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第2話 悪霊退治



「ヒロ兄!朝だぞ!」


「んー…」


ガラッ!と、襖が開く。閉め切ったカーテンの隙間から、朝の日差しが差し込んでいた。


「大貴と瑠奈の朝ごはんは作ってるから、あと戸締りよろしく!」


…やべ


今日俺の当番だったっけ…


バタンっと扉が閉じる音が聞こえて、バタバタと理佐が走っていく。


相変わらず元気だな。


高校から女子サッカー部に入ってる関係で、朝練があるっぽい。まだ7時にもなってないってのに、ジャージに着替えて自転車を走らせてる。


俺だったら無理だ。


そもそも、スポーツは苦手だし。


「にいちゃん起きるの遅い」


「うっせ」


「理佐姉にちゃんとお礼言った?」


「もう出てった」


「ちゃんと言わなきゃだめだよ?」


「わかってるわかってる」

 

瑠奈と大貴。俺の妹と、弟。


俺ん家は4人兄弟だった。妹と弟の他に兄貴がいて、兄貴は今県外で一人暮らしをしてる。


…ってか、目玉焼き??


理佐のやつ、いつの間に覚えたんだ?


元々料理が苦手だったから、冷凍物ばっかりを朝に食べてたんだ。当番が寝坊したりする時は。


「おい大貴、テレビ見ながらメシ食うな」


大貴は今小6だ。来年、ようやく中学に上がる。相変わらず好き嫌いが激しいっていうか、わがままばっかり言うやつで少し扱いに困ってる。性格は父さん似で、少しおとなしめな感じ。根は真面目なんだが、ほっとくとろくでもないやつになりそうで怖いんだ。ネジが一本抜けてるっていうか?ゲームばっかして勉強もろくにしないから、成績も下から数えた方が早いんだ。


母さんは基本放任主義だから、誰かが厳しくしとかないと。反面教師じゃないけど、俺が困ったっていうのもあるからさ?高校受験の時に、もっと勉強しとけば良かったって。


 

(ふわぁ…)



…ようやく起きたのかよ


俺より早く寝て、俺より遅くに起きるとか良い身分だな。ここら一帯の土地を管轄している「神」にしては、随分と情けない体たらくだ。普段からろくに仕事もしていないから、体が鈍りまくってるんじゃないか?


理佐が作った目玉焼きと、焼きたてのトーストを頬張りながら、朝の支度をした。俺は理佐と違って、朝から部活があるわけじゃない。書道部なんてほとんど趣味みたいもんだった。部員数だってそんなに多くない。少なくはないが、他の部に比べたら規模が小さい。サボっても怒られることはなかった。顧問は顧問で、剣道部との兼任っていう状況だから。


「行ってきまーす」


瑠奈とた大貴が出て行ったあと、俺は神社に行くことにした。和茶の“家”であり、職場。彼女と出会って、俺の生活はガラッと変わった。朝っぱらから学校にも行かず神社に出向くようになったのは、最近の話じゃない。


「毎日」ってわけじゃない。


学校に行く日は行くし、勉強だってちゃんとしてる。ただ、他の人と同じような日常を送っていないことは確かだった。1週間のうちに何度か山の中の神社に行って、和茶の「仕事」に付き合わされているからだ。


『悪霊退治』


説明すると長くなるんだが、要するに和茶は、『悪霊』と呼ばれる魔物を討伐する仕事に就いていて、その[担当区域]が俺の住んでいる家の周辺の土地っていう話。


端折りすぎたか?


説明しようとしても、色々ややこしくて困るんだよな…


まず“悪霊”ってなんなのかって話なんだが、これはまあ言葉通りの意味というか、「幽霊」とかそういう類のものだ。


悪霊の発生起源はまだよくわかっていないが、日本全土には得体の知れない疫病みたいなものが流行ってて、それが悪さしているらしい。


人間はもちろん、生き物全般には寿命があって、あらゆる生物は死後魂になり、黄泉の国へと行くとされている。


黄泉の国っていうのは、「あの世」のこと。


一度は聞いたことがあるんじゃないかな?


身近な誰かが亡くなった時、亡くなった人の魂が成仏して、天国に行くって。


地方によって呼び方や考え方が変わったりするから、一概には言えないかもしれない。ただまあ、要するにそういうことだ。あの世でも天国でも、呼び方はなんでもいい。生き物はみんな、死んだら「魂」になる肉体を持たない幽霊ってやつ。悪霊は、生き物の魂が魔物に進化したものだって解釈すればいい。厳密には少し違うみたいだが、俺も詳しいことはわからないんだ。


悪霊っていう存在そのものが、世界の「病気」だっていうこと以外は。



(今日は街中に行くぞ)


「は?なんで??」


(この前取り逃したΔ(デルタ)がいただろう。ヤツを追う)


「…追うって言ったって、管轄が違くね!?」


(少しくらいなんだ?ヤツらを討伐するのが私たちの仕事だろう)



…いやいや、お前の仕事な?


さらっと俺も含めんな。


「Δ(デルタ)」っていうのは悪霊の別称で、悪霊に纏わる全ての魔物を指す言葉になっている。


つい先日のことだった。


人型のデルタが出現し、管轄内のフィールドで戦闘を繰り広げていた。


手強かったんだ。


想像以上に。


結局街中に逃げてしまって、管轄の外にまで行ってしまった。そのことはもちろん、上層部には連絡した。和茶を含む、各管轄の神々を指揮する司令本部『大天門』の情報通信課には、管轄のラインを超えたために戦闘を中断したことは伝えていた。対応としてはそれで十分なはずだった。管轄を超えて戦闘を行う場合には、事前に申請を行う必要があるはずだし…



(細かいことは気にするな。ここら辺の管轄のラインは曖昧だ。それに、奴に任せておきたくはない)



「奴」というのは、隣の管轄の神のことだ。


俺が住んでいる町は、鴨島町の「山路」というところだ。


2004年(平成16年)10月1日に麻植郡の山川町・川島町・美郷村と新設合併し、徳島県第5の市である吉野川市が発足したが、神にとっての管轄はそのままだった。


川島町を管轄している神、嵐山豪鬼(あらしやごうき)は、“伏雷(ふすいかづち)“の神号を持つ神だ。


「神号」っていうのは、神に与えられる“称号”のようなもので、その数は数百万にも及ぶとされる。


「八百万の神」っていう表現があるように、日本全土の各地方に神様はいて、海や山などの自然界や自然現象を司る神々、商売や学問の神々、縁結びなど人間関係の神など、さまざまな種類がいる。



 『神道』。



日本では古来より、あらゆる自然物に神が宿ると考えられてきた。


実際に神は日常のそばにいて、人々の暮らしと環境を守ってきた神秘的な存在だった。


森羅万象に神が宿り、自然そのものの力が、神の本質的な起源にあるとされた。


自然の力は人間に恵みを与える一方、猛威もふるう。


人々は、そんな自然現象に神々の働きを感知してきた。


また、自然の中で連綿と続く生命の尊さを実感し、あらゆるものを生みなす生命力も神々の働きとして捉えてきた。


そして、清浄ななかにも威容を誇る山や岩、木や滝などの自然物にも神さまが宿るとして、お祭りをするようになった。


祭りの場所には建物が建てられ、やがて「神社」が誕生した。


和茶が神社の敷地内で力を持つことができるのは、そういった「歴史」があるからだった。


神社にまつわる歴史や“教え”そのものを神道と呼び、その神道にまつわる神々の名を与えられた者が、晴れて正式な「神」となれる。


嵐山豪鬼は元々人間だった。


和茶だってそうだ。


黄泉の国、——つまり死んで成仏した後、神になれる「器」であるかを選定される。神に相応しいものであるかどうかを見極められた後、あの世で新たな生を得るかどうかを問われるそうだった。


新たな生を得ることを了承すれば、その者は生前の記憶の一切を排除され、全く別の「魂」として現世に舞い戻ることを打診される。


神になれる者は全て、人間の頃の「時間=記録」を捨てなければならなかった。そうすることで初めて“神号”を与えられ、「神」として働くことができるようになる。


ざっくり言うとこんな感じだ。


あくまで聞いた話でだから、どこまで正確かはわからない。


嵐山豪鬼は好戦的で、かなりマッチョな体型をしていた。いかついリーゼント頭で、どこのヤンキーだよって感じの風貌だった。和茶はヤツのことを嫌ってた。理由はいくつかあるみたいだが、いちばんの理由は、“話が通じない”っていうところ。


わからなくはない。


俺も、何度か会話したことはあるし。


それはそれとして、管轄は管轄っていうルールは守らないと。


あとで始末書なんて書きたくないぜ?


言っとくが、お前だけの責任じゃなくなるんだからな?


それをわかってんのか?



(そういうとこだぞ?お前がモテないのは)


「は??」


(お前に彼女ができたのは、誰のおかげだったかな?)



…そう、俺には今彼女が3人いる。


だが、そんなクズみたいな生活を送っているのは、全部コイツのせいだった。

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