頁:79 その【接触】唇同士につき。◆挿絵有り
※注意喚起
一部濃厚接触に見える部分がございますが、あくまで医療行為です。(※本人談)
苦手な方はブラウザバックをして頂けますと幸いです。
どのくらい皆が見守っていたか分からなかったが――
廊下の方から「コツコツ」と足音が響き、次いで打ち鳴らされる扉。
軽薄な声色で『入るヨ。』と伝えられ、入室してきたのは屋敷の主だ。
「はーい、ドーモ。 ニヴェイシア印の特性おくすり。
ボクが直々に作って持ってきてあげたヨ? ボクってば優しいネ?」
彼の片手には小瓶が数本ほど握られており、中身は淡く濁った白色の液体。
勇者が訝しむ様子で『それは?』と小瓶を見つめ、質問を投げた。
「……ハァ。 見て分からなぁい? 普通にお薬だケド。」
「おくすり。 効果は解熱と鎮痛で、あとはコレ飲ませたらいいヨ。
身体の熱を外に逃がして、多少は苦しさも紛れるからサー?」
伝え終えると、彼は面倒そうに勇者へ薬瓶を投げ渡し、退室の構え。
薬瓶を受け取るがその薬液は――なんとも言えない色だった。
「なぁ子爵ちゃん。 ちょいええ?これ……ほんまにくすり?
怪しい毒とかなんじゃないん? 色がほら――なんかちょい……。」
「――やばい色しとらん?」
大きなため息を吐き出し、大股で部屋の扉付近まで歩む半魔。
彼は壁にかけられていたベルを鳴らし、程なくしてやってきた女中。
無表情一辺倒の女中に対し、何やら説明をするアメト。
「――ってワケだから、試飲をお願いネ、アイリス。」
主人に促され、表情を変えることなく、小瓶の一つを受け取った女中。
淡々と、一切の躊躇なしに一気に薬瓶を空にした彼女。
「たまに口にさせていただくお薬にございます。 いつもと同じ味……。
とてつもなく、とんでもなく苦いだけのお薬にございます。」
「毒ではありませんし、仮に毒であれば今頃私はここにいません。
死んでますので。 では、失礼させていただきます。」
キツめの物言い――女中は一礼した後、颯爽と部屋から去った。
「わ……わざわざありがとうございます、アメトさん。 ルルもごめんね?
僕が言い出しにくそうにしてたから、代わりに言ってくれたんだよね?」
「ほら、セラ! アメトさんが調合したお薬を持ってきてくれたよっ!」
聖女の肩を抱き起こし、彼女の唇に瓶の飲み口を押し当てるが――
が、彼女は飲み込む気配はなく、ノアの腕の中で小さく唸った。
拒絶の意を示し、手で瓶を払いのけ『うう……。』と苦しそうに呻くだけ。
固く閉ざされた瞳と唇からは、あまりにも嫌悪が露わになっていた。
「ええ……ちょ……。 これ、どうしたらいいのぉ……?」
片腕には聖女――片手には薬の小瓶。
狼狽えるノアの瞳には焦燥が滲み、あちこちに視線を移す彼。
全員の視線が聖女と勇者へ注がれる中、唐突に爆弾のように放たれた言葉。
「んなのサァ~~……。 普通に口移しであげたら、よくなぁい?
一番手っ取り早いし、一番効率的……デショー?」
何気なく放った言葉により、部屋の空気は氷点下まで急転直下。
目を剥き『誰がするんよそれ!?』と周囲を見渡す小人族。
――が『苦ぇんだよなっ?あたしは一抜け!』と、あっさり拒絶。
聖女から視線を逸らした小人族が次に目を向けた先は勇者の彼。
「えっ!? 僕!? む、無理だよっ! 無理だからっ!」
彼は顔を真っ赤にさせ、拒否。騎士に至っては、無言で首を横に。
腕で必死に『バツ印』を作り完全拒否。
かくして――全員に拒まれることとなった、悲しき聖女のセラフィーナ。
勇者の腕からも離され、寝台の上で苦しそうな呼吸を繰り返す聖女。
あまりにも頼りない勇者たちの姿に、しびれを切らした屋敷の主。
彼は幾度目かのため息を吐き出し、小瓶の一つを手に取った。
とろりと揺れる液体を自身の口に含み――
ゆっくり……聖女が横たえる寝台へ歩み、銀白金の髪を流し、彼女の側へ。
彼女の口を開き、なんの迷いも躊躇いもなく、真っ直ぐに唇を重ねた。
瞳をうっすらと閉じ――彼女の様子を確認しながら薬液を注ぎこむ彼。
唐突の出来事に固まる一同。やがてことの重大さに気が付き――
「なななな――なっ……なぁぁぁ……ッ!!」
勇者が何か喚いているが、渦中の聖女は熱にうかされているのか。
抵抗する様子はなく「こくり、こくり」と、薬液が喉を通り抜ける。
アメトリクス――この男はわざとらしく時間をかけていた。
ねっとり、丁寧に……口に含んだ薬液を作為的なほど、じわじわ流し込む。
完全に確信犯である。
聖女は喉を鳴らし、薬液を注ぎ込まれているが皆はそれどころではない。
「ちょ、ちょちょっ……!!うっそでしょぉ……!? なっ……!!
ええ……っ……!!! そ、そんなぁぁぁ……めのまえでっ……!?」
顔を手で覆ってはいるが、指の隙間からその光景をまじまじと見つめる勇者。
騎士は顔を伏せ、バツの悪そうな表情で二人から視線を逸らしていた。
「まじかよ!超苦えー薬なんじゃろ!? ためらいがねぇ! すげぇ!
さすがじゃ! あたし……あたし、感動してしもうた……!」
別方向に心を動かされているルル……違う、そうじゃない。
全員の視線を認知していたアメトリクス。
彼は唇を離す直前、あまりに白々しく、名残惜しげに――
舌先を彼女の唇に這わせ、胡散臭い微笑を彼女に向けていた。
薬液を一滴残らず逃さぬように送り込まれ、聖女は身じろぎをひとつ。
「んぅっ……んっ――」
紅潮した顔に、小さく喘ぐように喉を震わせる聖女。
恐らく相当苦かったのか、嫌がるように手を動かしていた。
平然とした様子で彼女から離れ、何事もなかったように口を拭う屋敷の主。
「ッハァ~~……。 ったくもー……キミたちがヤんないからサ。
ボクが代わりをつとめてあげたヨー? ハイ、コレでいいデショ?」
両手で顔を覆い隠し――耳まで赤に染め上げた勇者。騎士は、無言。
「いや……だってあたし、苦いのはちょい。」
小人族の彼女だけは実にあっけらかんといいのけ――
彼女の声色からは罪悪感の『ざ』の字すら感じられない。
「まったくもー……。 世話が焼ける勇者一行だコト。 大切なお仲間デショ?
次からはちゃぁんと、キミたちが『口移し』ヤってあげるんだヨー?」
彼はそれだけ伝えると、踵を返し、涼しい顔でその場からいなくなった。
後に残された面々は、先ほどの濃厚がすぎる『口移し』の光景――
目に焼き付いてしまって離れず、しばらく脳裏に留まる結果となった。
未だに熱に浮かされて目を覚まさないセラ。
彼女に先ほどの出来事を伝えるべきか否か……。
一同は頭を抱え静かに――
だが確かに、悩みの種となってしまったのだった。




