頁:58 その【大食】肉の宴につき。◆挿絵有り
禁書庫へと戻ってきた二番手は、聖女であるセラフィーナ。
彼女は昨日訪れた賢者の私室まで来ると、控えめなノックをし、扉を開けた。
何やら物凄い――否、凄惨な光景が広がっており、思わず目を見開く。
彼女の眼の前に広がっていた光景は、賢者バルタザールが、倒れていた。
倒れていただけなら、まだ良かった。
問題は彼の顔が、まるで茹で上げられた蛸のような赤さだという事。
その側では、彼を必死に介抱するルルの姿があるのだが――
彼女の手に握られている手巾には、大量の血液。
一体なんの惨状なのかと、思わず一歩後ろへと下がるセラ。
「えっと。 これは一体…?殺人現場でしょうか…?」
セラは怪訝な表情ではあったが、賢者の元へ寄り《治癒の祈り》を祈る。
癒しの光が賢者を包むが、彼の顔は依然として真っ赤。
「おーめんごめんご。 いやーさ……賢者ちゃんにさ?
一緒にお風呂入ろーって、誘ったらこうなったんよ。」
「一緒に……お風呂に……はいろう……? ですか……?」
セラは事態が飲み込めず、思わずルルの言葉を復唱。
目をぱちくりと数回瞬きさせ、やがて、なんの想像をしたのやら……。
転がるバルタザールと同じく、顔を赤へと染め上げる。
「ルルちゃんの胆力は、私の想像を軽く超えちゃって……!」
「聖女殿ッ!!!ワタクシもッッ!!
ワタクシも、まったくの同意見でございますッッ!!!」
鼻に手巾を当て、賢者バルタザールが大げさに頷く。
しかし当事者のルルはどこ吹く風だ。
いつも通りの無表情で、なにげなくぽつりと、二人に爆弾を落とした。
「んー、あたしら小人族ってさー、寿命がせいぜい四十年とか?
長くて六十年とか?くらいなんよねー。」
「んだからよー、感覚がもしかしたらだけど――
賢者ちゃんやセラちゃんたちと、ずれとんかなって。
あたしにはその“恥ずかしい”ってのが分からんのよね。」
ルルの落とした言葉は、二人にとっては重く感じる物だった。
部屋の空気は、一瞬で張り詰め、ぴしゃりと凍りつく。
セラとバルタザールは、互いに口を閉ざしルルから視線を逸らした。
空気を察したルルは瞳を細め、気まずそうに二人に対して声を落とす。
「わりー、今の話って、重い話のつもりじゃねーんよ?
寿命なんてそんなモンしょ? ちな、あたしらの故郷にはもっと短命おるし」
「妖精族ちゅー種族とか、五年そこいらだぜー?
短命は儚いっつー考え方ってさー…なーんか人族って感じするわー。」
二人にはルルの軽口すら、強がっているのではないかと感じさせた。
バルタザールは立ち上がり、ドンと床を鳴らし――大声で高らかに宣言。
「解りましたぞ――ッッ!!! ルル嬢ッ!!!
ワタクシ、あなたに介助して頂きながらでもッッ!!!
例え、どんな困難が待ち受けようともッッ!!!
共に、風呂に入ってみせましょうぞッッ――!!」
だが、その瞬間だった。賢者の顔は鮮烈な赤色へ染まり――
「ふんぬぅぅぅッッ!!!」
自身の情熱に耐えきれず、彼はどさり、と力なく倒れ込んでしまった。
ジト目で見つめるセラとルル――
彼女らは協力し、なんとかバルタザールを寝台まで運んだ。
「バ、バルタザール様…! お気持ちは分かりますがっ…!
せ、せめてベッドで横に…!!」
「あ、あたしのせいじゃないよね…? これ…。」
◇ ◇ ◇
そんな三人の元に、三番目に部屋に現れたのは、騎士・パルテオン。
豪胆で豪快な戦士のような彼。その両手に抱えられたのは――
信じられないほどの大量の食料。
否、支援物資といっても過言ではないほどの“肉”を積載していた。
彼はドカドカと音を立てながら、大図書館を闊歩する。
禁書庫の司書の私室の扉をノックするでもなく、蹴破らん勢いで入室。
「ドラァッ! 賢者、メシだ! 大量に買い込んだ!これで元気を出せ!」
満面の笑み、両腕に積載されている大量の“肉”料理を携えドカリと登場。
賢者の部屋にある机に広げられた紙束を、ルルが咄嗟にどかす。
パルテオンはその小さな机に、次々と料理を置いていった。
が、しかし――いずれも肉・肉・肉。あまりに肉肉しい。
まずは、やたら肉厚な分厚いバンズに挟まれた巨大なハンバーガー。
片手では到底持ちきれない、やたらと太さがあるソーセージのホッドドッグ。
さらにハムが幾重にも重なった、やたらデカいサンドイッチ。
極め付きはというと、豪快過ぎるやたらと油でテカっている、巨大な骨付き肉。
よもや、戦場に投げ込まれた補給物資のような――
それ程までに凄まじい肉の香りに、思わず顔を引き攣らせる女性陣。
「お、おにく……お肉があまりにも、多すぎはしませんか…???」
「おうおう、すげーなこりゃ。
豪勢ってより、豪快って感じすんじゃけど。 んでもってよー……
それ、賢者ちゃん多分……一口食べたら倒れるぞ? しらんけど。」
その言葉に騎士はというと、肉料理に目を向け、キョトンとしている。
「な、なんだってーッ!!!
賢者はこれ、食えねえのか!? じゃあ、俺が食うなッ!!!」
パルテオンはわざとらしいような、盛大なリアクションを見せた後――
“食うな”の“う”の部分で、彼はもう、食料に手をかけていた。
迷いなく食らいつき、あまりに豪胆に、豪快に、まるで猛獣が如く――
肉汁を滴らせながら「ガツガツ」と音を立てる。
そのあまりにもなザマは、下手な魔物より恐ろしかった。
彼女たちは心の中で、心底賢者が気絶していて良かったと、胸を撫で下ろす。
ルルの“浴室へのお誘い”はこの為にあったのだと。
間違いではなかったのだな、と……そう思わざるを得ないほどの光景。
仮に、賢者の意識があったならば――
きっとこの肉の宴に目を回し、即座に嘔吐していたに違いない。
ルルはジトりとした目を、肉汁を滴らせる騎士へと向ける。
半ば呆れ半分に、ぽつりと吐き捨てた。
「――賢者ちゃんが起きとったら、まじで吐いとったじゃろうね……」
禁書庫の一角――
その片隅、賢者の私室では、ベッドでぐっすり眠るバルタザール。
その付近では、肉との決闘に勤しむ騎士の姿があった。




