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エデンの庭先へ ー俺の人生は異世界行っても破茶滅茶だった件ー  作者: 白湯の窓辺


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1/8

プロローグ

 俺、神谷直人は、自分のことを特別だと思ったことが一度もない。


 学生時代も、社会に出てからも、ずっとそうだった。

 頭が飛び抜けていいわけでもない。運動ができるわけでもない。

 人を惹きつけるような話術があるわけでもない。

 ただなんとなくその場の雰囲気で何も考えず生きてきた。


 世間では東大卒や京大卒のYoutuberが名を連ね、March卒以下はFランと言われる昨今の世の中で、俺は三年浪人して中堅と言われる普通の大学に通った亡者である。


 そして人生の最大のイベントである就職活動では大手企業から案の定、大量のお祈りメールが届き、ようやく拾ってもらった地元の小さな零細企業に就職した。


 社員は七人。社長を含めて全員の顔と名前が一致する規模だ。給料は手取りで月十六万。もちろん昇給などない。ボーナスは年に一度、寸志程度。最初はそれに驚きを隠せなかった。

 それでも拾ってもらった手前、文句は言わなかった。言える立場でもなかったし、言う理由も特になかった。


 そして気づけば十五年が経っていた。


 同期など端からここにはいない。あとから転職してきた奴、年が近かった後輩、面倒を見てくれた先輩。みんなどこかに行った。俺だけがずっとここにいた。

 それが誇りだったのか、惰性だったのか、今となっては分からない。


 ただ一つだけ、俺には結婚する予定の彼女がいた。


 山岸結衣。35歳。俺より5つも下である。近所のスーパーでパートをしている。派手さはない。美人かと聞かれたら、まあそこそこだと答える。でも笑うと目が細くなって、それが俺はずっと好きだった。

 付き合って六年。来年の春に式を挙げる予定だった。


 六畳一間のアパート。テーブルは小さくて、向かい合って座ると足がぶつかる。

 もやし炒めと味噌汁。赤い値引きシールの惣菜。

 それが俺たちの日常だった。

 贅沢じゃない。でも悪くなかった。少なくとも、俺はそう思っていた。


 ただ、そんな俺のささやかな人生が音を立てて崩れ始めたのは四十歳の秋だった。


「来月いっぱいで、辞めてもらわないといけない」


 応接室で社長に言われた瞬間、頭の中が真っ白になった。


 退職金は封筒に入って手渡された。


 十五年で、一万円札がたったの十枚。十万円。

 俺の十五年がたった十万円だった。


 笑えなかった。泣けなかった。ただ力が抜けた。


 その日、駅のホームで見た株式投資の株のセミナーの広告でこれだと思った。

 唯一の救いに見えた。

 もちろん仕事を辞めることも株式投資のことも結衣には言えなかった。


 最初は退職金の十万円を増やすつもりだけだった。

 それがなぜか結婚資金に手を出し、それすら全てなくなった。

 気づいたらそれを取り返すためにサラ金、闇金から借りれるだけ借りて確実に勝てると思った銘柄に全てを賭けていた。


 俺はその人生最大の勝負に負けた。


 その銘柄は俺が買ったストップ高の翌日、ストップ安が六日続いた。強制決済で全部消えた。

 借金が余裕で一千万を超えた。無職で一千万円。


 結衣に発覚したのは、会社からの退職書類が届いたことがきっかけだった。

 仕事のことがバレて、それから全部バレた。結婚資金のことも、借金のことも、闇金のことも。

 結衣は怒鳴らなかった。


 泣きながら、ただ「なんで言ってくれなかったの」と繰り返した。


 その泣き方が一番きつかった。


 翌朝、結衣はスーツケースを引いていた。


「別れよう」


 静かだった。怒鳴らない。泣かない。ただ静かだった。


「ずっと一緒にいたかった」

「ごめんね」


 ドアが閉まった。


 部屋に一人残された。


 職がない。金がない。結衣がいない。借金だけが残った。

 俺はその瞬間全てを失った。


 もう、いいか。


 そう思った。


 クローゼットを開けた。ネクタイを取り出した。梁を見上げた。




 椅子を引いた。




 そして、ゆっくりと目を閉じた。




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