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夜叉の恋  作者: 皐月 綾香
夜叉の恋
10/11

九 拾いもの

 

 蝉が五月蝿い。

 そして、なづきも五月蝿い。


「あっつ──い!!」


 季節が変わり最早何度目か分からない言葉を叫び、恨めしげに私を見上げる大きな目。


「静さんはいつも涼しそうだよね。羨ましいよ」


 そしてまた何度目になるか分からないぼやきを聞いて、そんな私もまた、何度目になるか分からない言葉を目の前で暑さにぐずる子供に返した。


「……少し木陰で休むか」


 満足そうに待ってましたとばかりに微笑むなづきは、最近少しばかり計算高くなってきたように思う。

 ……まぁ、元より生意気な節があるので、その延長線上だと思えば気に止める必要もないだろうが。

 それにこれも成長、そう考えれば喜ばしい事だ。


 なづきに出逢ったのは春の終わり。

 新緑が美しい初夏だった。


 それが今では、早いのか遅いのか──蝉が喚き、緑が競うように生い茂る夏になった。

 猛暑という程ではないものの、やはり人間にしてみれば暑いものは暑いらしい。

 滝のように汗を掻き、貪るように水を飲む。

 しかし食欲は相変わらずあるようなので、きっと心配しなくてもいいだろう。

 なづきがいつでも水が飲めるよう、最近は専ら川沿いが行動範囲。

 ついでに川遊びにも付き合いつつ夏を過ごしていた。

 付き合うと言っても勿論一緒に戯れるはずもなく、いつものように何とはなしに見守っているだけだが。

 今も目の前でなづきが着物の裾を捲り上げて嬉しそうに川遊びに興じており、私はそれを日差しを避けるように木陰に腰を下ろし見守る。

 日の光に反射する山吹色の着物。

 美しい光沢を放つその着物はすっかりなづきの肌に馴染み、今ではぼろ布のような着物を纏っていた面影はない。

 ──と、不意にバシャバシャと上流の方へ川を上っていくなづきに気付いて、私は咄嗟になづきの名を呼んだ。

 しかし夢中になれば耳が取れる仕組みにでもなっているのか、なづきは聞こえていないのか聞こえない振りをしているのか、反応を示す様子はない。

 無意識に溜息を吐いて腰を上げようとした己にふと気付き、暫く考えた後に私は再度、今度は自らの意思で溜息を吐いた。


 ──あれとて、子鬼くらいならば返り討ちに出来る程度には逞しい娘。

 それに私はあくまでなづきの連れであり、親になったつもりはない──。


 思い直して私は目を閉じると、さざ波の音に耳を傾けた。

 きっと夕餉は魚だろうと思い浮かべながら。





 ──夕刻。



 予想通り今日の夕餉は魚らしい。

 魚を腕一杯に満足そうに抱えながら、にこにこと私を見上げる大きな目が二つ──……否、四つあった。

 あからさまに顔をしかめる私。

 構わずににこにこと笑顔を振り撒くなづき。

 

 そして、おどおどと身を縮こませている小さな狐が一匹──。


「……なづき。何だこれは」


 顔をしかめたまま顎で指した“これ”は、ビクッと震えてなづきの後ろに隠れる。

 ふさふさと二本の尾が剥き出しのなづきの脹ら脛を撫でる。


「テンちゃん」


 テンちゃん。

 なづきがそう呼んだ狐の前にしゃがむ。

 震える狐。

 すかさず私は二本の尾を容赦なく鷲掴みにすると、目の前にぶら下げて姿勢を戻した。


「きゃー!!」


 キーン、と甲高い叫びが頭に響く。

 ぎろりと目の前の毛玉を睨めば自らの前足で口を塞いで大人しくなった。

 叫んだのはなづきではなく、勿論狐だ。 

 なづきは何をどう捉えたのか私が狐と戯れていると思っているらしく、「静さん、そんな持ち方したら可哀想だよ」と暢気に袖を引っ張る。

 が、狐の方は流石は妖の端くれ。

 私が鬼である事を見抜いたらしく震えは収まる様子がない。


「……テン、と言ったか」


 真っ直ぐに見据えて言えば、名を呼ばれた瞬間に跳ね上がる。

 口を前足で押さえたまま、こくこくと必死に頷いている。


「二尾の化け狐……それも子狐。見た所元は

只の狐だったようだが、この世に余程の怨みでもあったか?」


 ──九尾の化け狐。

 言わずとも知れた伝説の大妖。

 九尾の狐は天狐ともいい、邪悪な妖狐でもあり神にも等しい神獣でもある。

 これを最上級の化け狐とし、化け狐は一本のみの尾を持つ一尾、二尾、三尾──と“位”がある。

 目の前の化け狐、テンは二尾。

 つまり下から二番目の位の化け狐──妖狐だ。

 尾の数が増えるのに明確な基準や決まりはないが、多くは何らかの強い念を抱き位が上がると聞く。

 この狐は見た所、元は只の狐だったものの何らかの理由で死んだ魂が化け、妖となった存在(もの)

 それだけならばよくある話。

 そもそも妖とは生まれは様々なのだ。

 しかし、只、普通の狐が死んで化けただけでは尾は増えない。

 何らかの強い念──つまり、怨恨。

 この狐が二尾の妖狐として存在する事には意味がある。

 そして、何故“なづき”にすり寄ったのかにも。


「答えろ。貴様の狙いは何だ、化け狐」


 大きな狐の目が潤む。

 そしてポロポロと泣き出した狐に、なづきは漸く私がじゃれていた訳ではないと気付いたらしい。

 慌てて私の腕を掴み手を下げさせると、無理矢理狐を奪い取った。


「静さん! 何でこんなに小さい子を泣かすの!? 訊きたい事があるならもっと優しく訊くものだよ!」


 腕に震えながらなく狐を抱き締めて、私をキッと睨み付ける。

 足下でぴちぴちと魚が頼りなく跳ねている。


「なづき、離せ」

「イヤ! 何でそんなに突っかかるの? テンちゃんは確かに化け狐かもしれないけど、家族を亡くしてずっと独りぼっちで生きてきたんだよ? そんなの怨みがないはずないじゃない」


 唇を噛み締めて狐の生い立ちを話すなづきに、成る程と悟る。

 家族を亡くし、子供ながらに天涯孤独の身で厳しい世を生きてきた不幸な生い立ち──まるでなづきそのものだ。

 同情か、共感か。

 否、両方か──。

 なづきと出逢ったのは偶然か必然かいざ知らず……兎にも角にも、きっと今のなづきには何を言っても聞かないだろう。


 なづきが初めて自ら関わりを持った私以外の妖。


 吉と出るか凶と出るか──。

 なづきの腕の中で鼻を啜る狐を見遣りながら思う。


 

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