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7.初めての海

朝日が水平線からゆっくりと昇る。水面に反射した光が揺れ、波間を金色に染めていた。


ユウはオールを握り、船の縁──とはいえ、ほとんどいかだである──に腰掛けた。潮風が肌を撫でるたび、昨夜の出来事が夢のように思い出される。


リリィは船の後部に座り、手際よく調整を進めている。帆として掲げられたのは、昨夜寝る直前にリリィがユウにかけてくれた毛布だ。


毛布というにはいささか、厚く、固い、大きい──リリィは四つ折りにしてユウにかけていた──生地で作られたそれは、正直に言えば毛布としては不適切だったが、帆としてはなかなかどうして悪くない代物だ。


やや黄色がかった白の毛布は、風を受けてそれなりに膨らむ。

もう少し、左右に曲げられるとさらによかったかもしれない。

こればっかりは素人建築なのだから仕方がない事なのだが。


「風、悪くない」


リリィは空を見上げ、僅かに首を傾げた。


「順調なら、昼過ぎには着く」


ユウは漕いでいた手を止め、遠くの海を眺める。


「港の名前は?」


「"アルヴェイン"。商人と漁師、それから農作物が集まる、小さな港町」


リリィの声は淡々としていたが、その瞳には昨晩と同じ、いや、それよりもほんのわずかに強い興奮が浮かんでいるようにも見えた。


しかし、それは瞬きのうちに消えてしまう。


ユウは、何故だかそれが、とてももったいない事のように思えた。


◆◆


帆代わりの毛布は予想以上に役立った。風を受け、船は思ったよりもスムーズに進んでいく。


ユウはオールを握りながら、時折リリィに意見を聞いた。彼女は慎重に進行方向を決め、海流の影響を細かく調整している。


「助かる」


「当然」


リリィはあっさりと答える。


二人はしばらく無言で海を眺めた。陽光が水面に散りばめられ、海はどこまでも青く、どこまでも広い。


「こんなに広い海を見るのは……久しぶりな気がする」


ユウの言葉に、リリィは小さく瞬きをした。


「記憶にはない?」


「……ない。でも、懐かしいような気もする。」


ユウは目を細めた。記憶はないのに、心の奥で何かが疼く。それが何なのかは、まだわからない。




太陽が真上に達し、目的地まであと少しという頃だった。


リリィがふと、動きを止めた。


「……変」


ユウも違和感を覚えた。海の色が、妙に暗い。


「潮の流れが、おかしい」


リリィの視線が鋭くなる。


次の瞬間、海面に不気味な影が映った。


「下に何かいる……!」


声と同時に、水が激しく爆ぜた。


巨大な触腕が、突如として水面を突き破り、船の縁に絡みつく。


「――ッ!」


ユウは身を引き、リリィは素早く舵を取る。だが、次々と伸びる触腕が船体を包み込もうとしていた。


「クラーケン」


リリィが短く言う。


「この海域にいる……"海の怪物"。」


ユウは息を呑む。


船が大きく揺れる。水飛沫が降りかかり、木が軋む音が響いた。


ユウは咄嗟にオールを構える。


折れるか、バラけるか。


船が沈むまで、さほどの猶予はないだろう。


速やかに、どうにかしなければならない。


ユウは激しく打ち鳴らされる心臓を意識の外におしやり、思考を始めた──。

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