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盤上のアリス  作者: 神近 舞
第1章「白金の名人」
9/10

盤外2譜「叡帝戦と棋匠戦の行く末」

6月は一気にすっ飛ばします。夜空の対局があまり無いので。


〔一〕


 6月3日。帝位戦挑戦者決定リーグ白組プレーオフ。対局相手は師匠。ちなみに紅組もプレーオフになったようで、皆瀬二冠VS黒井七段に決まった。......この勝者が、帝位戦挑戦者決定戦に出られるんだ。振り駒の結果、皐月龍皇の先手番となった。


「定刻になりましたので、対局を始めてください」

『お願いします』


 戦型は僕から仕掛けていった。後手番一手損角換わりだ。


「......」

「......」


 そこから素早く腰掛け銀へと着手し、飛車銀桂の連携を以て攻撃の準備を行う。問題は角を打ち込むタイミングだが......。


「......ッ!」

「......むっ」


 皐月龍皇が先に角を打ち込む。狙いは......銀と飛車か。僕は金で守りを固めた後に、8筋の歩を解消する形で歩交換。その後、皐月龍皇の角がいる4筋に飛車を移動させ、角を狙う。


「......」

「......っ」


 その後の攻防で金を1枚失う代わりに銀と桂を1枚ずつ獲得。飛車を相手角の睨む場所から躱わすように逃す。


「......」

「......ッ!」


 僕も遂に角を打ち込む。皐月龍皇は金で防御し、そこから互いに攻勢をかける。互いの桂が、銀が、金が、飛車が情熱的なサンバを踊る。


「......ぐっ!」

「......」


 踊りに着いていけなくなったのは皐月龍皇だった。皐月龍皇の攻勢が長らく続いていたが、遂に攻勢が切れた。ここからは僕のターンだ。


「......!」

「クッ......!」


 皐月玉は詰ませられる。その確信を持って、慎重に考えを巡らせて一手一手を指す。そして———。


「負けました」

「ありがとうございました」


 皐月龍皇は投了した。こうして、今期帝位戦の挑戦者決定戦に挑む1人は僕に決まった。


「天橋名人おめでとうございます。勝利の決め手は何だったのでしょうか?」

「131手目の6三桂成の段階で師匠の攻めが切れたことにあると思います。その段階で師匠の玉の詰み筋が発生したため、そこを上手く突けた結果だと思います」

「紅組のプレーオフの結果は黒井七段の勝利となりましたため、次の挑戦者決定戦は黒井七段との対局となりますが、意気込みはいかがでしょうか?」

「黒井七段には先月の棋匠戦挑戦者決定戦の借りがありますため、その借りを返したいと思います」


 こうして、第61期帝位戦挑戦者決定戦は僕VS黒井七段というカードに決まった。......対師匠公式戦対戦成績、15勝7敗。


〔二〕


 6月6日。第61期帝位戦挑戦者決定戦。対局相手は黒井七段。......この対局の勝者が、広島帝位に挑戦出来るんだ。振り駒の結果、僕の先手番となった。


「定刻となりましたので、対局を始めてください」

『お願いします』


 戦型は相掛かりからの角換わりになった。力戦調になり、玉を簡単に囲えない。斜めの線で隙間が生まれ、どこにどのタイミングで角を打ち込むかが鍵を握る———直感的にそう感じた。


「......ッ!」

「......ふふっ」


 僕は黒井七段の陣と金を狙う位置に角を打ち込む。当然金は避けられるが、この位置に角がいるだけでも牽制になるから良い。そして再び小競り合いが続く。その刹那———。


「......ふふっ!」

「むっ......」


 黒井七段が角を打ち込んだ。この位置は———自玉を守れる位置でもありながら攻撃にも転じることの出来る好位置だった。その後も小競り合いが続くが......。


「ふふっ......」

「......」


 黒井七段が執拗に僕の飛車と角を狙う。それならこちらも......。


「......」

「......ふぅ」


 安い挑発に乗った結果、角を得られた代わりに龍を作られてしまった。仕方ない......このまま攻勢に出るしか......!


「......ッ!」

「......」


 しかし、黒井七段の玉は僕の攻撃をのらりくらりと躱していく。黒井陣を黒井玉が抜け出した頃で僕は攻撃が出来なくなってしまった。そのタイミングを待っていたとばかりに黒井七段が僕に攻撃を仕掛けてくる。


「......ぐっ」

「......ふふっ」


 狭い空間を逃げ惑う。黒井七段の駒が僕の玉を攻め立てる。歩が、と金が、銀が、金が、玉が、桂が僕の玉の邪魔をする。......薄々気がついているのだ。終局が近いと。それでも必死に抵抗する。負けるのは、それだけ辛いことだから。


「......負けました」

「ありがとうございました」


 144手目、2八にいる僕の玉に対する1七角打の王手を受けて僕は投了した。僕は今期もまた帝位戦挑戦者決定戦で敗退し、第61期帝位戦挑戦者は黒井七段となった。......我が今年度成績、11勝4敗。


「黒井七段、おめでとうございます。この対局を以て広島帝位への挑戦を決めましたが、何か意気込みはありますか?」

「はい、そうですね。えー......今自分の出せる本気を出せれば良いかな、と思います」

「本局の勝因は何だったのでしょうか?」

「そうですね......主導権を握り続けられたのが大きな要因だったかな、と思います」

「天橋名人お疲れ様でした。本局の敗因は何だったのでしょうか?」

「黒井七段の得意な状況に誘導されて、そこから抜け出せなかったこと、これに尽きると思います」


 ......対黒井 創太公式戦対戦成績、2勝2敗。


〔三〕


 6月9日。第91期棋匠戦第一局。真辺棋匠VS黒井七段。世間が黒井七段に期待を寄せる中、黒井七段は妙に落ち着いていた。僕はAlemaTV中継の解説役として参加していた。聞き手は広見女流帝位と千秋さんだったが、僕は基本的に千秋さんとしか組まなかった。戦型は角換わり早繰り銀となった。


「......夜空、ここで角を打ち込んだらどうなる?」

「そこで打ち込んだら黒井七段の思うツボかと。むしろ黒井七段は、そこに誘導しているんですよ」

「成る程......興味深い」


 僕らが解説をしている中、Alemaのコメントが見えてくる。


『流石東西の垣根を超えたカップル。互いの意思疎通が完璧だ』

『白金の名人と女流最強はラブラブっと......メモメモ』

『夜空名人今日も可愛いです!』

『千秋先生こっち見てー!』

『絶対棋力とビジュアルで選んだだろこの2人』


 最早誰も解説を聞いていない。というか誰と誰がカップルでラブラブだよ。千秋さんに失礼だろうに。ちょっと待て誰だ、僕を可愛いって言ったヤツ。出て来い。


「おっと、動きましたね。成る程、そう来ましたか」

「この先を少し検討してみましょうか」


 その後、激しい攻防の末に勝利したのは黒井七段であった。黒井七段は棋匠獲得に1歩近づいた。


〔四〕


 6月21日。第5期叡帝戦第七局。皆瀬叡帝VS広島帝位。ここまで皆瀬叡帝3勝、広島帝位3勝という、両者フルセットの状況だ。僕はワクテカ生放送———「ワクテカ動画」という動画サイトの生放送———の解説役として参加していた。聞き手は北山撫子と、なんと陽咲だった。「僕の弟子であり、尚且つ16歳女性で1級」という話題性からチョイスされ、僕は基本的に陽咲としか組まなかった。戦型は相中飛車になった。ワクテカ生放送のコメントが流れてくる。


『天橋名人の弟子と聞いて』

『女性で既に1級ってマ?』

『師匠も弟子も美人すぎる』


 こんなに僕の弟子が話題性を持つとは......というか陽咲はともかく僕が美人(・・)ってどういうことか教えてほしいなぁ?


「師匠、この局面だとこの手が良いような気がします」

「そうだね陽咲。そこから進んでみて」

「はい。こうで、こうで、こう行って、こうなって......」

「良いね。よく勉強出来てるね」

「えへへ......ありがとうございます」


 陽咲は飲み込みが本当に早い。僕の教えをただそのまま吸収するのではなく、そこから更なる学びを得ている。これだから教え甲斐がある。


『師弟じゃなくてなんだか恋人同士みたいだなw』

『それなw』

『天橋名人!望月先生とは遊びだったのね!』

「コメントの皆さん?色々おかしくないですか?」

「恋人同士......師匠と......」

「陽咲?陽咲も否定しようよ、ねぇ?」

『有栖川1級満更でもなさそうwww』

『名人、気付いて!弟子に狙われているよ!w』

『鈍感名人、弟子の機微に気付かず()』


 言いたい放題だなぁ......全く。その刹那、皆瀬叡帝が投了する。こうして、第5期叡帝戦は4勝3敗で叡帝位を奪取して幕を閉じた。


「皆瀬叡帝投了。広島帝位の勝ちでございます」

「広島叡帝、おめでとうございます。皆瀬玉座、お疲れ様でした」


 その後、僕たちは最終局面を検討する。


〔五〕


 6月28日。第91期棋匠戦第三局。ここまで真辺棋匠0勝、黒井七段2勝という、真辺棋匠がカド番に追い込まれている状況だ。僕はまたAlemaTV中継の解説役として参加していた。聞き手は南天童桜華と桜だったが、僕は基本的に桜としか組まなかった。戦型は相矢倉になった。


「お兄ちゃん、この局面厳しいね......」

「面倒な局面であることに変わりはないからね......」

「こう指したらこうなってこうなってこうなるでしょ?」

「そうだね。こう指したらこうでこうでこうだね......」


 僕らが解説をしている中、Alemaのコメントが見えてくる。


『兄妹解説和むわぁ』

『実家のような安心感』

『時折桜女流三冠が獣のような瞳になっているは気のせいか?』


 不思議なコメントが見えたがスルーする。局面も難解なモノになっていたので思考する......。これは———。


「......△3一銀か?」

「えっ?3一銀?3二金じゃなくて?」

「何となく......本当に何となくなんだ。金じゃなくて銀が良い気がする」


 その確信に応えてくれるように黒井七段が指した手は△3一銀。


『はっ?』

『マジで言ってる?』

『今のなんで気づけたんだ......?』


 それから休憩を挟み、最終局面で交代した頃には真辺玉が追い詰められており、世代交代が始まる音が響いていた。数手進んだが......。


「これは真辺棋匠厳しいですね......」

「お兄ちゃん......これは......」

「次の手は投了かもね」


 僕の預言通り、真辺棋匠は投了。第91期棋匠戦は黒井七段の3勝0敗で終わり、黒井新棋匠の誕生で幕を閉じた。

第79期順位戦A級棋士(順位付き)


1位: 広島 雅之二冠(叡帝・帝位)

2位: 皐月 芳治龍皇

3位: 神内 智之九段

4位: 武藤 泰光九段

5位: 真辺 晃二冠(棋帝・玉将)

6位: 永井 達也八段

7位: 吉谷 徹郎八段

8位: 加藤 甘彦九段

9位: 皆瀬 琢也玉座

10位: 牧村 大地八段

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