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第五話 覚悟(ニ)

 紗羅が駆け寄ってくる。

「何よ! 終わったんじゃないの?」

「そーちゃん……」

「まだ、終わってないみたいだ」

 蒼は胸にしがみついていたミチルを優しく引き離し、紗羅へ預ける。小さな手が名残惜しそうに袖を掴んだ。

「城壁には誘導出来たのか?」

「削りが足りなくてな。砲台の射程範囲ギリギリで惹きつけている」

 北東。

 あの、超大型。

 一瞬だけ、紗羅とミチルの顔が脳裏をよぎる。

「そこに……行けばいいのか?」

 距離感が狂うほどの巨躯。

 正直、近寄りたくはない。

「固定砲台へ向かってくれ。特殊な弾丸を用意している。あれは外せない」

「削れ、ってことか」

「そういうことだ」

 固定砲台は撃つだけなら誰でも出来る。だが照準を合わせるのは別だ。

 余命力で形成された砲身も弾丸も、常識外れの重量を持つ。扱える者は限られている。

 ――蒼なら、出来る。

 そう判断された。

「行ってくる」

「うん……」

「そーちゃん……」

 振り返らない。振り返れば、足が止まる。

 蒼は城壁の天端へ駆け上がった。

 北東側では、今も砲撃が続いている。足元に伝わる振動。空気を震わせる轟音。

 そして視界に入る。

「超大型……」

 確かに削られてはいるのだろう。輪郭は先ほどより薄い。

 だが、それでもなお巨大だった。先ほど倒した大型より、遥かに。

 霧の塊が、ゆっくりと城壁へ迫っている。

「シロ。無事か……?」

 鹿の群れが散開し、距離を保ちながら誘導しているのが見える。

 神の使者といえど魂。魂食にとっては等しく餌だ。

 この魂楽界に完璧な存在はいない。

 だからこそ、魂食以外は共に在る。

「ハァ……ハァ……余命力、結構使ったな……」

 呼吸が荒い。

 だが不思議と身体は軽い。

 筋肉の収縮が鋭く、視界の解像度が増している。

 人間でいう肉体の全盛期に近付いたのかもしれない。

(これはこれで、悪くないな)

 恐怖はある。

 あの霧の奥に、底知れぬ“何か”を感じる。

 だが――

「ビビってる暇はない、か」

 視線の先にベニが待機していた。特殊弾丸の準備を終えて、蒼の到着を待っていた。


 ベニの背後で、数匹のキツネが荒く息を吐いていた。

 どうやら特殊弾丸を運んできたらしい。小柄な身体に似合わぬ重量を背負っていたのだろう。

「ベニ! 準備は?」

「出来ている。二発目も運んでいる途中だが……」

 視線の先。

 超大型が、ズズズッと空気を擦るような音を立てながら迫る。

 普段から細いベニの目が、さらに細くなった。

「間に合わないな」

「一発勝負、だな」

 喉が鳴る。

 だが焦りは抑え込む。

 蒼は周囲を見渡した。

 固定砲台で撃っては装填、撃っては装填を繰り返す防衛隊員。

 城壁下で祈る住民たち。

 そして――遠くからこちらへ走ってくる紗羅とミチルの姿。

(生き方はそれぞれが決めればいい)

 胸の奥が静かに熱を帯びる。

(俺は、二人を失いたくない。それが俺の生き方だ)

 ふと視線を落とすと、城壁に一本の大剣が立てかけられていた。

 場違いなほど巨大。禍々しいほどの存在感。

 蒼の零命剣とは、比べ物にならない。

「ベニ。この大剣は?」

「保険だよ。常にここに置いてある」

「保険?」

「余命力を消費すれば誰でも振れる。万が一の武器だ。クロがあのバカデカいのをここへ誘導した理由でもある」

(保険……もしもの備え、か)

 だが今は、砲撃。

 超大型は、もう外さない距離にいる。

「よしっ」

 蒼は砲台に手をかけた。

 ガガガッ――と重い音を立てて砲身が動く。

(重い……!)

 余命力を込め、強引に中央へ合わせる。

「撃つ」

 冷静に。確実に。

「ドーンッ!!」

 轟音と共に特殊弾丸が放たれる。

 瞬間、超大型へ吸い込まれ――融合。

 サァァ……と霧が削れ、巨体は一気に縮んだ。

 大型より、さらに小さい。

 砂埃が舞い上がり、視界を奪う。

 次の瞬間。

「ドンッ」

 鈍い衝撃音。

 城壁に、風穴が空いた。

「まだだ!!」

 シロの声が、緩みかけた空気を引き裂く。

「何が……?」

 蒼は砂煙の向こうを睨む。

 風が吹き、視界が開ける。

 そこに――

「中型……の群れ?」

 無に還った超大型。

 その背後から、複数の影が現れる。

 隠れていた。

 超大型を盾に。

 霧の塊が、ゆらりと一直線に突き進む。

 城壁に空いた穴。

 そこへ向かう軌道。

 蒼の背筋を、冷たいものが走った。


 シロの鹿たちが、必死に中型へ体当たりを繰り返している。

「くっ……足りないか」

 最初は荒野を埋め尽くしていた大群も、いまや残りは一桁。

 倒れ、霧に呑まれ、無へ還っていった。

 固定砲台は近すぎる敵を狙えない。

 中型に合わせるには砲身を下げる必要があるが、角度が足りない。

 超大型が穿った城壁の大穴。

 そこから侵入する残った三体の中型。

 ただ隠れていただけ。

 ただ誘導されただけ。

 戦略も意図もない。

 意思なき存在。

 だが本能はある。

 魂を求め、融合し、無へ還る。

 本来狙うのは余命力ではない。

 “魂”そのもの。

(侵入されたら……終わりだ!)

「城壁から離れろーっ!! 穴から離れろ!!」

 蒼の叫びが響く。

 紗羅とミチルが振り向き、立ち止まる。

 だが、そこは風穴のすぐ近く。

(間に合わない――)

 思考より先に、身体が動いた。

“止める前に走って行っちゃうから言ってんでしょ!!”

 紗羅の叱声が脳裏に蘇る。

(……そうだな)

 気づけば、蒼の手には大剣が握られていた。

(重いな)

 だが既に余命力を流し込んでいる。

 筋力が爆発的に強化される。

 血が沸騰するような感覚。

 何でも出来る気がする。

 しかし――

(欲に負けるな。帰るんだろ)

 力は甘美だ。

 守れる。薙ぎ払える。全てを終わらせられる。

 だが代償は、自身の消失。

(消えるわけには、いかない)

 守るために、消えては意味がない。

 城壁内へ侵入した三体の中型が、住民へ向き直る。

「ハッ――!!」

 蒼は城壁の天端を蹴った。

 宙を裂き、一直線に落下する。

 大剣を振り上げ、三体の中心へ――

 振り下ろす。

 一瞬。

 音が消えた。

 砲撃も、悲鳴も、風も。

 世界が止まったかのような静寂。

 次の瞬間。

 三体の中型が、霧の粒子となって崩壊した。

 完全消滅。

 遅れて、現実が戻る。

 ドサッ――

 蒼の身体が地面へ叩きつけられ、転がる。

 カラン……と、輝きを失った大剣が落ちる音が響いた。

 余命力の光は、消えている。

 土煙の中。

「……蒼?」

 誰かの震える声。

 蒼は仰向けのまま、空を見上げていた。

 青空が、やけに遠かった。


 意識が、ゆっくりと遠のいていく。

(余命力……着地の分まで使ってなかったな。温存するの、早かったわ……)

 視界が白く滲む。

 足音が聞こえた。二人分。

(紗羅。ミチル。無事だったかな……)

 耳元で足音が止まり、次の瞬間、身体に温もりが重なる。

 二人分の重さと、震え。

(感じられる……なら、俺は消えてない)

「バカ! また無茶して!……守ってくれて、ありがとう……」

「そーちゃん! そーちゃん! そーちゃーん!!」

「もう……大丈夫、だ」

 蒼はゆっくりと上体を起こす。二人を抱えたまま。

 ぐらり、と視界が揺れるが、立てる。

 周囲を見渡す。

「被害は……城壁の風穴だけか」

「それと、あんたでしょ!」

 涙目のまま軽口を叩く紗羅。

 その声音に、ようやく“戻ってきた”実感が湧いた。

「そーちゃん、消える、ダメだよ」

「消えねーよ」

 ミチルの頭を撫でる。柔らかな髪の感触。

 守れた景色を、心に焼き付ける。

 ふと、二人を見下ろす。

「あれ? 二人とも、こんなに小さかったっけ?」

「……あんたがデカくなったのよ」

「そーちゃん、つよそう」

 自分の身体を見下ろす。

 確かに、筋肉の張りが増している。肩幅も広がった気がする。

「余命力の影響だな。どうだ、かっこいいか?」

「私と十歳くらい離れたかしら?」

「そーちゃん、かっこいい!」

 思わず笑う。

 魂楽界では、余命力が尽きなければ生き続けられる。

 だが使えずに消えていく魂も多い。

 現世でいう金と同じだ。どれだけ貯めても、死んでしまえば無駄になる。

(俺は、余命力を自分のために使う。それが俺の生き方だ)

 羽音が響く。

 クロが肩口へ舞い降りた。

「よくやった、蒼」

「それだけかよ?」

「報酬は管制樹に用意してある。受け取りに来い」

「業務連絡、ご苦労さん」

 軽口に、クロは何も返さず飛び立つ。

 蒼はその背を見送り、空を見上げた。

「綺麗な青空だな……全然、見る暇なかったわ」

 戦いの最中は、ただ前だけを見ていた。

 今、ようやく空が目に入る。

 理由は分からない。

 魂が揺らいだのか、成長の反動か。

 ただ、無性に――空を見たかった。

 隣で紗羅も、ミチルも、同じ空を見ている。

 城壁に空いた風穴から差し込む光。

 それでも、街は立っている。

 蒼は小さく息を吐いた。

「……帰ろうぜ」

 守った日常が、そこにあった。

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