。
アイテムを拾い集める作業なんていつぶりだろう――かなり序盤に受けたクエストで「宿のマスターキーがばらけちゃって!」とかいうシャレにならない事態が起こったりしていたが、この街ではそういう日をまたいでもいいクエストはない。
きっかけはというと、リセイが「あれっ」と声を出したことだ。
鍛冶スキルにデフォルト搭載された派生機能には「精錬」があって、ほんの小さいクズ石でも使える大きさにまでくっつけていくことができる。インゴットのサイズにも種類があるので、それを調節するための機能なのだろう。そこまでは別に良かったのだが。
「わーお、これはすごいじゃないですか! 人間の生きる営みが生み出す鉱石? 聞いたことないですねー」
「そんなもんまであるのかよ……」
なんだろう、人の営みによって生まれる流れと澱み、みたいなものなんだろうか。
「でもこれ、異常に小さいですねー……精錬必須です」
「いったいいくつ拾い集めるんだ、その小石」
親指の爪より小さい、下手したら靴のゴムに挟まるレベルの小石だ。無個性な石ころにしか見えないうえにこの小ささだと、解析スキル必須だと思うのだが。
「あ、大丈夫です。魔眼メガネがあるので……はい、どうぞ」
「重ねがけしたらどうなるんだ?」
「精度と距離が上がります。純度も見られるとか」
「さすがはガチ勢、魔眼系スキル持ちもいるんだな」
リセイはぽかんとした表情で「いま、生産系だとほぼ必須スキルになってますよ」と言った。俺の情報ってそんなに古いんだろうか。
「消費MPを極端に気遣ってたのはずいぶん前のことですから。取れる素材が事前に分かるなら、パーティーメンバーに一人は欲しいとか、自分でも取りに行くなら持ってた方がいいって話になりますよ。自分で、の場合は戦闘にも使えますし」
「ああ、俺も最初の方では解析使って敵の攻撃をかわしてたっけ」
……そうなんだよな。回復するのにポーションはそれなりに買ってるはずなのに、MPポーションが発売しても「まだ高い」とか思って買わなかったせいで話題に乗り遅れて、結局相場を調べて適当に買ったり「在庫ないから今日もうなんにもできねーな」を連発したりしていた。最近はマシになってきているが、それでもMP貧乏は続いたままだ。
「というかゼルムさん。お金の使い方がおかしいんじゃないですか?」
「うっ、それは……いや、どうだろう」
考えてみると素材の仕入れ値が五割で、戦闘で使うアイテムを買うのが二割、三割は貯金とか「散在してもいいお金」にして適当に使っている。……うん、配分がちょっとおかしいような気はしてきた。
「うーん、困りましたね。あの噂が本当だったら、もうちょっとクレバーなゼルムさんに仕上げておきたいんですけど」
「なんだそりゃ……イベントの実験を活かして、なんかやるのか?」
極秘ですよ、とリセイは歩みを速める。
「ちょっと人前ではしにくい話なので、人のいない場所に行きましょう」
「おう」
他意はなさそうなので、おとなしく歩く――おとなしいと遅れるので、俺もちょっと歩みを早くした。だいぶ人が少なくなってきたところで、リセイは口を開く。
「まず時間加速があったでしょう? ゲーム内時間を現実時間とずらすんじゃないかって噂です。あれこれ言われてますけどねー……」
「なんだっけ……昔の作家が言ってたことか?」
「魂の寿命が消費される、だそうです。調べた記事を読んだんですが、よく分かりませんでしたね。結局モノの話しかしてなかったので」
「すまん、何言ってるかさっぱりだ。続き頼む」
残念だが俺の興味を引く話題じゃなかったのでスルーすることにした。
「冷たいですね、もう。それからそうそう、注目の新情報はこれですね……「人間以外の種族」が選べるようになるとか」
「リセイは、この世界の人間ってなんだか知ってるか?」
「ええ、考察班があれこれと調べてるので。超常の力……ほとんどコストなしにレベルマックスのスキルと同等のチカラを振るう「人間」というモノと、逆に現実でいう人間にすら満たない力しか持たない「ミオン」のハーフですね。スキルの器自体はあるけれど何も入っていなくて、自分で埋めていくしかない原因は「ハーフだから」だそうです」
「街のクエストでしか情報が出ないと思うんだが、よく調べたよな……」
ちなみに、と追加情報が来た。
「旧時代の人間は天変地異を軽く起こすのでなかなか増えられず、隠れ住んでいたり綿毛のように消えていくミオンの方がむしろ多いかもしれないくらいだったらしいですよ。容姿がいいミオンと交配したはいいんですが、平和的に生きるほうが個体数が増えて……純血主義みたいなものも起こらず、人間は静かに消えていったんだとか」
「平和でいいじゃん……ギリシャ神話が日常の世の中みたいになったら地獄だぞ」
「それはそうですねー……で。受難の時代です、「名も無き者」たち――もしかして人間が純血のままだったら軽く追い払っていたかもしれないんですが、ハーフしかいない世の中じゃ大変も大変で。街ごと封印して逃げるのが最適解だったみたいですね」
「ベルティベルクか……」
俺の行ったあの街では、人を霧にして街を封印するという大規模術式で名も無き者から逃げていた。実際は街を占領され、術式の解除が永遠に不可能になったうえ「実は老化します!」とかいうクソガバ設定の術式のせいで、もしかしたら住民全滅エンドもあり得たかもしれないわけだが。
「そこで私たちプレイヤーが現れて、街を開放したり名も無き者を倒したりと大活躍してるわけです。倒せないこともなかった敵もいるみたいですが、基本的にかなりの性能を誇っているのと、敵の戦力評価を見誤らなかったガチ構成のせいで……どこの街でもきちんと陥落したようで」
リセイの口調は軽いのだが、言っていることはかなりヤバい。
「そこで出てきた言葉がですね……どうも、「運命の戦士」という、完全な力を持つ人間がいたらしくて。よみがえったんですかね? ラスボスとかその辺の強敵に挑んで、相手をあと一歩まで追い詰めたところで、すべての力を消し飛ばされてやられたらしいですよ」
「強制弱体化とかマジかよ……」
「壁画みたいなものを見つけた人がいるんです。見せてあげましょうか?」
「たの――いや、その言い方はヤバいやつだな?」
明らかに何か狙っている。
「対価はデートとして受け取っているので、今回は無料です」
「お、おう……」
リセイはスクショをさっとひっくり返して、こっちに向けた。
「はあ、なるほどそういうことか……ドラゴンとか虫とか、太陽みたいなのはエレメンタルか? モンスター種族を最弱クラスから始めるための口実――」
「そうですね。人間らしいものも混じっているので……そうですね、「真人類」みたいなものも解放されるんじゃないでしょうか」
とんでもない話だった。
「魂の寿命」
有名ライトノベル「ソードアート・オンライン」(以下SAO)などの川原礫が提唱した「魂には寿命がある」とする説。SAOアリシゼーション編において「魂の過ごした年月が長いとそのぶん消費される」として登場し、同作者の「アクセル・ワールド」においても登場している。アリシゼーション編においては結局のところハードウェアの限界(一人に割り振られる物理的リソースに限界があり、それをシステム側から操作できなかったために「寿命の延長」は不可能だった)にすぎなかったため詳細は不明だが、AWにおいても詳細は不明のままである。
考えられる可能性としては、
1「たび重なる演算のためにハードが焼き付く」
脳こそが魂を保証し、魂の活動はゆっくりと脳を傷付けていくため、ハードウェアはいずれ限界を迎える。それこそが魂の寿命である。(ハードウェアの限界)
2「ソフトウェアのバージョン違い」
魂の性質は日々変わっており、ある時間に作られたものがずっと同じ世界に存在することはできない可能性がある。オカルト臭いが、輪廻転生が「魂のバージョン合わせ」だとすると辻褄は合う。(魂のバージョン合わせ)
3「魂もまた消費される」
記憶が欠けるように、魂は消費されるエネルギーのかたまりであると考える。であれば、肉体が老化するように保持限界のようなものがあり、その年数に近付くと徐々に自壊するのかもしれない。(魂そのものの老化、分解)
体と心は相互補完しているため、川原説「ハードウェアの限界=魂の寿命」がもっとも正しいと考えることが現在の最適解であると判断している……が、彼自身の中でもまだ完全には固まっていないようである。これ以外に、なろうで散見される「現実時間とズレたVRMMOもの」では「睡眠時間のずれ」「内部・外部時間のずれによる待ちぼうけ」などが問題として挙がっている。こういった問題について考えてみるのも面白いかもしれない。