〈#1〉魔法は使えませんが入学してみました
ルナ公国に唯一存在する魔法学校。レイン魔法学校。その歴史は古く、約2500年前、古代にさかのぼる。
商人が行き交い、教会では神父が祈り、街へ出れば活発な声がそこら中から飛び回り、それを見下ろすかのように森の高台に聳える王城。人々にとってそれはごく普通の日常だった。
日常が当たり前でない。そう気づいたのはその矢先だった。魔族の出現だ。
本来この世界と交わることのない魔界から突如流れ出したという(古代叙事詩からの引用のため詳細は不明)。
そして世界は混乱し、蹂躙され、ただそれを見守ることしかできない己の弱さを強く憎んだ。
愛する人が目の前で奪われ、それでも尚無力な我が身をただただ呪った。
しかしここで一筋の希望が見える。魔族には魔力を持つ人間の攻撃が有効であることが判明したのだ。
この世界では僅かながらに魔力を持つ人間が存在した。だから彼らは強くなろうと鍛錬しようとした。
その鍛錬の場の始祖こそがこの学園の創立のきっかけだった。
人々は強くなった。各地に魔法学校が次々と建てられ、その中の選りすぐりの精鋭が命を懸けて、全ての魔族を束ねる『魔王』と呼ばれる存在を、多数の犠牲と甚大な被害を代償に、何とか封印することに成功した。
それからの2500年間、人々は安寧とともにこの街に生きている。かつての英雄が望んだ世界を、いま生きている。
各地の魔法学校は秩序の安定により次々と閉校したが、いつか封印が解かれしその時の為に、この学園だけが現存している。そして今でも、世界中より選ばれし英雄の卵がこの学園一点に集中する。余談だがその平均倍率は例年200倍を超えるらしい。
そんな学園の入学式。この世界では珍しい黒い髪色の少年が校門前の銅像に目を輝かせていた。
身長は170といったところだろうか。少しセットを頑張ったことが窺えるマッシュ。彼はどんな属性の魔法使いなのだろうか。
「これがかつてこの世界の危機を救った英雄マルス像……か。」
目を水面のように輝かせ、3分が経過。動く気配がない。恐らく歴史オタクだ。
そんな少年を見て、ひとりの少女がスタスタと少年の前に立った。
「君も新入生?やっぱ憧れちゃうよね、マルス様。」
少年は声の発信先に目をやった。自分より一回り小さい新緑のようなボブの女の子。言っちゃ悪いがそこまで女性らしい体形はしていない。恐らく彼女も新入生だろう。
「あ、新入生のフジです。君もマルス好きなの?」
そのフジと名乗った少年は手を正面で繋ぎ、おずおずと少女に話しかける。童貞丸出しの態度に返事だった。
彼女はきょとん、と一瞬固まり、すぐ頬を緩めた。
「知らない人いないでしょ⁉魔王を封印した英雄の名前と顔なんだから誰もが知ってるわよ、私はイオリ。風、草属性の使い手よ。フジくんは何の魔法使うの?魔道具も剣もないけど見た目からして影とか闇属性とか?」
イオリと呼ばれる少女はそう言って己の背中のスタイリッシュな緑剣を軽く指でなぞり、そよ風のように優しく笑った。
さて。フジは困った。同時にこの学園になぜ入学したのだろうと三年間の猛烈な受験勉強の期間を軽く恨んだ。
それもそのはず。フジに魔法を使える力はない。所謂一般人の類なのだから。
遺伝子レベルでわずかに魔力は存在するらしいが、その魔力の使い方すらも知らない。さらに言えば我が身の魔力の存在を認知しているのも親からそう教えられてきたから。己の血液型を認知するのと同じような感覚だった。
「___実は俺、魔法が使えないんだ。」
頬を搔きながらフジは恥ずかしげに答えた。
イオリは文字通り硬直した。当たり前の反応だ。
「えっ…??聞き間違いじゃないよね?魔法が使えない?どういうこと?どうやって試験突破してきたの?枕?賄賂?それとも枕?ねえ枕なの?」
イオリはこぼれんばかりに目をカっと見開きフジがどう入学方法について早口で問い詰める。彼女は枕説を強く提唱している。恐らくアイドルのゴシップ事情などといった少しブラックな情報が彼女の主食だろう。
「…実はだな__」
この学校の入学試験は主に実技と筆記。どちらも同じ配点割合で、その両方がとてつもない難易度を誇る。フジは中学時代をこの筆記試験の為に文字通り全て捧げた。先ほどの女性慣れの皆無さはここから由来しているのであろう。そしてこの学校の合格最低点は3割ほど。数字こそ弱く見えるが、世界中の魔法使いや剣豪の卵が人生をかけて学び、鍛錬を重ね満を持して臨んだ結果がこの最低得点であるという事実が、いかにもこの学園の入試難易度を物語っている。
フジは三年のガリ勉期間を経て、開校史上初となる筆記満点を華々しく飾った。
さあ、問題の実技だ。当然の如く0点。これも学園初の快挙…とは言えないが。初めての珍事件だった。
初級魔法の使用以前にそもそも自分の属性も分からないというこの受験生。しかし筆記で5割を得点を獲得しているため合格ボーダーには到達している。教師は緊急で職員会議を開いたが、さて話もまとまるはずもない。そんな中全ての権限は学園長に託された。
学園長は資料を見るなり驚愕した。なんだこいつは。上級魔法の循環効率の最適化についての知識があるのに、己の魔力の権限の仕方さえ分からない。いや。なんだこいつ。
小一時間悩んだ末に学園長は合格の印を押した。完全に納得したわけではないが実技、筆記の足切り点を用意していない為もしここで落とせば訴えられたとき確実に負ける。賢明な判断だった。
学園長が記した日記には、『フジという名の異端児が入学する。心のどこかで早く顔を合わせたいという楽しみすら覚えた』と記されていたという。
「___ということなんだ。」
イオリは目を白黒させながら話を聞いていた。いや、意味が分からない。しかし同時にフジへの興味も少なからず芽生えたのだろう。
「へえ、君面白いじゃん。筆記満点って冷静に考えなくても意味分かんないし。実技は0点。学園長のいう通り異端児ね。」
「おい、異端児言うな。俺のせいで定員の一人が不合格の印を出されているのは申し訳ないけどな。」
「まあいいじゃないの、これからよ。ここは実力がものをいう世界だから。蹴落とした人間の顔なんていちいち覚えてちゃだめよ。魔法、いろいろ教えるから一緒に頑張ろうね、フジ___あ、時間やばいんじゃない?これ。」
時計の時刻は8:50。遅刻まであと10分しかないことにイオリは気づいた。
フジもやーべ、と一言、二人で校舎に走り出した。
その二人の影は、春の匂いとともに儚く舞った。彼らを待つ学園生活。そして運命。神はどう見守っているのだろうか。
こうして、フジの夢見た魔法学校が始まった。そしてこれこそが2500年の歴史で類を見ない新入生の爆誕の瞬間だった。




