49.実践訓練その③
「すごく…楽になったなぁ」
燃える松明を手にしているだけで、驚くほど敵が怯み、逃げていく。
足元を這う虫の群れを松明の炎で追い払ったユウは、熱で揺れる空気越しにレオンを見上げた。
「正直、剣がいくら切れ味良くても、松明のほうが有効だったかもって思うよ」
ユウが呟くと、レオンは軽く頷いた。
「そりゃそうだ。勝つのが目的なら、一つの武器にこだわる必要はない。大事なのは、どう戦うかだ」
焦げた匂いが漂う遺跡の一室で、レオンは辺りを見回し、資材置き場に積まれた板材の一つを拾い上げた。コンコン、と拳で叩き、その強度を確かめる。
「むしろ、一つの武器にこだわると、詰む相手もいるくらいでな」
「詰む相手?」
「絶対に負けるってわけじゃねぇが……リスクがデカすぎる相手だ。たとえば盾持ち、試してみるか?」
レオンはユウに細めの板を放る。
ユウはそれを受け取り、戸惑いながら構えた。
「盾で防御されたら、剣じゃ有効打を与えられないってこと?」
「ほぉ……なら、答え合わせしてみようか」
言うやいなや、レオンが動いた。
ユウは即座に死角へ回り込もうとした──その瞬間。
ユウの視界が、ぶれた。
「え?」
何が起きたのかわからないまま、体が宙に浮く。次の瞬間、ゴロン、と地面を転がっていることにユウは気づいた。
「痛っ……!」
顔を上げると、レオンがニヤリと笑いながら盾を掲げている。
「盾ってのはな、防御だけに使うもんじゃねぇ。相手を殴るためにあんだよ」
ユウは呆然とした。盾で攻撃されるなんて、考えもしなかった。
「特にバックラーみたいな小さい盾はな、相手の剣ごと叩き落とすのに向いてる。片手剣しか持ってないやつは、それだけで戦いづらくなる」
レオンはユウが落とした板を蹴飛ばしながら続ける。
「ちなみに、剣で盾を止めるのは無理だ。盾のほうが重くて頑丈だからな」
ユウは顔をしかめた。
「じゃあ、盾持ちにはどうすれば……?」
「簡単な話だ」
レオンは軽く肩をすくめる。
「鎚で殴れ」
「……なるほど」
ユウは思わず相槌を打った。確かに、硬い盾をガンガン叩かれたら、防御どころじゃない。べこべこに凹み、手が痺れるのが目に浮かぶ。
「リリィみたいに大きな武器を扱えるやつなら、なおさら盾持ちには強い。ただ、あのサイズは普通の人間には無理だけどな」
確かに、とユウは頬をかく。
一度持たせてもらった事があるが、そもそも持ち上げる事ができなかったからだ。
「レオンはあれで戦える?」
その言葉にレオンは眉をしかめる。
「勘弁してくれ。一度や二度ならまだしも、一時間もかからず脱臼しちまう」
ユウは苦笑しつつ、ふと疑問を口にした。
「……ってことは、僕にはどうしようもないし、絶対に倒せない?」
「現状は、そうだな」
レオンはあっさりと頷く。ユウはがっくりとうなだれた。
そんなユウを見下ろして、レオンは笑いながら口を開く。
「だからこそ、勝てない相手には、逃げるって選択肢がある」
ユウはハッとした。
「さっきのヒルも、もし松明がなかったら、全員で逃げるしかなかった。戦える武器がなければ、戦わないのが正解ってことだ」
ユウの脳裏に、焚き火に照らされたレオンの顔がよぎる。
──逃げたって構わない──
あの時と、同じ顔だった。
思いつかなかった自分に悔しさがこみ上げる。それでも──
「……わかった」
ユウは息を整え、静かに頷く。
レオンは嬉しそうに口角を上げた。




