表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
盤上のアリス  作者: 神近 舞
第1章「白金の名人」
5/10

第5譜「学院での大敵」

2020年という舞台設定の関係上、教科名は旧課程(2012年度〜2021年度)のモノを採用しています。


〔一〕


 5月11日、学校にて。あの日の対局のことを知っている生徒は皆口を噤んでいた。負けたことを聞くのは失礼に値すると思ったからだろう。今日は桜はいない。明日から女皇戦第三局があるからだ。


「夜空くん!」


 そんなことを考えていると、陽咲が駆け寄って来て話しかけてくる。


「先週はお疲れ様でした......黒井七段相手にあんなに翻弄されるなんて......」

「あれは大変な対局だったよ......同じ人間を相手にしていない気分だった」

「私も不安になりすぎて......次の日の奨励会で———」


 まさか、3連敗したのか!?


「師匠の仇ー!と思って3連勝しました」

「心配した僕の感情を返してくれないかい?」


 まぁ、負けなくて良かった。最悪B(降級点)が付かなければ良い。Bが付いたらメンタルにクるからね......。


「夜空くん、そろそろあの時期(・・・・)ですよ?」

「あー......うん、分かってる。......嫌だなぁ」


 あの時期とは1学期中間考査(テスト)のことである。たとえ対局で潰れても別日(主に土曜日)に試験を受けさせられるため、この時期は対局に加えて勉強もしなくてはいけないので面倒だ。しかも、この渋谷中央学院は国立ということもあってか特殊であり、高1から文理選択がある———僕、桜、陽咲は3人共理系選択である———ため、それぞれ文系・理系専門のやり方で教科を選択することになる。


「僕たち、理科は物理・化学選択だったよね?」

「そうですね」

「......社会は?」

「私は1年次が『世界史A』、2年次以降が『日本史B』選択ですね」

「......終わった」


 僕の選択は「世界史A」と「地理B」。桜の選択は「地理A」と「世界史B」であるため、社会であまり2人を頼れないことが確定した。何故絶望しているのかって?僕は社会(特に地歴)が大の苦手だからだ。平沢さんたちを頼らないのかって?あの3人は文系選択かつ歴史オタクなので1年次が「地理A」、2年次以降が「日本史B」・「世界史B」と選択しているため頼りにならない。


「......後で世界史教えて。不安すぎる」

「分かりました。ふふっ、いつもと逆ですね」


 中等部の赤点は40点だったが、高等部の赤点は50点。平均は60点付近になるよう調整されているため、約35%の生徒が赤点をとるようになっている。追試になったら時間を大きく費やすことになるため面倒だ。将棋の研究時間が大幅に削れるのは痛い。


「あぁ......世界史嫌だぁ......」

「あはは......」


 その後ホームルームにて、中間考査の時間割が告げられた。1日目が1限「数学I」2限「理科選択1(僕の場合は物理基礎)」3限「英語表現I」、2日目が1限「科学と人間生活」2限「数学A」3限が「国語総合」、3日目が1限「コミュニケーション英語I」2限「理科選択2(僕の場合は化学基礎)」3限「社会選択(僕の場合は世界史A)」である。我が宿敵世界史は3日目の3限というキツい場所に設定されてしまった。5月20日から22日の3日間になったが、僕としてはこれはマズい。何故なら5月18日と19日に名人戦第四局があるからだ。


「め、名人戦が......」

「あはは......お疲れ様です」

「よっしゃあ!早期決着して勉強時間確保してやらぁ!」

「頑張ってください」

「将棋と学問両方の勉強をすることになるとは......もう慣れたけどさ......陽咲?プロになったらね、将棋の研究も学校の勉強も両立しなきゃいけないんだよ?」

「あ、あはは......」


 どっちも負けてたまるもんか!


〔二〕


 あの後、桜は3連勝で女皇を防衛した。そして来たる5月15日、第33期龍皇戦ランキング戦1組決勝戦。龍皇戦......。九段戦、十段戦を発展解消した後に誕生した棋戦。予選となる1組から6組のランキング戦の結果次第で挑戦者決定トーナメントに参加出来る棋士を決めるという制度がある独特な棋戦だ。プロ入りした棋士は基本的に6組に配属されるが、名人戦と違い最下級の6組の棋士でも挑戦出来る可能性のある棋戦だ。多くの棋士は名人と共にこの龍皇のタイトルを望む。今回の対局相手は安田 政隆(やすだ まさたか)九段。師匠や武藤会長、神内九段をはじめとする「皐月世代」の1人で、前期A級順位戦にて成績不振で今期はB級1組に降級。それでもタイトル獲得通算6期、一般棋戦優勝7回の実績は大きい。正直僕は早く勉強がしたい。それでも対局で気を抜くなんてあり得ないし、それは安田九段に対する冒涜だ。それに、僕はこの龍皇戦ランキング戦1組には特別な思い入れがある。第27期龍皇戦挑戦失敗以降、1組に昇級した僕は、龍皇戦1組で5期連続で優勝している。特に4度目の優勝は僕の八段昇段のきっかけとなった。その後、挑戦者決定三番勝負で1勝2敗で敗れているのもお約束と化している。今期こそは打破したい、そう考えている。1組決勝登場者は勝者が1組優勝者として、敗者が1組2位として挑戦者決定トーナメントに登場する。


「定刻になりましたので、対局を始めてください」

『お願いします』


 戦型は相雁木となった。おおよそ30手程まで相掛かり模様となり、どこで仕掛けるか見極めているところである。......ここで動いてみるか。


「......ッ!」

「......」


 銀による挑発。安田九段はこの挑発にしっかりと乗ってきた。ここからは激しい攻防戦が始まる。銀が踊る。桂が跳ねる。飛車が回る。角が舞う。安田九段は僕の駒たちの演舞曲に翻弄されていく。その結果———。


「......負けました」

「ありがとうございました」


 安田九段は僕の舞について行けなくなり、投了。僕は安田玉を13手詰めの局面にまで持っていき、負かすことが出来た。これで僕は6期連続で龍皇戦1組優勝となった。


「天橋名人、おめでとうございます。これで6度目の龍皇戦1組優勝となりましたが、感想はございますか?」

「ありがとうございます。私としても嬉しい限りです」

「これまで累計8度挑戦者決定三番勝負に出場しておりますが、今期の目標はありますか?」

「師匠から龍皇を奪取する、この言葉に限ります」


 第25期に参戦して以降、一度も欠かさず挑戦者決定三番勝負に登場しているが、僕が龍皇戦挑戦に至れたのは第27期の1回だけだ。


「安田九段、お疲れ様でした。今期は1組2位で挑戦者決定トーナメントに参戦することになりますが、今期の目標はございますか?」

「皐月龍皇に挑みたいですね」


 今期こそは、龍皇戦に再挑戦したい。......負けたくない。


〔三〕


「負けました」

「ありがとうございました」


 5月19日、名人戦第四局2日目。僕は1日目からフルスロットルで急戦を仕掛け、広島帝位の持ち時間を大幅に削ることに成功(1日目終了時点で僕が7時間12分、広島帝位が1時間28分)。その後、午前中で1分将棋になった広島帝位が間違え、その隙を逃さずに追撃。昼休憩を挟むこと無く広島帝位が投了。2日制タイトル戦史上最速の終局となった。その後、広島帝位と話す機会があった。


「広島帝位......今回は焦らせるような対局にしてしまってすみません......」

「いや、構わないさ。俺が勝手に焦ったのが悪いんだから。君だって明日からテストがあるんだろ?」

「はい。今から新幹線に乗って勉強します」

「負けるなよ。将棋も、勉強も」

「はい。ありがとうございます」


 僕は函館の五稜郭特設会場から電車を経由して新幹線に乗る。僕は必死に教科書と資料集を開いて知識の再確認する。


「今回の範囲は大航海時代......コロンブスとヴァスコ・ダ・ガマ、アメリゴ・ヴェスプッチ、マゼランの航路はこれで......スペインとポストガルによる東西領土分割に関する条約はトルデシリャス条約......主要な場所はリスボン、セウタ、アゾレス諸島、希望峰、カリカット、サンサルバドル島、マゼラン海峡、モルッカ諸島、モザンビーク、マラッカ、マカオ......」


 国数英理は問題無い。世界史だけがネックなんだ......!暗記はあまり得意では無い。将棋や人間関係に関することは容易に暗記できるのだが、それ以外の暗記は苦手だ。僕の脳は社会の丸暗記については対して機能してくれないのだ。


「......大丈夫かな」


 前途多難である。


〔四〕


「それでは、試験開始」


 翌日、5月20日。遂に1学期中間考査が始まった。


『1限: 数学I』


 数学は得意教科なので発展問題がやってきても問題無い。計算式の不備を確認する。よし、間違いは無い。


『2限: 物理基礎』


 理科も得意科目だ。特に物理は数式のオンパレードだから、僕の得意分野だ。


『3限: 英語表現I』


 英語には様々な表現がある。日本語と同じように、思ったより多種多様な表現があるので面白い。


「試験止め!」


 1日目の試験が終了する。今回の手応えは上々。問題無いだろう。帰ったら世界史の復習をしないとな......。


「国語なんて......滅びれば良いんです......」

「......陽咲は国語が苦手なんだね......」

「夜空くぅん......助けてくださぁい......」

「あはは......」


 2日目。


『1限: 科学と人間生活』


 この教科は理科の中でも特殊で、物理・化学・生物・地学の基礎的部分を学習するものだ。理科で苦手な部分は特に無いので問題は無い。


『2限: 数学A』


 数学Iは整式の展開・因数分解等の問題が出たが、数学Aでは集合や確率等に関する問題が出てくる。まぁ、これぐらいならば僕の敵では無い。


『3限: 国語総合』


 国語というものは、論理の組み立て方と文章力を学ぶものだ。筆者の思いというモノは、前後の文章から論理的に組み立てれば良いのだ。


「試験止め!」


 2日目の試験が終了する。今回の手応えも上々。少し国語が不安だが問題無いだろう。そして明日は因縁の世界史がある。負ける訳にはいかない......!


「国語......ダメでした......赤点になったかもしれません......」

「......もしそうなったら奨励会が無い日に調整してもらおうね」


 3日目。


『1限: コミュニケーション英語I』


 英語というものはパズルに近い。一定の法則性に則って文章を綴れば、綺麗な英語が出来上がるのだから。


『2限: 化学基礎』


 化学は反応や事象を理解出来れば、自ずと式を構築出来る。必要なのはイメージを掴むことと化学式を編み出すことだ。


『3限: 世界史A』


 遂に僕の宿敵が現れた。社会......特に地歴は暗記の連続だ。僕は専門外の部分の暗記が苦手だ。それでも、やるしかない。......。


「試験止め!」


 終わった......やっと終わった......世界史は......なんとか喰らいつけたかな......。


「夜空くん......真っ白になってますね......」

「ははは......もう疲れたよ......」


 社会......大嫌い......。


〔五〕


 翌週、5月25日。少し前に、陽咲はなんと3連勝して1級に昇級していた。この話をされたときに僕は驚愕すると共に、もうすぐ段位が見えていることに喜びを覚えた。この学校の教師は仕事が出来るので、次の週のホームルームのときに全教科の考査結果が帰ってくる。桜庭先生がA組40人分のテスト結果が入ったファイルを持ってきた。


「はーい!中等部上がりの子たちはもう恒例になってると思うけど、考査結果を返していきまーす!高等部編入組の子たちに説明すると、この学校では考査結果をホームルームで一斉に返していきます!それでは天橋くんから!」

「はい」


 僕は緊張しながら9教科分のファイルを受け取る。結果は......。


国語総合: 97/100

数学I: 100/100

数学A: 100/100

コミュニケーション英語I: 100/100

英語表現I: 98/100

国数英合計: 495/500(2位/320人中)

科学と人間生活: 95/100

物理基礎: 100/100

化学基礎: 100/100

世界史A: 60/100

全教科合計: 830/900(16位/320人中)


 60点!危ない!赤点回避!総合は上位5%......まずまずだな。


「......」

「......?陽咲?どうしたの?」

「夜空くぅん......赤点とりましたぁ......」


 陽咲の考査結果まとめ用紙と答案用紙を見ると、国語総合が46点と赤点になっていた。


「あぁー......ドンマイ」


 陽咲の総合成績は56位。他の8教科は高いが、国語総合が足を引っ張ってしまった結果である。


「ウガー!」

「黒田くん!?どうしたの!?」

「6点落としたー!」

「あぁ......いつものか」


 僕たちいつメン(僕、桜、陽咲、平沢さん、時透さん、黒田くん)の中で一番成績が良いのは実は黒田くんだ。今の発言は総合で6点()落としたということだろう。今回もどうせ1位だろう。


「天橋くん......」

「あまばっち......」

「ん?どうしたの?」

『数学教えて......』

「......ちなみに何点?」

「数学I、38点......」

「数学A、36点......」

「......そっかぁ」


 ちなみにいつメンで勉強が出来ないのは平沢さんと時透さんである。総合順位は平均程度だが、2人とも数学がダメダメなのである。基本的には僕に、僕が対局でいないときは黒田くんに教えてもらっていることが多い。しかし、黒田くんの教え方は———。


『パンパカパーンって感じだ!』


 というように、全く頭に入らないせいで「多忙でもしっかり頭に入る教え方をしてくれる」という理由で大抵僕を頼ってくる。ホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴ったと同時に桜が入ってくる。


「お兄ちゃぁん!英語教えてぇ!」

「......何点?」

「コミュ英は67点だけど、英語表現が49点なんだよぉ!」

「......世話が焼ける」


 僕の勉強は終わらない......。

学校紹介


日本皇国立渋谷中央学院

東京府東京市渋谷区にある国立の中高一貫共学校。中等部偏差値は75、高等部偏差値は80。略称は「渋セン(“Shibuya Central Academy”より由来)」

京都府京都市伏見区にある伏見宮学院(ふしみのみやがくいん)(同じく国立の中高一貫共学校。中等部偏差値は77、高等部偏差値は81。略称は宮学(みやがく))とはライバル関係にある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ