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第六話 絆

 蒼と紗羅とミチルは、管制樹へと向かって歩いていた。

 本当はすぐに家へ帰りたかった。だが「報酬はちゃんと受け取る」と紗羅が譲らない。戦いの後とは思えないほど、しっかりしている。

 ミチルは蒼と手を繋いでいた。

 いつもより静かだ。

「ミチル、どうかしたのか?」

「そーちゃん。よめーりょく、ってミチルも使えるの?」

 蒼は一瞬だけ言葉を選んだ。

「使えるよ。誰でもな。でも、使い方が難しいんだ」

 ミチルが小さく首を傾げる。

「全部使うと、魂が消えちゃう」

「あっ」

 ミチルの瞳が揺れた。

「お空を飛んでた子が、消えちゃった……」

 空を飛んで散った少年の魂。蒼の耳に残る“消えちゃった……”と重なった。

「ミチルも見てたんだな」

「うん……」

 蒼は握った手に少しだけ力を込めた。

「使う時は使うべきだ。でも、無駄に使えば消える。俺も、あとどれくらい残ってるか分からない」

「そーちゃん、消える?」

 真っ直ぐな問い。

「……いつかは、な」

 誤魔化さない。それが蒼の答えだった。

「俺は特異体質でさ。勝手に余命力を使っちまう。だから……俺は俺のために使う」

「そーちゃんは、そーちゃんのため……?」

「そうだ。だからミチルも、ミチルのために使えるようになれ。余命力の使い方を覚えるんだ」

「ミチルの、ため……」

「私は……永遠の十五歳になるわ」

 唐突に紗羅が宣言した。

「永遠ってなぁ……。まぁ、“使わない”のが紗羅の使い方なんだろ? 何も言わねーよ」

 紗羅の表情が、ほんの一瞬だけ曇る。

 蒼は気付いている。

 理由までは知らない。だが、余命力を使わない彼女には、何かがある。

(それが紗羅の生き方だ)

「ミチルは、そーちゃんと……」

 小さな呟き。

 蒼は視線を落とす。

(ミチルの生き方は……ミチル自身のために)

 やがて巨大な管制樹が見えてきた。

 その根元に、シロの姿。

「シロ。お疲れさん」

「蒼か。すまんな。また余命力を使わせた」

「気にするな。お互い様だろ」

 シロの背後に鹿の姿はほとんどない。

 多くを失ったのだろう。業務に支障が出るため、鹿の補填に来たのだろう。

「俺はクロに用事があるから」

「あぁ」

 シロは静かに管制樹の裏へと消えていく。


 管制樹は、空を覆うほどに枝を広げている。

 無数に分かれた枝葉が光を遮り、その中心に立つだけで世界から切り離されたような感覚になる。

 蒼は、その中の一本――いつもクロが止まっている枝の前に立った。

 羽音。

「ご苦労さん」

 黒い影が舞い降りる。

「確かに苦労はしたな」

「報酬だ」

 合図と同時に、数羽のカラスが飛来する。

 籠に括り付けられた紐を咥え、蒼の前に降ろしては去っていった。

 籠の中には、コイン袋がいくつも入っている。

「確認するわね」

 紗羅がすかさず中身を改める。指先で重さを測り、袋を鳴らす音が乾いた。

 その間、クロはじっとミチルを見つめていた。

「面白い娘を連れているな、蒼」

「面白い?」

 ミチルが蒼の背後に隠れる。

「お前、二日前に依頼の前に“形のない魂”に触れただろ?」

 蒼は息を呑み、ミチルを見る。

「ミチル。お前、あっちにいたのか?」

 開発地区の方角を指差す。

「分かんない……でも……」

 ミチルは蒼を見上げた。

「ミチル、そーちゃんに何回も助けてもらった。だから、そーちゃんの側に行きたかった」

 真っ直ぐな瞳。

 クロが静かに続ける。

「その娘の身体は“魂の形”ではない。“擬態”、あるいは“着ぐるみ”の様なものだ」

「え……?」

「人の形を教えてもらったのだろう?」

 ミチルが小さく頷く。

「そーちゃんと同じ大きさになれば、ずっと一緒にいられると思った」

 蒼の胸がざわつく。

「まさか……」

「余命力を使った。五年分ほど、な」

「だからか……」

 ミチルの身体が二重に見える理由。

 今の姿と、五歳児の姿。そして中身は、生まれる前に等しい空白の魂。

「そーちゃん、あの時“生きろ”って思ってた。気持ち、伝わってきた」

 蒼の鼓動が跳ねる。

「蒼と繋がったことで情報が流れ込んだ。空の器に一気にな」

 紗羅が報酬を数えながら口を挟む。

「ミチルの違和感、それが理由だったのね。言葉は知ってるのに、意味は分からない。自分で学んだ知識じゃなかった」

 蒼は黙ってミチルを見る。

 何も知らなかった魂。

 そこへ自分の感情と情報が流れ込んだ。

(俺が……干渉した)

 守りたい一心で繋がった結果。

 それは、ミチルの“生き方”を縛っていないか。

 不安が、胸の奥で静かに広がった。


 報酬を数え終えた紗羅が、勢いよく顔を上げた。

「ちょっと! 100Dコインって何よ! 蒼を見なさいよ! 数年分は余命力使ってるじゃない!」

「あぁ。本来は大型一体の依頼だったからな。今はそれが限界だ」

 クロは淡々と答える。

「何が“限界だ”よ! どデカいのと中型三体も追加で寄越しなさいよ!」

「そのうちな」

「キーッ! 焼き鳥にするわよ!」

「こっちの娘は相変わらずだな」

「金のことは紗羅に任せてる。クロ、焼き鳥になるなよ」

 軽口を残し、蒼たちは管制樹を後にした。

 帰り道。

 蒼はミチルの小さな手を握りながら、ぽつりと呟く。

「ミチル。俺の側にいたいって気持ち……それ、本当のミチルの気持ちじゃないかもしれない」

「ん?」

「最初に出会ったのが俺だったから、そう思ってるだけで……本当は――」

「そーちゃん、分かんない」

 真っ直ぐな返事。

 そこへ紗羅が口を挟む。

「蒼。言いたいことは分かるけど、それは自我を持った後の話よ」

「……え?」

「赤ちゃんは、必ず親の影響を受ける。親が干渉するのは当たり前。そして年月を重ねて、自分の意志が生まれるの」

「あっ……」

「だから今は、蒼がミチルの“父親”なのよ」

「父親……?」

「おとう……さん?」

 ミチルが首を傾げる。

 紗羅が肩をすくめた。

「最初はナンパかと思ったけど、今の蒼の見た目なら五歳児がいてもおかしくないわね」

「おい」

 だが、その言葉は蒼の胸を軽くした。

 一人の魂の運命を変えてしまったかもしれない――

 そんな不安を、紗羅は否定してくれた。

 干渉ではなく、始まりだと。

「紗羅。ありがとな」

「ミチル。言っておくけど、私は“お姉ちゃん”よ」

「紗羅ーっ!」

「だから、お姉ちゃんって呼びなさいよ!」

「紗羅ーっ!」

 夕暮れの道に、二人の声が響く。

 魂楽界。

 現世ではあり得ないことが、当たり前のように起こる世界。

 その中で、蒼は確かに居場所を得ていた。

 守るものがあり、帰る場所があり、隣に笑う誰かがいる。

 それだけで――

 十分だった。

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