41.温泉と、羽
どうせなら、女の子の入浴シーンを描写したかった。
夜の静寂に包まれた温泉の湯船に、湯気がふわりと漂う。
三人の男達はその湯に浸かりながら、疲れを癒していた。
「女湯もあったんだし、リリィも入れたら良かったのにね」
ユウが肩まで湯に浸かりながら呟く。
「硫黄泉で部品が故障する可能性があるんだろ?仕方ないんじゃないか」
レオンが苦笑する。
「街を回って服を試着してみるってさ。おしゃれに目覚めたのかな?」
フェルは楽しげに笑った。
「いや、それはどうかなぁ……精神の高揚が再現できるか試すとか言ってたけど…」
ユウはぼんやりと湯面を眺めながら首を傾げる。
湯船の縁から眼下を見下ろせば、ランタンを模した灯りが並び、夜の温泉街を優しく照らしていた。
その光が中央を流れる川に映りこみ、時折行き交う人々に遮られながらもゆらゆらと揺れる。
それは温泉も同様だ。
湯船はもちろん、溢れた湯で濡れた岩は、灯籠と星明かりを反射し、キラキラとした光を網膜に伝える。
そんな中、毛皮のある方はこちら、とかかれているらしい湯船を迷うことなく無視したフェル、そしてレオンとユウは、仲良く同じ湯に浸かっていた。
「……まぁ、確かに毛皮じゃないんだけどさ」
ユウはフェルの大きな羽を見る。
濡れた羽は艶やかに輝き、浴場の光をきらきらと反射する。
「……それ、寝る前までにちゃんと乾くのか?」
レオンが呆れたように言った。
「乾く乾く。余裕だよ。問題はちょっと痒い事かな。」
そういいながら、フェルは翼をもぞもぞと動かし、レオンの肩に羽を擦りつける。
「おい、俺は孫の手じゃねぇぞ」
そう言いながらも、レオンは慣れた手つきでフェルの羽をすいている。
「わかってるよ、ついでに付け根の所もお願い」
フェルは気持ちよさそうに目を細めると、ゴツゴツした湯船の縁に頭を預けた。
「わかってねぇだろ。まったく……」
不本意だ、という声とは裏腹に、レオンは羽をすき続ける。
──そういえば、フェルって、鳥の癖に鶏肉が好物だけど、あれは共食いになるんだろうか。
そんな事を考えながら、二人のやり取りを眺めていたユウに、レオンが声をかけてきた。
「そういや、お前たちは、この先どこへ行く予定なんだ?」
ユウは少し考えたが、結局肩をすくめる。
「何も決めてないんだよね。
というか、なんにも知らなくて。
あちこちの遺跡を見て回りたいって事しか決めてないんだ」
「遺跡は、わざわざ探さなくても、割とあちこちにあるからな……。もし南に向ってもいいなら、一緒に行かないか?」
それもいいかもしれない、と考えたユウは有ることに気づく。
「そういえば、二人はなんで南を目指してるの?」
レオンはあっけらかんと答えた。
「フェルの仲間を探してるんだ」
ユウは驚いてフェルを見る。しかし、当の本人は興味がなさそうに欠伸をしていた。
「俺は別に探さなくてもいいって言ったんだけどね。レオンがどうしてもっていうからさ。付き合ってあげてるってわけ。」
フェルの言葉にレオンは嘆息しつつ、ユウの方へと向き直る。
「ったく……人の親切を無碍にしやがって……。
本当は、もっと小さい内から仲間の所で育ててやりたかったんだけどな。
フェルが戦えるようになるまでは南へ行くのは難しかったんだよ。」
含みのある言い方に、ユウは首を傾げる。
「南には何かあるの?」
レオンは一瞬言葉を詰まらせたが、やがて静かに口を開いた。
「あまり気持ちのいい話じゃないだけどな……ずっと南のネオサピエンスの中には、クロスヒューマンを捕らえて金にする奴らがいる」
──湯の温かさが急に遠のくような気がした。
背中に冷たいものを感じながら、ユウは、思わず息を呑む。
「金って…だって、同じ人間同士、だろ…?」
レオンの瞳が、暗い緑に光る。
「……同じ人間、か。だったら、あいつらはもう、とっくに人間をやめちまったんだろうな。」




