第四話 室内の猫が世界に与える影響
「夢占いとかできる?」
と友人は、なぜかティッシュが一枚だけくっついた回転式粘着シールを、コロコロと転がしながら言った。
ばりり……と布を痛めつけるような音が聞こえる。
男は猫をなでながら「おー」と、ついてもつかなくても今後の人生に大きく影響しない嘘をついた。
「えっやば。何でできんの? まさか……」
と友人は男に、青春ドラマを観るような眼差しを向けた。
俺のために……、と。
男はさっそく今後の人生になんらかの不利益が生じそうな予感を覚えた。
しかし訂正するのが面倒だったため、「あぁー?」と、聞く方が不愉快になりそうな声をあげ、友人のために生きているわけではない旨を伝えた。
「ニャー」と猫にふわふわな猫手で催促され、温かな背中をもふ……と優しくなでる。
必然的に、芸術的に可愛い猫手もなでる。
肉球をそっとさわり、ニャーとイャーの中間のような声をだされ、胸を締め付けられる。
ばた……と、猫が最高に猫得点の高いポーズを決めながら床に倒れ、くい、と内側に丸めた猫手を舐めはじめる。
男は、部屋の酸素がとつぜん薄くなったように感じた。
おそらく、猫が『かわいい』を維持するために部屋の酸素を大量消費しているのだろう。
友人は猫をじっと見つめながら、猫の毛で芸術性が増したTシャツの腹部にコロコロを当て、ばりばり……と転がした。
友人のTシャツの価値がどんどんさがってゆく。
失われた猫の毛が、男の感性を刺激する。
一部だけ黒さを取り戻したTシャツが、口をあけ、『やめてくださーい』と言っている。
冷房が効いた部屋の中、日射しはとうにやわらぎ、やたらとうるさい蝉の声も聞こえない。
ゴロゴロゴロ……と猫がのどを鳴らす音と、車が外を走る音が、交互に鼓膜をゆらす。
麦茶の入ったグラスにとけかけの氷が、カラン、とぶつかる。
猫をなでる男の神妙な眼差しに気づいた友人は、「さっき夢でさ……」と話を再開させた。
「なんていうか……ジージーうるせぇ機械? みたいのがある部屋で、変な棒もってウロウロしてる夢で……」と言いながら、棒がついた掃除用具をガラステーブルに置く。
男の視線がふいに、吸引力の強いトライアングルに引き寄せられる。
人類が滅亡を免れる複数の要因の一つ――猫の猫耳へと。
すると聖なる猫翼は、ぱたた! と白鳥の羽ばたきよりも可憐な動きで、世界に愛を振りまいた。
男は眉間にぐっと深い皺をよせた。
「なるほどな……」
友人は、男の視線が、ルーブル美術館よりも美しい三角形だけに向けられていることにまるで気づかず、「――眩しいのに寒い、みたいな……」と、夢と現実のはざまを真剣な表情で語っていた。
「それでさ……室内なのに雨が降ってきて――」
ゴロゴロゴロ……ゴロゴロ……。
「なるほどな……」