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バクスイの巻物

 とりあえず行動方針を決定した私たちは、町中で宿を取った。

 馬車の中でもう眠るのは嫌だったので、それなりに質のいい宿を取ってぐっすり眠りたかったのだ。


「いいですねぇ、ベッド。ベッドは実に素晴らしい。ベッドで寝るのなんて何年ぶりでしょう?」


「布団で寝てたのか?」


「いえ、体を横にして眠ること自体少なかったので」


 勉強中に机に突っ伏して眠ってしまったり、壁に背を預けて立ったまま寝てしまったり、ヒマな時間に座ったまま寝たり。

 そんな感じで滅多にベッドで眠る事がなかった。一応自宅にベッドはちゃんとあったが、物置場と化していた。


「人はちゃんと寝ないと精神に影響が出るらしいが、あれは割と嘘なんだと思いますよ」


「たぶんお前が気づかないうちにかなりキテるだけだと思うぞ。もしくは最初から頭がおかしかっただけだ」


 キジルシさん扱いされてしまった。


「まぁ、寝ること自体は好きでしたからね。高校に入ってからは割と寝てましたよ。毎日6時間は寝てました」


「平均的に見ると結構少ない方だと思うけどな……」


「それでも以前に比べれば格段に多いですよ」


 考えてみると私の背が低いのはそのせいのような気もする。

 と言うか、平均的な1日の睡眠時間が1時間半でよく3年近く生きてられたな、私。寿命縮んでるじゃなかろうか。


「さて、ところでお夕飯どうします?」


「そうだな、シチューを食べてもいいが……ここは一つもうちょっとガツンと食えるものがいい。何か食べにいこう」


「そうですね。そうしますか」


 夜菜さんの提案に従って、部屋に荷物……と言うほどのものでもないが、ともかく荷物を置いて私たちは外へと出る。




 夜の町もまた活気があった。

 行き交う人々は昼とは顔ぶれが違い、少々荒っぽい男たちや、色っぽい様相で男を誘う商売女たちが数多く道を飾る。


「商売女で多少発散させてきてもいいぞ?」


「いきなり何言ってるんですか」


 唐突にそんなことを言い出した夜菜さんにしかめつらで返事を返す。


「以外だな、お前商売女は嫌いだったのか?」


「別に嫌いじゃないですよ。軽蔑してるわけでもありませんし。ただ、お金でそう言う関係になる趣味はないだけです」


「とか言ってると30過ぎても童貞のままだぞ」


「うるさいです黙れです」


 たとえ童貞でもそれは童貞と言う名の紳士だからそれでいい。

 私が童貞で居る事で、童貞を捨てられる人が居る。そういう事に私は幸せを感じるのだ。そういう事にしておいてほしい。


「まぁなんでもいいがな。おっと、あそこがよさそうじゃないか?」


 そう言って夜菜さんが指差した先には扉のない入り口を持った店。

 横合いからうかがう限りでは、内部には荒っぽい男連中はいないようだ。

 この町の労働者が多数屯して、仕事の疲れを酒精で癒す店と言ったところか。荒っぽい連中はもっと色気のある店なんかに行くんだろう。


「いいんじゃないですか? 入りましょう」


「そうするか」


 騒がしいところはあまり好きではないが、ああいった雰囲気のところなら肩肘張らずに食事も出来る。

 そう思えばさほど悪い選択とも思えず、夜菜さんの提案に頷いて店に入る。


「らっしゃい! 適当なとこに座ってくんな」


 言われた通り、適当なところに座る。カウンター席が空いてたのでそこに。

 割と店内は人が少ないが、まだ日が暮れて間もないと言ったところだからなのだろう。

 この店の本番はたぶんもっと時間が過ぎてからだ。


「なんにする?」


 威勢のいい店主。筋骨隆々とした体躯がはち切れんばかりのシャツに収まっている。

 さて、なんにすると言われても困るのだが。


「何かオススメとかありますか?」


「私は何でもいい。食えるものならな」


 そう言うと、店主は何か意地の悪そうな笑みを浮かべると、手元においていた何かを取る。


「んじゃ、これなんかどうだ? まぁ、見た目は悪いがな」


 そう言って差し出されたのは、どうやら芋虫を素揚げしたもののようだった。

 きらきらと輝く物があるところからして、どうやら塩を振ってあるらしい。


「それともあれか? こんなお上品なお嬢様方はこんなゲテモノは食えないかな?」


「いえ、いただきます」


 1つ摘まんで食べる。むっ、これは実に美味だ。

 鶏卵のような味がするが、以前に食べたものより遥かに濃厚……。


「クロスズメバチの幼虫ですね。美味しいです。前に食べた物よりずっと味が濃厚で、それに大きい」


「クロスズメバチか。こんなデカい幼虫が居るのか……私も戴こう」


 夜菜さんもひょいぱくと食べる。

 私は珍味探究同好会の会員だったので割とゲテモノは食べ慣れているが、夜菜さんも平気なのか。


「ご飯が欲しくなりますね」


「ああ。惜しむらくは素揚げだと言うところだな。バター焼きなんか絶品なんだが……」


「砂糖醤油とみりんで炒めても美味しいですよ」


「ふむ、それもうまそうだな」


 パクパクと戴いていくと、あっという間に蜂の子はなくなってしまった。

 そして私は皿を手に店主に顔を向けて言う。


「おかわり」


「……ああ、はいはい。ハチの方もあるけど、食うか? カラッとしててうまいぜ」


「もらいます」


「ついでに酒。強いやつをな」


「あいよ」


 はて? 夕飯を食べに来たはずなのだが、なぜツマミのようなものを食べる事になっているのだろうか?

 ……まぁいいや。お腹が満たせればそれで。


「はいよ、お待ち。そっちの嬢ちゃんにはウォッカだ」


 出された更には先ほどのハチの子よりはるかに大きな成虫の揚げ物。

 お、大きいな……どう見ても6センチくらいあるぞ……。普通は1センチか2センチくらいなのでは……。

 まぁいいや。食べるところが多いというのはむしろ嬉しいことなのかもしれない。


「ふむ、大きいから大味かと思えばなかなか……」


「ほう、確かにうまいな。もっと塩味が強ければ文句なかったが……」


 ブツブツ言いつつスズメバチを肴にカッパカッパと夜菜さんが酒を飲み進めていく。

 この人は酒豪なのだろうか?


「うん? 飲むか?」


「いえ、いいです」


 ものほしそうな目で見られていたと思われたのか、酒を差し出される。

 酒は絶対に飲まないと決めているので遠慮しておく。


「それで朝菜、これからどうするんだ。方針と行動は決めたが、厳密に何をしていくかが決まっていないだろう」


「まず身を守ること最優先で防御とか回復とかその辺りをお願いしたいんですけど」


「よかろう。正直お前が攻撃系を覚えても私が居れば全く持って意味がないからな」


 自覚してる。昼にドラゴンと戦っていた夜菜さんのことを思えば……。


「……あれ? あなた魔法じゃなくて踵落としで戦ってませんでした?」


「ん? ああ……そう言えばそうだったな」


 なぜ魔法使いがマジカルでなくフィジカルで敵を倒すのか。

 魔法使いならもうちょっと魔法使いらしく戦ってほしいものだが。


「まぁ、私は前衛での白兵戦を基軸に魔法を使う魔法戦士と言う奴だからな。別に後衛で大威力の魔法を使う魔法使いもやれるが」


「どっちをやる方が強いんですか?」


「ある一定以上に技量が高まってくると、前衛後衛のくくりは無意味になってくるんだよ。RPGだって後半になれば貧弱な魔法使いで前衛で敵を殴り倒せるだろ」


「それは分からないでもないですが……」


「それと同じだ。前衛も後衛も高いバランスでこなせる。強さ、ではなく、好み、の問題になってくるだろう。相手次第で前衛後衛のどちらが有効かも変わるし」


 まぁ、ゲームじゃないんだから魔法使いが物理的に強くたって何の問題もないのは分かるが。


「どちらが得意かで言えば、私はウィッチクラフトは不得意だから前衛の方だな。まぁ、後衛で大威力の魔法をぶっ放すというのも嫌いではないが」


 ウィッチクラフト……魔女狩りの辺りを勉強したときに覚えたな。確か、魔女の技術全般のことを指す言葉だったはずだ。

 つまり、魔女の軟膏とかその辺りを作るのは不得意……と言う事なのだろうか?


「ちなみに私はどっちなんでしょう?」


「自己評価も出来ないアホだとは思いもしなかったな」


「後衛ですよね、はい」


 自己評価くらい出来る。一応聞いただけなのに……。


「魔法での肉体強化を覚えれば話は別だが、お前は根本的に身体能力が足りんからな……合気道とかその辺りを覚えてれば多少は戦えたかもだが」


「そう言うのは欠片も覚えてませんね」


 体を動かす系統の部活には全く属してなかったので、そう言った事は出来ない。

 と言うか、激しく体を動かすと貧血で倒れる。実際に倒れた事が何度もあるし。まぁ、寝不足が主要因だったけど。


「夜菜さんはそう言う身体能力を魔法で補ってるんですか?」


「ああ。肉体的には見た目通りだからな。戦闘管弦楽団と言う魔法で身体能力を強化している」


「戦闘管弦楽団……バトルオーケストラ?」


「ああ、そうだよ。遁走曲、諧謔曲、小夜曲とか言う風に色々と種類があってな。便利だし面白いから使ってる」


 聞くに、その曲の名称次第で強化の方式が変わると言ったところだろうか?

 遁走曲なら逃げ足が速くなるとか、小夜曲なら静かになるとか……強化で静かにするってどうやるんだ?


「まぁ、体内で魔力を循環させるだけでも肉体機能は強化出来るぞ。ちゃんとした魔法として成立させた方が効力は高いが、間に合わせならその方が楽だし消費も少ない。消費を気にするほど魔力は少なくないがな」


「と言われましても」


 魔力とやらの自覚すら出来ていないのだから、どうやって体内で魔力を循環させるのか。それすらも分からないのだが。

 まぁ、その辺りは明日にでも追々教わっていけばいいだろう。


「ところで、お前それだけ足りるのか?」


 夜菜さんが私の手元を見て尋ねる。手元にはだいぶ数を減らしたハチの子とハチの揚げ物。


「ええ、もうだいぶお腹いっぱいです」


 おつまみ的なものしか食べていないが、お腹は十分満たされている。

 そもそも、昼に食べたシチューがまだ消化しきれていないのか、そんなにお腹が減っていなかった。


「小食だな」


「むしろあなたが大食いなのではいだいだいだいだいだい」


 アイアンクローされた。


「私は平均の範疇だ」


「はい、そうです。夜菜さんは一般女性の平均的な量しか食べない小食で可愛らしい女性です」


「よろしい」


 アイアンクローから解放されて安堵のため息を吐く。

 ゴリラを遥かに超える膂力だろう夜菜さんに頭を捕まれると生きた心地がしない。

 サバ折りならまだしも、アイアンクローはよろしくないのである。


「あんま似てないが、姉妹……姉弟? まぁなんでもいいやな。家族かい、あんたら」


 あれこれ調理に集中していた店主が声をかけてきた。


「ええ、家族です。夫と嫁と言うぐわあああああ――――!」


 小指をへし折られそうになって悲鳴を上げる。


「関係の説明は難しいが、強いて言えば姉弟がそれに近い。ちなみにこいつが下だ」


「お、お姉ちゃん許してくださいぃぃ!」


「誰がお姉ちゃんだ、このたわけ」


 たった今自分で姉っていったのあなたじゃないですか。


「なんだかようわからんが、仲がいいんだな。初顔みたいだが、この町には何をしに来たんだ?」


「特にこれといった理由はない。強いて言えば一番近かった町がここだっただけだ」


「ほう、そうかい。小さいのにここまで大変だったろう」


「言っておくが、このクズはこう見えて15歳だし、私はコイツより年上だ」


「クズ呼ばわりとは心外ですね。最低の屑なら許します」


「黙れ。お前は本当に最低の屑だなっ」


 なんだろう、この、胸のトキメキは……説明し難い快感が私を包んでいる。


「おいおい、姉弟なんだから仲良くしないとだろ?」


「仲はいいさ。私はコイツをたっぷりと可愛がっているぞ」


「相撲取り的な意味でですか」


「ああ、そうだ」


 でも夜菜さんになら可愛がられても割と悪くない気がする。

 なんていうかこう、夜菜さんは……女王様なんだ。むしろいじめられたい?


「……なんだか今、妙な悪寒がした」


「風邪ですか? あまり飲み過ぎないで早く寝ましょうね」


「いや、今のはどっちかと言うとシックスセンスと言うか虫の知らせと言うか……まぁいいか。もう帰るとしよう。いくらだ?」


「はいよ。22ゴールドだ」


「ちょうどだ」


 夜菜さんがカウンターにお金を置いて立ち上がる。私もそれに追随して立ち上がる。

 そして外に出ると、人が居た事で熱気のあった屋内と違って、少々冷たい風が吹いていた。

 無意識に服の襟を合わせつつ、夜菜さんに追随して歩く。


「割といい店でしたね」


「ああ。なんかゲテモノしか食ってない気がするが、うまかったな」


 確かに言われてみればあれは一般的にゲテモノだ。

 意地悪そうに取り出したことからして、一般的な食糧ではないのだろう。


「もっといろんな美味い物を食べたいな。あ、お前の料理にも期待しているぞ。明日はステーキが食べたい」


「はいはい。いいところを見つくろいますよ」


 肉は時間が経った方が熟成されるので、明日の方がもっとおいしいだろう。

 そう思いながら、私たちは宿へと戻ると、明日早くに行動を開始するためにベッドへともぐりこんだ。


 そして、私はまんじりともせずにベッドの上で寝返りを打ち続けていた。


「夜菜さん……」


「なんだ……」


「隣の部屋がうるさいです……」


「ああ……」


 ギシギシとベッドが軋む音に、男の呻き声と女の喘ぎ声。とてつもなくやかましい。


「壁ドンの達人始めるです!」


 壁を思いっきり蹴っ飛ばした。

 揺れる壁、軋む天井、響き渡る轟音。


「うるさいですよ! 隣の部屋の迷惑も考えろです! 独身彼女いない歴=年齢の私を馬鹿にするなですよ!」


「お前あれだけ女好きのくせして彼女いなかったのか?」


「居ませんよ文句あるですか!? 故に黙れです!」


 渾身の力を込めた正拳突きを壁に叩き込み、隣の部屋の物音が消えたところで再びベッドにもぐりこむ。


「やっと静かになったです。これでよし」


 やれやれと思いつつ目を閉じるが、怒りとかその他もろもろの興奮のせいでむしろ目が冴えてしまった。

 とりあえず、ベッドの上に身を起こすと、眼鏡をかけなおして溜息を一つ。


「夜菜さん、眠れません」


「よかろう。一撃で寝かしつけてやる」


「えっ、ちょっ」


 何をするつもりなのか、と言う暇もなく。

 夜菜さんの繰り出した手首の一撃が私の顎にクリーンヒット。

 その一撃で私の意識はこの世から断絶していた。

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