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第二話 出会い(ニ)

「初めて見る子だよ。入りたいのか?」

 蒼は入り口を通れるように身体をずらした。しかし少女は、その場から動こうとしない。

 やがて、そっと自分のお腹を押さえた。

 ――ぐぅ。

 小さな音が、静かな店先に響く。

「ご飯を食べに来たんだろ? 入れば?」

 蒼は先に中へ入り、いつものカウンター席に腰を下ろす。女将は少女の存在を気にしつつも、厨房へと消えた。

 少し遅れて、少女も店内へ入ってくる。そして迷うことなく、蒼の隣の席に座った。

「他にも席、空いてるだろ。何でわざわざ……」

 言いかけた言葉は止まる。

 少女の瞳が、真っ直ぐに蒼を捉えていた。

 その視線には覚えがある。

 昨日の事故現場。魂に触れた、あの瞬間。

「君は、あの時の?」

「うん」

 初めて聞いた少女の声は、可憐な姿とは違い、幼い響きを持っていた。

(事情がありそうだな。まずはご飯だ)

「何を食べに来たんだ?」

「わかんない」

 蒼がメニューを差し出す。少女は少しだけ目を通すが、すぐに蒼を見上げて言った。

「同じの」

「同じの?」

「そーちゃんと同じの」

 女将の“蒼ちゃん”を真似たのだろう。

 少女の姿で呼ばれるのは妙に照れくさい。だが幼い声で呼ばれると、不思議と違和感がなかった。

「俺と同じ定食か?」

「うん」

「おばちゃん、同じのもう一食お願い」

「はいよ」

 少女は嬉しそうに足をぶらぶらさせる。箸を両手に一本ずつ持ち、カウンターをトントンと叩きながら待つ姿は、五歳児そのものだった。

(同一、だよな。やっぱり)

 事故で助けた女の子と、目の前の少女。蒼には同じ魂だと感じられた。

「焼肉定食、二人前、どうぞ」

「よし来たぞ。いただきます」

 蒼が手を合わせる。それを見て少女も真似をする。

「いた、らき、ます?」

 両手に箸を持ったまま、ぎこちなく食べようとしてうまくいかない。

「……こうだよ」

 箸の持ち方を教えるが、少女は首を傾げるばかりだ。

 蒼は小さくため息をつき、女将に声をかける。

「スプーンとフォークをお願い」

「はいよ」

 差し出されたそれを受け取ると、少女は嬉しそうに笑った。

 不思議な少女との出会い。

 それが自分にとってどんな意味を持つのか――この時の蒼は、まだ知らなかった。


 定食屋のカウンターで、二人並んで焼肉定食を食べる。

 他の客はいない。少女の楽しげな声だけが、静かな店内に響いていた。

「あーっ」

「これ、おいしいっ」

「もぐもぐ」

「あちち〜」

 蒼は箸を動かしながら、その一つ一つに相槌を打つ。

(娘を持つ父親って、こういう気持ちなのかな)

 いつもなら、さっと食べて店を出る。だが今日は違った。少女の様子を見ながら、自然と食事のペースもゆっくりになる。

 お腹が膨れて満足そうに笑う姿を見て、蒼の胸の奥も少しだけ満たされた気がした。

「ごちそうさま」

 蒼が手を合わせる。

 少女も慌てて真似をする。

「ごち、そー、しゃま」

 ぴょんと椅子から飛び降りると、ちょうど女将が奥から出てきた。

「はいよ。2Hコインね」

「え?」

 蒼の顔が固まる。

 二人分。つまり倍だ。

「おい! お金、持ってるよな?」

「ん? お金?」

 蒼は静かに膝から崩れ落ちた。

「まいどあり〜。蒼ちゃん、また来てね〜」

 結局、全財産を支払い、女将は外まで見送ってくれた。

 少女はスキップしながら蒼の周りをくるくる回る。

 蒼は肩を落とし、力なく手を上げるのが精一杯だった。

「そーちゃん。つぎはどこいくの?」

「次?」

 本来の目的は二つ。仕事の営業と少女の捜索。そのうち一つは達成してしまった。

 このまま連れて歩くのは難しい。蒼は家に戻ることに決める。

「そうだなぁ、家に戻るか。でもその前に、施設に伝えなきゃな」

「ん?」

「なぁ。お前、名前は何ていうんだ?」

「え?……」

 少女は少し考え込んでから、顔を上げた。

「……ミチル」

「ミチル?」

「うん! ミチル」

 五歳児ならこんなものか、と深くは考えない。

「ミチル。施設のベッドで寝てたよな? 何で出てきたんだ?」

「ん~~、会いたかったから」

「誰に?」

 ミチルは迷いなく、蒼を指差した。

「そーちゃん」

「俺に?」

「たすけてくれたから。何回も」

「何回も?」

 蒼は首を傾げる。

 事故は一度のはずだ。

 不思議な少女――ミチル。

 蒼はその手を軽く引き、施設へと向かって歩き出した。


 施設へ向かうと、入口前を掃除しながらも周囲を気にしている職員の姿があった。

(心配で外仕事ばかりしてたのか。相変わらず真面目だな。だからこそ頼ってしまうけどな)

 蒼が近づくと、職員はすぐに気づき、小走りで駆け寄ってきた。

「蒼ちゃん。見つかった? ……その子は?」

 ミチルを見る目が、わずかに鋭くなる。

「事情は俺もよく分かってないけど、彼女が昨日の子なんだ。そうだろ、ミチル」

「うん。ミチル、ここにいた」

「あら、そうなの。良かった〜」

 心の底から安堵したのだろう。目にはうっすら涙が浮かんでいる。職員は深く頭を下げようとするが、蒼は慌てて制した。

「無事ならそれでいい。……それでさ、ミチルは俺を探していたみたいなんだ。一度、家に連れていきたいんだけど、いいかな?」

「それは大丈夫よ。蒼ちゃんの近くなら安心だしね」

 信頼の言葉に、蒼は小さく頷く。

「ミチル。黙って部屋を出たのはダメなことだ。ごめんなさいを言おう」

「あ、うん。……ゴメン、なさい」

 ぺこりと頭を下げる姿は、どう見ても五歳児そのものだ。職員も完全に昨日の少女だと確信したようだった。

「無事ならいいのよ」

 入口のやり取りに気づいた他の職員たちも集まり、事情を聞いて安堵の声を上げる。簡単に挨拶を交わし、蒼とミチルは施設を後にした。

 職員たちは、余命力を使った代償で姿が変わったのだと思ったのだろう。魂楽界では珍しくない現象だ。使う量を間違えて十年分近い余命力を消費することも、あり得ない話ではない。その代償の姿なのだと。

(そうじゃない)

 蒼は歩きながら、ミチルの魂を観察する。

 違和感があった。普通の魂にはない、もっと根本的な何か。

「ミチル。魂楽界にはいつ来たんだ?」

「こんらくかい?」

「ここの世界だ」

「ん~~、わかんない」

「そっか」

 即答ではないが、嘘をついている様子もない。

 純粋な言動。無垢な感情。

 まっすぐに向けられる視線に、蒼は不思議と悪い気がしなかった。

 ミチルは蒼の手をぎゅっと握る。

 その温もりが、本物の魂であることを静かに物語っていた。


 昼を回ると、住宅地区は一層静まり返る。

 ほとんどの魂が商業地区や工場地区、城壁の警備へと出払っている時間帯だ。

「俺らくらいしかいないだろうな。こんな時間に家にいるの」

 自虐気味に呟くが、ミチルには意味が伝わらない。ただ蒼の手を握ったまま、きょろきょろと周囲を見ている。

 その時、反対側の道から紗羅が袋を抱えて歩いてきた。

「あら? 早いわね。って……」

 蒼と手を繋ぐミチルを見た瞬間、紗羅の目が細くなる。

「仕事じゃなくて、ナンパをしていたのかしら? ずいぶんと楽しそうじゃない」

 声は静かだが、怒っている。

 ミチルは蒼の後ろに隠れた。身長は紗羅の方が低いはずなのに、この場では誰よりも大きく見える。

「せ、説明するから。まずは家に行こうぜ」

「ふんっ!」

 蒼は慌てて紗羅の荷物を持つ。三人並んで歩くが、空気は重い。

(気まずい……)

 ミチルも何かを察しているのか、黙ったままだ。

 家に着くと、紗羅は大きめのポストを開ける。昨日取り出したはずなのに、また紙の束が溜まっていた。

「はぁ……」

 ため息をつきながら紙を抱え、家の中へ入る。

 それぞれお気に入りのソファへ座る。ミチルは迷わず蒼の隣に腰掛けた。

 紗羅は紙を整えながら、二人をじっと見る。

「で、何? その子は」

「昨日の女の子だよ。名前はミチル」

「昨日のって、五歳児くらいの?」

「そうだよ」

 紗羅はミチルをまじまじと観察する。面影はある気もする。だが、簡単には信じられない。

「余命力を使ったってこと? 事故の後遺症とか……」

「それは俺も聞きたいが……」

 二人の視線がミチルに向く。

 当の本人は「?」と首を傾げるだけだ。

「俺は事故後の五歳児の姿の前に、今の姿のミチルを見てるんだよ」

「どういうことよ」

「今の少女の姿から五歳児の姿になって、また今の姿に戻ってるってことだ」

 紗羅の表情が固まる。

 若返る。

 それは余命力をもってしても、不可能なはずの現象だった。

 部屋に、重い沈黙が落ちる。

 ミチルだけが、何も知らない顔で蒼の袖を握っていた。

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