髪フェチにおける乙女ゲー転生事情及びプレイスタイルについて
私の名前は吉岡ミチカ。15才。
家族構成、父、母、一つ年下の弟一人。
そして大事件、多分今日から乙女ゲー的な世界に転生しました。
「既に15才で高校の入学式なのに『転生』とはこれいかに」
「知らん」
志望した覚えもなければ受験の記憶もない、近所というだけの中の上流階級風大学付属校に入学した私は帰宅早々弟のカズマに事の顛末を話した。顛末つーか今現在我が脳裏に書き綴られている謎の設定について話した。
脳裏に浮かぶ文字は以下である。
『恋愛ADV「並木通りの思い出 ~色褪せない二人のフォーエバー・ラブ~」に転生したアナタ。キラキラ輝く毎日。今しかない、とびっきりの青春……。
オシャレな街のアナタの学校で、たくさんのお友達とすてきな学園生活を送ってね!(開発元:株式会社チーズインクラッカー(c))』
「タイトルが古臭い」
「開発元に言えよ」
私は即行問い合わせ先を調べたが、そんな会社は存在しなかった。チーズ入りの焼き菓子に少し詳しくなった。
私はカズマを揺さぶった。
「てか何よゲームに転生って。転生って。私どっかで一回死にましたか。前世があるんですか。受験は覚えてないけど他にはあるこれまでの慎ましくも平和な15年間の記憶は海馬に移植された紛いもののデータに過ぎないのですか」
「だからおれに聞かれても」
「しかも乙女ゲー? 私そんなに馴染みないよ、なんで乙女ゲー? いやゾンビに追っかけられながら廃墟脱出するゲームとかより数倍マシだけどさあ」
「数倍どころじゃないよねそれなら。でも姉ちゃんやってたじゃん。前友達に借りたっつってハマってたじゃん」
「その記憶があるのか弟よ」
そう。確かにやったことはある。
うつろな目で、弟は揺さぶられるがままだ。
「すると私、ゲームの中でゲームしてたことになるんだけど」
「そうなんじゃないの。転生ってのも、そのゲームにした系じゃね?」
「いや、それはそんな古めかしいタイトルじゃなかったから違う。あとそうだったとしても話はわからん。最初はハマったんだけど私、両思いっぽくなると飽きるらしいんだよね。リセットして次の男行ってたから実は一回もクリアしたことないんだアハハー」
「最低だな浮気症か。ハンティングを楽しむ悪女気取りか」
「あんたは何回周回プレイしても毎度毎度同じ女の子選んじゃってコンプリート出来ないタイプだもんね」
「きさまおれのなにをしっている」
「一緒に風呂入ってたから8才までなら結構色々」
『あんた達、ご飯よー』
ドアの向こうから呼ばれたので、論議検証は一旦ここで中断とした。
翌日。
私はクラスに行って昨日決まったばかりの自分の席に鞄を置いた。
ここが私のホームルーム、ここからスイーテストラブ・アンド・ブルースプリングスが始まるのだ。攻略対象のイケメンどもがわっさりもさもさ闊歩する学園の中の、最も手近なそのクラスメイトは一体どこのどいつだ!
さて、攻略対象が誰かというのはめたくそわかりやすい。
一般的な日本人の容姿の中で、そいつらだけ目の色髪の色がファンキーもといファンタジーだからである。私は早速、その中でもひときわ目を引くその色に釘付けになった。
くるんと空気をはらんでカールし肩の所に軽やかに乗っかっている髪は、瑞々しい空色とグリーンの中間。陽の光に当たるとやや黄味掛かって透き通り、まさにそれは宝石、キラキラ輝くペリドットさながらだ。
顔立ちもほっそりした立ち姿も当然のように抜群に可愛い。ぱっちりした睫毛は同じくブルーグリーン、瞳の色は一段明るいライム色、妖精としか言い様がない。初夏の白樺の林を吹き抜ける風のような、ビューティホーな爽やかミントグリーンヘアーの美少女……その名も白石蓉子さん。
私は思わず呟いた。
「超好みだ……」
あ、ご安心ください。決してヨコシマなそういうのじゃないんで私ノーマルなんで。ただ綺麗なもの可愛いものは好きだし女子の憧れ的な美少女を目で追ってしまうというだけで。もとい、その鮮やかな髪の毛を――
ええはい、毛髪フェチですが何か?
所で乙女ゲーというからには、攻略のためのヒントをくれるサポートキャラが居るらしい。
「サポートキャラです」
「ただのカズマじゃん。弟じゃん。なんでよ!」
「しらねーよ、そのただのカズマがサポートキャラなんだよ」
早々発覚、お前だったのか。白石さんだと思ったのに!
それは脇に置いといて、私はカズマに白石さんの素晴らしさを語る事にした。
「……でね、いちごオレが好きで、本物の苺は一口で食べないんだよ! フォークで刺してへたを取って二口に分けて食べるんだよ可愛くない!?」
「へー」
お昼のお弁当タイムで得た情報だ。カズマは気のない返事をした。けしからん、もっとありがたがれ。本人を見てないからそういう態度が取れるのだ貴様。
「それより姉ちゃん、男の情報聞かなくていいの。誕生日とかさ」
「あっ、蓉子さんの誕生日聞いてなかった! カズマ知ってるでしょ教えて!」
「知ってるけど、あんたのメインはその人のにーちゃんだからね」
カズマは「マル秘情報」と表紙に書かれた大学ノートを見せてくれた。蓉子さんも、蓉子さんじゃない髪の毛カラフル男子その他大勢の情報も写真付きで載っていた。蓉子さんのお兄さんは攻略対象らしい。
「しかし我が弟ながらキモい。引くわ。これどこで調べたの?」
「聞いといて見といて感想それかよ。しかもきっちりメモってんじゃんかよ」
「あたぼうよ。蓉子さんのバースデーは外せないっつの」
8月だからまだ先だけど、当日にはお似合いのストラップかヘアアクセでもプレゼントしよう。それで仲良くなって週末出かけたりお泊り会とかするんだ。なんのシャンプー使ってるのか聞くんだ。楽しみ。
「おーっほっほっほほ。せっかくですからあたくし、あなたのお友達になって差し上げても宜しくってよ」
金髪。美髪。縦ロール。
「是非!」
一学期も半ば、別のクラスに友達ができた。髪フェチコレクションに加えて全く遜色のないド派手なゴージャス美少女及びその毛髪。きたこれ。名前は相模野マリリン。
「あの美しいマリリン嬢こそ、高貴なるボクに相応しい。キミ、愛のキューピッドを務めてくれるかな?」
「いいっすよ。でもマリリンと付き合って万が一にもショートカット希望したら殺す。早速お茶でもご一緒しますか? こちらへどうぞ」
二学年の先輩にも友達ができた。その名も寄磯リック。ふざけた名前だがマリリンとはお似合いかもしれない。因みに美髪で攻略対象である。
しかし薄紫の長髪はミステリアス枠じゃないのか。見た所、これじゃ脳内ハッピーお花畑系ドリーム勘違い男子じゃないか。敢えてのミスマッチはイメージを混乱させ、この先も毎度新鮮なショックを与えてくれるだろう。やるな株式会社チーズインクラッカー。
「まあ。ではそちらにお座りになって。あたくし、髪の長い殿方はあまり異性として好みではありませんけれど」
「そうなのかい。ボクは今のこの長さが気に入っているんだが、マリリン嬢のためなら髪くらい短く断つつもりだよ」
「待ってやめてー! せっかくの美髪が台無しよ! マリリンは妥協して! それか先輩はマリリンを諦めて!」
パーにした両手を突き出し必死に間に入ると、「きゃっ」と驚いたマリリンが後ににっこり微笑む。
「あらミチカ、わかったわ。あなたの方がリック先輩を好きなのね? あたくしに遠慮なさらないで。親友として、気持よく応援して差し上げてよ」
「そうなのかい、ミチカ嬢? それにしても、こんなに情熱的なアプローチは初めてだよ。ボクの美しい髪の一本も無駄にしたくないだなんて」
「だいたいあってるが全然違う」
学園内のカフェテリアでアップルティーとクラッカーで乾杯し、私とマリリンとドリームパープル寄磯リックは親睦を深めた。
これぞ青春。これぞクラス学年家柄の垣根を超えた美しき交流。
開発元も満足に違いない。美髪に囲まれて幸せだ。
しかし私の本命は蓉子さんである。
「蓉子さんは来ますか」
「いや……兄妹とはいえ、さすがに毎週末呼び出すのは……」
「そう、ですか……」
憂鬱に溜息をつけば、ヒョロいが長身の先輩はオロオロと慌てる。その身長の何パーセントかは髪の毛で構成されている。
放課後の教室で何度目かのデートに誘われ、私はその場で断った所だった。
相手は美髪の女神たる白石蓉子さんの一つ上のお兄さん、白石マサオ先輩である。
彼も蓉子さんと同じ麗しいミントグリーンの髪の毛を持つ希少種、またの名を攻略対象だ――がしかしマサオ先輩、何故あなたはその髪型なのですか。くるくるカーリーヘアではなく起立性直毛なのに何故短髪にしたのですか。まるで猫の草じゃないですか。
私は美髪が風に靡くさまが好きなのだ。重力に逆らう猫の草とデートする時間は正直いらね。なんも楽しくない。ナシっす、ナシ。
「馬鹿だな姉ちゃんは。その前に顔面見ろよ、完璧イケメンじゃん」
「お前こそ馬鹿だな、顔面の前に髪型とのコーディネート見ろよ。アレおかしいだろどこの床屋だ何やってんだ」
帰宅後、マル秘ノートの写真を前にカズマと語り合う。
「髪の毛なんて伸びるじゃん。しかもあの長さでああなっちゃうのはしょうがないんだよ。多分シャンプー後は髪も寝てて、それをカットしたんだよ美容師は」
「いや絶対ない。絶対シャンプー後は水を浴びてもっとイキイキとした猫の草だ。それにあのカラーリング激しい系の人達って、定規で何センチって測って毎週カットしてるとしか思えないくらい髪型変わんないし。だから先輩は絶対永遠に猫の草」
「姉ちゃんがあんまり猫の草って呼ぶから、おれのノートにまで猫の草ってプロフィール追加されちゃったじゃんか」
見ると、その欄にはいつの間にか先程までは無かった文字が現れていた。
自分で書いてないのかカズマよ。自動書き込みなんだなそのノートはカズマよ。面白いね。
蓉子さんは意外とガードが硬いのだ。
基本誰かと一緒に行動していて、二人きりで会うチャンスが極端に生まれにくい。
親友は幼年院からの持ち上がりで幼なじみのモブ美さん。羨ましい妬ましい。私と同じ髪の毛普通のブラウン系なのに、蓉子さんやマリリン以外にも目立つ髪色の女子はそこそこ居るのに、そういう子が親友だったらまだわかるのに。
夏休みが終わり新学期が始まった頃、私はカズマに愚痴っていた。
「……ねぇ今更だけどさ、この世界って乙女ゲーって決まったわけじゃないよね?」
「は?」
「考えてみなさいよ、あんたを主人公としたギャルゲーってことも――はっ、だから私がこんなに蓉子さんに詳しいのか!? なんでも聞いてよ好みとか調べとくわ!」
「いやどう見てもそれただの姉ちゃんの性癖絡みの成果だから」
「いいよね。あんたが蓉子さんと結婚して、幸せ義理の姉妹近所住まいで行ったり来たり……『ミチカ、今夜はご飯うちで食べて行ってね』『あらいいのお言葉に甘えて、悪いわね蓉子』――『蓉子』だって!」
「姉ちゃんが猫の草と結婚した方が絶対早い」
カズマは生意気にも夏休み中に彼女をゲットしていた。補修水泳で仲良くなったらしい。なんだその健全且つ地味な進展方は。相手が美髪なら羨ましい妬ましい。末永く良好にお付き合いして我が家に嫁に来ますように。
「それより自分の方なんとかしなよ。マサオさんが嫌でも他にもいるんでしょ、パープルはどうしたの」
「最高だよ美髪だし。マリリンと三人でほんと最高!」
「夏休みの半分以上その三人で過ごしたんだっけか。馬鹿じゃねーの」
「仮にもお姉さまに向かって馬鹿とは」
カズマは反抗期だ。
所で、マル秘ノートの秘密に迫ろう。
「それって相手のプロフィールしかないの? 好感度とか出てるでしょ? 私の事好きな美髪イケメンいるなら教えてよ」
「好感度? そんなもんわかったら怖いよ、人の気持ちなんて書いてあるわけないじゃん」
「ないのか。自動書記の魔のノートの癖に」
仕方がないので、蓉子さんのベストショットを眺めてその日はおしまいにした。
相変わらず学校では私はマリリンとパープル先輩と一緒に昼ごはんを食べ、美髪部を立ち上げ、文化祭でも異色の毛髪系アート展示で大成功を納め、面白おかしく暮らしていた。
マリリンもパープルも心身共にうつくしく金持ちで、髪の毛艶も申し分なく、カリスマに溢れていたので美髪部の人気は留まる事を知らない。
部長である私が厳しくチェックをして入部希望者を絞った甲斐があり、部員は美髪か美髪に魂を捧げる覚悟のある優秀な人材だけに厳選された。
ここは楽園だ。
モブ美の協力を得て、我が部の理想の女神として蓉子さんに顔を貸してもらえることになった。彼女はそのミントグリーンの髪を靡かせた写真を大きく引き伸ばして部室に飾ったりデッサンしたりデザインパネルに加工するのを許可してくれたりした。時々お手入れにも来てくれた。さすが女神。
しかし、幸せな学園生活も永遠には続かない。
ゲームといえど、時は流れる。てか最近ではゲームとか忘れてたけど流れる。
そう、卒業式が来てしまったのだ。
「う“う”う“パープルうぅぅぅもう卒業だなんてえ”え”ぇ~~~!!」
「美髪部も寂しくなってしまいますわーーー」
「ボクもさ……キミ達との学園生活は最高に楽しかった。楽しかったからこそ……もうこの学園に通うこともないなんてえ“え”ぇぇ~~~!!」
卒業生代表として猫の草が答辞を述べ、式が終わった途端に私とマリリンはパープルに駆け寄った。何しろ髪色が目立つので一瞬で見つかる。
校門のところで団子になって抱き合う私達を、美髪部の後輩達が泣き笑いで囲んでいる。
マリリンは二年間全く変わりのない素晴らしい金の縦ロールを程よく振り乱し、パープルを激励した。
「先輩、あたくし達の事をお忘れになってはダメよ! あたくし達は、三人で部を立ち上げた完全で揺るぎない絆があるのですから……!」
「もちろんさマリリン! キミもミチカも、ボクの人生において決して欠いてはならない存在だ。忘れるなどあるはずがない……そうだろうミチカ!」
「う“ん”~~~!!」
パープルの髪の毛は今では腰まで届いていた。切ろうとするたび止めてきたら、ちゃんと伸びていた。あ、ちなみに私はショートボブです。長いと寝る時体の下敷きにして首グキってなっちゃうんで。
その後、OBとして三日に二度は部室に顔を出すパープルを交え、時々蓉子さんもお招きして美髪部は三年の受験シーズンまで順調に続いた。
シーズンでの引退後は有望な二年生に部長を譲り、私とマリリンは付属大学の志望学科に備えて勉強しつつも、美髪の研究や鑑賞を忘れることなく、清く正しく学園生活を全うした。
そして数年後――。
「――遂に、この日がやって参りましたわね」
「ああ。ボクらの努力と夢の結晶だよ……!」
「マリリン、パープル……!」
留学し海外仕込みの経営術を引っさげ戻ってきたマリリンと、同じくパリのエステサロンで美容と接客業のノウハウを掴んで帰ったパープル、そして一般学科に進みつつも情熱ゆえに独学で美髪に関するあらゆるデータ、技術、美的感覚を磨き、在学中からその道では一角の人物――『美髪神』の称号を得てしまった私。によって作られたヘアサロン兼エステサロン兼総合美容研究ラボラトリー『猫の草』。
本日めでたくオープンである。
記念すべき初日には、長年その髪を私の実験に捧げ常にパーフェクトなヘアスタイルとキューティクルを維持してきた我が弟・カズマと両親、店名にニックネームを使う事を快く承諾してくれた先輩・猫の草、そして我らが始まりの女神、美髪の申し子、今では売れっ子アイドルの白石蓉子さんが駆けつけてくれた。
蓉子さんは私に香り高いカサブランカの花束を手渡し、目を輝かせて握手と抱擁をプレゼントしてくれた。私は感激の涙でそれを受け取った。マリリンやパープルと四人で並んで記念撮影をして、かつての美髪部での青春の日々を束の間思い起こし、多忙を極めるスケジュールを縫ってやってきてくれた彼女は仕事に戻っていった。
美容サロン『猫の草』の最初の施術客は猫の草だった。
その柔らかいのに何故か直立するしたたかな髪の毛は、30センチ余り伸びた今でも直立していた。シャンプーして湯に戻すとわかめのようだった。
今も存在しているマル秘ノートの某ページには、後日「わかめ」の文字が追加された。
卒業したら終わってしまう。
素晴らしい青春、学園生活は、みんな一時の夢幻のようなもの――。
さて、本当にそうだろうか?
そうだと頷く人も居るだろう。
しかし、本当の本当はそうではないのだ。
その輝かしい一瞬の中で、人生を懸けるに値する理想、信念、そして友人を見つけることができたなら――私達は、夢を見続けることができる。夢は現実として、私達の進む道そのものとして、私達の前にあり続けてくれる。
私は、そう信じている。だって今の私こそが、その夢の道を駆け続ける生きた証拠に外ならないのだから――。
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美髪神END
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開発元:株式会社チーズインクラッカー(c)
「……で、髪の毛が超鮮やかな緑なわけだが。しかも重力に逆らう。俺いつからこんなファンキーもといファンタジーな外見になってしまったんだ我が妹よ」
「お兄ちゃん何言ってんの? 頭おかしいよ」
「今それを相談してるの。明日入学式なのに……」
『― CONGRATULATIONS! 二周目からは攻略キャラでプレイできるよ! ―』