闇へ誘う呪文書
魔法界の大手新聞社パトリックに勤めるクリスタル・クレメンツは二十七歳の女性記者である。彼女は記者という不規則な生活を送りながら、ある人物の記事を書こうと不眠不休で資料探しをしていた。その人物の名前はレウス・ヴァルダミンゴ。魔法界の黎明期に、常闇の軍勢を引き連れて魔法界を我が物と画策していた人物である。彼の二つ名は恐怖大帝と言い、彼の残虐さと横暴さを表している。
まず最初に、彼女はヴァルダミンゴの元信者と出会って取材をしていた。山小屋でひっそりと暮らしている年寄だ。彼は山で自足自給の生活をしているためか、まだまだ元気そうな姿を見せている。
二人は手作りの椅子に座って会話を交わしていた。
「早速ですが、ヴァルダミンゴの事を詳しく教えてください」
「ふむふむ。ワシが聖天の実に属している時代は、恐怖大帝の圧倒的な魔法に憧れる者が大半じゃったな」
聖天の実とは、レウス・ヴァルダミンゴを唯一神と崇める宗教団体である。
「圧倒的な魔法ですか?」
「左様。常闇の魔法を使えば、手軽に強くなれるからな」
「しかし、甘い話しには裏があります」
まさしく、この世の摂理だ。
「常闇の魔法の虜になった者は、二度と通常魔法に興味を示さない」
「通常の魔法にも便利な魔法はたくさんあります」
「聖天の実では、通常魔法の使用を禁止してある」
「何故ですか?」
クリスタルは問いかける。
「恐怖大帝曰く、自分たちの魔法が汚れるからだそうじゃ」
老人はそう言うと、立ち上がって小屋の中に入ろうとした。
「あの」
みかねて、クリスタルは老人を制止させる。
「どうかしたのかの?」
「まだ、取材は終わっていません」
「雨が降る」
老人は天を見上げながら答える。
「は?」
「それも大雨じゃ。君も中に入りなさい」
「貴方は山の天気が分かるのですか?」
「無論じゃ。さあ中へ」
老人は手招きして、クリスタルを小屋の中に招き入れた。小屋の中に入ると、早速台所があり、鍋が沸騰していた。
「点けっぱなしですか?」
クリスタルは鍋を指差して、注意する。
「済まんな。つい忘れていたよ」
老人が鍋に手をかざすと、火種が消えた。
「まだ魔法を使えるのですね」
「生活に困らん程度の魔法だけじゃがな」
老人はニコリと笑って、クリスタルに晩御飯を御馳走した。
その夜、クリスタルは老人の小屋に泊まる事となった。クリスタルの寝床には、ベットの隣に本棚が置かれている。クリスタルは何冊かの本を手に取り、ぺらぺらとめくった。
「これは……」
本の中身は呪文書だった。それも常闇の呪文が掛かれた魔法。ふと、クリスタルの目に一つの呪文が飛び込んできた。
「メンダークス」
常闇の魔法だ。相手を一時的に気絶させる強力な魔法。
「見たな」
低い声が聞こえた。クリスタルは吃驚して、思わず呪文書を落としてしまう。
「もしや、貴方はまだ聖天の実に?」
「左様。ワシの心はまだ恐怖大帝に使えておる」
老人は不気味な程に笑っている。
「では、なんで私の取材に御答えしたのですか?」
「ワシはリクルーターじゃ。君を聖天の実に誘っているのじゃよ」
「私を聖天の実に?」
開いた口がふさがらないとはこの事だろう。
「聖天の実は君のような若い子を欲しがっている。元よりワシら年寄連中には気力が無いのじゃ。これからは若い子が引っ張り、組織に活力を生み出して欲しい」
「嫌です。私はパトリック社の新聞記者ですから」
「どうしてもか?」
「はい」
決意の炎を燃やしていた。
「ならば、死んでもらうしかない」
老人がゆっくりとゆっくりと近づいてくる。クリスタルは身の危険を感じてしまい、とっさに呪文を唱えてしまった。その呪文とは。
「メンダークス!」
そう、気絶呪文である。呪文は老人の頭に当たって、まもなく転倒した。
「あああ」
防衛本能とはいえ、老人に魔法をかけた事実は変わらない。クリスタルは慌てて荷物を整理し、山小屋から脱出した。床に落ちた常闇の呪文書を手に取って……。