父の想い
元気にしているか気になってしょうがない人への想いを、小説の登場人物
を利用して表してみました。
「お父さん、おひげ痛いよ。」4歳の愛娘沙也佳に言われた。
「あーごめん、ごめん。」私は慌てて頬ずりしていた顔を離し、娘の左頬を撫でた。そして、今はもう手が届かないもう一人の愛娘を思い出していた。
「パパのおひげ、ちくちくする。」そう言いながら、可愛い手で私の頬に触れていた。あの頃の優菜も確か4歳だった。
私の名前は浜中浩二。千葉市で、再婚した妻と、妻との間に生まれた5歳の男児と、沙也佳の四人で暮らしている。職業は、派遣社員として、近くの工場に勤めている。給料は安く、私の稼ぎだけでは家計は赤字だ。それにもかかわらず、自宅は築3年の5LDKで、生活には余裕がある。その分、私の自由はない。それと言うのも、家庭を援助し支えてくれているのが、某有名企業の重役である、妻の父親だからだ。妻は、裕福な家庭に生まれ育ち、何不自由なく生きて来た。そんな彼女の唯一だろう悩みは、器量に恵まれていないことだった。恋愛はするが、いつも一方的な片思いで、適齢期になって婚活するも連敗続きだったようだ。そんな彼女の前に現れたのが、失業した上に前の妻に見限られ、大切な家庭を失い落ち込んでいる私だった。誰でもよかったと言えば妻に失礼になるが、当時の私は正直人生に行き詰っていた。私のことを見捨てたかつての妻はともかく、心から愛していた優菜の親権も取られ、会うこともままならなくなり、生きる希望を失くしていたのだ。だから、あの九十九里浜の出会いが、それからの私の人生を決定付けることになった。彼女も又、誰もいない浜辺で一人海を見ていた。
「あの、沖の方に何か見えるんですか?」横顔は人並みだったので、気になったのもあって、恐る恐る声をかけてみた。その問いに、小太りの彼女は驚いた様に振り向いた。正直顔にはがっかりした。ちなみに私の容姿は中肉中背でごく人並みだった。少なくとも自分ではそう思っている。
「別に、何も見えませんね。」つっけんどんな返事だった。
「すみません。何か、邪魔したみたいですね。」そう言ってすぐに立ち去ろうとした。
「別に、邪魔でもありませんよ。どうせ、ぼうっとしてるだけですから。」後ろ向きかけた私に、彼女がぼそっと言った。それに反応して、私は振り返って、
「じゃあ、ここにいてもいいですか?」と言ってみた。
「好きにして下さい。」特に嫌がられてるわけでも無さそうなので、彼女の横に留まった。見ず知らずの女性と、秋の浜辺で二人きりでちょっと変な感じだったけど、もうどこにも行くところがない気がして、しばらくそのままそこにいた。彼女も、何故か私同様そのままの姿勢で相変わらず海を眺めていた。まるで、根競べをしているみたいに、しばらく黙ったままだった。
「どうしてずっと海見てるんですか?」根負けしたのか、彼女から聞いてきた。
「こんなこと、人に言っていいのか分かりませんが、何か人生に行き詰っちゃって。」
「そうですか。」
「貴方はどうして海を見てるんですか?」今度は私が聞いてみた。
「海って、嫌な顔しないでしょ。私がどんなでも構わず、ただ大きく広がってるじゃあないですか。」
「あの、よかったら、僕なんかでよかったらですが、話してみませんか?いやその、宗教とかの勧誘とかじゃないですから。ただ僕も落ち込むことがあって、ただ純粋に・・」すると彼女は、ふふと笑って、
「そんなこと考えてもいませんでした。どうせ、私の悩みは宗教でどうなるもんじゃないし。」
「そうですよね。宗教なんて気休めですよね。」
「さあ、それはどうかな。そう言ってしまえば、宗教家の方に失礼でしょうしね。まあ、私個人的には、神も仏も信じてませんけどね。」
「それは僕も同じですよ。努力しても、運がなければ何もいいことないですよね。」
「不公平ですよね。同じ人間なのに、綺麗な人とブスじゃこうも違う。」予想通り、顔、かと思った。
「人間にとって大事なのは、心だと思いますよ。」
「いきなり気休めですか。」
「気休めなんかじゃない。本当にそう思いますよ。綺麗な顔してても、心は鬼みたいな女性いますから。」別れた妻のことが思い浮かんだ。
「それはあるかもしれないけど、でもブスは所詮ブス。綺麗な女は3日見たら飽きるけど、ブスは3日見たら慣れるって言うの、それこそ気休めもいいとこだわ。」
「そうだとしても、他に女性を磨くことって一杯あると思いますが。」
「そんなのねえ、他人事だから言えることじゃあないですか。ブスに生まれてきたことのハンデがどれほどか、何にも知らないで、偉そうに言わないでくれますか。」正直、「貴方はけっしてブスなんかじゃありませんよ。」と言えるレベルじゃなかったし、見ようによっては可愛いと言えるレベルでもなかったので、次の言葉に困った。
「女に生まれて来たなら、誰でも綺麗になりたい。なのに、美貌の欠片もない顔で生まれて来た私の不幸は一体どうしたらいいのかしら。少しでも可愛いと言えるところがあれば、きっと今頃幸せの絶頂だったと思うのに、男の人は誰も初めに見た瞬間から、もう私を女と見てないのよ。この顔で生きて来たから、慣れてると言えば慣れてるけど、その悲しさを考えた時はもう地獄。分かります?」彼女は両手で顔を覆い泣き出した。慰めの言葉は見つからなかった。整形はしないのかという疑問はあったけど、そんなことは言えなかった。
「男の人とこんなに話したの、初めてだったから、ちょっと嬉しかったです。ありがとうございました。」
何も言えない私の横で5分程泣き続けた後、彼女が頭を下げた。
「お車ですか?」
「いえ、駅からずっと歩いて来ました。」
「よかったらですが、お食事でもしませんか。僕は車なんで。」
「物好きなんですね。私なんか誘ってくれて。」
「心が落ち着くんです。話してると、何かほっとするって言うか。」
「分かりました。」
私は駐車場まで彼女を案内し、車に乗せた。そして、食事をしたり、お互いのことを教えあったりして、その日のうちに仲良くなった。初めは私のことを結婚詐欺かと疑っていたらしいのだが、悪い奴らしからぬ、私の情けない身の上話に、現実味を感じてくれたみたいだった。後から考えれば、お互い欲しい物を埋めあえる組み合わせだったのだ。私は愛に飢える彼女の心を満たしてやり、彼女は父親の財力をバックに、生活の安泰を約束してくれた。最初はバツ一の私を複雑な問題を抱えていると、周りに反対された結婚についても、彼女の熱意に押される形で話しは進んだ。そこには、前の家庭を振り返らないと言う約束が前提にあった。けっして優菜への想いを無くした訳ではなかったが、前の妻から優菜に近づくことを禁止されてもいた為、いずれにせよ諦めるしかないと思った。しかし、時々想いを抑え切れなくなった。それは、沙也佳が生まれてから特に強くなった。目の前で成長する娘に、思い出の中の優菜が幾度となく重なる様になった。その度、突然いなくなった自分を、優菜がどれだけ寂しく受け止めたことだろうと、胸が締め付けられる想いにさいなまれた。
「優菜ねえ、パパ大好きだよ。」
「パパも優菜のこと大好きだよ。」
「優菜ねえ、大きくなったら、パパみたいな人と結婚するの。」 「いい人が見つかったらいいね。」
「うん。ねえ、パパとママが結婚したから優菜が生まれたんでしょ?」
「そうだ、優菜。パパとママが初めてキスした時にな、すぐそばにハマユウって華が咲いてたんだ。浜中優菜の名前はね、そのハマユウからきてるんだよ。優菜がいっぱいいっぱい幸せに成るようにって、パパとママの想いを込めて付けたんだよ。」 「ありがとう。優菜ねえ、優菜の名前大好き。優菜ねえ、優菜って呼んでくれる人とキスするの。」屈託なく笑う優菜の顔が今も脳裏から離れない。私はある日その想いに押されて、遂に禁を破り、優菜に手紙を書いてしまった。住所は離婚して間もなく引越していた為、その時から知ってはいた。
「愛しの優菜へ、
優菜、元気ですか?
もうパパのことなんか忘れちゃったかな?
パパは今でも小さい優菜のことが思い浮かびます。はいはいしている優菜。高い高いした優菜。笑っている優菜。泣いている優菜。得意顔の優菜。いっぱいいっぱい思い浮かびます。
優菜もこの春から5年生だね。大きくなってるんだろうな。友達いっぱいいますか?女の子だから、彼
氏とかもいたりするのかな?きっと、すてきなレディーになってるんだろうな。パパは、優菜のこと忘れ
たことは1度もありません。それどころか、優菜のことで頭がいっぱいになることがよくあります。悲しい思いとか、つらい思いしていないか、いつも心配しています。もし、優菜が悲しみやつらさで泣いているなら、すぐに飛んで行きたいです。それができないから、苦しいです。
いまさらだけど、大人の都合で急にいなくなってごめんな。でも、それはパパがそうしたかったんじゃないんだ。ママに、もう優菜と会わないように言われて、パパも苦しかったんだ。優菜に会えなくなった苦しさで気が変になりそうだったんだよ。優菜がどれだけ寂しい思いをしているか考えるととても辛かったんだ。本当に寂しい思いさせてしまったこと、ごめんな。ダメなパパのせいで悲しい思いをさせて、本当にごめんな。パパはいつでも優菜が笑顔で幸せでいることを願ってます。もし神様が本当にいるなら、パパの幸せ削って、その分優菜が幸せになってくれればいいと祈っています。
もし、優菜がパパのことを許してくれて、何か人に言えず苦しいことがあったり、何か相談ごとがあれば、何でも言って欲しい。パパは命がけで優菜を守りにいくからね。
携帯電話ってまだ持っていないかもしれないけど、まだなくてもいずれは持つだろうから、パパのメールアドレスを書いておきますね。HAMAYUU-KIBOU@EZWEB.NE.JP
なおパパは、千葉市内の、総武本線稲毛駅から歩いて十五分くらいのところに住んでいます。
この手紙がちゃんと優菜の手に届くこと、優菜がずっと幸せでいること、そしていつかまた会えることを信じて、ペンをおきます。
いつまでも優菜のことを愛しているパパより」
読んでくださり、どうもありがとうございました。続編は貴方の心に左右
されます。僕はひとりよがりになるわけにいきません。このまま消えるこ
とを望まれるなら、それも仕方ないことですよね。僕は小説家の卵としてはあまりに未熟だから、師匠の言葉が欲しいし、向き合って、伸ばしあい
たいですよ。まぶしい未来の最高の仲間としていてくれないんですか?