物知りの杖
出た場所は出発した時と同じ場所で、ギルドの受付のお姉さんが目をまん丸くしてこっちを見ていた。
「おい、戻ったぞ。ドラゴンを始末したが、どこの何を提示すれば退治した証拠になる?」
「え、ええ。そのドラゴンに角があれば、角を。なければ火袋になりますが……」
「角か。持ってきたか?」
「出汁が取れるかなと思って持って貰ったはずですけど」
「じゃああるはずだな」
夜菜さんが手を伸ばすと、途中で手が消える。異空間に手を突っ込んでるらしい。
それをしばらく眺めていると、夜菜さんがご立派な角を引きずり出す。
「これでいいか?」
「は、はい……確かに……しょ、少々お待ちください! 報奨金を持ってきますので!」
「急げよ」
どたばたと立ち去って行ったお姉さんを見送る。
やっぱりこの世界ではドラゴンはかなり強いモンスターらしい。夜菜さんがおかしいだけなのだな。
なんてことを考えてると、大きな袋を持ってお姉さんが戻って来た。
「お、お待たせしました。こちらが報奨金の20万ゴールドです」
「ああ、もらう」
夜菜さんが受け取って倉庫に放り込む。便利だなぁ、あれ。私も覚えられないだろうか?
しかし、ますます夜えもんの称号に拍車がかかるな。
「それとですが、ドラゴンを討伐いたしましたので、Aランクの昇格試験を受ける権利をお二人は取得されました」
「そのランクとやらを上げると何かあるのか?」
「名声が得られますので、優先的に仕事などが回ってきますし、将来的に冒険者を引退したのちに就職するのに有利になるなど……」
「ではどうでもいい」
「そうですね。別に仕事したいわけじゃないですし」
と言うか、優先的に仕事が回ってきても困る。私は別にバトルジャンキーではないのだし。
そういうわけなので、私たちはさっさとギルドを辞すると、町中に出る。
「さて、何をするんだ、朝菜」
「調理器具ですよ。シチューを作るにしても今ある鍋だと小さいじゃないですか。やっぱりシチューは大鍋でたくさん作ってこそ、だと思うんですよね」
「なるほど、確かにな。カレーと同じで二日目の方が美味いという事もあるし」
「それから野菜ですね。臭みが強いでしょうし、ブイヨンを取る段階ではネギや生姜などで匂い消しをする必要がありますし」
「ふんふん」
「ホワイトシチューにしたかったら牛乳も買う必要がありますね。ベシャメルソースも作る必要がありますし」
「いや、普通のシチューでいいだろ」
「じゃあ、ワインにローリエにトマト、それからシチューの一般的な具ですね。シチュー以外に食べたいものは?」
「そうだな、やはりドラゴンのスープも食べてみたい」
「じゃあ、ブイヨンが出来たらそれとは別口でスープを作ってみましょうか」
色々と話し合いながら、買い物が出来るところまで向かう。
やっぱりドラゴンの骨は一度しっかりスープにしてみないとどんな味になるかわからないので、いろいろと使えるように食材を購入しておかないと。
幸い、ドラゴンを倒したお金があるから買い物は出来る。
「うわあ、すごいですね。なんだか昭和30年代の下町って感じです」
「確かにな」
行き交う人々に威勢よく声をかけて買ってってよと言う商売人たちに、値切り交渉をするおばちゃん。
とても活気のある商店街という感じだ。露天商もたくさんいて、なんか怪しい物とかもたくさん売ってる。
「野菜野菜……私の知ってる野菜、ありますかね?」
「あるんじゃないのか?」
なけりゃないでなんとかなるとは思うが、と思いつつも店を探すと、案外簡単に見つかった。
ニンニクや長ネギ、玉ネギをたくさん買っておく。それからニンジン、ジャガイモもたくさん。
「えっと、それからトマトに赤ワイン、塩と胡椒もいりますね」
「岩塩があるだろ?」
「岩塩は使いにくいんですよ」
岩塩は溶けるのが遅いのだ。砕いてやればまぁなんとか使えるが。
あれはかなり高純度なものだったようなので、砕いて精製塩にした方がいいかもしれない。
「とにかく買いに行きましょうよ」
「わかったわかった。おっと、寸胴が売ってるぞ」
夜菜さんの指差す先を見ると、確かに鍋が売っている。
どうやら調理器具類を専門とする鍛冶の店らしく、鍋やフライパンがあれこれと売っている。
「えっと、この深鍋とこれとこれ。それからフライパンも。あ、包丁がある。これとこれとこれも。ブッチャーナイフあります? それもください」
お金が潤沢なので、遠慮せずにどんどん買っていく。
荷物は全部夜菜さんの倉庫へ。
そうこうしているうちに必要なものは全部集まったのだが……調理場がない。
まぁ、そんなもんはどうとでもなる。
町が出来ているんだから当然川だってある。そういうわけなので、川を伝って上流へと向かう。
するとどんどん村はずれになっていき、あちこちにたき火などの後も垣間見えてくる。
森が近いので薪はあそこで調達するようだ。
「さて、夜菜さん。薪集めお願いしていいですか?」
「なんで私が」
「じゃあ竈作って食材の下ごしらえお願いできます?」
「よし、薪集めは私に任せろ!」
鍋やら何やらを全部そこらに放り出して夜菜さんが走り去っていく。
それを見送ると、私は放置されている竈の跡を見つけ、そこに改めて竈を作る。
そして小さい鍋に水を入れて、川と寸胴を何往復もして水を汲む。
そしてドラゴンの骨をブッチャーナイフで叩き折っておく。
それから臭み消しに使う香味野菜となるニンニク、ネギ。ニンジンには隠し包丁を入れておく。
「スープの用意はこれで終わりですかね……あとは食材を調理しておいてですか」
シチュー用とスープ用もシャトー切りのニンジンとジャガイモでいいかな、と思っていると、夜菜さんが宙に大量の薪を浮かべて戻って来た。
「集めてきたぞ」
「じゃあ、着火しておいてください。強火でお願いしますね。あ、水が入ってる鍋は二つありますけど、小さい方をです」
「ああ、分かった」
夜菜さんが魔法で着火。炎はすぐさま強火へと。
「それで、どれくらいすればスープは出来るんだ?」
「そうですね、前に作った牛のブイヨンだと弱火でこまめにエキュメしつつ8時間くらいですから、これは15時間くらいですかね」
「長すぎるぞ! そんなに待てない!」
「じゃあ時間でも加速させればいいんじゃないですか?」
「なるほど、それがあったか。そうしよう」
適当に言ったのだが出来るらしい。この人本当に何でもできるんだな。
というか、そんなにかかるんだったら調理しておいたら拙いかな。
「おい、水が沸騰したぞ」
「まだ火をつけてから1分も経ってないはずなんですけど」
「20倍速に加速してるからな。鍋は銀製に再構成しておいた」
こんな銀製の鍋とか一体いくらになるんだろう……まぁいいや。
とりあえず、鍋に骨を放り込む。すると、すぐさまあくが出てくる。
お玉で鍋のあくを取ると、取る端からどんどんあくが出てきてキリがない。
しかし、それもすぐに弱くなってくる。
骨を取り出して寸胴に放り込み、お湯は全部捨てる。今までやっていたのは下茹でなので問題ない。
そして今度は寸胴鍋を火にかける。もちろん香味野菜も全部一緒に。
「20倍速だからすぐにできますよ」
「楽しみだな」
「私は野菜類の調理をしておくので、夜菜さんはあくとりをお願いしますね」
「任せておけ」
さて、ジャガイモとニンジンの皮を向き、フットボール型のシャトー切りを施しておく。
そしてドラゴンの胸肉を切って、食べやすい大きさに切っていく。中々いい感触だ。
そうして切った胸肉は赤ワインにつけておく。これにも時間加速をかけてもらった。
「美味そうな匂いがしてきた。なぁ、もうできたか?」
「味見してみたらわかりますよ」
適当にそう言うと、夜菜さんがお玉でブイヨンを掬って一口味見をする。
「うまい……」
すっごい緩んだ表情で幸せそうに夜菜さんが呟く。よっぽどおいしいらしい。
「じゃあ、もう火から下ろしてください。トマトピューレを作るので」
「ああ、分かった。しかし、本当にうまいな……牛肉も似てるんだが、熊肉にも似た野性味と油のうまさがあって……」
ブツブツとドラゴンのブイヨンについての品評をしながら夜菜さんが寸胴を下ろす。
さて、縦長品種のトマトが売っていたので、そのトマトを湯剥きする。
湯剥きした水をそのままトマトピューレの水に使うのでトマトのおいしさも全部入ったトマトピューレだ。
直火剥きがめんどくさかったわけではない。決して。
次は鍋に玉ネギを刻んで放り込む。セロリとかがあったらもっとよかったのだけど、あいにくと売ってなかった。
そうしたら玉ネギをあめ色になるまで炒め、それが終わったら赤ワインに付け込んでいた肉を放り込む。
表面に焼き色がついてきたところで、鍋からスープを取り出して放り込む。
そして弱火でじっくりと煮込む。うーん、おいしそうな匂いが漂う……。
「おいしそうな匂いですね」
「ああ、全くだ。時間加速するか?」
「3倍速くらいでお願いします」
あまり長く煮込むとスープを注ぎ足す量が増えてしまう。
さて、時間加速をかけて10分ほど煮込んでから、肉を漬けるのに使った赤ワインを入れる。
それから更に煮込んでからジャガイモとニンジンを放り込み、再び煮込む。
「あとはじっくり煮込むだけで完成ですよ」
「ああ……だが、問題が一つある」
「なんです?」
「薪がもうない」
「拾ってきましょう」
「ここから動きたくない……」
何を言ってるんだこの人は。
と思っていると、後ろから肩を叩かれた。
なんだと思って振り返ると、そこには長身の女性が立っていた。たぶん、170センチ以上ある。
長い銀髪に鋭さを感じさせる赤い瞳。絶世の美女と言って差し支えない女性だった。
しかし、これは……おお、なんという巨乳……。
「薪、あるよ?」
これは90を超えているのではないか……などと思っていると、そう言われた。
確かにその手にはたくさんの薪がある。時間加速もしているから、これだけあれば十分足りるだろう。スープを作るのも問題なく出来る。
「いただけるんですか?」
「うん、でもね、あのね、そのシチュー、私も食べたいな……」
「それくらいなら構いませんよ。構いませんよね、夜菜さん」
「くっ……一口たりとも他人に渡したくないが……背に腹は代えられんか……!」
どれだけ葛藤してるんだこの人は。
そう思いつつも新しく薪を投入すると火勢も復活し、シチューの煮込みは万全だ。
「さて、その間に私はスープの下ごしらえをしてますね。スープはどんな感じにします?」
「美味い感じだ」
「もうちょっと目的語をはっきりしてくれますか」
うまい感じってどんな感じだ。分からないぞ。
スパイシーな感じとかそう言う風にお願いしたい。
「お前に任せる」
「はいはい……」
ドラゴンのモモ肉を5ミリ幅くらいで切ってから、こちらもみじん切りした玉ネギを放り込む。ただあめ色になるまでは炒めない。
そうしたら鍋にブイヨンを入れ、ニンジンとジャガイモを入れる。ジャガイモは煮込んでも平気なものなのはすでに確認済みである。
ニンニクをペースト状になるまで細かく刻んでから放り込み、長ネギも細かく刻んで入れる。
こういうスープは手の込んだものよりシンプルなものの方がおいしいのでこれくらいで十分だろう。
さて、寸胴と交代で鍋をかまどに載せて、火を弱火に調整しておく。
あとは、シチューを食べてる間に煮込みが済むだろう。
「さて、それでは食べましょうか」
「待っていたぞ……この時をな……」
え、なんでそんな重々しく言うの?
「我が野望、成就の時来たれり……」
「あなたの野望シチューを食べるだけなんですか」
返事はなかった。と言うか、私の声が届いてるのかどうか……。
「ねぇねぇ、ごはんまだ? まだ?」
もう一方の長身の女性は子供みたいにわくわくしてる。
この2人中身取り換えた方がいいんじゃないかな?
まぁ、私も食べたいのはやまやまだったので、新しく購入した木製の器にシチューを盛り付ける。
香り高いその香りは私の知っているビーフシチューよりもなお薫り高い。間違いなくおいしいだろう。
「さあ、召し上がれ」
「うん、いただきまーす!」
「いただく」
ドラゴンシチュー。楽しみだな。そう思いながら、私はまず2人の反応を見るべく、じっと待った。