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盤上のアリス  作者: 神近 舞
第2章「夜空と三つ子星」
11/11

第1譜「星に願いを」

今話より第2章突入です。

現実と少し違う部分が現れ始めます。


〔一〕


 6月29日。1学期末考査も無事に終わり———安堵する者(桜・陽咲)絶望する者(平沢さん・時透さん)がいたが———1学期の特別なイベントは学年別クラスマッチぐらいになった。


「天橋くぅん......」

「あまばっちぃ......」

「......分かったよ」


 ......うん、この2人はまだ終わってなかったな。2人は数学の追試が土曜日(7月4日)にあるとのことだ。......頑張ってほしい。


「クッソー、今回は10点獲り損ねたぜ......何がいけなかったんだ?」


 黒田くんは相変わらずの国数英・総合共に学年1位である。......ここまで来ると腹が立ってくるな。ちなみに僕は国数英2位、総合10位。世界史は今回75点だった。6月に対局やその他仕事が少なかった分、勉強時間を多く確保することが出来たのが勝因だ。


「国語赤点回避!」

「英語2教科とも半分超えた!」


 国語が苦手な陽咲と英語が苦手な桜は、赤点を回避出来て安堵している。僕だけだと負担が大きいから、桜も陽咲も2人に数学を教えてあげてほしい。すると唐突に平沢さんが口を開いた。


「ねぇ、皆!今週の日曜日って空いてる?」

「日曜日っていうと7月5日だね。僕は空いてるよ」

「私は前日に奨励会対局がありますが、支障はありません」

「私も大丈夫!」

「問題ないよ、かなた〜ん」

「俺も大丈夫だぜ!」

「じゃあさ!その日に皆で遊ばない?渋谷で!」

「いいね。僕はしばらく対局が無いから気分転換にはうってつけかも」

「私も皆さんと遊びたいです!」

「遊ぼ遊ぼ!」

「ナイスかなたん!」

「名案だぜ平沢!」

「それじゃあ10時に渋谷駅ハチ公前集合で!」

『おっけー!』


 あぁ、日曜日が楽しみだ。だが、その前に。


「平沢さん。時透さん。土曜日の追試で終わらせてね?」

「うっ......」

「善処するよー......」


 喫緊の問題は、2人の数学の追試だろうな。


〔二〕


 星河戦......。この棋戦は囲碁将棋衛星放送にて放送されるテレビ棋戦だ。持ち時間は15分+考慮時間1分10回(秒読み30秒)という不思議な構成をしている。公共杯もまた日本公共放送にて放送されるテレビ棋戦であるが、今回戦うのは星河戦だ。僕は前期の星河戦で優勝しているため「天橋 夜空星河」として本戦Hブロックの最終11回戦から登場する。対局相手は黒井 創太棋匠。黒井棋匠は今はタイトルホルダーだが今期———第28期星河戦———開始時はC級1組のタイトル未保持であったため序盤からの参加となり、そこから5連勝してブロック内最多連勝者として決勝トーナメント出場資格を得ている。もしここで負ければ僕は決勝トーナメントに進出することは出来ない。重要な一戦だ。この対局自体は10月半ばに放送されるとのことだ。


「それでは天橋星河の先手番で開始してください」

『お願いします』


 戦型は相矢倉となった。その後僕は腰掛け銀を、黒井棋匠は早繰り銀を繰り出す。スピードが命の対局となる。お互いに持ち時間は無くなり、一手30秒で指すことに。考慮時間は残っているが極力使いたくない。


「......」

「......ふふっ」


 銀、桂、歩の小競り合い。ここから飛車と角を展開するタイミングを窺う。間違えないように慎重に......今だ!


「......」

「......ふふっ!」


 考慮時間を2回使って、僕の飛車と角の活用可能な状況を生み出した。これで中盤は僕がリードしたも同然である。ここから黒井玉及び矢倉攻略のための足掛かりを作る。


「......ッ!」

「......ふふふっ!」


 互いに幾度も考慮時間を使い、僕は黒井矢倉の近くに龍と馬を作り、持ち駒にしていた銀をただ捨てのように見せかけて仕掛ける。黒井棋匠も流石に理解していたようで玉を逃す体勢を築くが......。


「......ッ!」

「......ふふふふふっ!」


 黒井矢倉から奪った金と敵陣に展開した龍、そして遠くで睨みを付けている馬と端歩が逃さない。黒井棋匠は逆にこちらを攻撃して必死の抵抗を見せるが......。


「......ッ!」

「ふふふふふっ!」


 僕は間違えなかった。秒読み30秒という緊迫した状況の中、矢倉の安定さに救われ命拾いした。その後———。


「負けました」

「ありがとうございました」


 黒井棋匠投了。これで僕は決勝トーナメントに進出することが決まった。


〔三〕


 7月3日。今日は陽咲が奨励会前の研究のために、平沢さんと時透さんが追試対策のために僕と桜の家に泊まりに来る。言うまでもなく僕と桜が教師、陽咲と平沢さん、時透さんが生徒だ。桜との相談の結果、1時間置きに将棋と数学の教師を交互に交代することになった。


「夜空くん、桜さん、よろしくお願いします」

「天橋くん、桜ちゃん、よろしくね」

「あまばっち、あまたん、よろー」


 生徒たちは三者三様の呼び方で挨拶してきた。今日はお母さんは任務のため不在であり、料理担当は僕と桜と陽咲になった。平沢さんと時透さん?残念ながら2人は食べる担当だ。それにしても、普段は面倒くさがって僕に料理担当を押し付ける桜が、今日はやけにやる気だ。


「夜空くんに良いとこ見せなきゃ......!」

「陽咲だけに良い思いはさせない......!」


 陽咲と桜はやけに燃え上がっていた。よっぽど料理を作りたかったのだろうか?


「さぁ、調理を始めようか」


 今日作るのはカツ丼とポテトサラダ。なんでこのチョイスかって?安直だが、試練に打ち勝つ(・・)という願掛けだ。


「僕がお肉を担当するから、陽咲はポテサラを、桜は卵とご飯と玉ねぎをお願い」

「分かりました!」

「おっけー!」


 僕は6人分(・・・)の豚肉を包丁で切る。もう1人分は明日の朝に帰ってくるお母さん用だ。調理はもう手慣れたもので、ものの数分で薄力粉、溶き卵、パン粉をまぶして揚げる工程に入る。


「お兄ちゃんの手捌きすごいでしょ」

「勉強になります......」


 その後、僕と桜の調理が落ち着いた頃。陽咲がポテサラ作りに苦戦していた。


「ポテサラ作るの初めてだった?」

「はい......料理は慣れてると思っていたのですが......」

「僕が手伝うよ」

「ありがとうございます......あぅ......!」


 僕は陽咲の背後から指導するように、彼女の手を支える。ワルツを踊るかの如く優雅に。


「し、師匠......このまま続けてください......」

「ぐぬぬ......陽咲だけズルい......」


 2人がボソボソと何かを言っていたが、よく聞き取れなかった。そんなこんなでカツ丼とポテサラが完成。先にお風呂に入っていた平沢さんと時透さんが、料理の匂いにつられてリビングに来た。既に配膳は終わっている。


「良い匂いがする!」

「あまばっち、あまたん、ありすたん、ありがとう!」

「それじゃあ食べようか......いただきます」

『いただきまーす!』


 僕たち3人の合作は「とても美味しかった」とだけ言っておく。皆が笑顔になって僕は満たされるような思いを抱いた。その後、僕たち3人がお風呂を入るのだが———。


「えっ?僕が先でいいの?」

「良いよ!私たち後で入るから!」

「大丈夫ですよ。先に準備しておきますので」


 と言われ、譲られることになった。風呂場、セミロングの銀髪を丁寧に洗う。シャンプーだけでなく、コンディショナーも徹底する。


「これだけ長いと苦労するなぁ......。でも切ろうとすると皆から反対されるんだよなぁ......」


 体を洗いながら僕は自分の髪事情を考える。家族はもちろん、千秋さんや平沢さん、時透さん、そしてなんと師匠すらも散髪に反対するのだ。なんでも「夜空には適度な長さの髪が似合う」とのこと。反対するのは仲の良い将棋棋士や女流棋士にもいる。というかそれが大多数だ。そんなことを考えていた刹那———。


「どーん!」

「お、お邪魔します......」

「ほにゃあぁぁぁ!?」


 バスタオルを巻いた桜と陽咲が唐突に風呂場に侵入してきた。僕は瞬時に近くに置いていたタオルで下腹部を隠す。


「な、なんで入ってくるのさ!?」

「だってこの方が時間効率良いし」

「理由になってないよ!」

「い、一緒に入りたかったからじゃあ......ダメですか?」

「なんでそうなるのさ!?陽咲のエッチ!」

「その台詞を師匠から聞くことになるとは思いませんでした......」

「へっへーん!ドッキリ大成功!という訳で、今から私も陽咲も入るから!」


 何がという訳で、なのさ!?僕は押し切られる形で2人の侵入を許すことになった......。勿論僕はすぐに逃げた。


【桜】


「陽咲......」

「はい?」

「やっぱりアンタのそのスイカ、凶悪ね」


 私は陽咲のどデカい双丘を見て頷く。


「桜さんにもメロンがあるじゃないですか」

「お兄ちゃんはおっぱい星人だから私サイズじゃ満足出来ないのよ」


 お兄ちゃんの視線はわりかし私と陽咲の胸部に行ってたから、これは間違えようの無い事実だ......多分。


「アンタ、バスト幾つよ?」

「えっ?確かトップが93でアンダーが65です」

「え、Hカップ......!?」


 ま、負けた......!私はトップが87、アンダーが64のFカップだから......2カップも差がある......。


「トップ93とか聞いたことも無いわよ......あの下着特注でしょ?」

「はい......まぁ......一応家はお金持ちなので......」

「有栖川公爵家ねぇ......大変ね、アンタも」

「天橋子爵家の方には言われたくないですよ」


 この国では華族制度は廃止されている。しかし、名ばかりではあるが爵位が残っている。我が天橋家は先祖が大東亜戦争時代に多大な功績を残したとして、子爵位を与えられている。陽咲の家は有栖川宮家の男系の血を継ぐ由緒正しき公爵の御家だ。


「別に私もお兄ちゃんも将棋ばっかで子爵位を継ぐ気無いしなぁ......陽咲のところはどうなのよ」

「弟の政仁(まさひと)が家督と爵位を継ぐことになってます。本人も乗り気ですし」

「ふぅん......」


 それにしても陽咲は金髪碧眼か......。私やお母さんみたいな赤髪琥珀眼、お兄ちゃんみたいな銀髪琥珀眼とはまた違う不思議な色。日本人離れした容姿が少し気になった。


「我が家ってさ、母方の祖母がロシア人、父方の祖母がスウェーデン人なんだけどさ、陽咲は外国人の血とか入ってるの?」

「母がドイツ人で、父方の祖母がフランス人ですね」

「ははっ!ハーフやクォーター要素もあるんだね、私達!」

「ですね!」


 今日、陽咲のことが少し分かったような気がした。私はただ、お兄ちゃんを取り合うライバルだとしか見ていなかった。彼女のことをあまり見ていなかった。少し反省しなきゃな......。それはそれとして———。


「お兄ちゃんは私のお兄ちゃんなんだから」

「ふふっ。私の台詞です」


 陽咲はどこでお兄ちゃんに惚れ込んだんだろう?


〔四〕


 7月5日。昨日の結果は、平沢さんと時透さんは無事追試を一発通過。陽咲は2敗の後に1勝という、1級昇級後にしてはなんとも言えない結果になった。今日はいつメンで遊ぶ日。楽しみすぎて僕は30分前に来てしまった。......のだが。


「天橋名人ですよね?」

「やっば......天橋名人リアルで見てもちょーキレイ......」

「サインください!」

「ずりぃ!俺も俺も!」

「あまばしめいじんあくしゅしてー!」

「あ、あはは......」


 変装していたはずだったが、早々に僕の存在がバレてしまい対応に追われてしまった。......何故バレた。


「こうなるから気をつけてって言ったのに......」

「師匠......」

「天橋くんは人気者ですなー」

「あまばっち、ふぁいと」

「俺しーらね」


 皆!見てないで助けて!その後なんやかんやあって救出された僕なのだった。


「全く......お兄ちゃんは危機意識が足りな過ぎる!」

「ただでさえ師匠は髪色と瞳の色で目立つんですから」

「君達2人にだけは言われたくないんだけど」

「そりゃそうだ」

「天橋兄妹と陽咲ちゃんのせいで私達まで目立つのよ?」

「言い返す言葉も無いよ......」

「「すみません......」」

「それにしても———」


 時透さんが僕たちに振り向いて———主に黒田くんを凝視して———口にする。


「傍目から見たら私たち、くろっちのハーレム状態だねー」

「ぶふぉ!?」

「時透!?何言い出すんだよ!?」


 確かにこの集団は男子2人に女子4人。そう見えても仕方がない———って。


「僕は!?」

「あまばっちは最早女の子☆」

「私もそう思う」

「泣きたい」


 平沢さんまで......ヒドいよ......。


「師匠?泣きたいときは私の胸に飛び込んで良いんですよ?」

「お兄ちゃん!妹の胸の中が至高だよね!?」

「この状況黒田くんはどう思う?」

「......泣きたいときは俺に話せ」


 なんか陽咲と桜が何か言っていた気がしたが気のせいだろう。


「「黒田くん」」

「な、何だよ......2人共......」

「「貴方は敵だ」」

「なんでだよ!?」


 何故か黒田くんが陽咲と桜から宣戦布告されていた。......何故?その後、なんやかんやでショッピングを楽しんだ。


〔五〕


 今日は7月7日。七夕だ。5時限目に国語の授業があり、担当教諭の鶴巻(つるまき)先生がとある内容の授業をしていた。


「さて、皆さん。今日は七夕ですね。折角ですから、今日の七夕の短冊に込める思いを俳句にして書いてみましょう。10分後に皆さんには発表してもらいます」


 七夕といえば短冊。短冊といえば願い事、というように、鶴巻先生は願い事を俳句にして見せろという無茶振りを僕たちに振ったのである。......願い事......か。僕の願いはこれだけだ。


「それでは書けましたか?それでは名前順で天橋君からどうぞ」

「はい」


 少し緊張しながらも、僕は発表する。


「『将棋指す 孤独の灯影(とうえい) 白星を』」

「成る程......解説して?」

「将棋棋士とは孤独な生き物です。故に一人だけを照らす灯火の中で、ただ勝ちを望んで研究し続けるのです。そのため、こんな句にしてみました」

「......分かりました。次は有栖川さん、どうぞ」

「はい」


 なんか納得はしたけれど......みたいな表情だな......。さて、陽咲はどんな句を詠むのだろうか?


「我が未来 貴女を照らす 歴史たれ」

「アナタの字は貴い方?それとも貴い女?」

「貴い女です」

「分かったわ。解説して?」

「私の願いは女性棋士になって、夢を果たさんとする者の希望の光になりたい。その歴史を刻む一歩になりたいと。そう思い、このような句にしました」

「良い句ですね。それでは次の人———」


 歴史を刻む一歩......か。

人物紹介06


神内 智之(かみうち としゆき)

1970年10月10日生(49歳)

段位: 九段

龍皇戦1組・順位戦A級

通算タイトル獲得期数: 13期[龍皇3期(03, 13-14), 名人8期(02, 04-07, 11-13), 棋帝1期(05), 玉将1期(03)]

一般棋戦優勝回数: 13回[日本杯2回(88, 00), 公共杯3回(96, 01, 14), 金冠杯1回(00), 早指戦1回(91), OS戦1回(90), 早指若手戦2回(88-89), 新鋭戦3回(87, 91, 93)]

通算棋戦優勝回数: 26回[通算タイトル獲得13期, 一般棋戦優勝13回]

十八世名人資格保有

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