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盤上のアリス  作者: 神近 舞
第1章「白金の名人」
2/10

第2譜「名人戦第一局」

この世界は史実と異なる世界を進んでいます。そこまで本作品に深く影響はありませんので「あっ、そうなんだ」程度で考えていてください。


〔一〕


 放課後、僕と陽咲は千駄ヶ谷の将棋会館を訪ねていた。理由は師弟関係を正式に登録するためである。


「失礼します、天橋です。武藤(むとう)会長はいらっしゃいますか?」

「天橋名人か。私はここだ。免状を書きに来たのか?」

「それもありますが......一番の目的はこっちです」

「こ、こんにちは。武藤会長」

「有栖川3級か。遂に師匠が見つかったか?」

「師匠は自分です」

「......本気か?」

「本気です」

「......分かった。師弟登録をするからちょっと待っててくれ。天橋は免状を書いててくれ。皐月は対局中だから」


 武藤 泰光(むとう やすみつ)九段。かつて、僕の師匠とタイトル争いをしていたレジェンド棋士だ。会長職を務めておりながら自身は順位戦A級・龍皇ランキング戦1組に在位している強豪棋士である。昨年は龍皇ランキング戦1組準決勝で対局し、ギリギリ僕が勝利した。


「武藤九段って本当に豪快な人ですね」

「そうだよ。ああ見えて体は筋肉ムキムキなんだよ」

「そこー聞こえているぞー」

「わざと聞かせてるんですよ」

「全く......」


 僕はアマチュア免状に署名を開始する。「会長 武藤 泰光」のすぐ横に「名人 天橋 夜空」と筆で署名する。あとは師匠が「龍皇 皐月 芳治」と署名すれば終了だ。これを何度も繰り返す。1年近くやってきたのでもう慣れた。


「師匠、字も綺麗ですね」

「下手っぴだったら恥をかくのは自分だからね。小学生の頃からしっかり練習してきたよ」


 取り敢えず今日の分はこれで以上だ。思っていたよりも多かった。僕がもう名人を名乗れない可能性もあるために、申請が多くなっているのだろう。


「天橋、有栖川、ペンと印鑑はあるか?」

「はい。持ってきてます」

「私も持ってきてます」

「よろしい。この紙に署名と押印をしてくれ」

「はい」

「分かりました」


 先に僕が師匠の欄に署名と押印をする。その後に陽咲が弟子の欄に署名と押印をする。最後に会長が署名と押印をする。これで正式に連盟に認めてもらい、僕と陽咲の師弟関係が成立した。


「これでお前たちは正式に師弟関係となった。有栖川、これからも精進しろよ?天橋は有栖川をしっかり支えるんだぞ?」

「無論です」

「ありがとうございます!」


 これからは陽咲は正式に僕の弟子だ。さて、僕が最初にやるべきこと、それは———。


「僕は明日から名人戦でここを離れることになる。だから、僕の戦いを見ていてほしい」

「分かりました!師匠の戦いを参考にさせていただきます!」


 僕の戦いを弟子に見せることだった。


〔二〕


 名人戦第一局。今回は東京府東京市千代田区にある皇居離宮特別会場にて開催される。挑戦者は広島 雅之帝位。タイトルホルダーは僕、天橋 夜空名人。検分作業を開始する。宮内省職員がカメラや照明、外部環境等の調整を行う。お互いに問題ないと判断したタイミングでOKの合図を送る。


「楽しい対局にしようね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 軽く話す。タイトル戦常連の棋士相手に決して油断は出来ない。広島帝位は10回以上タイトル戦をこなしているのに対して僕は今回でやっと3回目だ。プロ入り1年目のときの龍皇戦、前期の名人戦、そして今期の名人戦。とてもじゃないが精神力では広島帝位に負けている状況だ。将棋の経験値だってそうだ。彼は長い時間をかけてタイトルを獲得したのに対し、僕がかけた時間は短い。経験の差が勝負を言うことになりかねない。ならばどうするか?実力でねじ伏せるしかないだろう。


「それでは前夜祭の準備に入ります」


 色々と考えていると、前夜祭の準備に入った。皇居離宮で行うこともあってか、皇族の御方々と御対面した。そして、スポンサーによる前夜祭の開催宣言が始まる。


「これより、第78期名人戦の前夜祭を開催致します。はじめに、天皇陛下より御言葉がございます」


 普段はこんなこと無いのだが、皇居離宮で開催するにあたって、天皇陛下より御言葉をいただくことになったのである。


「天橋 夜空名人。広島 雅之帝位。両者の名人戦での健闘を祈ります。9日並びに10日にて開催される第一局にて、美しい将棋が見られることを期待します」

『仰せのままに』


 僕と広島帝位はそう言って、最敬礼を陛下に返した。その後はつつがなく進んでいき、意気込みを発表することに。まずは挑戦者の広島帝位から。


「天橋名人は将棋界に新たな光を生み出した存在であり、現在の将棋界を担う第一人者です。そんな天橋名人に挑戦出来ることが、この上ない光栄であり名誉であると痛感しています。明日からの対局では広島 雅之の全てをぶつけるつもりで臨みます」


 パチパチと盛大な拍手に場が支配される。この後に言うのが緊張するな......。次にタイトルホルダーである僕。


「広島帝位は将棋界の先達として、尊敬に値する棋士の1人であり、多くの対局を見てきました。胸を借りる気持ちで対局に臨むと共に、私の今持てる全ての力を発揮していきたいと思っています」


 再度パチパチと盛大な拍手が起こる。今回の名人戦第一局揮毫は、僕が「邁進」、広島帝位が「猛追」となった。


〔三〕


 4月9日の朝。僕は朝食を食べた後に和服に着替える。この和服は師匠が仕立ててくれたものであり、お気に入りの和服だ。僕の名前である「夜空」を象徴するような藍色と紺色の構成。この和服は僕の一番のお気に入りだ。陽咲に自分の将棋を見せると言ったのだから、美しい将棋を見せなければ。


「......広島帝位は到着したみたいだね。僕も向かおう」


 広島帝位に遅れること約5分。タイトルホルダーである僕が上座に座る。正立会人の神内 智之(かみうち としゆき)九段の立ち会いの下、対局が行われる。


「天橋名人の振り歩先で振り駒します。......歩が3枚のため、天橋名人の先手番で対局してください」


 振り駒の結果、奇数局は僕の先手、偶数局は広島帝位の先手になることが決まった。


「それでは定刻になりましたので、対局を始めてください」

『お願いします』


 記者が一斉にフラッシュを焚く。注目の第一手は2六歩であった。広島帝位はそれに合わせて8四歩と返す。次に2五歩と飛車先の歩を更に突くと広島帝位も8五歩と返す。僕は7八金と指し、広島帝位も3二金と返す。どうやら相掛かりになりそうだ。


『相掛かりで行くんですね。乱戦になりそうですね』

『君にはこれで行くのが良さそうだ』


 10手目の端攻めまで同じ手を繰り返し、12手目から分岐することになった。


『飛車先の歩は解消させていただきます』

『ふむ......面倒なことになったな』


 13手目の2六歩からの△同歩からの▲同飛車と通す。


『ならば別の切り口だ』

『そう来ましたか』


 広島帝位は腰掛け銀にシフトし、2六にいる僕の飛車の確保に移る。僕も腰掛け銀を行い、飛車に護衛をつける。ここで昼食休憩に入る。僕は「皇居離宮特別定食」をいただくことにした。


「お待たせ致しました。特別定食です」

「おぉー......」


 A5ランクのサーロイン牛のステーキに新潟県産コシヒカリ!これは美味しそうだ......。A5と言えば、順位戦の成績は良いのに龍皇戦の成績が悪い棋士がいたような......まぁ、今は関係無いことだ。


「いただきます......美味しい!」


 なんと甘美なことか。口の中で溶けていく感覚を味わう。美味しいと言われる理由がよく分かる。僕はひたすら無心に食した。


「ご馳走様でした......料理人と生産者の方々に『美味しい料理と食材をありがとうございました』とお伝えください」

「承知致しました。きっと皆さまも喜ばれます」

「そうですか?それでしたら幸いです」


 僕はスタッフの方々と談笑した後に、会場に戻る。対局再開まで瞑想する。これからの展開をどうするか、対応策はあるか、しっかりと吟味していく。じっくりと考えていると、いつの間にか対局再開の合図が聞こえた。手番は広島帝位にあるため、展開を待つ。


『ここはこっちから行こうか』

『むっ......そう来ますか』


 30手目に広島帝位は8筋にいた桂を7三に跳ねた。そこから銀と角を以て警戒し、広島帝位が持ち時間を使う。そして広島帝位も角を合わせに来て、僕も持ち時間を使う。


『お互い玉を固めましょうか。互いに薄いままですし』

『......そうしようか』


 攻撃の布陣を残しながら防御を固める。


『これでどうかな?』

『......面倒ですね』


 玉を固めたことにより、手薄になった5筋を突くように広島帝位が5一飛車と指す。僕は少し持ち時間を使った後に3七角と指して5筋と飛車を守る。広島帝位が飛車を7一に移動させたところで1日目が終了。


「定刻になりましたので、封じ手は天橋名人が書いてください」


 封じ手は僕が書くことになった。......あの手にしよう。数分持ち時間を使い、僕は封じ手を書いた。1日目で進んだのは52手だった。残り持ち時間(名人戦は2日制で9時間)は、僕が4時間50分、広島帝位が4時間22分である。


「封じ手を受け取りました。これにて名人戦第一局1日目を終了します」

『ありがとうございました』


 僕と広島帝位は互いに礼をし、僕は駒を片付ける。その後、僕は退出する。部屋に戻った僕は、自分の封じ手の先の局面を考えていた。


「こう対処されたらこうして......こうなったらこうだな......」


 僕はひたすらに対抗策を考えながら、床についた。


〔四〕


 4月10日。新聞を手に取った僕は桜の女皇戦の状況を確認していた。


『女皇戦、天橋 桜女皇が先勝!防衛まで後2勝!』


 桜の女皇戦の相手は南 七美(みなみ ななみ)天童桜華。奨励会初段の頃に女流転向し、2年目で天童桜華を獲得した女流強豪だ。


「そうか......桜は1勝したか。僕も頑張らなきゃな」


 僕は優雅に朝食を摂り、広島帝位入場後に僕が入場する。


「定刻になりましたので、対局を再開します」


 神内九段の声により、対局再開する。棋譜に書かれた通りに状況を再現する。そして、封じ手の局面に来た。


「封じ手は2八飛車です」


 角を戻しても意味が無い。ならば飛車の位置を変えて、強固な体制を整えることにした。ここで広島帝位は持ち時間を使い始めた。


『そう来たか。面白いね』


 広島帝位は考え抜いた結果、7筋への攻撃を始めた。......状況次第では角交換も考慮に入れとくべきだな。そう思っていると、広島帝位側から角交換を迫ってきたため、僕は応じることにした。相手に馬を作らせることになったが仕方ない。


『馬は痛いですね......ですが、自由にはさせませんよ』

『......それはキツいね』


 僕は7六に歩を打ち込み、馬の自由を奪う。その後端攻めを行う。その後、飛車と桂を使って広島玉を追い詰める。


『さぁ、これを捌ききれますか?』

『どうだろうね......でも......』


 流石に一度退くか。飛車を2九にまで戻す。その後、ガラ空きの3筋に広島帝位の飛車が移動するが———その手を待っていた。ここで昼食休憩に入り、再度脳内を整理する時間が生まれた。......この手順ならいける。この時点で98手まで進み、残り持ち時間は僕が2時間42分、広島帝位が2時間08分であった。対局再開後、僕は少し持ち時間を使う。悟られないように慎重に......。


「......?なんだこれは......」


 広島帝位は思わず口に出す。これが悟られたら一巻の終わりだ。互いに持ち時間をすり減らし、仕込みを全て整えて———指す。


『......!そう言うことか!』

『ようやく気付いたようですね』


 ここからは純然な殴り合いだ。どちらが先に斃れるか勝負だ。


「......」

「......くっ」


 攻防一体の一手を放ち続ける。決して防御などさせない。防御の隙も与えない。これで終わりだ。


「負けました」

「ありがとうございました」


 全135手。名人戦第一局は広島帝位の投了により幕を閉じ、僕が先勝した。


「天橋名人おめでとうございます。勝因はなんだったのでしょうか?」

「98手目の広島帝位が飛車を3筋に持ち込んだときに仕込んで、104手目に3七桂不成から同銀と指したあたりから優勢になったと感じました。そこから純粋な殴り合いに持ち込めたので良かったと感じました」

「広島帝位お疲れ様でした。敗因はなんだったのでしょうか?」

「そうですね......104手目の3七桂不成から不利になりまして、天橋名人の得意なフィールドで戦うことになったことが大きな敗因でしたね」

「両対局者、お疲れ様でした」


 第78期名人戦は僕の白星で始まった。


〔五〕


 翌週の月曜日。学校に着いた僕と桜は多くの人に囲まれた。


「天橋名人!1勝おめでとうございます!」

「天橋女流三冠、流石です!」

『天橋兄妹最高!』

「あ、あはは......」

「この光景も慣れてきたねーお兄ちゃん」

「僕はまだ慣れないよ......」

「夜空くん!桜さん!お疲れ様です!」

「陽咲!」

「げっ、女狐......」


 桜?いくらなんでも陽咲を女狐と呼ぶのは酷くないかい?


「夜空くん、桜さん、お2人共おめでとうございます」

「気軽に名前で呼ぶんじゃないわよ」

「落ち着いて桜......」

「天橋だと区別がつかないので名前で呼びます」

「陽咲も意外と胆力があるね......」

「ところで桜さん」

「......何よ」

「夜空くんを女装させたら面白くないですか?」

「話が分かるじゃないか同志」

「合意の方向性おかしくない?僕ただの被害者なんだけど?」

「その話!」

「聞かせてもらった!」

「平沢さん!?時透さん!?」

「今日授業終わったら私とお兄ちゃんの家集合。女装したお兄ちゃんを見せてあげる」

『ありがとうございます、同志桜!』

「返せよ、僕の意思」


 訳がわからない。ホームルームが終わって急いで帰ろうと思ったが———。


「知ってるか?」

「魔王からは」

「逃げられません!」

「妹からもね!」

「4対1とか卑怯だと思うんだよね」


 結局4人に連行され、我が家へ。お母さんは仕事中なので不在だ。


「さぁさぁこの服に着替えてもらおうかグヘヘへへ」

「桜が壊れた......」


 手渡されたのは、白いワンピース。本当に着なければいけないのか?しかしこの煌めく8つの瞳からは......。


「......分かった。ちょっと待ってて」

『よしっ!』


 何がよしなのか。全く良くない。羞恥心と戦いながらワンピースを着る。


「......着たよ」

『キャー可愛いー!』


 ......はぁ。どうしてこうなった。


「最高だよ天橋くん!」

「あまばっち、ぐっじょぶ!」

「可愛い、可愛いよお兄ちゃん」

「素敵です夜空くん!」

「泣きたい」


 将棋が無い日の僕は女の子たちのおもちゃです。トホホ......。

人物紹介02


天橋 桜(あまばし さくら)

段位: 奨励会二段

2004年4月6日生(15歳)

保有女流タイトル: 女皇・女流十段・女流玉将

師匠: 皐月 芳治龍皇

出身地: 東京府東京市渋谷区

女流タイトル戦登場回数: 8回[女皇3回(17-19), 女流十段3回(17-19), 女流玉将2回(18-19)]

通算女流タイトル獲得期数: 8期[女皇3期(17-19), 女流十段3期(17-19), 女流玉将2期(18-19)]

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