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第二話 出会い(一)

 家に戻った蒼と紗羅は、それぞれお気に入りのソファへと沈み込んだ。

「今日は疲れたな……」

「でしょうね。依頼より、事故のほうが堪えてるんじゃないの?」

「……かもな」

 魂は、生前の姿をそのまま形取っている。

 だから“疲れる”。

 “怪我もする”。

 “空腹”も、“睡魔”もある。

 どれだけ余命が残っていようと、永遠ではない。

 この世界で消えた魂は、あの世へ行く。

 そして残った余命は、神の使者へ還る――そう言われている。

「何か食べるものはないのか?」

「カツカツだって言ってるでしょ。明日は家賃と水道光熱費を払うの。残ってたら、明日何か買ってくるわよ」

 現世も魂楽界も、結局は同じだ。

 余命を力に変えて超人的になれる。

 その一点を除けば、生活は驚くほど庶民的だった。

 紗羅は立ち上がり、玄関横に設置された大きめのポストを開ける。

 紙の束を抱えて戻ってきた。

「仕事の依頼、あるかしらね」

「それ、ほとんど紗羅のファンからの小ネタ情報だろ?」

「確かに訳の分からないのも混ざってるけど、整合性を辿れば使える情報はあるのよ」

 ぶつぶつ言いながらも、紗羅の目と手は止まらない。

 一枚ずつ仕分け、要点に印をつけていく。

「パソコンでも買うか?」

「だ〜か〜ら〜、カツカツだって言ってんでしょうが」

 即座に却下された。

 紗羅は、現世ではいわゆる“いいとこのお嬢様”だったらしい。

 だが何でも挑戦する性格で、知識も行動力もある。

 以前、蒼が聞いたことがある。

「お嬢様なのに、なんでそんなに色々やるんだ?」

 返ってきたのは、あっさりとした答えだった。

「やりたいことがいっぱいあるのに、時間が足りないからよ」

 その言葉を思い出し、蒼は苦笑する。

(時間なら、ここには山ほどあるだろ……)

 そう思いかけて、言葉を飲み込む。

 ――本当に、そうだろうか。

「依頼の紙はないわね〜」

「明日は俺が街で探してくる。その紙の処理は明日にして、今日はもう寝ようぜ」

「……そうする」

 依頼がある日は、こうして紙が溜まる。

 本当は整理しきりたいのだろう。

 だが、今日の疲労は深い。

 二人はそれぞれの部屋へ向かう。

 空腹のまま、灯りを落とす。

 魂楽界の夜は静かだ。

 だがその静寂の下で、魂楽界は確かに動いている。新たな依頼か、新たな出会いか、それとも…………。


 朝、蒼は自分の魂に揺らぎを感じて目を覚ました。

「……久しぶり、だな」

 胸の奥がわずかに波打つような感覚。理由は分からない。以前、紗羅に聞いたこともあったが、彼女は一度も感じたことがないと言っていた。

「窓……」

 今回も、自然と視線がそこへ向く。なぜかは分からない。ただ、揺らぎが起きる時は決まって窓の方を見てしまう。魂楽界に来て二年ほど。これで四回目だった。

「よし、もう大丈夫だ」

 自分の魂に言い聞かせ、蒼は居間へ向かう。

 紗羅は昨日溜め込んだ紙束を整理していた。足元に落ちている数枚を拾い、蒼は何気なく読み上げる。

「愛していますぞ、紗羅どの。……いつものだな」

「ちょっと。声に出して読まないでよ!」

 頬を赤らめながら抗議するが、その表情はどこか誇らしげでもある。

「励みにしろよ」

「しないわよ!」

 やり取りは軽いが、現実は軽くない。食べる物は何も残っていなかった。

 蒼は街へ出る準備をする。零命剣と零命銃を手に取る。魂食は突然現れる。備えは欠かせない。

「街を回ってみるよ」

「分かったわ。私も一度出掛けるけど、それ以外は家にいるわ」

 依頼がない時は、それぞれ動く。ベニの依頼以外は別行動も多い。自然と出来上がった役割分担だった。

「施設に顔を出してみるか」

 昨日の女の子のことが気になっている。意識が戻っているのか。それだけではない。

「少女……だったよな? 後ろ姿は」

 事故の直前まで、確かに同年代の少女に見えた。だが抱き上げた魂は五歳児ほどの姿をしていた。

「疲れてて目がぼやけてたのかな?」

 自分に言い聞かせるように呟く。

 歩いていると、一匹の猫がこちらを見ていた。

 猫の多くはチャトの部下。余命力を猫の形にした存在だ。ベニのキツネも同じ類いである。

「お前、魂があるよな?」

「家族、いるかも」

 短い返答。声にはわずかな揺れがあった。

 稀に、人以外の魂も魂楽界へやって来る。ここでは会話は出来るが、人のように記憶や感情が整理されているとは限らない。

「会えるといいな」

 蒼が言うと、猫は小さく鳴いた。

 管制樹もまた、本来は現世で歴史を見守る大木になるはずだった魂だ。だが都市開発で伐採され、この世界へ流れ着いた。

 人だけではない。

 選ばれなかった魂は、形を変えてここに在る。

 蒼は歩みを止めないまま、施設へと向かった。胸の揺らぎは消えていたが、その違和感だけは静かに残り続けていた。


 住宅地区の外れに位置する施設は、静かで、子どもの魂がゆっくり育つことの出来る環境にあった。

 商業地区や工場地区へ向かう魂たちとすれ違いながら、蒼は施設へと足を進める。

「ん? 何か騒がしいな」

 施設の周囲で、数人の職員が慌ただしく動き回っていた。何かを探している様子だ。

 一人の職員が蒼に気づき、小走りで近づいてくる。昨日、あの子を預けた職員だった。

「そ、蒼ちゃん。ごめんなさい」

「どうしたんだ?」

「あの子、いなくなっちゃったの」

「あの子……って昨日の?」

「そうなの。意識が戻らないからベッドに寝かせてたの。医者にも診てもらって、問題ないって言われたから、そっとしていたの……」

 申し訳なさと心配が、そのまま表情に出ている。

 蒼は小さく息を吐いた。

「それがあの子の選んだ生き方なんだ。この辺にはいないんだろ? 俺も別の場所を少し探してみるよ」

「蒼ちゃん……ゴメンね」

 片手を上げて応え、蒼は商業地区へと歩き出した。

 魂楽界では自由に生きることが出来る。余命力を使えば、空腹も怪我もなかったことに出来る。だが普通の魂は、それを使いたがらない。

 永遠に生きることが可能な世界で、自ら余命を削ることを恐れているからだ。いざという場面でも、使える魂は少ない。

「生きるためなら、力を使うだろ」

 蒼の特異体質は“余命力が勝手に消費される”ことだった。

(現世の人生と同じってだけだろ。限りある命を精一杯生きてやるさ)

 そう思った。

 勝手に消費される量は多くない。だが、常に削られるとなれば話は別だ。無駄には出来ない。

 蒼は、垂れ流される余命力を自ら制御出来るようになった。普通なら扱えない武器を持ち歩けるほどに。

 常時強化された体力と筋力。だからこそ、蒼への依頼には一定の需要がある。

「生きていれば、また会える。そんな気がする」

 女の子の怪我を治す時、直接魂に触れた瞬間に読み取れた感情がある。

 ――“会いたい”。

「誰かに、会いたいんだろ? そのために生きなきゃ、な」

 商業地区の喧騒が近づいてくる。

 あの子が向かうとしたら、人の多い場所かもしれない。

 蒼は周囲に目を配りながら、歩みを速めた。胸の奥に残る微かな予感は残り続けていた。


 人が多く行き交う商業地区。

 本来なら、この中から一人の女の子を探すのは困難だ。だが子どもの魂は基本的に施設で集団行動をしている。だからこそ――

「大人の中に混ざっている一人の女の子なら、逆に目立つかもな」

 蒼は営業周りを装いながら、さりげなく人影を観察する。

「いないし、ないな……」

 女の子の姿はない。依頼もない。

 昨日から何も食べていないせいか、思考が鈍り始めていた。蒼はポケットから財布を取り出す。中で小さく音を立てる硬貨。

「2Hコイン……か」

 1Hコインで一食分は賄える。だが仕事がない状況で使うのは危険だ。それでも、空腹には勝てなかった。

「いつもの定食屋に行くか」

 昼には少し早いが、店は開いているはずだ。

 魂楽界では建物の老朽化はない。それでもその店は、不思議と歴史を感じさせる古めかしい佇まいをしていた。家庭の味を求める魂たちが、自然と足を運ぶ場所だ。

 蒼は暖簾をくぐる。

「おばちゃん。いつものいいかい?」

「蒼ちゃん。久しぶりね。いつものね」

 変わらないやり取り。だが次の瞬間、女将の視線が蒼の後ろへ向いた。

「蒼ちゃん、その子は?」

「え?」

 振り返る。

 そこに、一人の少女が立っていた。

 今の蒼より少し年下に見える。若さというより、どこか幼さを感じさせる雰囲気。

 黒髪のロングヘア。大きく澄んだ目。少し大きめのパーカーに、膝下までのスカート。可憐な少女がそこにはいた。

 少女はモジモジとしながら、蒼を見つめている。

 その目が、何かを訴えていた。

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