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6.あなたへの期待

食事を終えると、リリィは片付けるでもなく、ただユウをじっと見つめた。


「旧人類には、睡眠が必要」


彼女の声は、確信に満ちている。ユウは肩をすくめ、軽く笑った。


「そうだね……。僕もそう思う」


リリィに促されたのは、柔らかな草の上にシーツを敷いて作られた寝床だった。


清潔で真新しそうなシーツに、ゆっくりと体を横たえる。床の硬さが背中に伝わり、そこから疲労がじんわりと滲み出るように感じた。天井をみれば木の梁の、その隙間からひんやりとした夜風が流れ込んでくる。

目を閉じれば、鼻腔に潮と乾いた草の匂い。

知らない、けれど、不快ではない、不思議と落ち着く匂いだとユウは思った。


リリィはユウのすぐ隣に座り、光の消えかけたランタンを指で軽く弾く。微かな金属音が響き、小さな光がふたたび明滅する。


「初めて、飛ぶ人間を見た」


ユウは、ぽつりと呟いた。


「戦ったこともないのに、身体が勝手に動いた。でも、あれはちょっと無茶だったかも」


夜の静寂が、彼の言葉を優しく包み込む。


「それに……見たこともない機械や、大きな蟻のことも。この世界は、僕の知らないものばかりだ。」


言いながら、指先で床の木目をなぞる。何か確かなものを求めるように。


リリィはそんなユウを見つめ、やがて静かに口を開いた。


「私は、旧人類が目覚めたときのために準備していた。食事、毛布、念のための衣服……それから、言葉も。」


「言葉?」


ユウは思わず彼女の方を見た。


「……あなたの言葉と、今の言葉は、多くが違う。」


リリィはそう言いながら、ユウの首元を指さした。


「それ。」


ユウは、自分の襟元に触れた。意識していなかったそこには、ごくごく金属製の小さな装置がある。持ち上げてみれば、月明かりを反射し、光をこぼした。


「それが、大気とその振動を調節する事で、言葉を翻訳している。旧人類が目覚めたとき、意思疎通ができるように。」


「じゃあ、これは……。」


「私が、つけておいたもの。」


ユウは改めて装置を見つめる。確かに、最初から違和感なくリリィや他の人々と会話できていた。だが、それは自分自身が知っている言語ではなく、この装置が補っていたものだったらしい。


「あなたは、最初から今の言葉を話せたわけじゃない。でも、私たちの言葉が理解できた。だから、それが機能しているということ。」


リリィは静かに装置を見つめ、それからそっと目を伏せた。


「……私は、ずっとここで、待っていた。」


「それは、旧人類を?」


ユウが問うと、リリィは少しだけ考えるように瞬きをした。


「……そう。」


「そっか。

……あのさ、リリィは、本当にこの島を離れてもいいのかな」


彼女の表情が、かすかに揺れる。


「この家、ずっと住んでたんだよね? 食事も、毛布も用意してたってことは、ここで目覚める旧人類と暮らすために待ってたんじゃないの?


それなのに、僕が起きた途端に、一緒に旅に出ていいのかなって……」


言葉を切ると、波の音が静かに響いた。


「リリィにとって、この家は、大切なものなんだと思うんだ」


 確かに最低限かもしれない。

でも、それだけで、こんなに暖かい家にはならない。

 月明かりに照らされた木のふしが柔らかく浮かび上がる。

 その反射光にぼんやりと吊された草が照らされ、時折吹く風でわずかに揺れた。

 再び目を閉じれば、遠くから、ほぅほぅ、と鳥の声が響き、それが潮騒と混じり合う。


本当に。

何度も補修された壁でさえ、味だと思えるほど。 


この家は、美しい。


それはきっと、愛情、と呼ばれるものだと、ユウは思った。


リリィは少しの間、黙ったまま夜風に髪をなびかせる。

光に透けて輝くほどに、その髪の色素は薄い。


言葉を選ぶように口を開いては閉じ、やがて、ゆっくりと音を紡ぐ。


「……私は、観測者。」


その言葉には、確かな意志があった。


「旧人類がどう生きるのか、それを知るために、ここにいた。でも、目覚めたあなたは外に出たいと言う。それなら、私はこの島にいる必要がない。」


「……そうか。」


ユウは、静かに彼女を見つめる。


リリィはふっと目を伏せた。そして、自分の手をじっと見つめながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「でも……それだけとは言えない。」


かすかに、指が震えていた。


「精神の高揚を観測。」


「……?」


「何が起こるのか。

世界とあなたを……自分の目で見たいと考えている。」


それは、彼女にとって意外な気持ちだったのかもしれない。


「私にとって、これは"観測"の延長。

でも……、それだけではないのかもしれない。」


リリィは、そっと胸元を押さえた。


――期待。


――ほんの少しの、未知への好奇心。


それが、自分の中にひっそりと、確かに滲んだ事を喜ぶように。


ユウは彼女の横顔をじっと見つめ、それから静かに目を閉じる。


「そっか。」


それだけ呟き、体の力を抜く。


波の音が、静かに静かに、遠くで響いていた。

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