65.ザオール達との旅
翌日、ユウたちはザオール・ラファとその選定者たちとともに旅立った。
レオンはすっかりザオール族と打ち解けたらしい。歩いていると次々に話しかけられ、時折、小さな手土産を渡されている。そんな彼の様子に、フェルは呆れたようにため息をついた。
「お前、どこに行っても変わらないな……」
「まぁ、好かれるのはいいことだろ?」
そんな呑気なレオンとは対照的に、フェルは明らかに不機嫌だった。基本的に洞窟内の移動が中心の上、まれに外が見られる時も、厚い火山灰の雲が空を覆い、青空がほとんど見えない。すっかり治った翼をバサバサと動かしながら、彼は不満を漏らした。
「……ずっとこの環境なの、正直、耐えられそうにないんだけど」
「もう慣れたって顔してるけどね」
「慣れたのは、この空気にだよ。」
フェルは後ろを振り返る。
そこにはユウにとっての最大の問題——
動けない上、黙り込むリリィがいた。
話しかけても、目すら合わせない。移動の準備をするときも、作戦を練るときも、ユウの言葉はまるで空気のように扱われた。
ユウは無意識にリリィの仕草を探してしまう。隣を歩いても、距離は縮まらない。ふとした瞬間、彼女が視線を逸らすのが見えるたび、胸の奥がチクリと痛んだ。
なんとか話したい。謝りたい。
でも、どう言えばいいのかが分からない。
そんな二人をみていたフェルは肩をすくめ、困ったように笑った。
「意外と、怒り方子供っぽいよね」
ため息をつくユウの前に、さらなる厄介事が待っていた。
「やっほー、ユウくん!」
セリナだ。
他の選定者、アナやミラはザオール・ラファのそばで静かに付き従っているのに対し、セリナだけはやたらとユウに話しかけ、しかも距離が近い。少し動くたびに腕が触れそうになり、ユウは落ち着かなかった。
無意識にリリィにどうおもわれるかが気になり、ユウは振り向く。しかし彼女はそのたびにぷいっとそっぽを向いた。
フェルがぼそりと呟く。
「うーん、俺を差し置いてユウなのは、逆に見る目があるかも」
その言葉にユウは、フェルが女性問題になれている事を確信する。
そしてその慣れをわけてほしい、とユウは嘆息した。
リリィとうまくやるだけでも苦労しているのに、これ以上どうしろというのか。
できるのなら、かわってほしいくらいだった。
だが、セリナの明るさは、気まずさに沈むユウにとっては救いにもなっていた。
ただ、明るく振る舞うだけではなく、ちょっとした顔色の変化に気を配り、人の話をきいてはコロコロと笑う。
それに彼女はちょっかいをかけているだけではなく、誰よりもよく働いていた。
ザオール・ラファが立ち上がるとすぐに駆け寄り、薬草を見つければ即座に採取し、煎じてはユウやレオン、フェルにも分け与える。その忙しさの中、どうやってユウと話す時間を捻出しているのか、謎なくらいに。
もちろん、他の選定者たちもそれぞれに役割を果たしていた。
ミラは伝承に詳しく、道中、ザオール族やファイロスの歴史を語ってくれた。その中に「旧人類が保管されていたランタン」の話があり、ユウは思わず食いつく。
「それ、詳しく聞かせて!」
だが、ミラは申し訳なさそうに首を振った。
「ごめんなさい。あまりしっかりとした伝承は残っていないの。それに……」
ランタンは数年前までここにあったが、盗まれたという。
肩を落とすユウに、ミラは「お役に立てなくてごめんなさい」と謝る。
「気にしなくていいよ」
そう言うと、ミラはほっとしたように微笑み、さらにザオール族の秘された遺物や、火山ガスが充満した洞窟に保管されている石版について語ってくれた。
一方のアナは、薬草の管理に長けた人物だった。
ザオール族の教えでは、薬草は自然のままにし、必要以上に採取しないのが掟らしい。しかし、アナは「一人でも多くの仲間を救うためには、不作の年を考えなければならない」と、自ら薬草の栽培に挑戦していた。
伝統を重んじるミラとは対立もしていたが、その両者の存在をザオール・ラファはむしろ喜んでいるようにみえた。
それに、二人の仲自体、けして悪くもないのだろう。やりとりには妙な気安さが透けて見える。
こうして旅を続けること一週間。
ついに、目的地に到着する。
——山の中腹にして、火山の中心に最も近い場所。
そこは、「ファイロスの心臓」と呼ばれる、選定の儀式が始まる地であった。




