表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
盤上のアリス  作者: 神近 舞
第1章「白金の名人」
6/10

第6譜「緒戦を歩む」

今話は短めです。


〔一〕


 玉座戦......。一般棋戦時代が長く、タイトル戦になるのが遅かった棋戦だ。1日制のタイトル戦の中で最も短いチェスクロック制(秒数単位で持ち時間を計測するシステム、対称的に分数単位で持ち時間を計測するシステムをストップウォッチ制という)の5時間という持ち時間のタイトル戦である。翌日、5月26日。玉座戦挑戦者決定トーナメント2回戦。対局相手は進藤 晋太郎(しんどう しんたろう)八段。前期順位戦では成績不振でA級からB級1組に陥落してしまったが、今期龍皇戦では2組2位の成績となり、今期挑戦者決定トーナメントに登場すると共に、来期は1組への昇級が決まっている。


「定刻になりましたので、対局を開始してください」

『お願いします』


 戦型は僕の居飛車穴熊VS進藤八段のゴキゲン中飛車となった。僕は桂と銀、飛車を活かした攻撃を行うが———。


「......ッ!」

「むっ......」


 見事なまでに受けられてしまう。これでは攻撃が出来ない。そう思っていると進藤八段からの攻撃が始まった。


「......」

「......くっ」


 角と銀で守ってみるが、のらりくらりと避けられてしまう。たちまち僕の穴熊は崩壊を始める。持ち時間を使うが、ここから先を打開する方法が全く思いつかない。......ここまでか。


「負けました」

「......ありがとう、ございました」


 対局終了後、進藤八段と話す時間があった。


「天橋、お前対局中ずっと上の空だったぞ。何かあったのか?」

「進藤さん......あぁ、その件ですか......」


 実はある理由で、対局に集中出来ない理由があった。まぁ、あまり責任を転嫁したくないのだが......。


「その......自分の身以上に弟子のことが不安になりまして......」

「有栖川1級のことか。それにしても変わらないな、お前」

「変わらない......とは?」

「お前は名人獲るまでずっと生き急いでいたような感じがしたんだよ。まぁ、お前の経歴を知る身としては分からんでもないけどさ......」

「......」

「親父さんはお前ら兄妹が6歳のときに過労死、お袋さんは日勤とはいえ近衛兵。そんな不安な状態で家族の生活費を自分で稼ぐために将棋棋士になった。将棋での稼ぎ、ほとんど自分に入れてないんだろ?」

「......母と妹のためですから」


 僕が受け取った対局料は基本的に生活費にしか充てておらず、自分のために使ったのはほとんど無い。自分自身に万が一(・・・)があったときのために2人が苦労しないように少なくとも5,000万円以上は貯蓄してある。


「名人になって少しは安定したと思ったら今度は弟子ときたもんだ......有栖川の分まで面倒を見るつもりなんだろう?」

「......陽咲に不要な負担を与えたくないので」

「天橋、少しは自分を可愛がっても良いんだぞ?むしろそうするべきだ」

「......」

「そうだな......お前、高校生活楽しいか?」

「......楽しいですよ」

「嘘だな。お前は体面を意識して高等部に進学したし、出来るものなら大学にも進学しようと考えている......何の目標も持たないままでな」


 ......進藤さんは勘が鋭いな。


「天橋、本当にそのままで良いのか?」

「......と、言いますと?」

「3年間しか無い高校生活、そんな考え方で過ごすつもりか?きっと天橋妹や有栖川が知ったら悲しむぞ」

「......悟られないようにはしていますので」

「......ハァ、今度の対局、皐月さんとだっただろ。コッテリ絞られてこい」

「まさか、告げ口するつもりですか!?」

「当たり前だ。お前にはまだまだ足りないことが多すぎる。自己の在り方とか、な」

「......」


 僕は......どう在るべきなのだろうか。


〔二〕


 翌日、5月27日。芸術選択の音楽Iを履修中のことだった。いつメンの中だと、音楽を取っているのが僕、平沢さん、時透さん。書道を取っているのが桜、陽咲。美術を取っているのが黒田くんだ。工芸を取っている人はいない。僕たち音楽組は音楽テストを受けていた。どういうものかと言うと、課題曲を教師の前で個別に歌うと言うものだ。ちなみにA組はB、C、D組と合同で受けている。この中でも僕があいうえお順で最初だったので、僕は真っ先に音楽準備室に向かい、入る。


「天橋です。課題曲を歌います」


 僕は冷静に歌う。メロディも、リズムも、ハーモニーも正確に。決して余計な感情は入れない。


「......天橋くん。満点評価で良いんだけどね?」

「......何でしょうか?」

「貴方の音楽は機械的すぎるわ。音楽の真髄は心にあるのよ?授業ではそれで良いかもしれないけれど、音楽の楽しみを理解するためには、まずは心を解き放って歌うことが大切よ」

「......はい」


 心から.....か。それでも......。


「それでも僕は......自分だけのモノじゃないんだ......」


〔三〕


 翌日、5月28日。帝位戦......。2日制タイトル戦の1つであり、予戦にシード者が存在しないという珍しいシステムを導入している棋戦だ。挑戦者決定リーグでは紅組と白組に振り分けられ、残留者各2名と予選進出者各4名のリーグ各6名で戦うシステムである。帝位戦挑戦者決定リーグ白組最終局。僕は現状4勝0敗。対局相手は現状3勝1敗の師匠こと皐月龍皇。この対局で僕が勝てば全勝で白組優勝により挑戦者決定戦出場、負ければ前期挑戦者決定戦登場者の僕と前期リーグ残留者たる師匠でプレーオフをして挑戦者決定戦登場者を決めることになる。僕の脳裏には一昨日の言葉がこびりついていた。


『少しは自分を可愛がっても良いんだぞ?むしろそうするべきだ』

『お前は体面を意識して高等部に進学したし、出来るものなら大学にも進学しようと考えている......何の目標も持たないままでな』

『3年間しか無い高校生活、そんな考え方で過ごすつもりか?きっと天橋妹や有栖川が知ったら悲しむぞ』

『お前にはまだまだ足りないことが多すぎる。自己の在り方とか、な』


 ......余計なお世話だ。僕の人生は皆のためにある。僕個人だけのものではないのだから、僕自身が独善的に濫用して良いものではない。


「定刻になりましたので、対局を初めてください」

『お願いします』


 戦型は相矢倉で進んだ。その後、僕は腰掛け銀、師匠は早繰り銀に展開する。どちらもスピードが勝負となるが———。


「......」

「......ぐっ」


 師匠の銀と桂が僕よりも早い......!防御は......ギリギリ間に合いそう......!


「......」

「......なっ」


 ここでマジックか!師匠のマジックは僕の現在の防御陣の最も弱い点を突いた。防戦一方になる。


「......」

「うっ......」


 僕の防御陣が崩壊を始める。僕の玉は......ギリギリ生き残れる!入玉を目指してでも———あっ!


「......」

「......ぐっ」


 これは入玉をさせるのが狙いだ!それ以外の選択肢が取れない状況に追い込んで、詰ます狙いだ!逃げ方を間違えたら即詰みになってしまう!逃げろ......逃げろ......逃げろ......!......ダメだ。


「......負けました」

「ありがとうございました」


 負けた......完敗だった......これで白組ではプレーオフを行うことになった。対局終了後、師匠と話す時間があった。


「進藤くんから聞いたよ......夜空、自分としての目標はあるのかい?」

「......タイトルを獲って、棋界を生き残ることです」

「本心から言っているように聞こえないね。どちらかと言えば『家族のために1戦でも多く戦う』と言ったところか」

「......」

「夜空、あの頃の将棋を楽しんでいた君はどこへ行ったんだい?」

「......」

「君がシガラミに囚われていなかった頃、君はただ純粋に将棋を楽しんでいた。その姿が過去の私に似ていたから......将棋が指せなくなると知って、放って置けなくなって君を弟子にした。しかし、今の君は君自身を見ていないように見える。君が指す将棋からは『楽しさ』が失われている。今のままでは、君は潰れてしまうよ」

「......良いじゃありませんか」

「......何だって?」

「私はもう既に私だけのモノではありません。多くの人間によって支えられ、多くの人間が期待を寄せている。私は彼らを裏切るなんて出来ない。蔑ろにも出来ない。私の在るべき姿は、私ではなく皆が決めることなのですから」

「......夜空」

「師匠、もう僕は後に戻れないんです。僕が僕で在るためには、それこそ棋界を引退した後でしょうね」


 僕にはもう個である資格なんて無い。公の身としての責任と振る舞いが必要な以上、個なんて不必要だ。僕は師匠から離れるように去っていく。


「今年度成績......9勝3敗......か」


 僕は名人。ただの棋士ではないのだ。

人物紹介05


皐月 芳治(さつき よしはる)

1970年9月27日生(49歳)

段位: 九段

保有タイトル: 龍皇

順位戦A級

通算タイトル獲得期数: 100期[龍皇9期(89, 92, 94-95, 01-02, 17-19)名人9期(94-96, 03, 08-10, 14-15), 帝位17期(93-01, 04-06, 11-15), 玉座24期(92-10, 12-16), 棋帝13期(90-01, 04), 玉将12期(95-00, 02, 04-08), 棋匠16期(93前-95, 00, 08-17)]

一般棋戦優勝回数: 45回[日本杯3回(90, 92, 98), 旭日選4回(03-06), 旭日杯4回(09, 11, 13, 16), 星河戦5回(00-01, 04, 06, 12), 公共杯11回(88, 91, 95, 97-98, 00, 08-11, 18), 金冠杯6回(91, 98, 03, 10-11, 15), 早指戦3回(92, 95, 02), OS戦4回(88, 91, 00, 02), 天帝戦2回(87-88), 新鋭戦1回(88), 若龍戦2回(87, 89)]

通算棋戦優勝回数: 145回[通算タイトル獲得100期, 一般棋戦優勝45回]

永世龍皇・十九世名人・永世帝位・名誉玉座・永世棋帝・永世玉将・永世棋匠資格保有

名誉公共杯選手権者資格保有

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ