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サブエピソード:フェルとお洒落とリリィ

モルセラの市場は、今日も活気に満ちていた。


 川上から、水気を含んだ風が吹き抜ける。その風に乗って、焼いた川魚の香ばしい匂いや、特産品であるスパイスの独特な香り、そして果物の香りが波のように押し寄せた。


「まず、物資の調達を行──」


そう言いかけたリリィの言葉を、フェルがぴしっと手を挙げて制す。


「ちょっと待った!」


「?」


 リリィが首を傾げる。

対してフェルは真剣な顔で彼女の服を指さした。


「その格好、さすがにまずいでしょ」


 見ると、リリィの白い服はビッグタートルの血でまだらに染まっていた。乾いて黒ずんだ赤があちこちにこびりつき、かなり物騒な見た目になっている。


「確かに……目立つな」


レオンが腕を組んで唸る。

周囲の人々はちらちらと視線を向けていた。


「夜、洗浄を行えば問題ない」


 リリィは平然と答えるが、どう考えてもまずい。


 ユウは言葉を選びつつ、指摘する。


「ここ、人が多いし……そのままだと、ちょっと目立ちすぎるんじゃない?」


 リリィは一瞬考え、ゆっくりと頷いた。


「……非効率的かもしれない」


「じゃあ決まり! まずはリリィの服を買おう!」


 フェルが得意げに宣言し、意気揚々と歩き出した。



◆◆


「さて、リリィにはどんな服が似合うかな?」


 市場にはたくさんの服屋が並んでいた。鮮やかな刺繍が施されたもの、ふわりとしたワンピース、シンプルで動きやすいジャケット──交易品が行き交う街らしく異国情緒漂う服もチラホラ混じっている──選択肢は多い。


「うーん……あまり肌を見せない、清楚な服が似合うだろうな」


 レオンが顎に手を当て、真剣に考え込む。


「逆だよ逆! 球体関節をガンガン見せたほうがいい! リリィの良さが伝わるって!」


 フェルが即座に反論した。


「リリィの好みが一番じゃないかな?」


 ユウはそう言い、そしてあることに気づく。


(……リリィって、白い服ばかり着てたような?)


 嫌な予感がする。


恐る恐る尋ねてみると、リリィは即答した。



漂白剤(次亜塩素酸ナトリウム)で洗える。効率的。」



──ピタリ。


フェルから時が止まった。


息を呑み、目を見開き。


 次の瞬間──


「ぅわあああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 膝をつき、天を仰いで絶叫していた。


漂白剤(次亜塩素酸ナトリウム)って……。


漂白剤(次亜塩素酸ナトリウム)って……!!!」


 両手で頭を抱え、震えながら叫ぶフェルに市場の客たちが「何事だ?」と振り返る。


「お、おい、フェル……」


 レオンがたしなめるが、フェルは床に突っ伏して泣き崩れた。


「なんてもったいない……リリィの素材の良さを、ぜんぶ台無しにしてる……!!」


「フェル、落ち着いて」


 苦笑するユウを目の端で捉え、フェルは勢いよく立ち上がると、リリィの肩をガシッと掴んだ。


「いい?リリィ! 服っていうのはね! ただの布じゃない! 自分を表現するものなんだ!! 好きな服を着ると、テンションが上がるんだよ!!」


 ユウは内心納得した。フェルはそれなり…いや、かなりの伊達男なのだ。


 背中に大きな切れ込みの入った肋骨までの短い上着、あちらこちらにあしらわれた彼自身の羽、二本のベルトの下には予備の矢と鳥かごのような形のランタンが揺れて腰まわりでキラキラと光を放っている。


 やや露出が多すぎる事を差し置けば、お洒落である事に異論がある人はいないだろう。


 確実に彼以外に着られないので、とても参考にはできないのだが。


フェルの反応をみたリリィは少し考えた後、静かに口を開いた。


「では、選んでほしい」


「任せといて!」


 フェルが拳を握りしめる。


「気分の高揚効果を確認する」


 こうして、リリィの服選びが始まった。



◆◆


「──まずはこれだ!」


 フェルが手に取ったのは、黒のハーフパンツに、動きやすそうなシャツ、そして短めのジャケットのセットだった。


「おお、いいじゃないか」


 レオンが頷く。


 試着したリリィがカーテンを開けると、動きやすそうな格好になっていた。


袖のないシャツと動きやすい服装は、まるで探検家のような雰囲気を醸し出している。


「うーん、悪くないな」


 レオンが思案してから頷く。


「機能性は高い。動きやすい」


 確認するようにリリィも動いてみせる。


しかし、フェルは納得できないらしく、頬を膨らませた。


「リリィの良さが消えてる! これじゃただの小さい冒険者だよ!」


「自分で着せておいて……」


ユウの指摘も気にせず、フェルは新しい服を探しに行った。




次に、フェルが見つけたのは、真っ白なワンピース。


 細い肩紐に、小さなリボン。スカートはふんわり広がり、風が吹くたびに軽やかに揺れる。


「うわ~! かわいい!」


 フェルが即座に反応する。


「……ちょっと幼いか?」


 レオンは少し考え込み、ユウはリリィの様子をじっと見た。


 リリィは鏡の前でスカートの裾を軽く摘み、そっと揺らしてみる。


「……?」


 しかし、リリィ自身の反応は薄い。


「気分の高揚は確認できず」


「そっかぁ」


 フェルは悩み、そして言った。

「やっぱり、ユウ君が選ぶのがいいとか?」



 

「──これは…どうかな。」


 次の露店で、ユウが悩みに悩んで選んだのは、民族衣装風の刺繍ドレスだった。


 青と白の生地に、細かい刺繍が施されている。


「お、品があるな」


 レオンが感心する。


「ちょっと重そうだけど……綺麗だね」


 フェルも頷くが、リリィはスカートの裾を軽く摘んで、首を横に振った。


「動きが制限される。機動性に問題あり」


「お洒落に我慢はつきものなんだよ?」


 フェルは遠い目をする。




 次の店はやや派手な色合いの服が多い店だ。


 試着室のカーテンが開いた瞬間、男三人の動きが止まる。


 リリィが着ていたのは、肩が大胆に開いたショートトップ。胸元にリボンがついているデザインは確かに可愛らしいが、丈が短く、ウエストが完全に見えている。スカートには大きなスリットが入っており、歩くたびに太ももが覗いた。


「…………」


「…………」


 レオンとユウは、沈黙。


 フェルはニヤリと笑った


「これだよ!球体関節も見えて、最高にスタイリッシュ!」


「……ちょっと、いや、かなり布が足りなくない?」


「涼しげだが……リリィ、これはどうだ?」


「……防御力が低い」


 リリィは真顔で言い、即座に試着室へ戻った。


「ボツかぁ……残念」


「慎みって言葉も意識した方がいいんじゃないか?」


 レオンは溜め息をついた。



◆◆

 

 それから、数刻、リリィの服を着せ替えるだけの時間が過ぎた。


 もう、リリィの好きな服は見つからないのかもしれない。

がっくりとうなだれるフェルの横で、疲れ果てたレオンとユウが座り込んでいた。


 その時。


 ふと、リリィが足を止めた。


 そこにあったのは、深い緑色のワンピース。


 光沢のある生地に、フリルが施されている。女性用の給仕服を思わせる、格式のある、そして愛らしいデザインだった。  


「リリィ?」


 ユウがそっと声をかけると、リリィはそのまま店に入った。


 のんびりとした初老のクロスヒューマンはリリィと、男3人を見る。


「おや、お嬢ちゃん。その服が気になるのかい?」


 「すべすべしている。どうして?」


リリィの質問に、クロスヒューマンは微笑し、語った。


「わからないんだよ、すまないね。

昔、人を手伝った際もらったものなんだ。

使われないともったいないものをこうして売りに出しているのさ」


良かったら着て見るかい、と言われリリィは頷き、服を手に取った。


 ——数分の間をおいてカーテンが開く。


「……」


「……」


 三人は言葉を失った。


 淡い光を反射する深緑の布地。裾にあしらわれたフリルが、リリィの動きに合わせてゆるやかに揺れる。


「……」


 ユウの視線が、リリィに吸い込まれ、そして。

「……すごく、似合ってる」


 静かに、そう呟く。


「……いいんじゃないか」


 レオンは少し照れくさそうに誉めた。


「うわぁー!めちゃくちゃ可愛いじゃん!」


 フェルはニコニコと嬉しそうに笑う。


 リリィは胸の奥が、じんわりと温かくなるのを感じた。


「…?」


胸元をさするリリィに、3人は怪訝な顔をする。


「き、気に入らなかった…?」



恐る恐る確認するフェルをリリィはみつめ、そして




「気分の高揚を確認した。」




そう、はにかむ。


フェルが嬉しさで叫び、衆目を集めるまで、あと三秒。

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