ティーチャーtheシューティングスター
私は壇上に立って、挨拶をする。何度も経験したがやはり気が滅入る瞬間である。
緊張と罪悪感が入り混じった感情が胸に押し寄せてくる。私は子供が大好きだから、無垢な目で見上げてくる生徒を裏切ることになるのかと思うと、胸が張り裂けそうにもなる。仕事に私情を挟みたくはないが・・・
「全校生徒のみなさん、おはようございます。新学期から4年生の教室で張りきらせていただきます。味の素元次郎ともうします。どうぞ、よろっしゃーしゃす」
少し舌足らずの口調に加え、満面の笑顔で私がそういうと全校生徒が笑った。味の素元次郎などという名前がこの世に存在するわけもないが、私の話術をもってすれば、子供から教養のある大人まで面白いように信じるのだから面白い。
3時間目を知らせるチャイムがなると同時に、私は仕事に取り掛かかった。
本来いるべき教室ではなく、旧校舎の1階に来ていた。自分で言うのもなんだが私は仕事が早い。朝に挨拶をした新任教師が夕方には幻のごとく消え去って、もう二度と学校に現れない。生徒たちの間で付いたあだ名がティーチャーTheシューティングスターだ。これは確認したわけではないので、私の妄想ということにはなるが。
「先生、こちらです」
怯えるような声で、そのかわいらしい生徒は私を先導していく。私は気を引き締めて言った。
「白木さん、さっき言ったこと分かってるよね」
「はい…」
「もし誰かにこのことを言ったら、ホロスコープに呪いをかけて君を殺してしまうからね」
口調に合わせてギョロッとした目を作りながら、さも恐ろしげに言ってみせる。
「はい、絶対に言いません」
泣きそうな彼女の手には、私がさっき買収しようとして渡した(ただし、その試みは失敗に終わったので恐喝することになったのだが)馬蹄のおまもりが握られている。
少し不憫に思っていると「ここです」と言って、4階の廊下突き当りにある理科室の扉を白木さんが開いた。
理科室はかなり荒れてはいたが、雑多になった山の中からどうにかホロスコープを探し当てることが出来た。
「これだ!保存状態は最高、これなら500万の値がつくんじゃないか。これだから学校レイダースは止められない。わはははは」
その時ペシンという音がして、微かな振動がホロスコープから私の手に伝わってきた。みると怯えていたはずの小学生が微笑を湛えたドヤ顔で私を見ている。
「先生、先生のことを思いながら、その碁石を差しました」
碁石?見ると確かにホロスコープの上には一つの碁石が置かれていた。わけが分からず私は聞き返した。
「し…白木さん、こりゃいったいどういう意味だ?」
彼女は表情に憐れみを含みながら凄味のある声でこう言った。
「あら先生、私を呪うと言ったわりには、ホロスコープのこと、何にも知らないんですね」
彼女は毛先を指でクルクルと弄びながら続けた。
「先生の星である金木星と、全ての終わりを意味する大概星を結ぶ交点に、黒の碁石を差しましたのよ…。先生?碁石は何と数えるか知ってます?いっし、にしと数えますの。だから黒の碁石は暗黒の死を意味するのよ。さようなら、ティーチャーTheシューティングスター、あははははははh…」
「なぜその名前を!……う、胸が苦しい。。。君は…君はいったい何者なんだ」
「私?ふふ、私はたった一人の囲碁将棋部、括弧主将にしてオカルトマニア、ある時は一人でこっくりさんをし、またある時は一人でエアー囲碁対局をする、オカルトハンター白木さちえだよ!」
「し、知らん・・・ぶばぁぁああ」
私は気を失ってしまったようで、深夜まで旧校舎の理科室で倒れていたらしい。一命をとりとめはしたが、悔しさは尽きない。
どうやら彼女は同業者だったようで、あのホロスコープは後日、白木さちえの名前でネットオークションに並んでいた。