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根絶やしの巻物

 目が覚めた時、私の目の前には見も知らぬ少女の顔があった。


 金髪に碧眼、気の強そうなつり上がった眦、高い鼻、桜色の唇、色素の薄い頬。

 こんな美少女にはお目にかかった事が無い。


「目が覚めたな?」


「……はぁ、目は覚めましたけど」


 わけがわからないし、状況もわからない。

 辺りを見回してみても、シックな雰囲気を漂わせる部屋の一室だ。

 大量に本が置いてあるところから、なんとなく図書室的な雰囲気がある。


「よろしい。であれば状況を説明しよう。ここは私たちの定義では、A3902230、B3902912、C9853291、D29841555223……長すぎるので省略するが、超広大な並行宇宙の一欠けである世界の一つだ」


「よくわかりませんが、私の右腕にはインフェルノペインとかそういう感じのアレがあるんですかね?」


「中二病ではないから黙って聞いてろ」


「はぁ、すみません」


 どう考えても中二病的なアレなのだが……大人しく聞けと言うのならば仕方ない。

 私は目の前の少女の話を大人しく聞く事にする。


「で、どういうことなのか教えていただけますか?」


「ああ。簡単に説明すると、色々と実験をしたくて適当に死んだ奴の魂を浚ってきて転生させて云々……という事をやろうとしていたのだが」


「ははぁん、これはつまりテンプレ転生で、私がオリ主であなたが神で、世界は間違っていて、そして世界の歪みを駆逐するんですね?」


「全然違う。いいからおとなしく聞け」


「あ、はい」


「どこまで話したか……ああ、そうそう。実験をしたくて適当な奴の魂を浚って来ようとしていたのだが、考えてみればお誂え向きに貴様が居たからな。それで貴様を使って実験をすることにしたんだ。わかったか」


「よくわかりません。ところでバストサイズお聞きしてもよろしいですか?」


 私の見たところ、身長もかなり小さく年齢的に10歳前後と言ったところだ。

 しかし発育は大分よろしいようなので、恐らくバストサイズは70を超えているはず……。


「聞くなこのたわけ!」


「じゃあ、ウェストでもいいです。ヒップでも構いませんが」


「初対面の女にスリーサイズを聞くんじゃない! これだからアサナを使うのは嫌だったんだ!」


 なんで私そんなに罵倒されてるんだろう。

 確かにスリーサイズを聞いたのは悪かったかもしれないが、ちょっとしたジョークだったのに。

 いや、普通にセクハラではあるが、まだ高校一年生だから笑って許して欲しい。


「そもそもなんでアサナはこんなにバカばっかりなんだ!? 真面目な時とふざけた時の落差が大きすぎる!」


「はぁ、それはどうもすみません」


「それもこれも貴様のせいだ! なぜ子供の時にミス・ハシドイと出会わなかった!? 言え!」


「知りませんよそんなの……」


 そもそもミス・ハシドイってだれですか。


「糞っ、貴様に当たっても仕方ないな……」


「まったくです。お詫びの気持ちに私の頬にキスしてください」


「死ね!」


「ぐほぁっ!?」


 殴られた。凄く痛い……。


「なぜそこまで阿呆なんだ貴様は!」


「しょうがないじゃないですか! あなたが私の好みなんですから! 好きです結婚してください!」


「なんで私が好みなんだおかしいだろうが! とにかく黙って聞け! 話が進まん!」


「はい、すみませんでした……」


 また一つ拳を顔面に戴いて黙る。


「どこまで話したかな……」


「私を使って実験する云々です。人体実験とか最低です。謝罪と賠償としてあなたの熱いキスを私の唇に……」


「拒否権はある。嫌ならそのまま元の世界に返す」


「あ、はい」


 どうやらちゃんとインフォームド・コンセントは行われるらしい。

 それに少し安心すると、私は続きを話すように促す。


「さて、実験についてだが……貴様の好きなようにやれ。わざわざ行いたい実験に差し向ける意味もない」


「私がなんかやらかして、それが実験に合致する状況だったら勝手にデータ取るって事ですか」


「そういう事だ。やはり物分りがいいな。まぁ、アサナの基本スペックだから当然か……」


「……? 先ほどから違和感を感じてたんですけど……まるで私が複数居るような言いようは何なんです? 今なんとなく分かったので言いたくないなら言わなくてもいいですけど」


「喋ってる途中で納得するのはアサナの悪い癖だな……」


 自覚はしてるが、考える前に勝手に口が動いて、喋ってる途中でなんとなく察してしまうから仕方ない。


「まぁ、お前がなんとなく想像した通り、並行世界は存在する。だから貴様も並行世界に無数に存在する。であるからして、貴様が複数居るのは間違いない」


「ですよねー」


「並行世界に無数に存在すると言ったところで分かるだろうが、別に貴様が何一つ実験をやらなくても別にいい。貴様がやらねば他の誰かがそのうちやる」


「私がやらねば誰かやるんですね?」


「そうだ。別に英雄願望があるなら、私がやらねば誰がやるとか言ってやってもいいぞ」


「そういう願望は特にないですね……」


 別に英雄になりたい気持ちはない。


「強いて言うなら、美人なお嫁さんを貰ってイチャイチャと退廃的な生活を送りたいくらいです」


「それもまた一つの選択だ。全ての選択肢は貴様に委ねられている。好きなように望み、動き、生きるがいい」


 つまり好き勝手やれと言う事だ。

 であれば、好き勝手やらせてもらうほかあるまい。


「では……私とどうか結婚を前提におつきあいしてください」


「お前はバカなのか?」


「バカで結構です。とにかく、結婚を前提におつきあいしてください」


「私の外見年齢は、10歳丁度という事になる点についてはどうする」


「私のストライクゾーンって自分の年齢から±10歳くらいなんですよね……」


「そうか。まだまともで安心した……40過ぎの貴様が自分の年齢から±40とか言い出した世界もあるからな」


 それはもうストライクゾーンが広いと言うより、見境が無いという領域にあるのではなかろうか。


「まぁいい。倫理観をどうのこうの言える立場ではないからな。しかし、名前も知らん相手に交際を求める点については?」


「そんなことは重要ではないんですよ。重要なのは、私があなたを好きであるというその気持ちだけなんです。あなたと私の事はこれから知っていけばいい」


「分かったから寄るんじゃない。少しは段階を踏め」


 しょうがないのでにじり寄るのをやめる。


「では、自己紹介から。私の名は……って、既に知ってるでしょうし、言うまでもないですよね」


「まぁな。私の名はヨルナ……夜菜と記す」


 ヨルナと名乗った彼女が空中に指を滑らせると、指先から放たれた燐光が宙に留まり夜菜と言う図形を描く。


「いい名前ですね。私とよく似た名前だからか、とても親近感を感じます。これはきっと運命ですよ。私とあなたは出会うべくして出会ったんです」


「分かったから寄るな! お前はフランス人か!?」


「フランス人のような口説き文句がお好みですか? それならそのように。あなたは盗人ですよ、とてもいけない盗人だ」


「ハートを盗んだとかいうんじゃあるまいな」


「その素敵な瞳の輝きはきっと、夜空の星の全てを盗んで手に入れたんだ。だって、その瞳の輝きは、私の心を捉えて離さないんだから」


「分かった。わかったからもう黙れ」


 しょうがないので黙る。


「まったく、話が進まん……貴様と名前が似ているのは当然だ。私の名はお前がつけたのだからな」


「は? どういう事ですか?」


「この夜菜と呼ばれる私、個体番号はADCKA29832。A1から始まった夜菜の名前を定義したのは、夜菜を生み出した朝菜だ。要はとびっきり古代かつ並行世界のお前だ」


「なんかよくわかりませんけど、あなた人間じゃないんですか?」


 話を聞く限りどうにも人間ではないっぽい。

 個体番号とか意味不明だが、相当な数がいるみたいだし。


「人間だ。肉体の組成も何もかもな。クローン人間というのが一番近かろう」


「そうですか。じゃあ子供作れますね。子供は何人欲しいですか?」


「そこまで話を飛ばすんじゃない……!」


 頭を抱えられてしまった。


「もしかしてあれですか? 子供を望めない体だとか……まぁ、私とあなたの遺伝子を受け継ぐ子供が作れなくても、あなたへの愛は不変ですから。子供が欲しければ養子という手段もありますよ」


「だから話を飛ばすな!」


「しかし、生殖能力がないというのも残念な話です……まぁ、私が性欲を抑えられなかったら最悪去勢ですよね」


「だからどうしてそこまで話が飛ぶんだ……性生活にまで考えを飛ばすんじゃない……!」


「だって、生殖能力ないんでしょう?」


「あるわ! 私の肉体は全部健常者と変わらん!」


「子供は何人欲しいですか? 私は3人は欲しいですね。一姫二太郎と言いますし、最初は女の子がいいですよ。2人目は男の子で、3人目は女の子がいいですね。きっとあなたそっくりの子になりますよ。でも髪の色って黒が優性遺伝ですからねぇ。私に明るい髪色の遺伝子があれば、ブルネットでなくてブロンドに近い色合いにはなるかもしれませんが……」


「そこまで悩むな阿呆! あと貴様の遺伝子はどれもこれも黒髪だけだ!」


「残念です……しかし、断らないという事は、私と結婚して子作りをしてくれるんですね?」


「するか! そもそも私的に貴様はほぼ同一人物なんだ! そんな意図は抱けん!」


「私的にあなたは全く別人でとても魅力的な女性ですが?」


「貴様がそうでも私は違う!」


「しょうがないですね……あなたの気持ちを無視するわけにもいきません。ですが、きっと私に惚れさせて見せますよ。なぜなら私はあなたが大好きですからね」


「……よくそんなセリフが素面で言えるな」


「私だって恥ずかしいですけど。でもあれですよ、ほら。今は非日常に足突っ込んでて変なテンションになってますから。でも、明日になったら転げ回るくらい恥ずかしいんだろう、って分かってしまう自分の頭が恨めしい」


「そうか……」


「さて……そろそろ真面目に話しましょうか。それで、自由にしろとの事ですけど、私は一体どんな世界に行くのですか?」


 そう言うと、夜菜さんは近場にあったソファーに座り込んで足を組みながら答えた。


「そう言うからにはどうやら異世界に行く事には同意するようだな。世界についてだが……まあ、分かりやすいファンタジーな世界さ。ゴブリン退治をしたり、ドラゴン退治をしたり……そんな世界だ……で、何をしている?」


「いえね……足を組んだ瞬間に……下着が、見えた気がして……もう一回、見えないかな、って……這いつくばった、んです、けど……気付かれ、て、ず、頭蓋、骨が、割れるくらいの強さで……踏まれ、てます」


 痛い痛い痛い痛い痛い、まじで頭蓋骨われちゃう。

 でも黒の下着が見えたのはすごくうれしい。あれはきっと下着だったはず。スカートの内布なんかじゃないはず。


「さっき真面目に話すと言ったのは何だったんだ貴様という奴は……」


「だって……巨乳な女の人が居たら胸元ガン見するのは男の本能ですから。下着が見えそうになったら光の速さで反応しますよ」


「さりげなく見るのではなく露骨に見るのはどうしてだ」


「あなたそこまで怒らないからちょっと調子に乗りました」


「どうやら私が甘かったようだ……しっかり躾けてやろう…………いや、やっぱり程々に躾けてやろう」


「ほどほどに? もしかして……私が好きだから手を緩めて……」


「違うわ! いろんな可能性を知っているから、貴様にドMの素質がある事が分かってしまうんだよ!」


 知りたくないことを知ってしまった。


「分かった。分かりました。頑張って抑えます……だから、あなたも足組んだりするのやめてください。お願いします」


「分かったよ……全く……」


 ぱちん、と夜菜さんが指パッチンをした。

 それで、彼女が着ていたカジュアルなワンピーススーツがパンツスーツになる。

 少し残念な気がしたが、まぁしょうがない。


「話を続けるが、その世界で貴様は好きなように生きればいい。欲しいというのならば、何らかの能力も与えてやろう」


「じゃあ、あなたが私にべた惚れになる能力」


「……そこまでして私が欲しいというのならば、お前にべた惚れの私を新しく創ってもいいが」


「いえ、そういうのはノーセンキューです。欲しいか欲しくないかで言えば普通に欲しいですけどね、ええ、はい。心が伴ってない恋人なんか欲しくないとか言えるほど恋人持った事無いですし」


 心が伴ってない以前に、恋人自体居た事が無いので想定すら出来ないのである。

 だから欲しいと言えば欲しい。いや、どっちかと言えばというか、間違いなく欲しい。


「しかし、望んだからと言って簡単に手に入るのでは意味がない。手に入れるのに苦労するからこそ欲しくなるんですよ。ちょっと言い方が悪かったですかね? 高根の花だからこそ憧れるって感じですか」


「中々いいことを言うではないか。だが、べた惚れになる能力を欲しがったところと矛盾しているぞ」


「冗談ですよ冗談。ジャパニーズジョークです」


「ああそうかい。くそまじめな顔で冗談を飛ばすな」


「すみません」


 しかし、くそまじめな顔で冗談を飛ばすからこそ真剣みが出て面白いのだが。


「さて、冗談抜きで話が進まんので無理やりにでも進めるが……何か欲しい能力はあるか? 望みを言え、なんでも叶えてやる」


「何でもって言われても困るんですけど……私自身が戦うの怖いので、超強いパートナーが欲しいとかアリですか?」


「アリだ。その場合、私が同行する事になるだろうな」


「じゃあそれでお願いします。いや、それ以外に選択肢がない。それで!」


「はいはい……他は?」


「え? 複数選択可なんですか? 私の知ってるこういうテンプレ的な小説だと、普通は1個だけとか3個までとかですけど……」


「限定する理由がないからな」


「あ、はい」


 データ取れさえすればどうでもいいから、楽しんだりとかそういう感じのアレが無いんですね……。


「じゃあ、漫画のキャラの能力とかアリですか?」


「ダメだ。下手に異界法則を持ち込むと世界が瓦解しかねん。世界に影響を与えてはデータが取れんしな」


「はあ……じゃあどんな能力にすれば?」


「大雑把な感じにしろ。空を飛べる能力だとか、魔法を使えるようになるとか。物品でも構わんぞ。ああ、お前の容姿を変えるとかもアリだが?」


「なんかニヤニヤ笑ってる辺りから容姿を変えると大変な事になりそうですが」


「当たり前だろう? 自身の肉体が見慣れたそれから遠くかけ離れた物になったとき、精神の平衡を保てる人間などそうは居ない。行き着く果ては廃人か、自ら望んだ死、だ。それが死という終わりでも、救いになることはある」


「つまりとんでもない地雷選択肢なんですね」


「そうだ。ま、以前の記憶を全て消去したりだとか、以前の肉体の構成情報を全て喪失したり……そう言った方法を取ればできなくはないが、人格に影響が出るぞ。人格に影響が出なかった場合……そいつの人格はもう人間の範疇から逸脱してしまっているだろうな」


「やらないです」


 自分の容姿に愛着があるわけではないが、だからって人格崩壊のリスクを知ってまで容姿を変えようとは思わない。


「しかし、何でもいいと言われると困るんですよね……世界最強になる能力とかダメですか?」


「定義が大雑把すぎるな。もっと厳密にしろ」


「身体能力が世界最強とか」


「それなら出来るが……自分の体を制御できるのか? 壁に激突して死んだりとかしても知らんぞ」


「無理ですね!」


 自慢じゃないが私は運動神経はあまりよろしくない。

 平衡感覚とかなら結構いい方だけど。


「もう戦うの怖いので魔法使いとかそーゆー感じのアレでいいですか?」


「では最強の魔力でもくれてやればいいのか?」


「はい」


「ならば何もする必要はないな。アサナという存在は最初からそういう風になっている」


「は?」


「魔法という分野においては無制限の才能を持っているのが未分化の朝菜なのだ。極限まで成長すると凡人以下の才能に落ちるがな」


 なんで成長すると才能が減るのだろうか。理解不能だ。


「まぁ、卵が先か鶏が先か……という話になるが、そうなりえる可能性を持っているからこそそうなってしまうのだ。矛盾解消のためにそうなる。とにかくお前は魔法という分野においては既に最大最強だ」


「はぁ……並行世界の私が関連するんですか、また」


「そうだ。それも極限にまで成長し切った朝菜がな。それで、他には?」


「えーと……」


 そもそも私は天下無敵の何某になりたいわけではないし、そなたはあの三国に名高き関羽雲長殿ではないか? と言われたいわけでもない。もちろん私の名前は関羽雲長ではない。


「既に現時点でも普通に生きていけますよね?」


「ああ。私が居る時点でもうどうにでもなる。ならない事態があるとしたら、それはもう世界が滅ぶ時だ」


「じゃあ、もういらないです」


「無欲な奴だ」


「欲張っても持て余しそうな気配がプンプンしますし……」


 なんか、メリットの裏に凄まじいリスクが隠れてるような気がしてならない。


「まぁ、いい。では、現地に移動する。転送」


 その言葉と同時、私の視界が一瞬ブレ……。

 次の瞬間、私たちは見も知らぬ草原のど真ん中に突っ立っていた。

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